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光が収束して、日曜日の午前中にまどろむベッドタウンのど真ん中に、ふたつの人影を固定した。
ひとりは銀色のショートヘアに金色のメッシュを入れた、まだ十代と覚しき少女。
引き締まった身体つきと短く切りそろえられた髪は、涼しい目元と相まって彼女が抜き身の名剣名刀のごとく手強い戦士であると周囲に告げていた。
上半身は長袖、ハイネックのブラウスに古風なノースリーブのベスト、肩を出しているが飾りの筒袖があり、下半身はふんわりした短めのスカートに黒いニーソックス、足下は頑丈そうなショートブーツという、十七世紀ヨーロッパを舞台にした娯楽活劇にでも出てくる男装の女剣士、という出で立ちなのもそれにひと役買っている。
もうひとりは正反対の、俗世とは隔絶した森の奥に咲く白い大輪の薔薇を思わせる少女だ。
銀髪の少女に比べるとこちらの格好はシンプルなもので、足首まで隠すような白いマントをまとい、頭にターバンのように布を巻いている。
顔立ちは、少女が精悍さなら、こちらは清楚と優しさを表現するべく神の手が全力を尽くした、というべき美貌だった。
だというのに美人美女にありがちな、無意識のうちに他者を拒絶する鋭角な雰囲気がない。
薔薇園に咲く薔薇ではなく、野に咲く薔薇に似た自然さがあった。
銀髪の少女はすかさず美女の前に立ち、周囲を警戒したが、ターバンの美女のほうは懐から、鼻にかけるタイプの眼鏡を取り出して装着すると、懐かしい物を見るような目つきで、周囲の無味乾燥な住宅街を見回した。
どちらも十代後半日本人的な感覚からすれば高校三年生、十七、八歳ほどに見える。
「……」
長い、本人にしか判らない感慨を含めた溜息が漏れる。
「……ここが、カオリの世界なのですね」
この世界では誰も理解できない言語で、彼女は呟いた。
「異常なまでに発達した機械文明と、神を失った未開の大地!
そうよね、シャルロット?」
「そうです姫様、どうぞご油断なされませぬよう」
銀髪の少女は、精悍な美貌をゆるめることなく、短く言った。
「ファリィとお呼びなさいと申したでしょう?」
「いえ、色々考えましたが、やはりニファーリア殿下はニファーリア殿下です。
姫様と呼ぶのが私めには相応でございます」
「まったく、真面目なんだから」
くすりと笑うターバンの少女ニファーリアに対し、シャルロットと呼ばれた銀髪の少女は真面目そのものである。
彼女にとって、この見知らぬ世界は新しい戦場でもあるのだ。
腰のベルトに取り付けられた真新しいホルスターの中身を握りしめ周囲を睥睨するありさまは正に兵士のそれであった。
「それにタイハンは手を選びませぬ故……かってのテルレラとの国交決闘の例もあります」
「大丈夫ですわ、シャルロット……それに、現在タイハンのほうを取り仕切っておられるシムト王子は潔癖な人ですし」
のんびりと金髪の少女は微笑んだ。
塀の上を歩いていた子猫が、十字路の真ん中に突然現れたふたりを、不思議そうに見て首を傾げる。
「あら、可愛い。
あれがこちらの世界の『猫』ですのね」
言って手を振ると、子猫はナニを思ったのか、塀から飛び降りて「とてて」と白いマントの側まで寄ってきた。
「あまり私たちの世界の猫と変わらないのですね」
にゃあ、と言ってすり寄る灰色の子猫を、眼鏡の美少女はかがみ込んで頭を撫でてやった。
ますます甘い声を出して、子猫は眼を細める。
「姫様……もう少し緊張感を持ってください」
困ったもんだ、という風な顔をする銀髪の少女だが、内心は可愛らしい子猫に興味が行くらしく、目線が白づくめな眼鏡の美少女と子猫の間を往復する。
それに気づいているのか、「姫様」と呼ばれた少女はにっこり笑って、
「大丈夫ですよ、そんなに向こうも簡単にこちらを見つけることは出来ないはずですから……シャルロットも撫でてあげたら?」
「あ、い、いえ、今の私は任務の遂行が優先で」
「極度の緊張は焦りになり、失敗に結びつくものですよ、ほら……こんなに可愛いのに」
と呼吸でも合わせているかのように子猫がシャルロットを見つめてみゃあ、と鳴いた。
「いやしかし……」
と少々戸惑った顔になると、子猫は目を細め「こわがらなくていいよー」とでも言いたげにもう一度「みゃあ」と鳴く。
しばらくシャルロットはその雑種な子猫を見つめた。
明らかに目に逡巡の色がある……どうやら、王女同様に子猫と遊びたい心はあるらしい。
やがて、こほん、と咳払いをして少女は「ま、まあ」という体裁を繕った。
くすっと白いターバンの「姫様」が微笑むの。
「あ、わ、わかりました……た、確かに緊張はその、過度にあるとよろしくないですし」
とかなんとか言いながら、少女は身をかがめ、そっと子猫を撫でようとしたが。
「!」
ぞわ、と身震いして半歩飛び下がった。
「ひ、姫様、こっ、こやつ男です!」
シャルロットの精悍な顔は青ざめ、上げた声は半ば以上悲鳴になっていた。
「あら?
そうなの?」
きょとん、とした表情で「姫様」は首を傾げ、「そーなの? あなた?」とか言いながら子猫を前足の下に両手を入れ、「ばんざーい」の格好になるように両手でそっと抱き上げた。
鼻眼鏡越しにじいっと子猫の「部分」を見つめ、
「あら本当。
可愛らしい」
と性別を確認してにっこり笑った。
「ひ、姫様っ、は、はしたのうございます!」
「でも他に雌雄を確かめる方法はないのですよ?」
「か、仮にも第四王女であらせられるニファーリア殿下が、かかる下品きわまるお振る舞いは困ります!」
「……もう、シャルロットは真面目なんだから。
いいじゃないの、こんなに可愛いのに」
そういうと、ニファーリアは「んー可愛い可愛い」と子猫に頬ずりする。
「でも男です!」
二の腕あたりに浮いた鳥肌を押さえつけながらシャルロットが声を大きくする。
子猫も先ほどの「無礼」な行為を気にしていないらしく目を細めて喉をゴロゴロ鳴らし始めた。
「本当にシャルロットは男嫌いよねえ」
やれやれ、という顔で「姫様」ことニファーリアは溜息をついた。
「当たり前です!
あんな汚らわしい、種付けと力と名誉のことしか考えられない生き物、同じ空気を吸うのも厭わしい!」
「でも、殿方がいないと子供は出来ませんよ?」
「結構です!
私は生涯独身で通しますから!」
「もったいないわ。
シャルロットはこんなにかわいいし、殿方も、慣れてしまうと可愛らしいものですよ?」
シャルロットはどちらかというと「格好いい」と表現した方がいいような方向の美貌なのだが、この「姫様」にとっては、腕の中に抱いた子猫同様に思えるようだ……どうやら、外見年齢はさほど変わらないように見えながらも、こちらのほうが年上らしい。
「と、とにかく早く我らの『騎士』を見つけねば……」
彼女たち以外には不明な言語での掛け合い漫才めいたやりとりは、さすがにベッドタウンとはいえ人々の興味を引いたのか、幾つかの窓や玄関からの視線を感じ、シャルロットが急かす。
「とりあえず、姫様は私たちの『騎士』候補者の近くに出るように『門』を開かれたのですから、間違いなくこのあたりにいるのでしょう?」
シャルロットはせわしなく周囲を見回し、警戒したが、幸い「敵」の影はない。
ただ、周囲の人々の興味の視線は増えるばかり……特に子供達の興味が強そうだった。
「新しいヒーロー番組の撮影かな?」とかいう声も囁かれている。
「ええ、そうですわね……では、大地母神にお聞きしてみましょう」
と、金髪の美少女はのんびり答え、つい、となめし革の手袋に包まれた細い指先を空中に伸ばし、何事かの図形を描いた。
指先の軌跡に沿うように、光が走り、複雑怪奇な図形に変化、さらにまた別の図形に変わったかと思うと、矢印となってクルクルと回りある方向へとノロノロ動き始めた。
「ああ、良かった。
この世界でもご加護はあるようですわ」
ぱちん、と子供のように金髪の美少女は手を叩いて喜んだ。
「この輝きだと予定通り、私たちの『騎士』の候補になられるお方はこの近くですわね……さ、こちらですわ」
と歩き出す。
しばらく歩いて角を曲がると、後ろからとててて、と足音がした。
白いマントの裾が小さな手で引っ張られる。
「おねーちゃん、ウチの猫なの」
振り向いたニファーリアは「?」と首を傾げ、自分のマントの裾を引っ張った女の子の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
女の子は三、四歳ぐらいであろうか。
「さがしてたの」
ちょっと息が切れていた。
「これ、あなたの猫なの?」
こっくん、と女の子は頷いた。
「ウチのね、あのね、ピーターっていうの」
「そうなの」
実を言えば、ふたりの間に言語の疎通はまだない。
それでも何となく会話が成り立っているのはニファーリアの穏やかな性格と、女の子の素直さが結びついた結果であろう。
「……姫様?」
微苦笑を浮かべるシャルロットに、「判っています」と目で合図して、
「そう、ごめんなさいね。
あんまり可愛いから」
と子猫を少女に返した。
少女の腕に抱かれて、子猫が目を細めて鳴いた。
「あのね、おねーちゃん達ね、こすぷれのひとなの?」
この意味までは通じなかった。
「がくえんさいのがくせーさんのこすぷれのひとなの?」
少女がもう一度訊いた。
その細かい意味をニファーリアが聞き返そうとしたが、自分達が急がねばならない身であることを思い出し、
「ごめんなさいね。
もう少し早く翻訳魔法の効果があがれば、あなたのお言葉が分かるのにね」
と少女の頭と子猫の頭を撫でて、立ち上がった。
「おねーさん、さよなら」
女の子が手を振る。
それに対してニファーリアも手を振り、小さくシャルロットも同じようにした。
にっこり笑って女の子は千切れんばかりに手を振る。
その後ろからサンダル履きの主婦が小走りにやってきた。
「どうしたの?」
女の子の母親はそう言って少女に尋ねた。
「ピーター、みつけたよ?」
「あの人達が連れていたの?」
「うん。
かえして、っていったらね、かえしてくれたの」
「そう……」
母親は娘の言葉から、「どうやら迷子になった猫を保護してくれたらしい」銀髪と白いマントの少女ふたりに頭を下げた。
ニファーリア達は軽く会釈を返し、背を向けて歩き始める。
「おかーさん、あのおねーさんたちきれいだね」
「ええ、そうね」
「がくえんさいのこすぷれのひと?」
どこからこの子はそんな言葉を覚えてきたのかと母親はあきれ顔になったが、
「かもしれないわねえ……最近の子達はスタイルいいし、 モデル顔負けの子も多いから」
と思案顔になった。
「そう言えばあの高校の学園祭は今日だっけ」
とか言ってる間にニファーリアとシャルロット、ふたりの姿は遠ざかっていった。




