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06 シャウゼンの恐怖

 あまりにも平然と言い切るジールの姿勢に、チアーナとリヨンはあっけにとられ、口を開けたまましばらく声が出せなくなった。


 最初に言葉が出たのはリヨンだった。


「ちょ、ちょちょちょ、ジール! もう雑談は終わりだよ! 今は仕事の話をちゃんとしなきゃ! リヨンお姉さんも怒るよー」


 慌てふためくリヨンに対し、ジールはゆっくりと紅茶を口にし、香りを楽しむように鼻から大きく息を吸った。


「やっぱり帝国産のお茶はいいですね。うちは茶葉が取れる気候や土壌がなくて、うちにもっと回してもらえませんか?」

 

 そう言いながら、ジールは公務服の襟を正した。


「帝国産の生地もいいですよね。絹も蚕が疫病でやられてから需要が上がって困っているんです」


「ハイジール、それは冗談のつもりか? 全く笑えないぞ」


 チアーナの声は落ち着いてはいるが、その瞳の奥には、若干の焦燥感を覗かせた。


 ジールはその苛立ちに気づきながらも、あえて横に置き、フェリに目配せをした。


 フェリは皮のバッグの中から紙の束を取り出し、チアーナとリヨンの前に一部ずつ差し出した。


「ファッド国は今後5年、帝国からの輸入関税と通行税の大幅な緩和、規制も大きく解除します。加えて、他国より帝国産を優先して輸入すると約束します。これはその輸入品の候補リストです」


 ジールは資料の原本を取り出しながら、顔の表情1つ変えずに声を発した。


 チアーナの目に浮かんでいたざわつきは、ジールの言葉を聞いた途端、資料のリストに飛びついた。


「っ! それを早く言えっ、話の順序も少しは考えて――いやいい、お前の事だ、まだ続きがあるな、話しを続けろ」


「ジール様、次の資料をお配りしても」


 ジールが頷くと、フェリはさらに追加の資料をチアーナとリヨンの前に置いた。


「ファッド国と帝国のサボンバ領を隔てていた巨大なアンドラ渓谷に、去年トンネルが開通し、周辺のインフラもそろそろ整います。これによって交易が盛んになり、帝国との貿易額が一気に跳ね上がる計算です」


(全王が考えていた、帝国との開戦回避案。まさか王が亡くなった後、敗戦後に使うカードになるとは……)


 ジールは逡巡しながらも、さらに資料のページをめくり話を進めた。


「5年間で、今回の賠償額の1.4倍の利益が帝国へ流れます。これは帝国でも採用されている、信用度の高い経済数式から導かれた数字です」


「えぇっ!? これで賠償の代わりになるのっ!? ちょっと数字と計算式の羅列すぎて、私には理解するのに時間が……」


 目を右往左往させているリヨンの横で、チアーナは冷静に頭を巡らせていた。


「過去にはそういった賠償をした事例がある。計算通りなら、今回の賠償額を上回る利益が帝国にもたらされるだろうな」


 チアーナは資料の細部まで目を通したが、その隙の無い数字の配置に、舌を巻いて大きく頷いた。

 その横で、リヨンは合点が言ったとばかりに声を上げた。


「つまり……街道が整えば人が集まって――あっ! ここに巨大都市が生まれるんだ! そりゃ動くお金も桁違いだろうね!」


「単純に賠償金を分割するよりも、双方にメリットがある提案だと思っています」


「確かに、帝国にとっても、大きなメリットになるな」


 手応えのある反応を示すが、それでもチーアナの表情には陰りが残っていた。


「しかし、賠償期間が長期になると、帝国議会がすんなりこの内容で首を縦に振るか」


「議会は割れそうですね、すぐに全額奪えって強硬派もいるし。もう一押しできる強いカードがあれば……」


 難色を示す2人を前に、ジールは逡巡し、あえて少しの間を開けて口を開いた。


(ずっと占領政策をしてきた帝国だ、これだけでは難しいか……)


「……付け加えるなら、トラム鉱石の独占契約。これは納得しやすいかと。帝国が今回うちに侵攻した要因も、この鉱山が目的ですよね」


「トラム鉱石って、なんか魔導に関係する金属の元になる石、だよね?」


「皇帝が今一番関心のあるレアメタルだ。トラム鉱石を錬成したトラム金属が、魔導具作りに革命を起こす。魔導王国が発表した最新の論文にもそうあるな」


「皇帝がご執心! レアメタル!! 強いカードあるじゃない! それを早くだしなよー」


 チアーナの言葉に、リヨンは目を輝かせた。


「弱いカードを切って様子を見る、交渉の基本は大事かなと。そもそも、関税の緩和だけでもかなり強いカードですけどね」


「仕方ない、帝国の議会には、賠償に制裁という意味を込めている者も多い」


「でも、そんなにトラム鉱石っての採れるの? ちょっとしかないんじゃ、議会のお偉いさんたち納得しないよ」


「先に述べた鉱山トンネルの工事中に、埋蔵量は大陸1という調査結果が出ています」


「へぇ、こりゃ凄い! そりゃぁ帝国が独り占めしたくなるわけだ」


 リヨンは埋蔵量について記載された資料をパラパラとめくり、喉をゴクリと鳴らした。


「かなりの埋蔵量という事で、前から帝国や魔導王国とも商談に入っていたんですけど……」


「けど?」


 リヨンは言葉を濁したジールの代わりに、チアーナへ目を向けた。


 チアーナは一度逡巡し、重たい口を開いた。


「商談を取り仕切っていたファッド国のダンパ宰相が魔物に襲われ、半年前に亡くなった。それで取引が中断されてしまったのだ」


「あれ、その頃って、ファッド国の王様も、病気で亡くなった時期と重なるよね」


「そうです、それで国内がごたごたとしていて、外に目を向けられなくて……」


「その混乱に乗じて帝国が侵攻か。すまない、帝国がやりそうな手だ」


「でもそれ、ちょっときな臭くないですか? そのごたごたが、帝国にとって都合がいいというか、タイミングがいいというか」


「鉱山の商談を進めていたのは皇帝の第2子、プラネ第2皇子だ。じきじきに交渉の場に出て、宰相であるハイジールのお父上とも、懇意にしていたと聞いているが」


 チアーナは探るような目をジールに向けた。


「……まだ推測でしかありませんが、王の突然の病死、魔物がいない地域での宰相の事故、不信な点がいくつかあります……」


 ジールは一度息を吸い、ためらいながら言葉を続けた。


「不敬な事を言ってしまうと、シャウゼン第1皇子の派閥の影も……」


 シャウゼン第1皇子。


 この名前がジールの口から出た瞬間、チアーナとリヨンに緊張が走った。


「侵攻してきた軍の大半も、シャウゼン第1皇子の派閥の軍が大半だったと、記憶しています」


「シャウゼン第1皇子、怖い人の名前が挙がったねー……」  

  

 リヨンが顔を引きつらせている横で、チアーナも眉をひそめた。


毎日18時更新を予定しています。

しばらくは物語の区切りが良いところまで、複数話ずつ更新する予定です。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。


次回、舌戦から交戦へ

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