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女装してたら異世界の王女に戦神騎士にされました!?  作者: 神泉 朱之介


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 近所の公園に来てみると、ちょっと気になることがあったのを思い出した。


「……そういえばあいつら、まだ元気なのかな?」


 薫は呟くとトコトコと公園の奥、トイレの裏手へ歩いていった。


 百円ショップで買って、しばらく使った後打ち捨てられたと覚しい、食器洗い用の大きな洗面器に、真新しいチラシの裏「もらってやってください」と書かれたものがガムテープで貼られている。


 中を覗き込むと、白黒ブチの子猫がモソモソと動いている。


 生後一ヶ月も経っていないのだろう。


 腰を上げて移動するのがやっとな生まれたて。


「あー、やっぱお前、売れ残ったのか」


 少年の声に反応したのか子猫は顔を上げて「みい」と鳴いた。


 今朝、ここを通りがかったときには五匹いた。


 薫と同じ学枚の女生徒達が数人品定めをしていたので、多分全員引き取ってもらえるだろうと楽観視していたのだが、この白黒だけが「ブサイクよねー」とか言われていたのを思い出したのだ。


 心配してきてみれば、やはりこのへちゃむくれた顔の子猫だけが残されていた。


「……お前、僕んちの子になるか?」


 薫も、祖父母たちも元々犬猫は好きだ。


 ちょうど両親が事故で死んだ数年前、タイミングを合わせたかのように飼っていた犬が死んで以来、祖父母は生き物を飼うことに積極的ではないが、それでも自分が強く言えば大丈夫だろう、と薫は思った。


 何よりもどうにもこの外見だけで「売れ残り」になった子猫が、昔の自分を見ているような気になったのだ。


 代償行為、とでも呼ぶべきことかもしれないし、誰かが見たら笑うかもしれないが。


 太っているから、醜いから世間から疎外されているのだと思いこんでいた自分。


 実際には内面や行動の問題だったのに、それから逃げ回っていた、とも思えるし、むしろそれで満足していたのだから下手にその「枠」の中から出てこなかったほうがよかったんじゃないか、とも考える。


「そういえば……」


 何か食べ物を持ってなかったかとポケットに手を入れたものの、風呂上がりでふらりと出た身にそんなものがあるわけはなく、また子猫にはミルクだと思い出す。


「じゃ、一緒にいこうか」


 と手をさしのべると、子猫はまだろくに開いてもいない眼で、少年を見上げ、差し出した指先をざらざらした舌で舐めた。


「そっか、一緒にいくか」


 と少年は子猫を抱え上げると、羽織っていたジャケットの懐に入れた。


「とりあえず暖めて、それからコンビニでミルク買って」


 とか以前本で読んだ「子猫の飼い方」を思い出しながら歩き始める。


 その前に、人影が現れた。


「?」


 ふと足を止めて、少年は視線と思考を中空から現実へと引き下ろした。


 テレビのワイドショーとかに出てくる、ベンチャービジネスで巨額の金を手に入れたばかりの若社長、という様子の、銀色のタキシードを着けた青年。


 その背後に、彼を守るようにしてサングラスにスーツ、白い手袋という、まるでシークレットサービスか執事のような格好の美女、そして……あの凶相狂眼のボンデージ女!


「!」


 思わず少年が固まった。


 その間に、青年はツカツカと歩み寄り、百九十センチ近い身長で少年を見下す。


 背後でエストはつまらなさそうな顔をして動かない。


 どうやら、この青年に従っているらしかった。


 ふん、と鼻で笑った。


 随分とそれは威圧的で、人を小馬鹿にしていて、薫はデブだった時代に、いかにもなデートスポットにうっかり足を踏み入れてしまった時、 こちらを盗み見ながらクスクス笑いをしたオシャレ系カップルの片割れを思い出して嫌な気分になった。


「君が、『勇者』にしてソグディアナ王国の『戦神騎士』シロサキ・カオリの息子……シロサキ・カオルか」


 彼らも中世な世界から来たはずなのに、 よくもまあこんなに簡単に人を探せるもんだ、と思わないでもなかったが、「魔法」というもののおかげもあるんだろうな、と少年は理解した。


「はあ」


 少々相手に引け目を感じながら薫はぼんやりした返事した。


 どうやらまた「勇者」というか「戦神騎士」の話らしい。


 だが、学校で戦ったときのような総毛立つような殺気とか緊迫感はなかった。


「私の名はバルート。

 タイハン帝国の国交決闘の最高補佐官だ」


「あ、どうも」


 ぺこりと思わず頭を下げる薫に、銀色のタキシードの青年は一切構わず、


「君にいい条件があるんだよ」


「はい?」


「これをやるから、次の戦いで負けるか、ソグディアナの戦神騎士としての戦いを拒否してはくれないかネエ?」


 バルートが軽く手を挙げると、後ろに控えていた執事風の美女が、どこからともなく薄手のスーツケースを取り出し、青年の横に片膝をついて中身を開けた。


 それまでの城崎薫、十六年の人生の中ではテレビドラマか、 ニュース映像でしか見たことのない光景が出現した。


 スーツケース一杯の一万円札。


「一億ある」


 青年の声が遠くに聞こえる。


 正月とアルバイトの終わった後、吹けば飛びそうな厚みの封筒に数枚入っている情報しか見たことがない薫にとって、それは何とも現実感のない光景だった。


「これ……ぼ、僕に?」


「ま、君がこちらの言うことを聞いてくれればね……なあ?

 いいだろう?」


 不良生徒が路地裏に連れ込んだ「カモ」に金を要求する時の、微妙に威圧した馴れ馴れしい言葉遣い。


「元々我が国に一方的に売られた戦争だ、本意ではないのだよ。

 それに戦費に比べればこれぐらいどうってことはないんだ。

 君にも悪くない話だろうが?」


「でもこれって十億単位のお金ですよ?」


 一億というからには十億単位というのは間違いなのだが、そんなことに気づく余裕も薫にはなかった。


「負けて我々が失うものはこの数万倍にもなる。

 これぐらいは痛くもないんだネエ」


 軽薄な笑顔を青年は浮かべた。


 眼の中に、侮蔑と嘲笑の色があるのが、さすがに薫にも判る。


 つまり「さあ拾えよ」と言いたいのだろう。


 そこで顔を歪め「随分と高く見積もってくれたものだな」とか何とか言えれば今ごろ城崎薫は彼女持ちになれたかもしれない。


 だが、この少年はそんなことが言えるような人間ではないし、そう言い切れるほど大金を見慣れているわけでもない。


 何しろ、スーツケース一杯の高額紙幣なのである。


 さてどう答えればいいものか、すっかり混乱している薫の背中に、


「駄目だ!!」


 銀髪の少女……シャルロットの鋭い声が投げつけられた。


 振り向いた瞬間、公園の林の中から現れたシャルロットは軽々と跳躍して、少年の目の前に立った。


「戦う前に負けてどうするか!

 さあ!

 こ、この際私の趣味はが、我慢してやるから戦うのだ!!」


 そういって薫の襟首を引っ掴む。


「さあ、命じろ!

 わたくしに『剣となれ!』と!

 そして雄々しく戦うのだ!」


 いつもの薫だったら、勢いに飲まれて頷いてしまうに違いない。


 が、今日は違っていた。


 あまりにも多くのことが少年を疲労させ、疲弊させ、心の中の最も柔らかい部分を根こそぎ削り落として、ギスギスしたものを露出させていた……しかも、その最も大きな要因は、この少女なのである。


「いやだ!」


 そう怒鳴るように言って襟首を掴んでいた少女の手を勢いよく下から上へとはたいて、外させる。


 じっと銀髪の少女を睨みつけ、それからもう一度、少年は繰り返した。


「やだ」


 ひょい、と薫は腕組みしてそっぽを向く。


「勝手にヒトを異世界の喧嘩に巻き込むな!」


 双方からいいように扱われているのもあって、半分、意地になっていた。


「な……き、貴様!」


 銀髪の少女は薫に噛みつきそうな顔になった。


「金に目がくらんだか!」


 面白いことに、この瞬間、少年の脳裏から目の前に先ほどまで提示されていた札束のことはすっぽりと抜け落ちている。


 金額があまりにも現実離れしていたせいもあるだろうが、それだけに「金に転んだ」と言われて「ぷつん」と最後の我慢の糸が切れた。


「金?」


 ぐぐっと少年の顔が再びシャルロットに向けられる。


 それまで無害で無力と思っていた少年に思いっきり睨まれて、思わずシャルロットが言葉を失う。


「バカ言うな!

 僕が嫌なのは君のその態度だよ!」


 少年の頭の中では色々な感情が渦をまいていた。


 その、心の中を覗いた場合、一番大きな比率を占めているのは男と判った途端に豹変した少女への面当て、という成分だろう。


「何だと!」


 こちらを睨みつけるシャルロットの眼をまっすぐ見返して、珍しく普段気弱な少年は一気呵成に言葉を放つ。


「いきなり現れて、いきなりけ、契約とかされて、僕が男なのが良くないみたいに言い出した挙げ句の果てに、国の命運がどうたらとか、いきなり押しつけてさあ、戦え、なんて言われても出来るもんか!

 ひとを馬鹿にするな!」


「き、貴様……」


 あまりのことに二の句が継げない銀髪の少女に、いささか勢いも手伝って、少年はさらにたたみかける。


「そもそもの原因は君らじゃないか!

 たとえ母さんが君らの勇者だか英雄だったかもしれないけど、僕は僕だ!

 城崎薫で、香織じゃない!

 同じ人間じゃないんだ!

 挙げ句に男だからって態度がころっと変わってさ、そのくせ『戦え』だって?

 ふざけるなよ!

 何で僕が君に命じられなきゃいけないんだ!」


「……」


 薫の激しい言葉の連打に、銀髪の少女は凍りつく。


 少年の言葉は確かに「正しい」からだ。


「では、キミ達の負けでいいよねエ?」


 冷たくバルートが言った。


 手には先ほどのスーツケースがある。


「……なんだ、つまらない」


 しらけた貌でエストは肩をすくめて溜息をついた。


「駄目だ!」


 わなわなとシャルロットは、拳を握りしめる。


 少年を睨みつける顔は怒りに赤を通り越して黒に近い色に染まっていた。


(こりゃあ、殴られるかもな)


 少年は、もしそうなったら絶対に頷いてやるものか、と決意を固めていたが、


 シャルロットは唇を噛みしめ、薫の前に一歩進むと、その場に両膝をついて頭を垂れた。


「た……頼む!

 戦ってくれ!」


「!」


 薫は彼女の意外な行動に驚いた。


 いかにも誇り高く得、気高く、というイメージがあって、決して人の前に頭を下げるとは思えなかった少女である。


 まして「男嫌い」らしいのだから、男とは関わるのも嫌なはずだ。


「わ、私の趣味はどうでもいい、一生嫌ってくれても構わない、だが、戦ってくれ!

 姫様のお身体のためなのだ!」


 血を吐くような声、というものを少年は初めて聞いた。


「私の国のために!

 そこに住む国民全員と、姫様の命がかかっているのだ!」


「……」


 黙って少女を見つめる薫。


「タイハン帝国の皇帝は、男女別なく愛人を五百人抱えるような変態なのだ!

 しかも加虐趣味で、毎年二百人近くが死骸となって城を出るありさま!

 そんなところに姫様をやれるものか!」


「き、貴様っ!

 なんという恐ろしいことを!」


 バルートが気色ばんだが、それはどう見ても図星を指された人間の表情で、根も葉もない話を聞かされた者の顔ではなかった。


 それが証拠に、エストの顔は苦笑いを浮かべている。


 さしもの薫もあきれ顔になった。


 英雄色を好む、とはいえ、やはり「現実の数字」と「性癖」が提示されると現代に生きる人間としては鼻白むものである。


 というよりも、現代社会に生きる少年には会社における出世のためとかの個人的な「競争」ではなく、国家かけた「戦争」の賠償として女性の身柄を要求するという事実は、リアリティが欠如した話であった。


 だが、それはどうみても「事実」らしかった。


 シャルロットは、それを必死になって食い止めようとしている。


「私は、私は……そのためならば何でもする!

 姉上とだって戦う決意をしているのだ!

 だからお前に心だってくれてやる、だから、だから……」


 膝の上で握りしめられた少女の手が、真っ白になるほどに握りしめられた。


「お姉さんと……?」


「エストの隣にいる女執事は、私の姉で同じ武騎人だ」


「そんな……」


 愕然と少年はエストの隣で静かに、風景のように控えている男装の麗人を見つめた。


 確かに、シャルロットと同じ銀髪だし、よく見れば顎や鼻筋のラインはよく似ている。


「それは構わぬ、武騎人は戦うことで己を高め合う種族だ」


「……」


 あの日、あの時、駅で彼女に告白したとき、自分は同じように出来ただろうか。


 目の前のシャルロットが自分に土下座までしているのが、 むしろ少年には羨ましくさえある。


 国家や、国民、という話はピンと来なかったがあの姫様(ニファーリア)の命が、というのは少年にも判る。


 負け戦を指揮した者が後でエライ目にあうのは最近の戦争も古代の戦争も同じだろう。


 確かに戦うのは怖いし、相手があの凶相狂眼というのは色々な意味で引っかかるが(相手が女性、というのも含めて)、それは少年が「我慢」できるレベルだろう……多分。


 思考も性別さえ違う少女が、一度は自分を嫌悪した少女が、その対象に膝をついて頭を下げるぐらいなのだから。


 様々な思いが少年の脳裏に錯綜し、世間一般には「お人好し」と呼ばれる部分が後押しをし始める。


 同時に、記憶にある「戦神の調律」中のあの万能感無限の可能性の輝きも。


 違う「なにか」になれるかもしれない、あのワクワクする感じ。


(いや、それは違うって、そっちはオマケみたいなもんだってば)


 と少年は慌てて頭を振った。


 これは「楽しいから」やることではない。


 じっと銀髪の少女を見下ろしながら、薫は黙り込んだ。


 もう、心は決まっているも同じだが、同時に最後の「引っかかり」がそれを口に出させない。


「男嫌い」の少女という、自分の容貌や性格、能力ではなく、それ以前の「男」というものに嫌悪を抱いている相手、というのが。


(でもそれだけで拒否したら、僕はそれ以下になる、ってことだよね?)


 少年は幾分か冷えた頭でその結論にたどり着いた。


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