18
「……僕の時と形が違うけど……?」
見覚えがあるようなないような、奇妙な現象と自分の記憶の微妙な不一致に首を傾げながら尋ねる少年に、
「我ら武騎人は、契約した『騎士』の命令によってその実力に見合った武騎人となり、共に戦うのだ」
少年をかばうように仁王立ちになったシャルロットが短く説明する。
「あの状態の『騎士』は無敵に近い。
魔法も使えれば反射神経、膂力、すべてが常人の数倍、数十倍に匹敵する」
つまり、超人状態での戦闘を行うということらしい。
「『騎士』の能力は最終的には気力と想像力だ。
主殿、あなたも『勇者』カオリの娘……いや、息子ならば勝てる、血の力を信じろ」
「んなムチャな……」
だが、先ほどそういう世界に足を踏み入れると、宣言したばかりの身では今さら何を言っても無駄である。
「じゃあ、ちょっと待って」
「何だ?」
「ネコ」
短く言うと、薫はジャケットの中でガタガタ震えている子猫を取り出した。
「ごめんな。
ちょっとそこで待ってて」
そう謝りながら、子猫をすぐ側にある公圍のベンチの下に避難させようとする。
「でしたらこの子は私が預かります」
とニファーリアが進み出て、薫から子猫を受け取った。
一瞬、手と手が触れあった。
「あ」
思わず声をそろえて、薫とニファーリアは見つめ合い、慌てて視線を外し、それぞれの場所へと戻った。
子猫はエルフの王女の腕の中で安堵したのか目を細めて喉を鳴らし始める。
シャルロットは少し怒った顔になったが「まあ、子猫を巻き込むのは良くないしな」と納得したようだ。
シムトの方は、子猫を抱いて元の位置に戻ったニファーリアをまっすぐ見つめ、
「ニファーリア殿下、よろしいか?」
と問う。
「はい」
静かにニファーリアは頷いた。
「では」と声を重ね、この戦いの依頼者である王族ふたりは己の左の人さし指に触れ、何事かを唱えた。
うっすらとした黄金の光が集束し、それまで存在していなかった金色の大きな指輪がそれぞれの人さし指に現れる。
台座の部分には複雑な紋様が刻まれていた。
ふたりは息を合わせたかのように同じ言語で同じ意味を唱えた。
「我ら、契約と闘争の神、ヴァルチルードに誓わん!
是より国の威信と利益をかけ、国交の戦を騎士と剣で行わん!
神よ、神々よ、ご照覧あれ!」
そう言って指輪を引き抜き中空に高々と放り投げる。
二つの指輪はくるくると夜空に舞い、出現したのと同じ輝きとなって弾けた。
指輪二個の起こした波紋のごとく光は広がり、夜空に散った。
夜空に散った光に呼び出されたかのように、薫たちを中心にした半径五メートル……つまりこの大きめの公園の中央にある何もない部分ギリギリに、光の線が地面に走る。
これが彼らの「戦場」だ。
シムトやニファーリアたちは線の向こう側に立って戦いを見届けることになる。
「……」
〈よろしい、我が世界の子らよ〉
どこからともなく、男女どちらとも判らない威厳に満ちた「声」が響いた。
言語や音声ではない「意味」がダイレクトに頭の中に「流れる」。
思わず薫の脚が震えそうになる。
これが「神」の声なのだと瞬時に理解した。
なるほど、これは従うしかないなあ、と思う。
〈汝らの宣誓を我ら、聞き届けん〉
同時に、平たくした砂時計を捻ったようなモノが現れた……どうやら実体はないらしく、向こう側の風景が透けて見える。
〈戦い方を知らぬ異世界の騎士に告げる。
この砂時計の砂が落ちきるまでが最初の一回である。
都合三回、汝は戦い、勝敗を決すべし。
引き分けが三回続けば、それ以後回数を正ね、最初に勝った者が勝者となる……戦いは今ここで三回行ってもかまわぬし、日を改め、あるいは人を変えても構わない〉
すでに双方の戦神騎士にとって、脳の奥に焼き付けられているルールを、あえて戦神は説明してくれた。
(随分親切な神様だなあ)
ゆっくりと回転している砂時計を見ながら、薫は思う。
〈気にするな、初回特典というやつだ〉
こちらの考えを読んだのか、「神様」がいきなりそう「言った」ので驚く。
考えてみれば例の大規模魔導兵器とやらに「怒った」らしいから、人間らしくても当然かもしれない。
〈で、どうする?〉
気分としてはさっさと終わらせたいと思うが、慎重にしたほうが、と頭の片隅で警報が鳴っているのも事実だ。
「えーと、それは今決めることなんですよね?」
頭の中に焼き付けられている知識は「当たり前だろ」と毒づいたが目の前にいるらしい「戦神」さまは丁寧に答えてくれた。
〈そうである。
状況が有利、不利の如何を問わず、最初に、戦士としての実戦経験が少ないほうが決める〉
囲碁やチェスにおける黒白どちらのコマ(あるいは石)を使うかの決め方に似ていた。
「じゃあ、今回は一回だけで」
〈よろしい。
賢明な判断であろう〉
どうやら相手は褒めてくれたらしい。
「えーと、じゃあシャルロット」
「判った、主殿」
きっ、と引き締まった表情でシャルロットが前に出る。
「えーと、ど、どうしようか?」
真っ赤になって聞いた少年に、少女も真っ赤な顔で応じた。
「お、お前も騎士ならし、知っているだろう?
く、く……」
「やっぱ、キスしないと駄目?」
「仕方なかろう!
そういうものなのだ!」
顔中口に見えるぐらいの大声でシャルロットが怒鳴った。
どちらも恥ずかしくってたまらない。
「……判ってるけどさ、その……」
「さ、さっさと始めるぞ!」
視界の隅でエストが面白そうに声を立てずに笑っているのが見えて、薫には少々腹立たしかったが、それはシャルロットも同様だったようだ。
「じゃあ、えーと城崎薫とシャルロット組、行きます!」
先ほどのエストたちを真似たものの、何とも緊張感のない宣言をした。
(あ、ひょっとしたら準備が終わってから言うのかな?)
そう思った瞬間、ぐいっとシャルロットに首を仰向けに捻られた。
がちん、と前歯同士が当たった。
(うわっ!)
痛い、というほどではないが、最初とは随分違う強引なキスに、少年はちょっと驚いた。
その瞳に、シャルロットが一足飛びに光へ変わるのが映る。
銀髪の少女は水銀のようになり、そのまま右腕全体にまとわりつき、姿形を変えていく。
同時に「契約」によって少年の頭の中に刻まれ、普段は現れない「戦神騎士」として戦闘に関わる知識、能力が正確に浮かび上がってくる。
思い出せなかったものを思い出した瞬間の心地よさ。
それまで感じていた不安が大分軽くなるのを薫は感じていた。
最初の戦いにおける「全てが見下ろせる」万能感ほどではないが、「大丈夫」という自信が少し背筋を伸ばさせてくれる。
神のごとき万能ではないにせよ、あの時と同じようにイマジネーションと集中力があらゆる全てを可能にすることだけは変わらない。
「これなら」
と思う。
それが、困惑に変わったのは次の瞬間だった。
光が消え、少女はエストの「剣」アドネとは違い、細身の長い剣となり右腕を覆うのもそれに見合った細い、しかし肩口は頑丈そうにつくられた鎧の腕。
それは風のように軽く、鋼よりも頑丈……のはずだったが。
「わわわっ!」
薫はつんのめってざっく、と剣の切っ先を思わず地面に刺してしまう。
驚くほど、鏡も剣も重かった。
「な……なんだ?」
困惑して剣をシャルロットを見る。
一体化しているはずの、己の肉体も同様の剣は、どう見ても「異物」にしか感じられなかった。
「なーんか、お取り込み中みたいだねえ」
にやり、とエストは鮫のような笑みを浮かべ、ゆっくりと剣を構えながら歩き始めた。
構えた大剣に青白い稲妻がばちばちと走る。
「戦神騎士」と「剣」が融合した時、「戦神騎士」は特定の魔法を操ることが出来る……と「記憶」と化した知識が教えてくれる。
恐らくエストの「魔法」は「雷」なのだろう。
「いきなり素人がご苦労様なこった……でも、容赦はしないよ……」
「どうなっちゃったんだよ、シャルロット!」
叫びながら、それでも少年は渾身の力をこめて剣を引き抜き、よろよろと構えた。
少年の世界に存在するこの大きさ、形状の剣なら重さは数キロ、鎧部分を含めても十数キロだが、どう考えても今のシャルロットの変じたものはその五倍以上、つまり少女の体重以上のものがあった。
エストはゆっくりと近づいてくる。
「カオル様!」
状況の異常さを察したニファーリアが声をあげ、楓も青い顔になったのが、視界の隅にちらりと映る。
冷たい汗が薫の背中をどっと流れ始めた。




