04 バッカーナ教
王宮を取り囲む特別区域には、上級貴族や役人の絢爛たる邸宅が軒を連ねている。
その一角に作られた庭園は、人々の目を楽しませ、心を癒す色とりどりの植物が植えられ、その傍らには、国賓を迎える迎賓館も建っていた。
憩いの場として週に一度一般人へ開放され、この日も大勢の民衆が集っているが、この時ばかりは、憩いとは真逆の、殺伐とした空気が佇んでいた。
「思ったより集まってるな……、暇か?」
「ジール様、愛国心ですよ。国民のみなさんは、大臣たちとは違うんです、敗戦した事への不安の現れです」
「フェリ、それにしたって、あんな殺気立った目を帝国兵に向けてたら、殺してくださいって言ってるようなもんだぞ」
庭園と居住区を仕切る大通りに集まる多くの民衆。
目の前の光景に恐怖し、悲壮な顔をする者。
険しい顔をして、手に木の棒を持つ者。
武装した冒険者も数名いた。
迎賓館の前は多くの帝国兵とその馬車で埋め尽くされ、民の憩いの場である庭園は、帝国軍人の紺の軍服で一色に染まっていた。
すでに帝国に占領されてしまったような、錯覚を引き起こす。
誰の目にも、この国が敗戦国だと実感するには、十分な光景だった。
「もうこの国は終わりだ、占領されて自由もなくなるんだ」
「魔王に征服されていた頃のように、みんな奴隷にされるんだ」
「ロイグ村の生き残りなんて数人だぞ、 村1つくらいなら簡単に消すのが帝国だ……」
ジールたちの乗る馬車が迎賓館へ近づくと、民衆の声が馬車の中まで入ってきた。
集団の後ろの方は悲観した声が多く、視線を落とし、うなだれている人が目立った。
前の方では怒声が飛び交い、衛兵は民衆と帝国兵の間に入り、両者の衝突を避けるように壁となっていた。
「この国の兵が帝国の兵を守ろうってのか! こっちの味方じゃないのかよっ」
「違う、これから会談が行われる! 暴動が起きたら損をするのは我が国だぞ、落ち着け!」
「なんでこんなところで会談するんだよっ、俺たちの庭園を踏みにじりやがって!」
「この国の未来を決める会談をするんだ! その辺の原っぱでできるか!」
怯えや恐怖を振り払おうとする余裕のない叫び声、行き場のない憤りの目は、焦点が定まらず右往左往している。
「まずいな、揉めたら全員を守るのは難しいぞ、もう会談どころじゃなくなる」
ジールの懸念をよそに、殺気だった空気は伝染していく。
「るっさいねぇ、帝国の偉いヤツがきてんだろ、出てけって怒鳴ってやる」
「あぁそうだ! バカだってやるときゃやるぞ!」
「ちょ、2人ともやめてー」
若い冒険者のグループは、威勢よく衛兵に詰め寄っていた。
服を引っ張って止めているメンバーもいるが、その騒がしさに、庭園の中の帝国兵も動き始めた。
「まずいな、帝国兵が武器を持って民衆の方に向かい始めた、下手すりゃ死人がでるぞ」
「私が出ます、誰を切れば?」
「切っちゃダメです。少し強引だが、衛兵と民衆の間に馬車を割り込ませてくれるか」
ジールの指示に従い御者が鞭を強く振ると、馬は後ろ足で立ち上がり、大きな鳴き声を上げた。
「う、馬が突っ込んでくるぞっ!」
「なんだこのツノの生えた馬、見たことないでかい馬だっ、みんな避けろっ」
その体躯の大きさと前足を上げた棹立ち姿は、民衆に大きな影を落とし、踏みつぶされると錯覚した人々は、蜘蛛の子を散らすように衛兵から距離を取った。
馬車が衛兵と民衆の間に停まると、ジールは外へ出て民衆と向き合った。
「この会談はバッカーナ教の総本山の意思だ。戦勝国の一方的な要求をよしとしない、教会の恩情を頂きこの会談が生まれた」
ジールは毅然とした姿勢を保ち、落ち着いた声を意識して言葉を続けた。
「この慈悲を受けてなお争いごとを始めれば、バッカーナ神からの罰が下るぞ」
ジールの登場に、最初は怪訝な視線を向けた民衆だが、その口から神の名前が出た途端、人々の目つきが変わった。
「ば、バッカーナ教がなんだ、神様が偉くたって、この国を守るためなら俺は戦うぞっ!」
赤い髪の冒険者は、大きな剣を担ぎ、ジールに突っかかって行ったが、その場にいる他の民衆はその口を塞ぎ、冒険者の体を押さえた。
「バッカーナ神が見ているんだぞ、家族の幸せを願うなら危ない事はやめなさい」
「教会の審問所に名前を書かれたら、地獄の業火に焼かれてしまうぞ」
民衆に諫められると、赤い髪の冒険者とその仲間は、ジールに鋭い視線を送り、歯ぎしりをしながらその場を去っていった。
「双方矛を収めよ、静観するように」
依然として、緊迫した空気の余韻が冷めぬ空気の中、女性の凛とした透き通る声が響いた。
その声に帝国兵の動きは止まり、民衆はその声の主の姿に目を奪われて動きを止めた。
「なんだよあの美人、帝国にはあんな美しい人がいるのか、うらやましい、やっぱり帝国はムカつくぞ」
「一番でかい高そうな馬車から出て来たぞ、帝国のお偉いさんなのか」
女性が馬車から降りると、栗色の緩いウェーブヘアーが風に流れた。
体の凹凸のラインがハッキリ出た軍服姿と、スリットの入ったロングスカートから除く太ももに男性陣は見惚れた。
キリリとしたグレーの瞳が向けられると、女性陣もその凛々しい目つきに、虜になるように頬を赤くそめた。
(見惚れすぎでしょ……。うちの国民チョロすぎじゃね?)
ジールが苦笑いを浮かべていると、その女性は言葉を続けた。
「クラベス帝国の兵は矛を収めよ! 講和へ向けた話し合いの場、武力を持ち込む野蛮な行為は止めよ!」
その毅然とした言葉と態度に、帝国兵も民衆も身を正し、その場の空気は落ち着きを取り戻していった。
「お騒がせして申し訳ありません。場を鎮めて頂き、感謝いたします」
「こちらも威圧的だったことは認める。隊の士気にも関わるので、牽制の1つぐらいはと思ったのだが、これでも城の外の大隊を入れるという案は却下した」
(歴戦の将軍でも、隊を完全に制御するのは難しいと聞く。女性でこれだけ若いと、気苦労も多いでしょうね)
「その気配り感謝いたします、チアーナ・ネゴ外務官殿。会談用の部屋をご用意しております。秘書のリヨン様もどうぞこちらへ」
ジールは軽く頭を下げると、チアーナを先導するように左手を迎賓館へ向け歩き出した。
迎賓館の扉を開けると、目の前には大広間が現れた。大広間の左右には2階へ上がる階段があり、奥には会談用の別室へ向かう扉があった。
ジールを先頭にフェリが続き、チアーナと秘書のリヨン、そして数名の帝国兵が後に続いた。
「会談用の部屋は2重扉、窓も2重窓になっていて、気密性の高い部屋になっております。館内は防衛防災のための魔導術式が構築されていますので、ご安心を」
フェリが部屋の内情を説明し、奥の扉を開けると、リヨンが先に室内へ入った。
濃いブラウンヘアーをかき分け、ネックレスで下げているルーペ型の計器を取り出し、グリーンの瞳で、そのルーペ型のレンズ越しに部屋の中を調べ始めた。
「この魔素探知のレンズで見た限りは、部屋の魔素の反応は青、天井の術式にわずかな魔素が流れている程度、魔導に関しての罠や危険はないと思われます」
リヨンはレンズを除いたまま振り返ると、ギョッとした顔を見せた。
「って君たち! 魔素の反応が黄色だよ、なんで強力な装備を持ってきたの!」
帝国兵の1人は、一瞬だけ懐を隠すように手を当てた。
「て、敵国に入るのですから、装備はそれ相応に……」
「気持ちは理解する。だが今は停戦中、バッカーナ教会の目もある。うかつな行動は控えるように」
チアーナは強い調子で言い聞かせ、部屋の奥へ足を進めたが、すぐに眉を顰め、その足を止めた。
「一般兵はもうついてくるな、ここで下がれ」
「し、しかし、相手は武器を所持しているのでは」
「この先の話は機密扱い、部屋への入室は許可しない」
「それでも、護衛が必要かと……」
「一兵士が、国家の機密を知ってどうする? 私の監視をどこぞの貴族にでも頼まれたか、それとも密偵の真似事か?」
チアーナの突き刺すような視線に、帝国兵は目を泳がせたが、それでも引く気配はなかった。
ジールはそのやり取りを横で見ながら、ジッと帝国兵の装備に目をやった。
その眼光に気づいた帝国兵は、とっさに他の兵の陰に隠れた。
その行動に不信を抱きながらも、ジールは何事もなかったように口を開いた。
「気を使わせてしまい申し訳ありません。こちらの装備を預かって頂いてもよろしいですか」
「ジール様、ここは私たちの国です、何故そこまで帝国に配慮を」
「敗戦国だからだよ。バッカーナ教会の停戦調停があったとはいえ、賠償の内容について、会談を開いてほしいとお願いしているのは我が国だ。礼と配慮を尽くすのはこちらだよ」
ジールに見つめられ、フェリは上着の裏に仕込んでいた2本の短剣を取り出し、しぶしぶといった表情で、帝国兵に渡した。
「預からせていただく。魔素の反応もないようだし、丸腰なのは確認した。ではチアーナ様も、腰の剣をお預かりします」
「そうだな、私だけ武器を持つなど、礼をかく行為であるな。私の剣もここで兵に預からせよう」
剣の鞘を固定しているベルトに手を伸ばすと、ジールはチアーナに手の平を向け、待ったをかけた。
「護衛の方の心労もありましょう。チアーナ殿の装備はそのままで結構ですよ」
「チーアナ様、ベルト式ですし、外す手間にお時間を頂くのも」
ジールの言葉にリヨンが続くと、チアーナは軽く逡巡し、腰に伸ばした手を止めた。
「部下の心労にまでご配慮頂き、痛み入る。このまま会談に入らせていただこう」
ジールが先に部屋へ入り、チアーナとリヨンが後に続いた。
最後に入室したフェリは、帝国兵の視線を確認してから、部屋の扉を閉じた。
パタン。
ドアの閉まる音と同時に、外のざわつきが消え、室内にはシンとした空気が漂った。
部屋の中央には、大理石でできたローテーブルがあり、テーブルをはさむ形で2人掛けのソファーが並んでいる。
ジールとチアーナは向かい合って腰を下ろし、ジールの背後にフェリ、チアーナの後ろにリヨンが控えた。
にらみ合うようにお互い目を合わせると、ジールは肩を下ろして大きく息を吐いた。
「お久しぶりですね、チアーナ先輩。いや、時期外務次官、クラベス帝国の外務省のエース、とお呼びした方がいいですか」
ジールはソファーの背もたれに背を預け、少しくつろいでみせた。
毎日18時更新を予定しています。
しばらくは物語の区切りが良いところまで、複数話ずつ更新する予定です。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。




