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女装してたら異世界の王女に戦神騎士にされました!?  作者: 神泉 朱之介


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 母、香織の残した高校時代の自身のアルバムやビデオの類はあまり数がない。


 結婚後、薫が生まれてからの物はかなりの量があるのだが、本人はあまり写真を撮ることにも、ビデオに映ることにも興味がなかったらしい。


 普段は使われてない仏間に案内されたニファーリアは、食い入るようにその数少ないアルバムのページをめくり、DVDに落とされた画像を見つめた。


 生まれた頃の香織の写真、高校入学式の時のビデオ、OLになって友達と一緒に行った旅行での映像、結婚式の様子を映した写真やビデオ、そして「母親」となって薫や一緒に事故で亡くなった薫の父との映像、写真。


「……」


 最後に、二番目に古いアルバムの中に、ニファーリアの写真があった。


 ポラロイドで映され、大分色褪せてしまった写真。


 どこかの草原で映した写真には微笑むニファーリアと、にこやかに笑っているまだ十六歳のセーラー服姿の薫、そしてシャルロットとアドネにどこか似た、腰まである銀髪の少女がカチコチになって映っている。


「ああ、やっぱりこの写真だったんだ」


 思わず薫は呟いた。


 ニファーリアに会ったとき、どこかで「観た」と思ったのはこの写真で、だったのだ。


「まるで昨日のことのよう」


 ぽつりと呟いた、ニファーリアはその写真に触れた。


「カオル様、実は私もこれ、持っているのですよ」


 そう言うと ニファーリアは腰に下げた例の魔法装具である小袋から、まるっきり同じそして、こちらは色鮮やかなポラロイド写真を取り出した。


「うわ……本当はこういう色なんだ!」


 驚くと薫へ、ニファーリアはこちらのほうは魔法によって保存されているから、褪色していないと説明する。


「でも……やはり二十五年という時間は過ぎていますのね」


 その声は薫が驚くほど寂しく、小さかった。


「シャルロットの母で、あなたのお母様の武騎人だったジェリルも死に、このとき私達を支えてくれた人達もほとんどこの世にはいない……敵だった人達も」


 それがシャルロットの父が死んだ災害によるものなのか、単に寿命の問題なのか薫には判らない。


「私の中に流れているエルフの血は、私に人の数倍の寿命を与えてくれるけれど……記憶に残るのは別れだけ」


 つい先ほど、食事しているときに見せていたあどけなさはかき消えて、そこにはひどく寂しげな女性が座っていた。


「……」


 薫は、ぼんやりと……ただぼんやりとその横顔に見入ってしまう。


(……あれ?)


 いつの間にか頬が熱く、心臓の鼓動が激しく聞こえる。


 細い肩、長い睫、金色の髪。


 ほのかに漂う甘い香りは、王族のたしなみというやつなのだろうか。


(な、何見てるんだ!?

 何を?)


 ぶるぶると頭を振る。


 少年の気配に気づいて、はっと我に返ったニファーリアは恥じたように目を伏せた。


「ごめんなさい、カオル様……変なことを言ってしまいました」


 微笑みとも、自嘲とも、恥じらいとも取れる表情を浮かべたニファーリアの横顔を、薫はただ、じっと見つめてしまった。


 息をのむほどに美しいのに、いつもニコニコしているのに、実はひどく寂しい人ではないかと思う。


(どうしよう)


 この感情に覚えがないわけではなかった。


 ただの「綺麗な人」が「特別な人」に変わる瞬間の、それは目を向けるのも嫌な記憶に直結しているはずの、ウキウキするような高揚感と、何時までも味わっていたい己の中にある光り輝くものへの憧憬と一体化の喜び。


 ただ、違っているのは「彼女」と違ってニファーリアと薫の感情はこのとき、「香織」という存在を通じて確かにつながっているということだ。


 つながっている。


 確かに、どちらも同じものを見、記憶をしているという喜び、そしてそれを互いに失っているという痛み。


 そのことが嬉しい。


(どうしよう?)


 戦神騎士の能力を発動させているわけでもないのに、頭の中にマルチタスクが展開し、大慌てに慌てる薫数名と、浮かれて歌い出しかねない薫数名が同時にタンゴとジルバとワルツ踊っている。


(やややややめろばかやめろ)


(だってしょうがないじゃないか!)


(この前、この前だぞ、例のアレをもう一度味わいたいのか!)


(いやでもだってしょうがないよ!)


(ああくそ、どうしてどうしてどうしてどうしてこんなときに!

 しかもこんな相手に!)


(何だ不足なのか?)


(違うってばお姫様だぞ!)


(お姫様だろうがエルフだろうがいいじゃないか!)


(でででででも、しょうがないだろ、そうなっちゃってんだから!)


(ややめろってば、バカ!

 さっさと他のことに気を逸らせろ!)


(いいか、惚れたとか、好きになったとかいう言葉を頭の中に浮かべるなよ!)


(もう浮かべてるじゃん!)


(いや、今の駄目、なし!

 カウント無効っ!)


 そんな自分会議も無駄だった。


「でも良かった……カオリ様は……いえ、カオリは幸せだったのですね」


 にっこりと微笑む。


 その顔はいつものニファーリア。


 でもそれは作り物だ。


 薫は直感で理解した。


 戦神騎士のマルチタスクな思考がなくても、それが理解できた。


 彼女はこれまでの長い人生でのいくつもの「別れ」をそうやって受け止めてきたのだ。


「今」の人達を当惑させないために、さらに悲しませないために。


 どれだけの思いをその微笑みに秘めているのかそう思っただけでも、少年の胸がきゅっと絞られる。


 もう、薫の中にいる幾人もの薫は消え、ひとつの思考だけが脳裏に閃く。


(駄目だ……駄目だ……好きになっちゃった)


 甘い痛み。


 でも心地よい。


(そんなに我慢することないのに)


 薫は思ったが、口には出せなかった。


 人の数十倍の時間を生きている人間に対して、そんな思い上がったことを口にしてはいけない、と。


 それは単なる礼儀ではなく、「特別な人」への羞恥心も入っていた。


 だが、身体は意志に反して動いた。


 気がつくと、柔らかい身体が、少年の腕の中にあった。


「か……カオル様?」


 驚いたニファーリアの声。


 小さな肩だった。


 豊かな胸が、むにゅりと少年の胸板で潰れて盛り上がる感触は後からきた。


 細い身体で、驚くほどに柔らかくて、そしていい匂いがした。


 抱きしめてから少年は慌てて、離れる。


 夢の中にいるような気分だった。


「カオル様……」


 ニファーリアの顔は驚いていたが、嫌悪の感情はそこになかった。


 彼女の頬も赤くなってる。


「あの……その……ご、ごめん」


「……」


 ニファーリアは優しく微笑んだ。


「よろしいのですよ?」


 どき、と少年の心臓が脈打った。


 そうだ、彼女を好きにしていい権利が薫にはある。


 思い出した。


 だが、それ以上に今の自分が権利を盾に彼女を欲したと見えたのではないか、という自己嫌悪が真っ赤な炎になって背中と胸を灼くのが判る。


 同時に、そのまま流されてしまいたいという欲求ある。


 随分と長い間実際にはほんの数秒、少年の中で感情と理性ともつかないものがせめぎ合った。


 腕の筋肉がわななき、やがて、ぐいっとニファーリアの肩を掴んでまっすぐ見つめる。


「あの、僕、勝ちます!」


「え……」


 思わぬ言葉に、ニファーリアが驚く間を与えず、少年は宣言した。


「あなたの本当の笑顔のために、絶対に負けませんから!」


 他に、この少年が何を約束できるというのか。


「だから、そのそんな、我慢した笑顔、見せなくていいです!」


 それだけ言うと、少年は部屋を飛び出した。


「我慢した、笑顔?」


 どこかで、その言葉を聞いたような気がした。


 少し昔。


 戦いが終わった後の草原で。


 セーラー服を纏った少女の唇。


 隣には銀色の髪の武騎人の少女がいて……。


 ぽかん、とニファーリアは取り残され、鼻かけ眼鏡がズレたのも忘れてしばらく呆然としていたが、


「あらあら、あの子ったらアルバムをこんなに散らかして」


 という薫の祖母、妙子の言葉に我に返った。


 古風な和服の寝間着を纏った老婆は、何も見聞きしなかったようで、トコトコと入ってきて、「もうよろしいかしら?」とニファーリアに聞いた。


「それとも、もう少し見ていらっしゃる?」


「あ、いえ……」


 真っ赤になったニファーリアは、そう言って頭を振り、茫然自失となった自分を現実に復帰させようと努力した。


「ごめんなさいね、あの子、どういうわけかお祖父さんのほうに似てしまったようでねえ。

 大事な言葉が欠落してしまうらしいの」


「え?」


 驚くニファーリアへ、老婆はほんのりとした笑顔を向けた。


「私の時もね、大学の剣道大会で優勝するから!

 っていうだけでねえ、結局『好きだ』とは言いませんでしたよ。

『結婚してくれ』は言わせましたけれどもね」


 そういえば子供のころも好きな玩具を買って貰うときとか老女が思い出話を始めそうになったので、ニファーリアは慌てて、


「あ、いえ……あ、あのわ、私は、その」


 と手を振って話を元に戻してしまった。


 そのまま流してしまえばウヤムヤに出来たのに、それが出来なかったのは彼女の性分というやつなのだろう。


「と、トンでもないことですわ、わたし、そのカオル様よりも遙かに年上ですし、そ、それはその、カオリ様とはそのはい……いえ、そうじゃなくて、そのあの、と、とにかく、それはカオル様のお心がその、えーとあの」


「そりゃあね、あの子も男の子だし、年頃だから、女の人には色々と、でしょうけれどね」


 妙子ままるでニファーリアにとっての祖母であるかのように落ち着いて、諭すように。


「あの子のコト、お嫌い?」


「あ、い、いえあの、それはその」


 真っ赤になってニファーリアはしどろもどろになった。


「あ、あのカ、カオリ様のご子息ですし、でも、あのご子息ということは、じゃなかったわたしとカオル様では年齢とか、寿命とかの問題がございますし、わたし、ハーフエルフですから、間違いなくカオル様よりも長生きしてしまいますし」


「ご結婚はなさったことあるの?」


「あ、いえわたしは名ばかりの王女ですし、ハーフエルフは愛人にしても妻には出来ないのが普通ですから」


「あら、勿体ないお話ねえ」


「それに……」


 少し、痛みを伴うような表情を一瞬浮かべ、ニファーリアは続けた。


「ハーフエルフはエルフとヒト族の間よりも子供が出来にくいですから」


「なるほどねえ」


 しみじみと老婆は頷いた。


 彼女の年代まではまだ色濃く「女は子を産み、家を守るもの」という概念が残っていたのでこの辺は理解できるのだろう。


「でも、好きな人同士と一緒になって、一緒に添い遂げられる人なんて、私たちの世界でも珍しいんですよ。

 大抵は男よりも女のほうが長生きなんですからね」


「いえ、あの、そういう問題では……」


「薫は、私たち自慢の孫ですよ」


 にっこりと老婆は微笑んだ。


「今すぐ結果を、とは申しませんから、少しは考えてあげてくださいな……ね?」


「あ、は、はい」


 こくん、とニファーリアは頷いてしまっていた。


「あ、あの私、カオル様の指輪を作らねばならないので、失礼いたします……しゃ、写真とかの類は明日片付けさせていただきますので!」


 我に返った少女は、慌ててそんな言い訳をして外に出た。


「指輪……」


 思わず呟き、「少年のために指輪を作る」だけのことが今、別の響きを持っていたのではないかと気がついて、エルフの長い耳の先まで真っ赤になった。


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