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07 舌戦から交戦へ

「商談を進めていたのはプラネ殿下。トラム鉱石の利権をプラネ殿下が持つとなれば、兄のシャウゼン殿下は面白くないだろう。横やりの1つも入れたくなるか……」


 チアーナが眉を顰めると、リヨンも表情を濁した。


「皇帝がトラム鉱石に御執心ってことは、プラネ殿下が鉱山利権を手にすれば、次の帝位に一歩前進できる。それを邪魔したいシャウゼン殿下、うわー、ありそう」


「此度の侵攻も、私やプラネ殿下の派閥に、何も事前の報告がなかったのも頷ける」


 チアーナは大きく頭を抱えた。この戦争の裏には、帝国の帝位争いも絡んでいるのだと。


「可能性の話ですけどね。何をするにしても、プラネ第2皇子と親交のあった前王と父上は、シャウゼン第1皇子には邪魔な存在だったでしょう」


「うわー、帝位争いはもう始まっているから、鉱山利権のカードは奪い合いになる――」


 リヨンは話しながら、重大な事に気づいたとでも言うように、目をハッと見開いた。


「――え!? それが本当なら、次の帝位争いに、ジールのお父様が巻き込まれたって事!?」


 それまで平静を装っていたジールが、苦い顔を漏らした。

 フェリは不安そうな目でジールを見つめ、その視線に気づいたジールは軽く頷いた。


「帝国が一枚岩でない事は周知の事実。今回の紛争も、どの派閥がどこでどう動いているか、帝国の人間でも完全に把握するのは難しいでしょう」


「ファッド国との開戦も、急遽決まった感はあるけど、同じ国の人間として、なんと言ったらいいのか……」


「リヨンさんが気にする事じゃありませんよ。帝国は大きな国です。俺も憶測だけで決めつけないよう、情報の裏取りには動いてますけど」


「シャウゼン第1皇子といえば、ブルーチバス領の出自です。あの領ならやりかねません、昔からやり口が強引で、あの時もっ――」


「ストップフェリ、今その話はなしだ」


 ジールが手の平を向けると、フェリは眉を顰め、吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。


「さぁ、交渉に話を戻しましょう。どうですか、賠償としてはいいラインかと」


「そうだな、仕事をしよう。シャウゼン殿下、頭の痛い名前が出てきたな。一度気持ちを切り替えさせてもらう」


 チアーナは背筋をすっと立て、ジールと目を合わせると、軽く頷いた。


「トラム鉱石の大規模な採掘場を持っているのは、今はファッド国だけ。そして皇帝はトラム鉱石にご執心だ」


「目的の物が手に入るなら、皇帝は賠償を飲んでくれますよね!」


 リヨンが前乗りに言葉を放つと、チアーナは大きく頷いた。


「あぁ、皇帝とその臣下の派閥も、議会に強い権限を持つし、首を縦に振るだろう。そうなれば、シャウゼン殿下の派閥が口を挟むのは難しい」


「プラネ殿下の派閥も、この賠償案を押せますよね! 私たちが交渉に来たんですから!」


「リヨン落ち着け。プラネ殿下と話すまでは確定ではない」


 チアーナは難しい顔をしながらも、声には明るさが灯った。


「では、賠償の内容は、この場では成立と」


「あぁ、多少の調整はあると思うが、ほぼ決定事項になるだろう」


 チアーナは張り詰めた空気を纏いながらも、成果を称える安堵の表情を浮かべた。


 ジールが胸を撫で下ろし大きく息を吐くと、チアーナは右手をジールの前に差し出し、握手を求めた。


「どうなる事かと思ったが、悪くない交渉だった」


「ありがとうございます。チアーナさんに褒められるなんて、初めてかもしれませんね」


 ジールとチアーナが握手をしている横で、リヨンはフェリに思い切り抱き着いていた。


「り、リヨンさんっ」


「ふうー、終わったぁー! なんか、どっと疲れちゃった。フェリーハ、お茶もう一杯!」


「気を抜くな、事前準備が整っただけだ。講和の調印式まで気を抜けないぞ」


「ですね。シャウゼン殿下にとっては、2人も邪魔な存在でしょうから。この講和がまとまれば、トラム鉱石の利権は、プラネ殿下に決まったも同然です」


「えぇっ!? あー、そうか、チアーナさんはプラネ殿下のご親戚、けっこう、かなーり? 邪魔な存在じゃないですかぁ! もしかして秘書の私も!? ちょ、さっさと講和の調印済ませましょうよ!」


「焦るなリヨン。まずは本国に帰って、この資料を議会に通さないと何も始まらない」


「じゃぁとっとと資料持って帰りましょう! そうだ! 早馬に乗せて私たちより先に届けましょう! 1部あれば十分ですよね! 私の分の資料を送ります、仕事の早いフッ軽秘書行くよー」


 リヨンは資料をバッグに押し込むと、あわただしく席を立った。


「リヨンさん待ってください、外へ出るならフェリを護衛に」


「外の兵に渡して指示するだけだから、すぐ戻ってくるからお茶入れておいてー」


 リヨンは駆け足でバタバタと部屋を後にした。


「騒がしくてすまないな」


「俺も一息つきたい気分ですけどね」


「あぁ、もうわかっていると思うが……」


 チアーナは言葉を選ぼうとして言い淀んだ。


 そして代わりにジールが言葉を続けた。

  

「近い将来、帝国の帝位争いで、第1皇子と第2皇子の内戦がおこる事はどの国も想定しています。このアソッド大陸の東西を2つに割る大戦になるだろうと」


「その想定は、おそらく現実になるだろうな……」


「その余波は大陸の端のこの小国も飲み込むでしょう。今回の紛争もその余波の1つ。この会談はその未来への布石になると思っていますよ」


「帝国は支配地域が広がりすぎて、目の届かない部分も増えてきた。問題に対し力を誇示するだけの無能な者のせいで、余計な問題も増え、支配することに倦んでいる者も多い」


 チアーナは軽くため息を漏らし、ジールへ頼み事をするような視線を向けた。


「ハイジール、お前のような部下がいればな、少しは状況も変わるだろうに……」


「光栄なお誘いですね、俺1人なら速攻で配下になってますよ!」


「フェリーハも一緒で良いぞ、アデア人の武力は1人で一個小隊にも匹敵する」


「そうだな、後はロッカス亭のパイがあればなー」


「パイ?」


「海からの潮風が強いこの地方特産のパシモアの実を使ったパイでしてね。パイ生地に包んで焼き上げるんですけど、果実の濃厚な甘みと酸味に、ザクっとしたパイ生地に含まれたバターの香りが一緒に鼻を抜けて、美味いんですよ!」


「フフ、今日一番の饒舌じゃないか、ハイジール」


 チアーナから笑みがこぼれると、フェリも続けて言葉を発した。


「手のひらサイズで切り分ける必要がないから、片手でつまんで食べられるのがいいですよね。」


「聞いているだけで口の中が甘酸っぱくなる、紅茶に合いそうな菓子だな」


「後は妹やうちのチビたち、うちの領で暮らしてる連中、そいつらも帝国にいれば、配下になっても――」


「ハイジールらしいな。引き留めるのは国ではなく、そこに暮らす人か。貴族らしくない考え方だ」


「ターラが、うちの妹なんですが、俺に似ず、すぐに友達を増やすんですよ。友人と離れるなんて、ターラに寂しい思いはさせたくないもので」


「愛国心より、身内の笑顔か。留学中もいつも妹の事を考えていたな」


「国が亡んで近しい人の笑顔が消えると、ターラの笑顔も消えてしまうので。ターラの笑顔と、それを見たい自分のためなら、働こうかなと」


(貴族の誇りだとか、愛国心だとか、いまいちピンとこないんだよな)


 絶対に自分には靡かない。そう確信すると、チアーナは緩んだ顔を引き締めた。


「調印式の会場は決めておけ。ファッド国で開くことになるだろう。立会人として各国の要人や冒険者ギルドの上役、教会関係者を呼ぶ事になる」


「その方々の日程調整含めると、講和の調印には3カ月ほどかかりそうですね」


「それくらいはかかるだろうな。全て終わったらそのパイを食べさせてくれ」


「えぇ、もちろん! その時までお互い生きてましょう」


「今回の講和を遂行するなら、国内の利権やしがらみにメスを入れる事になる。ハイジールも、国内調整という大きな課題と戦う事になるな」


「勅命があるとはいえ、俺のような若輩者の言う事をどれだけ素直に聞いてくれるか……。それに……」


「あぁ、シャウゼン殿下と接触している貴族もいるだろうな、その方面は私が目を光らせておこう」


「大丈夫です、どんな敵が現れてもジール様は私が守ります!」


 フェリはやる気に満ちた表情をして、紅茶のティースプーンをナイフのように振り回した。


「むやみに戦わないでね。基本は交渉、話し合いだから――って、リヨンさん遅くないですか、外に出て戻ってくるだけにしては」


 ジールはフェリが振り回すティースプーンの先、空席の前に置かれたカップに、嫌な予感を抱いた。


「どうしたハイジール、途端に顔が険しくなったぞ」


「……嫌な予感だけは、結構当たるんですよ」


 ジールはフェリに目配せをした後、1人で扉まで歩き、そっと部屋の扉を開けた。


 目の前に現れた光景は、迎賓館の大広間――ではなく、鈍色に光る剣の切っ先だった。


 それも一本どころではなかった。


 数人の帝国兵は扉の前で、今にもジールを斬り殺しそうな殺気と刃を向けていた。


毎日18時更新を予定しています。

しばらくは物語の区切りが良いところまで、複数話ずつ更新する予定です。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。

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