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女装してたら異世界の王女に戦神騎士にされました!?  作者: 神泉 朱之介


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 住宅地には少々不似合いな、黒のロールスロイスがゆっくりと進んでいく。


 助手席にエスト、後部座席にバルート、ハンドルを握っているのはアドネ、という組み合わせだった。


「随分と静かな街並みだな。

 墓場のようだ」


 あまりホテルから出ることのない生活をしているバルートが、鼻を鳴らす。


 後部座席で脚を組み、ヘッドレストに両手を広げている様は、本人は大物を気取っているのだろうが、普段はシムトに遠慮をしている姿を知る者達が見れば、額縁に入れて博物館に飾りたくなるほどの「虎の威を借る狐」に見えた。


「住宅街でございますから」


 とアドネが応える。


 免許はこの国に来た後でシムト(というより一行の財布を管理しているバルート)が「買い与えた」ものだが、その腕前はすでに数十年以上ハンドルを握っているプロフェッショナルのそれである。


 エストは黙ったまま、ドアの窓枠に頬杖を突き、乾いた目で外の風景を見ている。


「静かで綺麗で……嫌な国だ」


 バルートは口の端を歪めた。


「しかし、シムト様に申し上げなくてもよろしかったので?」


 聞こえているのかいないのか、慇懃な無表情でアドネはシムトに尋ねる。


「英雄」城崎香織の名は今でも記憶に新しいせいもあって、この世界に来るとほぼ同時に、アドネはその素性を割り出すべく調査をしていたので、その血縁の所在は簡単に判った。


 それをバルートは自分の主人(ということに名目上はなっている)シムトには知らせるな、と口止めしたのだ。


「構わなんさ。

 どうせあの第四王子はただのお飾りだ。

 ま、女だからいざというときにはアレコレ役に立つかもしれんがな」


 苦笑いとも嘲笑とも取れる表情で痩せぎすの高級官僚は答えた。


「ダリアム王子もよくもまあ、ああいうのを見つけてこられた……召喚獣は召喚者に似る、ということだろうな」


 うっかり手に付いた汚物を壁になすりつけるような顔で、バルートは言った。


 今の第一王子、ダリアムはシムトよりはまともながら、平民の出の母親を持っている。


 上の三人の王子が戦争と事故で死ななければ、彼がこの第四王子として戦いを仕切り、責任を持つべき役割であった。


 その彼が、シムトを第四王子に取り立てたことを暗に揶揄しているのだ。


 こちらとあちら、どちらにおいても、王族の中では第一から第三王子、王女までが跡継ぎ、および領土所有の最大権利を持つ。


 それより下というのは、せいぜいが「貴族の別名」もしくは「血族を絶やさないための予備」でしかなく、権力も地位も持たない飼い殺しの立場である。


 自らの領土や館を持つこともなく、側室どころか、「血を薄めるから」と結婚さえ許されない……どころか、王の気まぐれや政治的理由で殺されることすらある。


 唯一の救いの道は徹底的な従属と保身。


 治世が長く続けば続くほど、国が大きければ大きいほど、こういう状況はより強固に、盤石のシステムと化す。


 国交決闘というものがなかった時代は第四王子、王女も同じ立場にあった。


 戦神がその権限において第四王子、王女に国家間の戦争を仕切らせた理由は、神話によれば一命を投げ打って説得したある国の第四王子、王女の願い、とある。


 故に第四王子、王女は国際決關を取り仕切る役を「神から与えられ」、絶対不可侵とされている。


 だがそれ故に現実社会におけるその政治的地位は低く、たとえ連戦連勝であろうとも彼らの王位継承権は繰り上がることなく、また戦いの間の予算運用の一切の自由と引き替えに、貴族たちのような領土からの税の徴収や自分の才覚による商売などの労働行為すら認められない。


 負けてしまえば最悪、己の命でそれを購う。


 王家の中でも称号だけは派手でありながら、恐ろしく低い地位と重い責務だけが背負わされる存在なのだ。


 だが、ある「目的」を持たされた、バルートのような貴族屋にとってはそうではない。


 アドネは否定も肯定もしなかった。


「……」


 エストはますます不機嫌な表情になりかけるが、それをバルートには見えないように注意深く消した。


 落ちぶれ果てていた彼女を救うために直接財布の紐を解いたのはバルートだが、その財布の主はシムトであり、この美女はこの陰険な官僚よりも、誇り高き第四王子演じる少女を主と決めている部分がある。


 もっとも、それを態度や口に直接口に出したりはしない程度の世渡りも覚えていた。


 没落した「戦神騎士」の家系、という十年の人生の、それは成果でもあった。


 だからこそ、バルートに密かに命じられたまま、学校で薫たちを襲ったし、それをシムトに責められ、命令を下した当人に、さもまるで彼女ひとりの独断専行のように罵られても堪えたのだ。


(それもコミの値段としては、まあ妥当な金さね)


 とはすっぱな貧民街の娼婦の口調で胸の内、エストは呟いた。


 確実に「仕事」をこなすのならば、アドネを連れて行くべきだったのに、それをしなかった己の奥底、僅かに残った「戦神騎士」の潔癖さから目を背けるために。


 彼女の妹弟、そして彼らを喰わせるべく苦労した挙げ句に身体をこわした母に魔法による最高の治療と、向こう十年は楽に暮らせるだけの金と家、そして妹弟たちに学問という道を開く権利が、今回の報酬として与えられているのだから。




 少年は、三十分ほど経っても戻ってこなかった。


「カオル様、やはり怒ってらっしゃるのでしょうか?」


 困った番でニファーリアが言った。


「んまー、ちょっとイラッとはしてるかも」


 苦笑いしながら楓。


 見事かつ的確に薫の心理状態を捉えている。


 伊達や酔狂で少年を主役に小説を書いているわけではなさそうだった。


「ちょーっと今日は色々ありすぎたから」


 原因の三割ほどは自分にもあるのだが、どうもその自覚はないらしい。


「まあ、大丈夫だろう」


 祖父の大介は気楽な顔で言った。


「アレは恨み辛みをそうそう長い時間維持できるような子ではないからな」


「はあ……」


「それに今はウチらが行っても逆効果になりかねないしね。

 もうちょっと様子を見ましょ」


 楓の言葉に、大介が軽く片眉を上げた……孫の状況を冷静に判断した少女に少し驚いたらしい。


「……」


 ぎゅっとシャルロットは正座した膝の上で拳を握りしめた。


「ひ、姫様」


 立ち上がる。


「わ、わたくし、あ、あの男に協力をい、依頼、してまいります」


 自らの腸を食いちぎるような、苦々しい声である。


「良いのですか?

 あなたの嫌いな男の方ですわよ?」


「が、我慢いたします!

 我が国の騎士はひとり、今さら解除出来ない以上、このままでは座して負けを待つばかりです!」


「まあ、それはそうですが」


「ヨリューシャイの土地と住民約二十万、みすみす手放されるおつもりですか!」


「でもあそこはもともと百年前は帝国の領土だったわけですし……」


「もう百年経っております!

 それに、魔硝石の大産地である以上、我が国(ソグディアナ)のこれからの経済復興の要なのですよ!

 ただでさえ二年前の災害と、アディスタンからの侵攻で経済は疲弊しておりますというに!

 それに負ければ姫は……」


「判っています、シャルロット」


 ニファーリアは微笑んだ。


「でも、そのための第四王女ですから」


「いいえ、姫様は、姫様はおわかりになってないのです!」


「なるほど、どうやら領土の他に、お姫様の身柄も要求されてる、ってわけか」


 大介が苦笑いして言った。


「!」


 異世界からの少女ふたりが顔を見合わせる。


「なぜ、おわかりに?」


「生き死にならそこの銀髪のお嬢ちゃんは一緒に、と言い出すだろ。

 だがそこまで『負ける』のを嫌がるんなら、そしてお嬢ちゃんが『男嫌い』なら、あとは簡単な話じゃねえか。

 まして、話を聞けばお前さんとこは俺らの世界でいうところの中世みたいな世界だしな」


「なるほど……」


 横で斎京楓が頷いた。


「そういえば、あなたはカオリ様のお父様でしたわね」


 溜息混じりにニファーリアが言った。


「ま、あいつの勘の鋭さは婆さんの方の血が濃かったがなぁ」


 ほろ苦い笑みを浮かべて大介。


「で、側室にでも望まれてるのかい?」


「そ、それどころではありません」


 忌々しいあまりに歯の隙間から押し出すような声でシャルロット。


「でもね、アレに関しては噂という話もあるし……」


 なだめるように言いかけるニファーリアを遮って、


「いいえ、私があの男……いえ、騎士殿の御不興を買ったのでしたらわたくしが!」


「あ、待って!」


 と立ち上がろうとしたニファーリアがこてりと倒れた。


 形のいい脚をL字型に曲げたまま畳の上に突っ伏してしまう。


「あれ?

 お姫様どうしたの?」


「あうわええぇあぅぅ……あ、脚が……」


 何とも情けない顔でニファーリア。


 顔から鼻かけ眼鏡がずり落ちかけてる。


「あ、痺れたんだ」


 楓が納得して顔を上げた頃には、銀髪の少女はすでにどこかへ消えていた。


「でも、どうやって探すつもりなんだろ?」


「そ、それなら大丈夫です」


 ニファーリアが必死な声で言った。


「『戦神騎士』と武騎人は特別な絆で結ばれていますから、方角ぐらいは」


「まあ、それにあいつの行きそうな場所はこういう場合決まっとるよ」


 と大介が笑った。



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