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70 パイで乾杯

 街の中央通りの沿道は、溢れんばかりの民衆で埋め尽くされていた。

 

 建物の窓やバルコニーからも無数の人々が身を乗り出し、「セイビア女王」の姿をその目に焼き付けようとしている。

 

 国中の期待と羨望の眼差しが向けられる一行の中。ケーチは難しい顔を漏らしていた。


「この子たちは昔のアーシだ! だからこのパレードを一番側で見てほしいんだよ!」


「セイビア殿下、私もこの子たちと面識はありますが……」


「シェラが絵本作らなきゃ、ルジャンが聖剣なんて呼ばれる事もなかったし、アーシらがあの決起集会で訓示する事もなかった。立派な功労者だろう!」


「確かに、セイビア陛下が王になる流れを作った1人ではありますが。こう何人も馬車に連れ込んでしまっては、警備の都合上護衛対象が増えるのはあまり……」


「みんなー、ジルちーが繋いだ縁だよー! アタシたちにとっては、ケーチ隊長もこの子たちも一緒だよー」


「ジールさんの名前を出されると、強く言いづらいですね……」


「セイビア女王様、私たち降りた方がいいですか?」


 シェラが伏し目がちに声をこぼすと、セイビアはその体を思いっきり抱きしめた。


「アーシの肖像画を描くって約束もしてんだ! いいじゃないか、着てるもんだって上等だ。この馬車にふさわしい恰好もちゃんとしてる!」


「んねぇー! 可愛いドレスー! みんなターラちーのお下がりなんでしょー! ラルはジルちーのお下がりなんだよねー、カッコいいよー!」


 ラルはいつもより上等な生地に包まれ、ぎこちなく背筋を伸ばしながら、ルジャンの隣に立って誇らしげな顔をしていた。


「あの、私も乗ってしまってよかったのでしょうか。みなさんのご迷惑になってしまっているなら申し訳ないわ」


「ターラだって俺たちの仲間だろ! 放っておけるわけないぞ!」


 ルジャンはターラたちに席を渡して、御者の横に立っていた。


 その立ち姿は沿道の後ろの人々にも良く見え、聖剣の騎士を称える大きな声援が沸き上がると、ルジャンは四方に向かって大きく手を振った。


 ルジャンに大きく注目が集まり、パレードに集まる人々は、馬車に乗る人数が増えた事を気にしている様子はなかった。


「ガッハッハ。ケーチ、決起集会の日を思い出せ。この国の民が選んだ王だ!」


「ムッサー大臣。民の王を見る目がこれまでの王に向ける視線と違うのも、その影響なのでしょうね」


「勇者の血を引き、あの場に司祭様がいたとはいえ、国民が納得しなけりゃあんな光景は生まれない」


「確かにそういう空気でしたね。皆が認めた王だという空気が。しかしあの状況を作ったジールさん、末恐ろしい人です」


「これからの時代、権威や権力を振りかざす王様は求められていない。こういう親しみのあるあったかい王様がいいんだとよ! そういう目だ!」


「とはいえ職務中に飲食は、いや、私も隊長になりたてで気を張りすぎか……?」


 セイビアはターラが抱えているロッカス亭の紙袋からパイを取り出すと、そのパイを見つめ、感慨にふけっていた。


「アーシらの運命、このロッカス亭から始まったんだ。節目にふさわしい食いもんだよ」


「アタシたちにとってー、特別な食べ物になっちゃったねー」


「ジールさんがいなかったら、俺ら今ここにいないんだよな」


「そのジールさん! 忙しいのはわかるけど、出発前に一声あってもいいと思わないかいターラ。アーシちょっと寂しかったぞ」


「あら、あとでお兄様を叱っておくわ。お祝いの日なんだもの、一緒に同じ景色を見るべきだわ」


「ターラちーはー、ジルちーの代わりねー!」


「だな。俺たちがちゃんとやれてたって後で伝えてくれ! って、やれてるよな? 大丈夫だよな??」


「アーシらが美味そうにパイを食ってたって伝えてくれよ! さぁケーチ隊長、ムッサー大臣もっ、一緒に食うよ! これがアーシ流の乾杯だ!」

 

 セイビアは立ち上がってパイを高らかに掲げ、思い切りかぶりついた。


 ゴクンと飲み干し、ルジャンやマイネ、ターラや園の子供たちもパイにかぶりついたのを見て、ニカァっと満面の笑みをこぼした。


 そしてセイビアは、手綱を握り両手の塞がっているムッサーやケーチの口に、パイを強引にねじ込んでいった。


「おわちちち、パイの中身が熱っ、って、陛下、馬車から身を乗り出さないでください! 危ないですよ」


「美味いからってよだれ垂らすんじゃないよ! 国民に笑われちまう!」


「もう笑われそうな恰好をされてますよ!」


 セイビアはドレスをしわくちゃにしながら、大股開きで馬車から身を乗り出すと、横に並ぶ護衛の騎士たちの口にもパイを詰め込んで回った。


 騎士たちはその強引さとパイの熱さとに翻弄され、目を丸くしながら、口をもぐもぐとさせていた。


「ガッハッハ! 美味いな、晴れの日にふさわしい味だ! ガッハッハッ!!」


 セイビアの立ち振る舞いに、沿道の人々は唖然とするも、騎士たちの普段見られない様相と、ムッサーの大笑いに釣られ、自然と笑みをこぼしていった。


 喝采や賞賛の声とは一味違う、温かく賑々しい空気が、セイビアたちを中心に街中に広がっていった。


毎日18時更新を予定しています。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。

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