12
シムトよりは格下ながら、それでも高級の部類に入るスウィートルームを後ろ手に閉め、エストは長い髪を翻してベッドルームへと飛び込んだ。
「おのれええ!
あの銀髪の武騎人と馬鹿エルフの王女めえええ!」
何かに当たり散らす、どしんばたんというはしたない音が十分ほど続いて、ベッドルームから羽毛まみれのエストが出てきた。
どうやら八つ当たりの挙げ句に寝具の中身をぶちまけたらしい。
すかさず、部屋の隅で待機していたアドネが歩み寄り、無言で迅速に、しかし主の髪を乱したり、その肌に触れることのない絶妙の動きで手にした小さなセーブル毛の刷毛箒で羽毛を落とし、手にした紙袋に回収する。
「お茶!」
吐き捨てるようなエストの声がまだ空中にあるうちに、執事そのものの格好をしたサングラスの美女は 、ティーワゴンを持ってきて、 彼女の好む絶妙の温度と香りのお茶を淹れて差し出した。
無言でそれを一気に飲み干し、空になったティーカップを差し出すと、二杯目に取り替えられた。
立ったままエストは二杯の紅茶を干すと、ようやく眉間の皺を解いた。
「アドネ、あんたの妹の契約者は誰?」
と問うた。
アドネは、シャルロットの姉なのであった。
「ニファーリア殿下はカオリ、と呼んでおりましたが、恐らく別人でございましょう。
『英雄』は数年前にこの世界の事故で死亡したはずです」
「んなこたァアタシも気づいてたわ」
吐き捨てるようにシャルロットが言う。
「この世界にはエルフなんかいない。
アタシと同じヒト族だけよ。
だから三十年前と同じ姿形であるはずがあるわけないでしょ?
第一、『英雄』様の愛剣であるアンタの母親が死んでるから、その娘たるあんたの妹がニファーリア王女にくっついてノコノコ来たんでしょうが」
バカにするな、という口調である。
「もしもアレが『英雄』様だったら古い契約を破棄しなくちゃいけないわけだから、戦神騎士と新しい武騎人との再契約はもっと時間がかかるはずよ」
「失礼しました……ですが、あまりにも私の知る『英雄』によく似ておりました」
「ふん……つまり、血縁か何か、ってこと?」
「可能性は高うございます。
それにニファーリア姫は大地母神の神聖魔法を使います……人捜しの魔法は得意かと」
「で、あんたの妹の『性能』はどうなの?
この前のオクトアナの奴はともかく、『英雄』サマの武騎人だったあんたのお袋や、あんたよりも上なの?」
エストは唇の端を歪めた。
彼女の家が没落するきっかけはその「勇者」の勝利に起因するからだ。
「何とも申し上げかねます。
妹とは十年も前に別れたきりですので」
だが、己の主の向ける理不尽な悪意の視線に、アドネは眉ひとつ動かさない。
武騎人は普通「その気位、騎士のごとく」と呼ばれるほどプライドが高く、己を侮辱する言葉を投げつけられれば、たとえ主であろうとも戦う、というのが通例であるが、彼女は特別のようである。
もっとも、そうでなければ「仕えるもの」の象徴である「執事」の格好をした男装の麗人という姿を取るはずはない。
それとも女中の姿を取らないことが彼女のプライドなのかもしれないが。
「まあ、いいわ」
いつものように、ボンデージの美女はあっさりとアドネから視線を外した。
「あの『騎士』の居場所を突き止めなさい。
今度は正式に決闘を申し込むわ……そのためには相手のことを知り尽くさねばね」
「承知いたしました、エスト様」
「頼んだわよ」
「ところで」
とアドネはどこからともなく、段ボールの箱を取り出した。
「本日、フロントの方にかかるものが届いておりました」
「!」
文字通り、血相を変えてエストはその大きめの段ボール箱をひったくった。
「な、中身を見たの?」
「いいえ、とりあえず探知魔法を使用いたしましたが危険物ではない、という結果が出ましたので」
「そ、そう……わ、わかったわ。
じゃ、じゃあ早く行きなさい、時は金なりという諺がこの世界にはあるそうじゃない」
「はい」
頭を下げると、アドネはキビキビとした動作で部屋を後にした。
ドアが閉まり、しばらく経ってから、エストはそれでも緊張を解かなかったが、五分ほど経過して、ようやく息を吐き出し、まるで別人のようなにこやかな笑みを浮かべた。
形容するならば、「蜂蜜につけ込んだ砂糖菓子のような」甘い甘い、さらに甘い表情である。
「あー、ようやく来たのねえ」
謳うようにいいながら、エストはティーワゴンに常備されているペーパーナイフを取ると、丁寧に梱包用のテープを切断にかかった。
「今出してあげましゅからねー」
驚くほどの繊細さで、箱の封印を切ると蓋を開ける。
中には丁寧にエアクッションの梱包材に包まれた子犬の縫いぐるみがきょとんとした黒い目で、エストを見つめていた。
ちなみに、犬種はダックスフントらしかった。
「きゃー!」
黄色い声を上げながら、 エストはぎゅうっと梱包材を巻き付けたまま、子犬の縫いぐるみを抱きしめた。
「いちか工房の、レアもの縫いぐるみ、ようやくこの手に!」
SMの女王様そのものな外見からは遠い物体を抱きしめ、美女は少女と化してぐにぐにと身をよじる。
どう見てもクリスマスの朝に望外のプレゼントを貰った幼い子供の行動だ。
「あーん、もうこの黒いつぶらな瞳、この包みの上からでも判るふわふわの抱き心地、さらさらの毛皮風布地、高い金払っただけはあるわー!」
それからたっぷり十分ほど縫いぐるみを抱きしめた後、ぱっとそののんびりと舌を出していのぞる顔を覗き込み、
「さ、あなたのお名前を決めないとね!
……そうだ、マストーヤ二世!
それで決めた!」
そういうと、エストはまの縫いぐるみを大事そうに抱えて、彼女の「衣装部屋」に入った。
今着用しているのと同じようなボンデージ衣装が山とつり下がっている四畳半ほどの部屋の奥に入り、こっそり隠してある脚立を取り出し、天井の隠し部屋(といっても勝手に彼女がつくった物だが)を開ける。
実はベッドルームにつながっているその空間には、まああるわあるわ、縫いぐるみ達がずらりと並んでいる。
子犬、小熊、猫、大蛇……のみならず、ミトコンドリアとか、宇宙ロケットとかの縫いぐるみまであるのはどういうことか。
「さァみんなぁ、新しいお友達のマストーヤ二世よ、よろしゅくね!」
と後ろから子犬の手を取って「よろしくー」とか可愛らしい裏声に合わせて振ってみたりする。
「えーと、父親は」
と大きな蛇の縫いぐるみ(中に針金が入っていてポーズがつけられる優れもの)を指さして、
「もちろんマストーヤ一世で、お母様は……うん、あなたね、ボストークスカヤ!」
と、この世界で始めて宇宙に打ち上げられた人工衛星スプートニク一号をもした縫いぐるみを指さした。
蛇と人工衛星の子供がどうして子犬になるのかは判らないが、エストの中では道理が通っているらしい。
「うーん、かーわいーい!」
にこにこ微笑みながら、エストは縫いぐるみ達を「ぎゅー」っと抱きしめた。
アンバランスとかギャップとかを通り越した風景であった。




