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09 カートリッジシステム

 スパイが持つ短剣程の長さの杖の先には、小さな赤い魔石が装着されていた。


 リヨンが覗く魔素探知のレンズには、その先端の魔石の周囲の色が、黄色から、赤色に変化し始める様子が映った。


「これは魔導王国の最新式の杖だ! トラム金属のカートリッジで、魔素のエネルギーを一時的に増殖させた!」


「ジールっ、トラム金属って、さっき話してた!?」


「えぇリヨンさん、魔石の力を増幅させる事もできるんですよ」


「増幅ぅ!? 講和の賠償カードとしては強いね! って今その強さはいらないよぉっ!」


 激しく動揺しているリヨンの横で、ジールはフェリとアイコンタクトを取っていた。


「この小さな魔石の杖でも、カートリッジで魔素を増幅させれば、屋敷1つ吹き飛ばすくらいは可能だ! どうせやられるなら道連れよっ!」


 杖の先は真っ赤に光り、炎が揺らめき始めた。


「魔素の反応が赤にっ! この規模は、本当に館を燃やし尽くすレベルですよっ」


「リヨン慌てるなっ、そんなもの発動させる前に取り押さえるっ、ハイジール、フェリーハ、切り込むぞっ!」


 チアーナが先頭になり、杖を持つスパイへ突進するも、残りのスパイがその行く手を阻んだ。


 硬質な鋼と鋼が激突し、耳をつんざくほどの鋭い金属音が炸裂すると、鍔迫り合いの形となり、その場に膠着状態が生まれた。


「お前たちっ、全員で心中するつもりかっ、考え直せっ、他の道もあるだろうっ!」


「我らの死が新たな開戦の狼煙になるのだ! 再びこの地は戦火の炎で包まれるであろうっ! トラム鉱石をシャウゼン殿下の手にっ!」


 チアーナの説得もむなしく、スパイたちの覚悟を決めた瞳が揺らぐ事はなかった。


「ジール様っ」


「フェリ、分かってる、次の一瞬が勝負だ」


 ギリリッ!


 剣の刀身同士の削れる音が、ジールを離そうとはしなかった。


(足止めに専念されるとキツイな。フェリも2人相手だと、さすがに体重差で押しきれないか。フェリの強さはパワーより速さだからな……)


 フェリは両手の短剣で、2人を相手に剣を対峙させていた。


 ジールとフェリは僅かに目を合わせると、同じ場所に視線を向けた。


(まだ、遠いか……!?)


 スパイが杖を掲げると、その頭上には大きな炎の塊が現れた。


 人の頭ほどのサイズの火球は、風船のように膨らんで巨大化していき、距離を取っているジールたちの顔まで焦がすような熱を放っていく。


 天井や壁には、すでにあちこちに火が付き始めていた。


「人間程度なら、一瞬で蒸発させる威力になったぞっ、この特大の炎の塊を食らえっ!」


 術式が完成し、勝利を確信したスパイたちにわずかな隙が生まれたのを、ジールは見逃さなかった。


「フェリ、お前の方が近いっ、館の魔導術式を発動させろっ」


 杖の先端がジールたちへ向けられた瞬間、ジールは目の前のスパイを押しのけ、フェリと対峙しているスパイへ切りかかった。


「うぉおおっ!」


「往生際が悪いなっ、この館にいる限り逃げ道はないっ、我らと共に死ねっ!」


 スパイがジールの剣に反応した瞬間、フェリは即座にその場を離脱し、会談用の部屋の扉を開けた。


 そして壁のカバーをめくると、その奥にあるトリガーを引き、魔導術式を発動させた。


 次の瞬間、迎賓館の壁や天井に刻まれた術式は、なぞるように光の筋を現した。


 その直後だった。


 杖を持つスパイの頭上から、大量の水が放射された。


「最初に言いましたよ。要人用の施設なんで、防災設備は整ってるんです。ふう、フェリのスピードじゃなきゃ、術式を発動させるトリガーが遅れて丸焦げだったな」


「な、なんだとっ……! あの高火力の炎が……、ぐぅあっ」


 一瞬のうちに巨大な炎は消失し、跡形もなくなった後に、軽い湯気が上った。


 その光景に目を奪われたスパイの1人は、ジールの攻撃に気づく間もなく体に剣筋を浴び、その場に倒れた。


「ジール様、こちらも片付きました」


 フェリの足元には、すでに3人のスパイが崩れ落ちていた。


「ぎゃ、逆転の目が……、こ、こんな防災用なんて、ふざけた術式に……」


 杖を持ったスパイは、目の前の光景を受け入れられず、全身を水浸しにしたまま立ち尽くしていた。


「残るは1人、って、もう終わってますか」


「あぁ、ハイジール、手間を取らせたな」


 スパイの足元周辺は、大きな水たまりが出来上がっていた。


 チアーナはその水たまりの端に剣を突き刺し、カチリ、と剣のトリガーを引いた。


 次の瞬間、発生した雷撃は水を伝ってスパイの全身を覆った。


「ぐぉおおおおっ……」


 雷撃を受けた体は全身の毛が逆立ち、筋肉が意志に反して激しく収縮し、ガクガクと震えた後、口から煙をプスプスと吐き出した。


 そして支えを失った人形のように、ビシャン、と水たまりに崩れ落ちた。


「みんな終わったよー! チアーナさんも私も無事っ! スパイは全員倒したからっ!」


 リヨンは足元に転がるスパイスたちを踏み潰さないように、ビョンビョンと飛び跳ねながら進み、迎賓館の扉を開けた。


「チアーナ殿、ご無事でなによりっ」


「息のある者は拘束しろっ、我がネゴ家の隊に潜入した経緯も背景も全て吐き出させろっ」


 チアーナの指示を聞くなり、帝国兵は続々と侵入してきて、倒れているスパイを拘束していった。


「ハイジール、フェリーハ、ケガはないか」


「ケガは、これからするかも……。あの、拘束を解いてもらっても、チアーナさん……」


 突入してきた帝国兵たちは、数人がかりでジールとフェリを囲み剣を向けていた。


「最後まで女を庇うとは、色男を気取りやがって!」


「逆逆っ! フェリを押さえないとあんたらが危ないからだ、大人しい顔してるけど狂犬なんですよ」


「ジール様、そこまで見境なくありませんよ」

 

 ジールは、軽く頬を膨らませたフェリと、帝国兵の間の壁となっていた。


「なぁっ、なぜハイジールとフェリーハに剣を向けている、その2人は味方だっ」


「えぇっ、そうなのですか!? てっきりシャウゼン側と通じている、ファッド国のスパイなのかと」


「そんなヤツはいない――とは言い切れないな……」


(俺を捨て石に、と思いきや、この会談が捨て石扱いだった可能性も? ボア、フォルシャ、裏で繋がってないだろうな)


「優秀な兵ですね。この場で疑うのは正解ですよ」


「早く解放しろっ、いつまで剣を向けているっ」


「はっ、申し訳ありませんっ」


 チアーナが怒鳴りつけると、敵意を向けていた帝国兵たちは、たちまちかしこまり、背筋を伸ばして列を整え、ジールとフェリに対して敬礼をした。


「ハイジール、お前に命を救われた。この恩、いつか必ず報いる」


「じゃぁ、ホントにパイを食べましょう。こういう約束、だいたい叶わないので」


「そんな事でいいのか、いや、そんな事がいいのがハイジールだな」


「チアーナさん、ジール、フェリーハ、いつか同窓会もしようね」


 リヨンはジールとフェリの間に割って入ると、2人の肩に腕を回した。


「リヨンさんいいですね、良い感じに叶わなそうで」


「えぇっ、どいう意味? 叶わないのが良いの?」


「最後の約束って、大体叶わないじゃないですか。パイを食べるって、手前の約束は実現の可能性が出てきたかなと」


「えぇ!? パイってなに? 私が人質に取られてる時になんの話をしてたのっ」


「雑談はその程度にしておけ、まだ事後処理がたっぷり残っている」


「迎賓館、かなり焦げたな……。今の財政で修繕費出せるか?」


 ジールたちが迎賓館から表に出ると、庭園の前の大通りには、まだ大勢の人が集まっていた。


「帝国の恥部を見せてしまったな、恥ずかし限りだ」


「4年も留学していましたから、帝国の内情は理解しているつもりです。チアーナさんが責任を感じる事じゃないのは理解しています、それに……」


 ジールは自国の民衆に目を向けた後、王宮へ厳しい視線を向けた。


「身内が面倒事を運んでくるのは、うちも同じです」


「敵国の我らが、同じ悩みを共有できるとはな、皮肉な話だ」


「お互い、逃げるわけには行かないですね」


 チアーナが拳を突き出すと、ジールもコツンと拳を軽く突き合せた。



毎日18時更新を予定しています。

しばらくは物語の区切りが良いところまで、複数話ずつ更新する予定です。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。

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