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「このことは、女子だけの秘密にしましょう」
それが滝沢真衣と斎京楓の話し合いの結論だった。
「女装はともかく、本当に女性になっちゃうのはヤダ」という楓と、「まあ、それはそれで綺麗なものが見られるからOK」な真衣。
「頼むからそっち方向に話を引っ張らないで」&「あまり目立ちたくない」というささやかな薫の希望もあったのだが、さてこれは聞かれたのかそうじゃないのかは判らない。
そして「うーん、どっちも捨てがたいなあ」というその他の女子の大多数の妥協点が見いだされたのは夕方になってからである。
「男子には、これまで通り薫君は女装コスプレで戦う、ってことでひとつ」
「ま、それならば女性化した薫君にどぎまぎする男子も出てくるだろうし!」
「まあ、そんなことが?」
ニファーリアがなぜか目を輝かせるのへ、
「ええ、やっぱほら、愛って性別とか国境とか越えてしまうし!」
ぐっと力強く拳を握りしめて力説する楓。
「まあ、考えてみれば短いスカートひらひらでどっきりビックリしながら戦う薫君に……というのは現実にはハードル高いかもしれないけど、本当は女の子になっているのに、知らずに『俺は男になんでときめいているんだ?』っていうほうがありえそうだし!」
「そうそう。
男の子って即物的だから、きっとそうなると思う!」
「……なんか、男子に変な夢を見ているような」
薫の呟きは女子の熱狂の中には焼け石にどころか、真っ赤に熱した鋼鉄へのスポイト一滴の水にすぎない。
「ねーねー。
ニファーリア、そっちの世界ではどうなの?」
「そうですわね、男の方同士の熱い友情がしばしば愛情に似たものになるのは何度か見ておりますが、基本、そういうことはおおっぴらにすることを神々が嫌がられるので……でも、密かにはあると思います。
二百年ほど前の聖バロイルスの少年騎士団とか、セラハイトの鋼鉄騎士団とかにそういう噂はありましたし」
「きゃー!
やっぱあっちの世界でもあるんだ!」
神聖な道場の中は妙な盛り上がりを見せ始めた。
「……カオル殿、一体これは何の話し合いなのだ?」
「……まあ、とりあえず僕らのことをこれからもバックアップしてくれるっていうお話だと思う」
「ふむ、そういうものか」
シャルロットは「善意であるらしい」とだけ理解したのか納得した様子である。
「あ、あの……シャルロットお姉……様」
と女生徒達の輪の中から何人かが離れてシャルロットのところへやってきた。
皆、頬を赤らめて上目遣いに恥ずかしそうな顔である。
「あ、あの、私たち、お姉様と、い、妹の契りを……」
先頭を切って滝沢真衣が口を開いた。
「つまり、スールになっていただきたいんです!」
「あ……」
シャルロットの顔が赤くなった。
「あ、いや、その、わ、私はその、男嫌いではあるが、その……」
明らかに照れている、というよりは戸惑っていた。
そして、ほんの少し途方に暮れているようにも見える。
(あれ……?)
ちょっと意外な感じがして、少年はシャルロットの横顔を見つめた。
てっきりこういう場合嬉しそうに対応するものだとばかり思っていたのだ。
「いや、あの……いや、 その」
「あの、これ……」
と少女達は手にしていた小さな十字架を次々と銀髪の少女に押しつけた。
「これは?」
「あ、あの義妹の契りをかわすときに、その相手と同じロザリオを持つんです。
神様の前での清い契りということで」
「い、いや待ってくれ、私は戦神の信者だし、それにこういう場合は契約神の司祭にだな……」
一見クールビューティがあたふたと戸惑うはどこか可愛らしい。
男を完全に拒絶する相手ながら、思わず薫は微笑んだ。
「あ、大丈夫です、こういうのって形だけですから」
「いやそれはよくない、神に対して……」
(あ、こりゃ大変だわ)
薫は双方の妙に食い違ったやりとりの理由を察することが出来た。
神様が形而上的存在のこっち側と、神様が本当に姿を現したり世界を取り仕切ったりしている世界の住人とでは「神様の前の誓い」も重みと意味が違うのだが、双方ともそれが当たり前すぎて上手く意思疎通が出来ていない。
薫はこの世界の人間ではあるが、戦いの時にシャルロット達の世界の「神」の声を聞いている。
神が実感できる世界の人間が、「適当」に神様を扱えるはずはないと理解出来た。
「えーと、あの、みんなが一斉にやってもシャルロットが大変だからさ、まとめてスールにしてもらったら?」
少年は助け船を出すことにした。
「そうすれば、シャルロットの神様のシンボルで契りの証ってのがいいんじゃないかな?」
「……」
少女達はじーっと女装メイド姿の少年を見つめていたが、
「ああ!」
と一斉に手を打った。
「そういえばそうよね、シャルロットお姉様って異世界の人なんだし!」
「あの、シャルロットお姉様、お姉様の神様のシンボルってどういうのなんですか?」
「いや、あの戦神のシンボルは剣か槍で、契約神のシンボルは天秤と羽根筆になる」
「羽根筆?」
「鳥の羽をインクに浸して使うやつだ」
「ああ、羽根ペンですね!
それで銀細工作ったら可愛いかも!」
「じゃあそれ、私たちで作ってもいいですか?」
「あ、いや、そ、そうだな、ここの世界には私はあまり知り合いがいないから、銀細工の出来る者への伝手もないし」
「じゃーアタシ作る!」
真衣がきっぱりと引き受けた。
「そうか、そっち手芸部だもんねー」
「そーそー。
あとは兄貴に頼んで複製作って、オリジナルはお姉様に、それ以外が、ってのは?」
「おーけー!」
どうも話がついたらしい。
「じゃあ、出来上がったら薫くん経由で連絡を入れますから!」
「あ、ああ」
と、その背後では、
「じゃあ、今度持ってきますね」
「ええ、翻訳魔法は文書にも及びますから!
とても楽しみですわ!」
「じゃ、あたし達は今日はこれで!」
ぐっ。
親指を立てて楓達は力強く別れの挨拶をしていた。
「おーい、そろそろみんな帰るよー」
楓の言葉に、真衣達も「はーい」と応じる。
「じゃあ、お姉様、ごきげんよう」
「あ、ああ、ではまた……」
そんなわけで、女生徒達は嵐のように去っていった。
「……なんか、今日一日でどっと疲れたような」
「……同感だ」
シャルロットと薫は、ぽつりと呟いたが、
「ああ、カオル様、この世界ってご飯だけではなくて、素晴らしい文化があるのですね!」
とニファーリアだけが目を輝かせている。
今日の食事はピザではなく、祖父手作りのボルシチだった。
「サワークリームと隠し味が決め手でな……あとは黒パンがあるといいんだがなぁ」
と大介は笑った。
「もう、お祖父さんはこれだけはコツを教えてくれないんですからねえ」
今日は材料の用意と片付けだけの祖母がにこやかに笑う。
「本場ロシアの作り方だからな、そうそうは教えられんよ」
「そういえば母さんが学生の頃にロシアに行ったんだっけ?」
祖父はそれまでほとんど家事と名の付くことが出来なかったらしいが、日ロ友好の親善大使として向こうに渡った二年間で全て覚えた、というのはよく聞かされた話だ。
だから薫も家事は一通り出来たりする。
もっとも普段は祖母の手伝い程度だが。
「二十人ぐらいの子供達に剣道と合気道を教えたよ……軍事学校の子供達だったから、今頃は軍人さんだろうがなあ」
大介は遠い目をした。
「あ、私の国にあるのと違ってこっちはあっさりしてるんですね……お肉も多いし」
ニファーリアはまた目を輝かせてスプーンを使う。
「暖かいスープは久しぶりですね、姫様」
と突破口が出来たのが嬉しいのか、シャルロットも表情が明るい。
「柔らかい白パンも美味しいです!」
「ええ。
私も久しぶりです」
ふたりの少女は健啖ぶりを発揮していた。
祖父も祖母もニコニコ笑いながら食事をしている。
「……」
そんなふたりを見ているだけで、少年は決意した甲斐があったと思う。
「しかし、こんな高価な食事、毎日していても大丈夫なのですか?」
心配そうにニファーリアが訊くと、大介は笑って。
「あんたから貰った金貨の半分もあれば、向こう一年はこれ以上に贅沢な食事が出来るよ」
と答えて王女を驚かせた。
「でも、たった金貨三十枚ですよ?」
「この世界でも金は貴重だよ。
それにアレは純度が高いからね」
と、老人は懐から真新しい預金通帳を取り出した。
「とりあえず、あんたから預かった金貨のうち、十分の一は円に換金しておいた。
食費諸経費をどれくらい払うかは後で決めておくれ……とりあえず来月からでいいから」
そう言って印鑑と預金通帳を差し出す。
「こっちで買い物をしてみないと貨幣価値も判らないだろうし」
「あのお祖父ちゃん、金貨って?」
「ああ、昨日渡してくれた革袋の中身だよ」
「へえ……」
確か公園での惨敗のあと、「お世話になるのですから」とニファーリアが祖父に何やら革袋を渡していたのは覚えているが、まさかそれが金貨とは思わなかった。
「あ、ありがとうございます」
少女はそれを押し頂くようにして懐に収めた。
「使い方はシャルロットさんに教えておきましたからね」
にっこりと祖母が笑う。
「実際にどう使うかは薫に教えて貰ってちょうだい」
「はい」
シャルロットが頷いた。
「……お祖父ちゃん」
それぐらいはこっちで面倒見ようよ、と言いたげな孫の視線に、
「いいか薫、こういうことは善意が必要だがそれだけではいかんのだ。
金は人の背中を丸めもするが伸ばしもするからな」
と静かに答えた。
「よろしいのですよ、カオル様」
にっこりとニファーリアも頷く。
シャルロットも何も言わないから、それでよいのだろう。
「どんなに親しい間柄でも、金はきちんと扱わないといかん。
生きていくならまずそれを覚え、誰に対してもそうせねばならんのだよ」
自分の数倍の年月を生きた老人の言葉に、少年は割り切れないものを感じながらも、ニファーリア達が納得している以上、頷くしかない。




