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情けない話だが、風呂でのコトの後、ようやく薫は三年前に父と共に事故で死んだ自分の母親の名前が「香織」だったことを思い出し、そこから先は簡単に話が通じた。
「母さんが勇者だったあ?」
鼻の頭に氷水の入ったビニール袋を当てて血止めしながらという情けない格好で、少年は思わず大声を上げる。
ニファーリアと名乗るエルフ耳の王女が口にしたのは、今までの少年の人生の中で一番信じられない話だった。
「まあ、二十五年前といえば、お前の母さんはちょうど今のお前と同い年だ」
「お祖父ちゃん、知ってたの?」
「いやまあ、たしかにその頃、ワシと喧嘩して三日ほど家出して、帰ってきたら偉く大人になっておったのは覚えておるがな」
薫の祖父、大介は腕を組んで考え込んだ。
十二畳ほどもある客間には、お茶を淹れるために席を立った薫の祖母以外の全員が座っている。
「まあ、よからぬことがあったわけではないと感じたので対して問い詰めもせんかったがな」
祖父の言葉に、ニファーリアは頷いて、
「はい、ここ五年ほどでほぼ時間の流れは同じになりましたけれど、その頃の私達の世界と、こちらの世界では数十倍の差がありましたので、実際には二年ほどあなたのお母様であるカオリ様は私たちと一緒に、我が国ソグディアナのために闘っていただきました」
そういえば、子供の頃「お母さんは勇者だったのよ」と冗談交じりに「いせかいのおはなし」をしてくれたコトがあったのを薫はぼんやり思い山す。
確か一緒に絵本もつくってくれてたはずだが、あれはどこへやってしまったのやら。
「私たちの世界では、国の危機になるとそうやってこちらの世界から『勇者』を召喚して闘うという伝統があったのです」
「……はあ」
という他には何も言えない。
「で、なんでまた今度はこちらの世界に?」
「はい……実は、最近は伝統もすたれ、直接戦闘が行われるようになったのですが……」
ニファーリアは少し口ごもったが、それまで黙って後ろで控えていた細髪の少女が、 こちらを睨みつけるようにしながら、代わりに説明を引き受けた
「大規模魔導兵器が、ついに神様たちのお怒りを買ったのです」
ぷい、と横を向いたシャルロットは、まだ風呂場の一件というか、それに付随するモロモロのことで怒っているらしい。
「?」
「その……直接戦闘がだんだん大規模になり、最近は集団によって大地そのものにまで大きな被害をもたらす残酷な魔法式とそのための兵器が開発されてしまって、ついに神々のお怒りを受けてしまったのです」
「……それってひょっとして原……」
「ばく、って言っちゃ駄目よ、薫君」
となぜか斎京楓が人さし指を立てて薫の言葉を遮った。
「そーゆーのはニュークとかN2爆雷とか、せめて反応弾とか今は言わないと」
「どうして?」
「そういうものなの……まあ、敵対するゲスクズどもを一瞬で土地建物ごと灰に変えて、魔力だかホーシャノーだかの汚染でざっと一万年は生き物が住めず、夜ごとに土地全体がイケナイ輝きでぼーっと光ったり、○×の多い生物アーンド妙に巨大な植物とかが生えまくる愉快ツーカイな地獄に変えちゃうような魔法、ってことでしょつまり?」
言葉の後半はニファーリアに向けられていた。
「そんなひどい武器がこの世界にはあるのですか?」
ニファーリアはちょっと顔をしかめた。
「なんと恐ろしい」
「でも大体合ってるでしょ?」
と楓は涼しい顔だ。
「まあそれよりはちょっと小規模な物と考えていただければ。
せいぜい跡形もなく山を吹き飛ばす程度の」
「……それって斎京さんのいう奴よりも小規模なの?」
どうもこの辺はよく判らない。
「でも、それが何であなた達がこちらに来る理由に?」
「それを使って、帝国も我が国も戦争をしようとしまして」
恥ずかしそうに銀髪の少女、シャルロットもニファーリアもうなだれた。
まるで正月、親戚が集まってはしゃぎすぎ、親にこっびどく叱られた子供のように。
「まあ、新しい武器があって、使う状況が出来てしまえば使っちまうわなあ」
大介が腕組みして頷く。
「で、神々は大規模魔導兵器を完全に消滅させた上で、この戦いの決着をつけるべく、我々をこちらの世界に飛ばした上で、従来の決着方法を行えと命じられたのです」
「従来の決着方法?」
「つまり国王の代理、もしくはその代理に指名された『戦神騎士』が武騎人を用いて、同じように選出された相手の騎士とそれぞれ三回戦闘をし、勝った国が要求を通す、というやり方ですね」
「何でまた?」
「判りません神々のお心は深遠すぎますから」
と銀髪の少女は溜息をついた。
その姿はひどく心細そうで、薫は何とも言えない気分になった。
王女とそのお付き、とはいえ、戦争は自分の意志ではないようだし。
「でも、そうなったら普通は国の最高責任者の王様とかになるんじゃないの?」
「さすがに国王を異世界に飛ばせば国が成り立ちませんから。
それに本来ならこういう場合、我が国では私が戦いを取り仕切るのが常でしたから」
「つまり役職?」
「はい、もうかれこれ百年ぐらいはやってます」
少年はそれを「第四王女」が行うことだと理解した……よもや目の前の少女が数百歳だとは考えもしない。
「姫様の名はその頃から鳴り響いておりましたからな」
なぜか自分の方が得意げにシャルロット。
「とにかく、温情に厚く、騎士を選ぶ目も最も確か、おかげで我が国はここ百年、国交決闘で負けたことはないのです!」
「百年って、そういう意味なの?」
それなら、薫の母親と友達関係、というのも納得がいくし、薫を母親と間違えたのも納得がいく。
百年生きてこの美貌ということなら、二十五年なんて、彼女にしてみればほんの数年前の感覚なのだろう。
「もちろんだ、姫様は百年もの間『調停王女』をなさっておられる!」
と胸を張る銀髪の少女を「これこれ」とたしなめながら、少しニファーリアは照れ笑いを浮かべ、
「まあ、負けなかったおかげで私のようなハーフエルフが王族を名乗れるわけで。
通常はエルフの血が入れば世代は関係なく公爵が最高位で、王位の称号はありませんから」
にこりと笑う王女の言葉のどこかに、奥歯に物が挟まったような響きがあるような気が薫にはした。
「……」
どうやら色々複雑な事情もあるらしい。
「で、えーと、これからつまり、その……」
自分をこのふたりはどういう立場に据えるつもりなのか、あるいはないのかをどう切り出せばいいのかと、ようやくいつものジーンズにTシャツ姿になった少年は悩んだが、
「まあ、早い話薫君ってば『契約』しちゃったんでー、そのまま否応なしにこの王女様の『戦神騎士』ってことよねーこれは!」
どうやら少年よりも飲み込みの早かったのは斎京楓だったらしい。
「は?」
ぽかんとする少年に、
「申し訳ありません」
ぺこり、と金髪の少女が頭を下げた。
「今回、外交的に我が国は失敗してしまって、こちらから戦いを仕掛けた、ということに表面上なっているものですから、全て向こう……今回はタイハン帝国という相手ですが……に優先権があって」
はあ、とニファーリアは溜息をつき、
「私たちはこちらの世界に来たら大急ぎで自分達の『戦神騎士』を見つけねばならなかったものですから」
相手は半年以上前にこの世界に来て足場を固める余裕があったにもかかわらず、ニファーリア達は今日、つまり教室に飛び込んでくる数時間前にようやくこの世界にくることが出来たのだという。
「それで焦っていたものでわたくし、てっきりカオリ様だと思ってカオル様と契約を結んでしまいました!」
「あ」
なるほど、これで全てが少年の中でつながった。
同時に「神懸かり」状態での記憶がぱちぱちと無意識の底から浮かび上がってきて、記憶の欠落部分にはめ込まれた。
「うわ……なんか思い出してきた」
自分の記憶だというのにちょっと信じられない。
あの口つけの後、妙に身体が動いて飛んでくる岩をスパスパ叩き斬ったり出来たのも、あの奇妙な感覚も、その「契約」の魔法だか何だかによる効果だと考えれば納得がいく。
いや、違う。
頭の奥底に焼き付けられた正しい「知識」が断言した。
あれは単なる「将来の可能性」のデモンストレーションに過ぎない。
同じことが今の薫には可能なのだ。
イマジネーションと気力によって。
つまり「超人」への切符を自分が手に入れている!
「ってことはつまり……」
だが、あまりにも現実感のない言葉と、現実そのものの記憶と今に薫は戸惑う。
「申し訳ありません」
ニファーリアがまた頭を下げた。
「えーと……」
少年はぼりぼりと頭を掻いた。
「闘わなくちや、いけないってこと?」
「はい」
こくり、とニファーリアは頭を下げた。
シャルロットはじっとうつむいて何も言わない。
「えーと、今さらキャンセルとかは」
「駄目なのです。
一度騎士になったら最低でもこの国交決闘が終結するまで闘わなければなりません」
「たとえば、負けたらどうなるの?」
「大抵の場合、『騎士』の能力を半分以上相手に奪われて吸収され、あるいは失うだけで死にはしません……ただ」
「ただ?」
「何事にも例外はありますし、受けたダメージは戦いが終わればすべて『なかったこと』になりますが、記憶には残りますから、戦っている間の痛みは現実ですし」
王女は申し訳なさそうに全てを口にしているようだった
薫は聞いてて段々気が滅入ってきた。
どうも戦いが終わるとダメージは帳消しになるが、戦いの最中は「おっかない」ことには違いがなさそうだ。
「それにその……戦いに負けるということは、我が国が負けるということで」
「!」
薫は急に、両肩にクラス中の机と椅子を乗っけられたような気がした。
「具体的にはどうなるの?」
「今回の場合、二十万人の住む領土が失われます。
我が国の経済的損失は恐らく今後百年にわたって影響が出ると……」
「まあ、大量の失業者と借金苦で自殺する連中、それと物資の不足で食べられなくなる連中が出る、ってことだぁな」
祖父の大介はさすがにこういう場合の具体例を出すのが上手かった。
「勝ったら、それはなくなるわけ?」
「はい……今度の戦争は我が国からすれば防衛戦なので、せいぜい相手の国家予算で二百分の一程度の賠償金を取るぐらいで終わると思います」
「あの、それ信じていいんですね?」
巨額な金だろうな、と少年はぼんやり思うが、戦争によって死ぬ兵士達とか、その家族とかの『あるはずの』人生や未来よりは安いだろう。
「はい」
まっすぐに、ニファーリアは少年を見た。
青、というよりも蒼と表現した方がぴったりの綺麗な眼。
その横で、シャルロットもこちらを見る。
「報酬は用意いたしております……もしも勝利すればそれで得られる賠償金の一割を、と」
「大体、金貨で言えばまあ、最低でも五千枚、というところだな」
「はあ」
どれくらいの金額に換算されるのか、どうにも少年にはよく判らない。
「それと、その」
ぽっと王女は赤くなって横を向いた。
「あ、あの場合によっては私をその……好きに……」
もじもじ。
膝の上に置いた手が恥ずかしげに組み合わされたり外されたりを繰り返し、それにつられて二本の細い腕の間でひとつが真夏のスイカを思わせるような大きさの胸の膨らみが「もよもよ」と揺れる。
「!」
ようやく止まった薫の鼻血が噴き出すようなコトをニファーリア王女は口にした。
「ひ、姫様っ!
そのようなことを!」
「いやだって本当のことだし、それに負けたって……」
「だ、ダメです!」
シャルロットは殆ど顔中口になるような勢いで声を荒げた。
「絶対ダメです!
姫様が男なんかに!」
そういってこっちを睨むようにした目つきは、先ほどまで、少年の手のひらを頬に押し当てて微笑んでいたときの優しさや親しみやすさは欠片もなく、ひたすらに憎しみと嫌悪だけが込められていた。
外側はそのまま、中身がそっくり入れ替わってしまったようなシャルロットに、薫は胸を鋭く抉られるような痛みといたたまれなさを嫌というほど感じた。
「ありゃあ……この子、『そっちの人』だったか」
斎京楓が呟いた。
「……ちょっと、外へ行ってきます」
うんざりした表情で、薫は席を立った。
あまりにも多くのことが身の上に降りかかってきた上に、色々なモノが肩の上に乗っかすぎていたし、シャルロットの視線に込められた嫌悪のおかげで、取り巻く世界が全て「男」としての自分を「要らない子」扱いしているような、嫌な気分が胸の中に満ちていた。
(被害妄想気味だよなあ)
そのままここにいると、それが噴き出しそうで、薫は辛かった。




