08 スパイ
「剣を収めろっ! 講和の使者だぞ! 」
チアーナは慌てて強い声を放つと、ジールと帝国兵の間に立った。
しかし目の前の帝国兵たちは、その声にひるむどころか、チアーナへもその白刃の刃を向けた。
「シャウゼン殿下のスパイが潜り込んでたみたいですー……。すいませーん、捕まった上に、会談の資料も見られちゃいましたー、うぐぅ……」
リヨンはスパイの1人に首を絞められ、さらにのど元に剣の刃を当てられていた。
「貴様ら、シャウゼン殿下のスパイだとっ……、我が隊に潜り込んでいたとは、外の兵は何をやっているっ」
「私が人質に取られて、身動きが取れないんです……」
「相手は8、9、10人以上、多すぎでしょ……。パイはお預けですかね……」
ジールが苦い顔を漏らすと、帝国兵はあざ笑い、チアーナへ見下すような一瞥を向けた。
「チアーナ殿、こんな生ぬるい賠償で終わっては困りますな」
「当初より高額の賠償になっている、どこに問題がある!」
「プラネ殿下に有利な講和になっているではないかっ、大問題だ!」
「帝国議会を通せば、当然そちらにも分配がある」
「そんな口約束を信用できるほど、温い指令は受けていないっ! シャウゼン殿下の損益になる交渉ならここで決裂させる!」
「こんな辺境の国、滅ぼして支配すればそれで解決、講和など不要だぁああ!」
スパイたちは腹の底から咆哮を上げ、猛全とチアーナに切りかかった。
キィンッ! キンッ!
空気を切り裂く鋭い風切り音と共に、と硬質な鋼が激突する音が部屋に響き渡る。
チアーナが咄嗟に抜いた剣は、かろうじてスパイたちの剣を弾き返した。
「武器を持ってて正解でしたね、チアーナさん」
「ッ……! ハイジール、スパイに気づいていたのかっ」
剣を握る手に、ビリビリと若干のしびれを感じつつ、チアーナは対峙するスパイを睨みつけた。
「軍服の皮手袋が、ブルーチバス領に生息しているクライムホースの色味だなと。帝国本土で作ってるのと比べると、少し色が暗いなぁと」
「細かい! 細っかいよジール! 姑みたい! ぐぅっ……」
「ええい、人質は大人しくしていろっ!」
スパイは人質のリヨンを前に出し、ジールたちの動揺を誘おうとしたが、ジールは微動だにせず、一向に平然とした口調で言葉を続けた。
「愛国心の強い方は、自領の物を使いがちだなーと、先ほどから思っていたので」
「クッ、わかっていたなら早くいえ!」
「間違いだったら失礼かなと、だからフェリに護衛をと思ったんですが……」
「もう黙れっ、人質がいるんだぞ! チアーナ殿も構えた剣を捨てろっ! そこのファッド人も抵抗するなよっ」
チーアナは苦虫を噛み潰したような顔をして、剣を握る手をゆっくりと下げた。
しかしジールは表情を変えることもなく、さらにスパイへ向かって、平然と足を踏み出した。
「俺からすれば、帝国の人間が死んだところで、痛くもかゆくもないんでね」
「ハッタリを、講和の使者が死んで困るのは同じだろ」
「そうとも限りませんよ?」
ジールはニヤリと口角をあげると、素早く背中に手を回した。
そして、わざとらしく大げさな身振りで、何かを取り出そうとする素ぶりを加えてみせた。
「何か武器を隠し持っているのかっ、ヤツから切り殺せ、チアーナはなるべく生け捕りにしろっ」
スパイたちの視線がジールの手に集中した瞬間、リヨンを人質にとったスパイの背後に、フェリの姿が現れた。
突如現れたフェリに、スパイは抵抗する間もなかった。
次の瞬間には、コキンッ、という音を立てて首が真横を向き、目から光を失うと、膝から崩れ落ちた。
「ッ……! フェリーハ!? どっから現れたの!? ってか助けてくれてありがとう!」
「行ってくださいリヨンさん、ここは私がっ」
フェリは手に持った武器をリヨンに渡し、チアーナと合流できる道を確保するべく、2本の短剣をスパイたちへ向けた。
「くっ、人質を逃がすとは、しかし人数はこちらが圧倒的に優勢、このまま制圧してくれるっ」
「そうはいきません、そのための私なのですから」
「ぐぁっ!」
フェリは一瞬で、スパイの1人に致命傷といえる切り傷を与え、床に転がる人数を増やした。
「な、なんだ今の速さはっ、そうか、これがアデア人の強さか……」
スパイたちはたじろぎ、フェリとの間合いを取った。
その隙をついて、リヨンは受け取った武器を抱きかかえ、チアーナの元へ駆け寄った。
フェリもスパイたちへけん制しながら、後ろ足で合流した。
「人質は解放したっ! 外の兵よ、突入しろっ!」
「騙されるなっ! 今入ってきたら人質が殺される! チアーナ様も危ないぞっ」
チアーナは外の兵に向かって大声をあげるが、スパイの声がその情報を上書きした。
外の兵は確信が持てず、依然身動きが取れないままだった。
「私の声を信用しろっ、くぅっ」
「気密性の高い屋敷が仇となったなっ」
チアーナが外の様子に意識を取られた瞬間、スパイは猛然と距離を詰めた。
鋭い切っ先が、チアーナの眼前に迫る。
とっさに、自身の剣を体の前に滑りこませるも、態勢の崩れたチアーナは、剣を受け流しきれなかった。
チアーナの剣はその手元から空を選び、弧を描いて床に落ちた。
「お覚悟をっ!」
獲物を値踏みするように、スパイは舌なめずりをし、無防備になったチアーナへ剣を振り下ろした。
「俺の事も! 忘れないでくださいよっ!」
その瞬間、ジールはスパイの脇腹へ体当たりをし、態勢を崩したところへ追加で蹴りを入れた。
「くぅっ、小癪なぁっ、皆の者続けっ!」
スパイはすぐさまジールを取り囲もうと動いたが、その足並みはフェリによって乱され、スパイの1人はまた床に崩れ落ちた。
「アデア人の女ぁっ、1人でこの人数を相手にできると思うなよっ!」
スパイたちはフェリの強さに眉を顰め、大きく間合いを取るべく後ろに下がった。
「チアーナさん、この剣を使ってください! 外の兵はみんな味方です、外に出ればこっちの勝ちです」
「リヨン、これは魔導剣だぞ!? いつの間に手に入れたんだ」
「助けられた時に、フェリーハが渡してくれたんです」
「っ! いつの間に、どこから持ってきたんだ」
驚いているチアーナの横に、剣を装備したジールが並んだ。
「会談場所を指定したのは俺ですよ、地の利はこちらです」
「ジール様が警戒されていたので、私は2階に向かう隠し階段へ行きました。後は2階に常備していた装備を持って、スパイの背後に、という流れです」
「あのわずかな視線のやりとりで、そこまで意思疎通を!? 良い部下をもったな、ハイジール」
「フェリは察しが良くて助かります。魔導剣はチアーナさんに任せていいですか、俺は普通の剣の方が慣れているので」
「カートリッジ式の魔導剣、いいな、属性は雷か」
チアーナは剣の柄に設置されたトリガーを人差し指で引いた。
カチリ。 トリガーを引く音と当時に、バチバチっと弾ける音が鳴り響き、剣の刀身に稲妻が走った。
軽く素振りをすると、その稲妻は破裂音を上げてスパイへ向かって放たれ、その雷撃を食らった1人は感電して意識を失った。
「いい武器だ、威力も申し分ない」
「魔導装備とは卑怯だぞっ」
「卑怯? スパイがどの口をっ! もう武器を収めろっ、こんな事が本国に知られたらどうなると思っている!」
「第2皇子の親族であるチアーナが死ねば、新たな開戦の火種にできる。こんな事なら最初から殺しておけばよかったな」
「……そうか、私を暗殺する計画まであったのか」
「筋書きはこうだ! ファッド国の卑劣なだまし討ちで、美しい外交官が殺される。悲劇は大衆の胸を打ち、帝国が被害者を演じれば、今度はバッカーナ教会も仲裁はできない!」
「次こそこの国を占領してみせる! 帝国がアソッド大陸を統べる事が世界の安寧なのだっ!」
(はぁ、御大層に語るなぁー)
ジールは声高に語るスパイたちの話を聞き流し、外へ出る扉までのルートを冷静に見つめた。
(他国との戦争が終わったら、今度は身内で殺し合い、どの国でも似たような事がおきるんだな……)
「間合いを詰めろっ、あの魔導剣は飛び道具、接近戦になればその優位性を失うっ」
スパイたちは憎悪を込めた視線を向け、一斉にチアーナへ飛びかかった。
「侵攻の大義名分を作られても困るんで、チアーナさんには手を出させませんよっ」
「文官がっ、いきがるなよっ!」
「人数が多くても、室内ではその優位性は失います。盾役は私とジール様で十分です」
フェリは1人を切り裂き、もう1人の剣を2本の短剣で受け止めた。
ジールも隣で剣を受け止めると、体重を刀身に乗せてつばぜり合いを制し、スパイの態勢を大きく崩した。
「ハイジールっ! 私は守られるだけの女ではないぞっ」
チアーナが剣を正中に構え、高く掲げると、切っ先から雷撃が吹き出した。
波打つように複数の線を描き、態勢を崩したスパイを電光が襲った。
「近接はジールとフェリーハ! 遠距離はチアーナさんの魔導剣! いい連携ぃ! スパイの皆さん、観念するなら今のうちだよっ!」
リヨンが煽ると、スパイたちはまた距離をとり、表情はさらに険しくなった。
チアーナは剣の切っ先をスパイへ向け、声高に叫んだ。
「国を強くすることと、他国を支配することは同じではない! 支配を拡大し続けた事で滅んだ国は、歴史に数多く存在するのだっ!」
チアーナの毅然とした態度に、スパイは忌々しい目を向け、負けじと声を上げた。
「もう戻れないのですよ。魔王の残党との争いは依然続き、占拠した国も反乱を鎮圧するために戦費はかさむ。他国を侵略して戦費を賄う事が、帝国繁栄の最善の道なのだ!」
「それでは人類を支配していた魔王と同じだ! 圧政を強いれば国は荒れ、必ず自らの首を絞める、魔王が滅んだのもそれが原因なのだっ」
「小娘がぁっ、歴史を語るなっ!
「いずれ勇者と呼ばれる解放者が現れ、帝国に牙をむく事になるっ! 人類が魔王に支配されていた300年を忘れるなっ! 歴史は繰り返すっ、帝国を第2の魔王にしてはいけない!」
問答は終わりだというように、チアーナは剣を掲げ、トリガーを引いた。
雷撃は鞭のようにしなり、バチバチと雷鳴を上げてスパイの胸元へ牙をむいた。
1人、2人と、スパイはその雷撃の餌食になりながらも、何人かは雷撃をかいくぐってチアーナに迫った。
「所詮文官の烏合の衆っ、訓練された我らの数には敵うまいっ!」
しかし、その先で待ち構えるジールとフェリに行く手を塞がれ、じりじりと人数を削られていった。
「なぜだっ、その場しのぎの連携ではないぞっ、前衛と後衛が嚙み合い過ぎているっ!」
「き、急増のチームが、完璧な連携だ……」
「156期生徒会メンバーここに揃う! っていない子もいるけど。これが友好の連携だよ! 力ずくで支配することしかできない、シャウゼン殿下の派閥ではできない攻撃だね!」
「リヨンさん、あまり煽らないで下さいよ。結構必死なんで……」
ジールは額に軽く汗をかき、空笑いを浮かべながらも言葉を続けた。
「ふう、残りは5人、数的有利もなくなってきましたね。スパイのみなさん、降参したらどうですか?」
「我らが死んだとて、シャウゼン殿下の覇道は止まらぬよっ」
「忠誠心てやつですか、俺にはわからない感覚ですね。いや、ターラのためなら、命はかけても?」
「ジール様、そんな事をしたらターラ様も私も悲しみます、死んではダメです!」
チアーナの壁になるように、ジールとフェリは前に並び、残りのスパイへ刃を向けた。
「いずれ第2皇子、プラネ殿下が帝国を受け継ぐ! あの方なら、友好を築くことこそ、魔王復活への脅威に対向できる、大きな力になると証明してくれる!」
「チアーナ殿、友好などとおとぎ話のような理想、シャウゼン殿下の前では子供の児戯よ。我らがそれを証明してみせるつ、力の支配こそ絶対なのだ!」
スパイは一度後ろに飛びのいて、懐から細長い金属の棒を取り出した。
「あれは魔導装備の杖っ! 魔素の色が濃い、ヤバいの来るかもっ! おかしいな、あんな威力のある装備を持っていたら、気づくはずなのに……」
リヨンの焦る表情に、スパイはあざ笑い、見下すような一瞥を向けた。
毎日18時更新を予定しています。
しばらくは物語の区切りが良いところまで、複数話ずつ更新する予定です。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。




