05 猫耳
「そのスーパー出世頭の秘書をやっております! リヨン秘書官もお忘れなくー!」
「リヨン先輩も、相変わらずですね」
リヨンは声のトーンが急に上がり、砕けた表情を見せた。
「兵が下がったからといって気を抜くなリヨン、ハイジールも」
「帝国士官学校の生徒会長と副会長が、今や帝国組織の幹部候補。一緒に書記をやっていた後輩として誇らしいですよ」
「お前こそハイジール、出世欲はないと思っていたが、講和交渉を任されるほどになっていたとはな」
「ジールの出世に驚きはしないよ! サボり癖はあったけど仕事はできたもんね! リヨン先輩も誇らしいよ」
リヨンは快活に話しながら、視線をフェリに向けた。
「びっくりっていうならフェリーハだよ! あの時のアデア人だよね!? 女の子だったとは、大きくなったねー、ホント、大きくなった――」
リヨンがまじまじとフェリの大きな胸を凝視すると、フェリは両手で胸元を隠し、顔を真っ赤にして、ジールに助けを乞う目を向けた。
「その、そんなにじっくりと見られると……、恥ずかしぃです、ジール様ぁ……」
「ま、まぁオレは成り行きですよ。帝国という大国と比べれば、この国なんて村役場みたいな小ささですから」
ジールはテーブルの上に、勅命の書状を置いた。
「それでも、この通り勅命も頂いています。俺の言葉はこの国の総意として受け取っていただければ」
「この字の汚さ、エスタ、いや今はエスタ王か。相変わらずか」
「お恥ずかしいかぎり……」
ジールが苦笑いを浮かべた横で、フェリはカップとソーサーをジールとチアーナの前に並べ、丁寧な所作でお茶を注いだ。
「お2人が学園にいらしたときは、まだジール様に仕えたばかりの頃、作法もまだまだで、ご迷惑をおかけしました」
「チアーナさんとリヨンさんに教わったおかげで、フェリは人に作法を教えるレベルになりましたよ」
「お2人に合わせた帝国の茶葉です。帝国産はこの国でも人気で、貴族の方にも評判がいいんですよ」
「リヨンさんも座ってください。フェリ、リヨンさんの分も」
フェリは腰を下ろしたリヨンの前にもカップとソーサーを並べ、お茶をそそいだ。
その香りにリヨンは鼻をヒクヒクとさせ、くつろいだ表情を漏らした。
「ふー、こうしてるとあの頃を思い出すー。もうずっと忙しくてピリピリしてたし、和むー」
「相変わらず帝国はお忙しいようですね、猫の手も借りたいほどって」
「私が猫だといいたいのか?」
一瞬、チアーナは鋭い視線を送ったが、ジールは軽く微笑みながら言葉を続けた。
「チアーナさんの学園祭の猫耳、評判よかったですよね。とくに、魔導王国の獣人種の方々に。注目の的だったのを覚えています」
「おかげで魔導王国の貴族に言い寄られ、そのまま縁が結ばれてしまったのだ……。それがきっかけで、魔導王国との外交にまで駆り出されて……」
チアーナは苦い顔を漏らすも、リヨンは快活に口を開いた。
「その魔導王国と太いパイプを築き上げ、今では、帝国を代表する地位にまで出世しちゃいましたもんね!」
「その時の魔導王国の貴族と、婚約をされたんですよね。外交も私生活も順調そうで何よりです」
(獣人が多い国だから、猫耳のカチューシャ付けたらウケるかなって程度の、軽いノリで提案したのは、内緒にしておこう……)
「ハイジール、そのいたずら心が人の人生を大きく変えたんだ。何が有益になるかわからないものだ、勉強になったよ」
「あぁ、バレてましたか……」
チアーナは少し照れたように頬を赤く染めたが、直ぐに平静を取り戻そうと、ゴホンと咳払いを1つした。
「同窓会をしに来たわけではない。この交渉の重大さをわかっているか、お前の国の命運がかかっているのだぞ」
「ですね。国家存亡の危機というヤツです、頭が痛くなりますよ」
「帝国議会が納得できる賠償案を提示できなければ、帝国が要求した賠償を丸のみしてもらう事になるぞ」
「ジール、私たちが言うのもなんだけど、相当な額だよ、多分ファッド国の国家予算の数年分くらい。払えなければ領土の割譲、国民の何割かは奴隷として引き渡してもらうとかしないと、残酷だけど……」
「2人の立場は理解していますよ。この国から搾れるだけ絞ってこいと、命令されているのでしょう。」
チアーナとリヨンは何も言わず、目で頷いた。
「とはいえ、賠償額を払えたとしても、破産してこの国は終わりです。民を守る軍の維持も出来なくなれば、他国からの侵攻どころか、野盗だって追い払えない治安の悪化を招きます」
ジールは両手を上げて、降参の姿勢をとった。
「では領土の割譲を選ぶか、国民の奴隷化を嫌うなら、港や主要地域は抑えさせてもらう事になるが、それしか選択肢はないだろうな」
「そんな事をすれば、残った国民が黙っていません。暴動が起きて、やっぱりこの国は終わりです」
「私だって心苦しいが……。まさかっ! もう一度戦争を起こそうと思っているのか!? 帝国が本気になれば、この国を焼野原にだってできる、最悪の結末を迎えるぞっ!」
チアーナの声色が強くなったが、ジールは意に介さずに口を開いた。
「なので、賠償金は払いません。もちろん、領土の割譲も、国民を奴隷にもしません」
ジールは自信に満ちた声で、ハッキリと言い切った。
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