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03 おもらし

 カシンッ!


 剣を鞘から抜いた金属音が執務室に響いた後、ドサッと、エスタが尻もちをつく鈍い音が鳴る。


「自分の椅子を狙う血族なんて、皇帝が生かしておくと? この首を持っていけば、褒美として帝国で良い地位が頂けるかもな」


「ひ、ひぃぃぃっっっ!!!!」


 エスタの悲鳴が上がって、ようやく衛兵たちが剣を抜いた。


 その刹那。

 

 キィインッ。

 

 甲高い複数の金属音が鳴り響き、衛兵たちの剣はその手を離れ、全てが宙を舞った。


 その一瞬の出来事に、衛兵たちは何が起きたのか理解できず、床に落ちてくる自分たちの剣を呆然と見送った。


「軽い。迷いがある剣です。その剣は何のために、誰のために振るうのですか」


 2本の短剣を抜刀したフェリを見て、衛兵たちはようやく、自分が誰に剣を弾かれたのか理解した。


「もちろん私はジール様のため、この命捧げる覚悟」


「そんな覚悟期待してないから」


「えぇ……、そんなぁ……」


 ジールと目をあわせると、フェリはフニャリと目尻を下げた。


「大丈夫そうだな、フェリ」


「ジール様、少し動揺しただけです。命令して下さればすぐに片付けます」


 フェリはジールの横に並ぶと、衛兵たちを睨みつけ、剣を構えた。


 衛兵たちは後ずさりして、そのうちの1人がボソっと声を漏らした。


「お、思い出した、金髪のアデア人、返り血のフェリーハ……、こいつだ……」


「帝国兵を200人も切り殺したって噂の!? だとしたら、俺たちが束になっても敵わないぞ!」


 1人の恐怖が、全体に波及するのは一瞬だった。


 追い打ちをかけるように、フェリが一歩前へ進む。


 衛兵たちは、死神が近づいてきたかのような恐怖にかられ、フェリの周りに黒い靄のような幻覚が見えていた。


「ジール様の指揮のたまものです。さぁ、王を守る覚悟のある方からお相手します」


「ま、待ってくれ! 俺が仕えたのは前王の時代、まだその王に忠誠は誓っていないっ」


「あぁ俺もだ、頼む見逃してくれ、こんな王に命を懸けるなんて無理だ!」


 フェリは横一線に剣を振った。


 剣で空を切るその仕草が、その場から立ち去れの意味だと察し、衛兵たちは剣を拾う事もなく、我先にとその場を後にした。


「ま、待てっ、余を見放すなぁっ!」


 エスタの声が廊下に響くが、誰1人として振り返らなかった。


「そういう事なんで、優秀な大臣たちを見習って、俺も自己保身に走らせて頂きますよ」


「ほ、本気なのか!? 父親同士、仲良かっただろ、余たちも子供の頃遊んだよなっ、なぁっ」


「サビエスト前王は素晴らしい人だった。息子を支えてやってくれと言われた事もある」


「そ、そうだよな、余たちは親友だよな! な! さっきはちょっとムキになっただけ、本当は殺すつもりなんて――」


「でも、もうオレは、エスタに期待できない。すいません、サビエスト王……」


「う、嘘だろ、嘘だと言ってくれっ、イヤだぁっ! イ゙ヤダヨォ゙ーッ!!」


 エスタが泣き叫ぶと同時に、ドオォンッ、という破裂音が城の外で鳴り響いた。


 そのすぐ後、息を切らした伝令が、執務室に勢いよく飛び込んできた。


「はぁ、はぁ、こ、こちらでしたかっ、伝令です! 駐屯している帝国軍が、交渉の席はまだかと――ってエスタ王!? い、いったい何が?」


 尻もちをつき、涙と鼻水で顔を濡らした王の姿に、伝令は動揺し、壊れた扉と、抜き身の剣が散乱する部屋の状況を見て、さらに困惑した。


「静かにしてもらえますか」


 伝令は目の前にフェリの剣が現れると、口を一文字にして、コクコクと頷いた。


「大丈夫だ、今の音は帝国の火薬武器の大砲。魔導兵器ほどの射程も威力もない、あの位置からなら街にも届かないさ」


 ジールの言葉に呼応するように、続けざまに大砲の音が鳴る。


「首はまだかと、急かされている気分だ」


 ジールは剣の柄を握る手に、グッと力を込めた。


「なぁ、なんでもすりゅ、だのむぅ、だのむよーぉおー」


「今、なんでも?」


「なんでもと、聞きました」

 

 伝令も、コクコクと首を縦に振った。


「あ、あぁ、なんでもだ、余は王だぞ、な、なんでもできる権力があるっ」


 逡巡する素ぶりをみせて、ジールは剣を鞘に納めた。


「では王よ、ご命令下さい。全てをこのハイジール・ベイに任せると」


「へぇ、あ、あぁ、全て任せる、任せるぞ、勅命でもなんでも命令してやるっ」


 ジールがフェリに目をやると、すでにジールの机から紙とペンを用意して、渡せるように待機していた。


「勅命の意味、効力をご存じですよね。一度発令すれば、王自らでも覆す事はできない、この国の法より重い命令書ですよ」


 エスタはガクガクと震えながら何度も頷き、ジールからペンを受け取った。


 ペンを握る手はプルプルと震えていたが、なんとか読める程度の文字を書き記し、最後に自分の名前を署名した。


「じ、ジールに全て任せる、こ、講和交渉における全ての権限を託す。そ、そして交渉の決定事項に、この国の全ての家臣はハイジール・ベイに従う。書いたぞ、これでいいだろ!」


「交渉で決定したことは王ですら逆らえない。わかってるな、ヤッパ止めた、はできないぞ」


「わかっている、余の命が助かるなら、なんでもっ!」


 最後の仕上げに、ジールはもう一度剣を抜いた。


「えぇっ!? なんでまた剣を抜くんだっ!? 約束が違うっ、頼むよ、殺さないでっ、おねがいしますっ、け、剣をどけてくださいぃっ、あびゃびゃびゃ――」


 ジールは、エスタの親指の先に、剣の先端をチクリと刺した。


 そして、エスタが首から下げている王の証、王印を親指の先に当て、血のインクのついた王印を勅命が記された紙に押した。


「伝令、新しい仕事だ。帝国の使者に2刻後、迎賓館にお越しいただくよう伝えてくれ」


 伝令は無言で頷き、部屋を飛び出していった。


「衛兵っ、誰かいるか」

 

 ジールは、廊下に出て大きな声を上げた。


 すぐに巡回中の衛兵が1人走ってきた。


「2刻後、帝国の使者が迎賓館にやってくる。民衆と揉めないよう、そして暴動が起きないように警護を頼む。なるべく多くの兵、騎士隊も動員してくれ」


 衛兵は一度首をかしげると、ためらいながら口を開いた。


「……ハイジール殿、貴族といえ、あなたの身分では、兵を動かす権限はありません。王やフォルシャ軍務大臣クラスの、その、位の高いお方でないと……」


「そういのは、コレを見てから判断してくれ」


「そっ!? それは王印の血判!! 申し訳ありません、すぐに兵舎へ向かい、ムッサー騎士団長へお伝えします!」


 ジールが勅命の書状をかざすと、衛兵は一度恭しく敬礼し、飛んでいくように走っていった。


「王様を脅して権力を得るなんて、完全に悪役だな」


「私も共犯者です、ジール様を1人にはしません」


「このレベルの権限を持たないと、帝国の使者は話し合いの相手として見てくれない。とはいえ、足りないピースはまだまだ多い、面倒だが頑張るか」


 ジールが困り顔を向けると、フェリは口角を上げてみせた。


「エスタも、いきなり小国の王様になって色々面倒だと思うけど、もう少し王様を頑張れ。オレも頑張るから――って……」


 ジールの足元で転がっているエスタは、緊張の糸が切れた事で、こと切れていた。


「小心者ほど虚勢を張る。の典型だな。自己保身で勅命まで出すとは思わなかったけど、脅してみるもんだな」


「サビエスト王に謝罪の言葉を述べた時は、私も本気だと思いましたよ」


「殺すわけないだろ。ムカつくけど……。ま、駆け引きの延長ってことで」


 ジールは、衛兵たちが残していった床に散らばる剣の束へ、ため息のような視線を落とした。


「俺も、こんな敗戦国から逃げ出したいよ」


 ジールは首の包帯をほどき、血が止まっている事を確認して、床に転がっているエスタを見下ろした。


「ジール様、お部屋の掃除どうしましょう。急いで会談の準備をしなくてはいけないのに、早く掃除しないとシミになってしまうかも」


 エスタの股間は失禁でびっしょり濡れ、横たわっているカーペットにも、洪水が広がり続けていた。


(戦争でもなんでも、後始末が一番面倒だ……)


「衛へー、王を自室にお連れしてー。ついでに掃除もお願いー」


 エスタの尊厳に考慮し、ジールは小さな声で呼びかけた。


(おもらし王。 なんてあだ名がついたら、国家の威信とやらが汚れてしまうな、色んな意味で……)



毎日18時更新を予定しています。

しばらくは物語の区切りが良いところまで、複数話ずつ更新する予定です。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。



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