13
夕方になるとタイマーでお湯が沸くようにしてあるので、わざわざ待つ必要もなかった。
薫はメイド服を脱衣所で脱いでカゴに適当に突っ込むと、てきぱきと頭を身体を洗い、さっさと湯船に入る。
「あー」
思わず声が出た。
少々ぬるめのお湯が、たまらなく心地よい。
さっと出るつもりだったが、その意志がだらしなくお湯に溶けてしまいそうだ。
「このまま眠っちゃいたいなぁ……」
ぼけらっと呟く。
風呂から出たら本日の騒動のまとめというか、事情を聞かねばならない。
ほんの二、三分ほどで出ていくつもりだったが、思わず逃避心理もあって、少年は無意識の空白の中に没我した。
「……でよろしいのですか、姫様?」
遠くから声が響いてきて、少年は我に返った。
「よろしいでしょう、女同士ですし、前は一緒によくカオリ様とはお風呂に入って流しっこをしたものですよ?」
「はあ……しかし……」
「楽しいものですよ、みんな一緒というものは」
幻聴にしてはハッキリしているし、しかも妙に近い。
「では、参りましょう……カオリ様、お邪魔いたします」
「へ?」
現実世界に帰ってきた少年が眼を開けると、磨りガラスの向こう側に、真っ白な女体がふたつ。
ひとつは胸の大きな、もうひとつはそれよりは小さいが、それでもクラスや校内でも滅多に見ない立派な胸……
「いやそうじゃなくて!」
思わず薫が立ち上がるのと、磨りガラスが開くのは同時だった。
少年は立ち上がっており。
少女ふたりは前をバスタオルで隠していた。
さて問題です。
この瞬間、もっともショッキングな物を見たのは誰でしょうか。
答えは一瞬の後に出た。
「いやあああああああああああああああっ!」
意外にも、悲鳴をあげたのは王女の後ろにいた銀髪の少女、シャルロットのほうだった。
「詐欺だーっ!
なんであなたが男なんだーっ!」
大声をあげるシャルロットに、耳を押さえて顔をしかめた金髪の美少女は冷静に、
「しゃ、シャルロット、落ち着いて、落ち着いて!」
「こ、これが落ち着いていられますかぁっ!」
「いやだから今はここでは……」
「姫様!
姫様ッ!
今の、今のを御覧になられたですか!?
長くて××で○○の……あの汚らわしい、厭わしい、ああ眼が、眼が腐るっ!」
「だからシャルロット、そんなに暴れないで」
と。
半狂乱になるシャルロットの手からタオルが落ちた。
ぶばっ。
次にダメージを受けたのは凍り付いたように動けなくなっていた薫で、鼻血をジェットのごとく噴射しながら、湯船へ仰向けになったままぶっ倒れた。
当然少年に前を覆うとか、隠すとかいうことが出来るわけはない。
それを見てしまうのはやっぱりシャルロットだったりする。
「こ、今度はへ、 変形したっ、変形……あ……あ!」
で、自分の前を覆っていた布が、いつの間にかタイルの床に落ちていることにようやく気づいたシャルロットが、また超弩級の悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。
「見るなあああっ、見るなばかものおおああっ!」
「ごばぼぐぶばっ!」
ぶくぶくとそのまま湯船の底に沈みかけ、窒息しかけた薫はようやく蘇生してがばりと水の中から跳ね起きる。
「あらあら……ところで、カオリ様、いつの間に男の方になられましたの?」
エルフ耳の少女は動じずに小さく首を傾げただけだ。
かなり度胸が据わっているというか、それとも鈍いだけなのか。
「ぼ、僕は最初っから男ですっ!
第一カオリ様って誰ですか!」
「あら、それはあなたのお名前……?」
ニファーリアは豊かな二つの水蜜桃をぶるんと揺らし、その間から眼鏡を取り出してかけそれからまた外して指先でこすりながら何事かの呪文を唱える。
そして再び眼鏡をかけ直し、薫を見つめる。
「あら?」
と首を傾げた。
「微妙にお顔が……やっぱり、翻訳魔法がおかしかったわけではなかったんですのね。
眼鏡のほうがここへ来るときに焦点が少し歪んでいたようですわ」
「どどどどーするんですか、姫っ!
私、こいつと契約を交わしてしまったんですよっ!」
半泣きになって、銀髪の少女は主らしいエルフ少女に詰め寄った。
「仕方がないですわねえ。
もうしちゃったコトですし」
「そんなーっ!」
シャルロットの悲鳴に、とうとう祖父と祖母までやってきた。
「薫、でかした!」
目を輝かせる祖父の大介の腕を、
「おじいさん!」
と祖母が物凄い力でつねり、さらなる悲鳴が重なった。
「ぬうっ!
やはり予感の通り来てみればこんな面白いことに!」
なぜか斎京楓まで祖父母の後ろからひょいと現れる始末。
「……もう、どうにかしてええええ……」
少年はずぶずぶと湯船に頭まで沈んでいった。




