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「……」
ホテルに帰った後、シャワーを浴びたエストは、そのままガウンを羽織っただけの姿でイタリア製のソファに寝そべった。
そのまま、無言でアドネの淹れてくれた紅茶を飲みながら渋い顔になる。
「お口に合いませんでしたか?」
珍しく、この女執事の方から口を開いた。
「違うわよ、なんか面白くなかったな、ってこと……今日の決闘が」
「お仕事は楽なほうがよい、と普段から仰っておられましたが?」
珍しく、アドネが聞き返した。
「それは変わらないわ、でも今日のは『お仕事』にもならない。
あんなのはただの作業以前の弱いもの苛め」
顔をしかめてエストは紅茶を飲み干し「砂糖入れて」とカップを女執事に手渡した。
「あたしが大好きで『楽だ』って思うのはね、全力でかかってくる相手を軽くやっつけることなのよ。
全力どころか、剣さえもまともに持てない相手をノシたって、全然面白くはないわ」
「その割にはノリノリだったようですが」
すまし顔でサングラスの女執事が言うと、エストは珍しく恥ずかしそうな顔で。
「まあ、あれは営業用、バルートの手前、嫌そうな顔も出来ないし」
と言い訳をした。
「ま、あの様子じや三日ぐらいじゃどうしようもないけれど、シムト様も人がいいわ」
「どういうことですか?」
時折この執事兼武騎人は人を試すような質問をそれとなく行う。
虫の居所が悪ければ物が飛んでくるところだが、今のエストはそういう「無駄口」のひとつ聞きたい気分なのを見抜いていた。
「七日の猶予を与えて負けたら、それだけの猶予があれば十全の準備が出来たはずだと相手は言われ、騎士も武騎人も処罰される。
でも三日なら責任は自分の戦神騎士の実力を読み切れなかった、もしくは最初から無謀を押し通してしまった馬鹿なお姫様だけ」
それは「処世術」に近い理由であった。
お気楽な貴族暮らしの人間には察することが出来ない理由だが、シムトもエストも、そうい言う意味では苦労人である。
気づいていないのはバルートだけだろう。
「それとも、あんたの妹とあの騎士のコンビ、三日あれば何とかなるとあのお姫様は本気で思ってるのか……でも、どうにも難しいんじゃないのかねえ?」
溜息が漏れる。
それを打ち消すように、エストは再び口を開いた。
「弱いものいじめを仕事にした記憶はないのよ」
紅茶のサーバーから二杯目を淹れつつ、アドネは薄く微笑んだ。
「……あと二回残ってるけど、今日みたいなのは嫌だねえ。
せっかくあのバルート引っ込んでるってのにさ」
帰還後、バルートはシムトの長い叱責を受けた……いや、今でも受けているだろう。
おそらく今回のことに関してはバルートはもうエストに闇討ちを命じたりはすまい。
「しかし、そうなるでしょうか?」
「ま、前回シムト殿下はあたしを叱ることであのマヌケに警告を与えたんだ、そいつを無視してるわけだから、今度はさすがに謹慎ぐらいはお命じになられるだろうさ」
「謹慎は軽すぎるのでは?」
「ま、そこがシムト殿下の立場というか、力関係の弱さ、ってのもあるわさって……おい、アドネ、あんたのほうがその辺は詳しいんじゃないのかい?」
苦笑いしながらエストが言うと、アドネは無言で薄く微笑み、角砂糖ふたつを緩やかに溶かした二杯目の紅茶を差し出した。
「さて、私はただの執事兼武騎人でございますから」
家に帰ってくると、祖父母達は来客用の布団を真空パックから解放して客間に並べている最中だった。
「まあ、これからどうせここに住んで貰うわけだしな」
祖父の大介も祖母の妙子もそう決めてかかっていた。
「え?」
首を傾げるニファーリアに、
「さっきの話からすると、お前さん達、どうせ行く当てとかはないんだろう?
薫をあんた達は雇っているわけだから、ここに寝泊まりするぐらいの権利はあるだろうさ」
と大介はカラカラと笑った。
楓を除いた全員が風呂から上がってくると、祖父達は「外国の方達にいきなり日本食はきつかろう」とピザを取ってくれた。
「不思議な食べ物ですねー」
とひと風呂浴びて、マントの中から取り出した小さな布袋から取り出した、恐らく寝間着らしい薄手のガウンに着替えたニファーリアは、紙箱の中で湯気をあげている丸い食べ物に眼を輝かせた。
「えーと、食べられないものとか、ってある?」
「いいえ、大丈夫です!
何でも食べますから!」
ボリュームのあるパン生地の上にはスライスされたトマトとキャベツ、さらにベーコンとミニチョリソーがずらりと並べられ、ところによってはまだクツクツと煮えた泡の名残があったりする。
思わず「ぐう」と薫たちの腹が一斉に鳴った。
一瞬誰もか顔を見合わせ、思わず誰ともなしに笑ってしまった。
「負け」て以来、ずーっと一同の間に立ちこめていた妙なぎこちなさが、少しさけ緩和され、全員の表情が少し和らいだ。
「ああ、でも本当に美味しそうですねえ!
なんて言うんですか、このお料理」
「ピザ、っていうんだけど……そっちには、ないの?」
紙皿に切った一枚を取ってやりながら、薫が首を傾げて聞くと、
「ええ、ソグディアナは工業を主にして持っている国なので……はふ……あまり乳製品は多く出回ってないのです。
だから……はふふ……チーズをこういう風にふんだんに使う料理というのは……はふ、ふふ……ああ、これ……!」
最初の一口を咀嚼して飲み込みながら、エルフの王女はうっとりと目を潤ませた。
「美味しい……凄く美味しいですわぁ……カオル様、これ、凄く美味しいです。
熱々で、ふわふわで、お肉がじゅわーっとしてて野菜もじんわりの熱々で……」
語彙が幾つか重なっているが、とにかくニファーリアにとっては衝撃的なまでに美味だったらしい。
「あの、もう一枚よろしいですか?」
「ああ、まだまだいっぱいあるから、ドンドン食べてよ」
少年は次々と切り取ったピザをエルフの血が入った王女の紙皿へと載せていく。
「ああ、こんなにいただいてよろしいのですか!?
ああ、こちらはお野菜がメインなのですね!
ああ、こちらはまた挽肉が美味しそう!」
「半分ずつで具材が違うやつが三枚だから、種類だけはあるよ」
目を輝かせ、一生懸命食べていくニファーリアの姿が微笑ましくて、少年は自分の分を切り分けるのも忘れて少女のためのピザをさらに切り取っていく。
「まあ、乳牛とかって養うためには広大な牧草地帯が必要だからねえ」
と、平然と一緒に食事している楓が訳知り顔で解説する。
「スイスみたいに、平地の面積は狭いけれど山岳地帯の面積が広い、とかならともかく、王女様の国って平地にある小さな国なんでしょ?
じゃあ当然、平地は農業地帯か工業地帯になるわよ」
「そういうモンなのか……」
「そ。
日本は世界に冠たる食料輸入国だから、私らはあんま自覚しないけどねー」
「ああ、私たちの国もこの国のようになりたいものれふ……あぐあぐ」
鼻かけ眼鏡を真っ白にしながら、ニファーリアは一生懸命、はじめてのピザと格闘する。
「まあ、あと一枚あるからそんなに慌てなくてもいいよ」
王女様というのはもう少し礼儀正しく食事するものだと思つていた薫としては肩が凝らなくてありがたいと思うのが半分、意外な幼さを見せるニファーリアが微笑ましいのが半分というところだ。
「……」
先まど声を合わせて笑ったものの、やはり落ち込んでいるのはシャルロットだ。
こちらは紙皿に置かれたピザをチマチマとプラスティックのフォークで突きながら一向に食が進まない。
「シャルロット、食べないと駄目だよ」
「あ、は、はい、騎士殿……」
「それから、騎士殿ってのはやめようよ。
僕ら、これからコンビなんでしょ?
薫でいいよ」
「いや、そ、そんな……」
「遠慮はなし、これは命令」
我ながら気の利いた言葉が出たものだと少年は思ったが、シャルロットはそんな少年をじっと見つめ「わかった」と頷いた。
「では、私もあなたをカオルと呼ぶ」
何とか笑みらしいものを浮かべて見せたシャルロットへ、
「そうしてよ」
と少年は微笑む。
「ま、食事が終わったら反省会ね……嫌なことは今日中に済ませといたほうがいいから」
「そうだね、斎京さん……って、そういえば、何でここにいるの?」
「なーに今さら言ってるのよ!」
ぱんぱん、と楓は薫の背中を気軽に叩いて言った。
「こんな面白いことからこのあたしをのけ者にする気?」
「面白いって……」
「それにね、こういう異世界混成チームというか、共通する基本概念とか社会習慣がないチームの場合、全く目的とは無関係の第三者が調停役をしたほうが遙かに上手く行くのよ!」
にやり、と笑った。
「そういうモンかなあ?」
「そういうモンなのよ!
第一、今日だってあたしの機転がなかったら今頃みんな警察のご厄介よ?」
言い切られると薫は弱かったりする。
「なるほど」
「ならば……その……」
言いにくそうにシャルロットが小声で言った。
「後で、ではなく今やったほうが……よい」
「?」
「姫様は食事をなされるとすぐに眠ってしまわれる……夕食なら、恐らく朝までは起きぬ」
「へえ……その辺はやっぱセレブよねえ」
「……」
何か日本国内で言う「セレブ」とはちょっと違うような気も薫にはしたが、ともかく、さっさとやったほうがいいのは間違いない。
「じゃあ、まあ、食べながら反省会、ってことで」




