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71 敗戦国から逃げられない

「パレードはいい具合に進行してるな」


 ジールが窓を開けると、街からの喧噪と心地よい風が、執務室に入ってきた。


「エスタが乗り込んできた日には、まさかこんな光景が生まれるなんて想像もできなかった」


「ジール様がいなければ講和は結ばれず、操られた王は新たな戦争を始め、この国の民は絶望に向かうところでした」


「あの日が分岐点だったな。俺の立場も変わって、フェリには苦労をかけっぱなしだ」


「ジール様の力になれることが私の誇りです。大使館の件もですが、宰相の話も断ってしまってよかったのですか、ジール様ならどんな仕事でも私は――」


「あぁ、固辞させてもらったよ。セイビアにも頼まれたし、推薦してくれた貴族も多かったが、俺には分不相応だし、そう見る者もまだ多いだろう」


 ジールは窓の外へ目をやり、その賑々しくも穏やかな空気に目元を緩ませたが、すぐに眉間にしわを寄せた。


「そういう不協和音を、セイビアの政権に持ち込むべきじゃない。余計な面倒事で政治が滞れば、被害を被るのは国民だ」


「ジール様らしいですね。自分の出世より、セイビアさんや国民のことを考えての判断なんて」


「買いかぶり過ぎだ。面倒なだけだよ。オレの都合だ」


 ジールは片手をヒラヒラとさせて、軽く笑ってみせた。


「宰相はプラーガさんが適任だ。短期間で鉱山都市を発展させた実績、帝国との講和の重要拠点の領主という立場、この国のトップを務めるにふさわしいよ」

 

「プラーガさん。セイビアさんたちを可愛がっていますよね」


「軍をまとめるムッサー大臣も、この国一番の名声を誇る武人で、国民からの信頼も厚い。この2人とセイビアが堅い1枚岩になれば、政権は安定するだろう」


「もしかして、こうなる事を見越して、お2人をセイビアさんたちに近づけたのですか」


「まったくの偶然だよ! まぁ、これで次の戦争の火種が見えてなけりゃ、この国にとってのめでたいハッピーエンド、と言えるんだが……」


「今回の戦闘、すぐ他国へ知れ渡りそうですね」


「あぁ、魔王を倒せる勇者専用の魔導兵器を、トラム鉱石の装備が破壊した。この事実が広まれば、この国の鉱山への注目度は格段に上がってしまう……」


「それで、鉱山を帝国と共同開発という話になったんですね」


「そうそう。うちの国に手を出したら、帝国が鉱山を守るために出てきますよって、他国へのけん制になる」


「軍事同盟ではないから、帝国の戦争にファッド国が駆り出される事はないんですよね?」


「あぁ。それでいて、軍事費を使わずにうちの国防を強める事ができる。お得な契約だ」


「こっちばかりが得をしている気がしますが、よく条約に付け加えられましたね」


「それだけトラム鉱石の重要性が増したってことだ。シャウゼン殿下の計画を阻止できたのもでかい。帝国の落ち度を糾弾しない代わりの要求としては妥当だろう。向こうにとって美味しい話でもあるんだ」


「ジール様の活躍が、実を結んだんですね!」


「共同開発の交渉ぐらいじゃ、活躍ってほどでは」


「それだけじゃありません。講和だって、インボス領の戦いだって、セイビアさんが王になった事も、ジール様が持てる力と人事を尽くしたからこそです」


「今日は持ち上げるね。褒められ慣れてないから、気恥ずかしくて素直に受け取りづらいな」


 ジールは眉をハの字にしながらも、フェリへ口角を上げてみせた。


「どれも俺1人では形にならなかった。皆の活躍あっての物だよ」


 ジールはフェリの目を見つめ、さらに言葉を続けた。


「それに、フェリがどんな時も信じてくれたから、なんとかやれたんだ。その心に何度救われたか。俺1人ならとっくに心が折れてたよ」


「ジール様、それは私もです。どれくらい感謝しているか、出会った日から語るなら、とても長くなってしまいそうです」


「あぁ、俺もだ。時間がいくらあっても足りないよ」


 2人の語り合う呼吸のリズムが重なり合い、交わす言葉以上に、2人の気持ちは呼応していった。


 目が合うと肩の力がぬけ、柔らかい空気が2人の間に流れ始めた。


 トン、トン、トン。


 執務室の扉を叩くノックの音が、2人の空気に割って入ってきた。


「……鎧の金属のこすれる音。衛兵か、何か用か?」


「ハイジール殿、よろしいでしょうか。来賓の方が、是非お会いしたいと申しておりまして。お取次ぎをお願いされたのですが、いかがいたしましょうか」


 ため息交じりのジールの声とは対照的に、衛兵はハキハキとした声を返した。


「来賓って、チアーナさんか? なんだろう」


「リューオストン聖教国の姫と、そのお付きの方です!」


「リューオストンの姫!? 帝国側の参列者の名簿にその名前はあったが、なんだ? 面識はないはずだが」


「リューオストン。帝国に統治されてずいぶん経つ国ですよね」


「10年前の戦争で帝国に負けて、王族は生かされたが、政治の実権は全て帝国に奪われた国。もう少しでうちも同じ道をたどるところだった」


「そのお姫様と、何があったんですか!」


「何にもないよ!? 会ったこともないし!」


 フェリにジトッとした目を向けられ、ジールは慌てて両手を目の前で振った。


 ガチャリ。2人のやり取りに割って入るように、執務室の扉が開け放たれた。


「ハイジール・ベイ殿とお見受けします。初めてお目にかかります。わたくし、リューオストンの第1王女、センビ・ノーラル・リューオストンと申します」


 開いた扉の中央には、ドレス姿の小柄な少女が立ち、凛とした瞳をジールへ向けていた。


「横にいるのはわたくしの従者で、宮内庁のタガメ・ムシオンと申します」


 センビの横にいる中年の男タガメは、衛兵が止めるのも聞かず、なおかつジールの了承も得ずに、執務室の扉を開け放っていた。


「衛兵、何故ここに通した。俺はまだ何も言っていないが」


「いえ、来賓室でお待ちいただいていたはずですが、いつの間に後ろに……」


 ジールが語気を強めると、衛兵は慌てて額に冷や汗を垂らした。


「突然の御無礼お詫び申し上げます。しかし事態はひっ迫しているのです。ハイジール殿、どうかわたくしの話をお聞きください!」


 衛兵を押し退けるようにしてセンビとタガメは執務室へ押し入った。 

 そしてセンビはジールの前で膝をつき、深々と頭を下げる。


「ハイジール殿っ、我が国をお救い下さい! あなたのお力が必要なのです!」


「はぁ!? いやいや、意味がわからないんですが。突然頭を下げられても、話が全く見えませんし、何を期待されているのか……」


 困惑したジールの顔に、センビの大きくクリっとした緑がかった青い瞳が、真っすぐに向けられた。


「我が国は帝国に戦争で負け、一方的に支配されています。どうかハイジール殿のお力で、我が国の独立にお力をお貸し頂きたく、お願いに上がりました!」


「……突然一方的に話を切り出され、はいわかりました。となるとお思いですか?」


(帝国から独立ぅ!? 何を言ってるんだこの姫さん……)


 ジールは呆れたため息が漏れるのを我慢し、冷静に言葉を並べていく。


「この場はお引き取り下さい。会談の申し出であれば、それ相応のルートで申し込んでいただかないと」


 センビは顔を真っ赤にすると、引く気は無いと言わんばかりに、小柄な体を精一杯震わせて声を発した。


「わたくしたちは帝国に動きも制限され、国外へ出ることもままならず……。こんな日でもなければっ、他国へ協力者を募る事も敵わないのですっ!」


「……独立なんて帝国に不利益な話、こちらとしては無視できない話です。面倒事を増やしたくないので聞かなかったことにしますから。もうお引きください」


(こんな所プラネ殿下に見られたら大事だ……。扉は開けっ放し、誰かに聞かれる事を望んでるのか? 下手な発言は命取りになりそうだ……)


 扉を閉めれば受け入れたとみなされる。かといって他国の王族を強引に締め出す行為は、不敬とみなされ大事にされる可能性がある。

 どう対応するべきかジールが逡巡している間も、センビはぐいぐいと言葉を発していく。


「それですっ! ハイジール殿! 同じ敗戦国なのに、なぜ我らの国は支配され、ファッド国は友好的立場になるのですか! ずるいですっ! ずるいですよっ!」


 センビは体を前のめりにし、口の中に空気をたっぷり含んだふくれっ面を真っ赤にしていた。


(ずるいって、子供のわがままか……。ってまだ子供か、ターラと同じ年頃だよな……)


 小柄な背格好、所作の端々には、背伸びをするような、幼さの残るあどけなさが見え隠れしていた。


 センビは興奮気味に鼻息を荒くし、さらに言葉を続けた。


「あの戴冠のパレード! まるで戦勝国かのような賑わい! なぜ敗戦国でありながら、あのような活気が民にあるのですかっ」


 センビの言葉に、タガメが続く。


「我が国も同じように独立したい。ハイジール殿がファッド国の独立を勝ち取ったそのお力でどうか、我が国をお救い下さい!」


 センビとタガメは両膝を床につけて、這いよるようにジールへ懇願した目を向けた。


(なんでそんな希望に満ちた目で俺を見る……。ってか王族に頭を下げさせている光景、誰かに見られでもしたらまた悪い噂が立つんじゃ……)


「誤解があるようですね。この国が独立を維持できたのは、セイビア陛下を始め、多くの人の尽力あってこそ。誰か1人の力で成し遂げられたものではありません」


「わたくしの耳にもご活躍は届いております! 駐在している大使館員からの報告では、帝国との講和の立役者は、ハイジール殿だと」


「……交渉の場にはいましたが、事務仕事レベルです」


「王の首をすげ替え、講和前に国内の不穏分子を排除し、内戦の早期終結まで、全てハイジール殿の采配と聞いております!」


(んー、嘘をついて顔に出たら面倒だな。適当な事実だけ認めるか)


「……裏で動く。それは鍛冶師に馬の蹄鉄の発注とか、そんな裏方仕事の事でしょう」


「セイビア陛下への指導もされていたと聞いております。ハイジール殿が声をかければ軍も動かせるとも。もはや王を超える存在との報告も、影の支配者であると!」


(影の支配者って、悪役みたいな呼び方……。まだ俺の悪い噂を流してるヤツがいるのか?)


「噂が独り歩きして誇張されています。王族ともあろう方が信じる情報ではありませんよ」


(梃子でも引かないな、この姫さん。この人の話を聞かない感じ、エスタを思い出す……)


 真面目に対応するだけバカを見る。そんな記憶が脳裏をよぎり、ジールはセンビの話を聞き流し始めた。


(そういや同じ金色の髪。勇者の血ってこういう髪質なのかね、フェリは金色でもクセ毛だし)


 なんとなしにジールがフェリの金色の髪に目をやると、フェリは待ってましたと言わんばかりに、目を輝かせた。


「ジール様、謙遜のしすぎはいけません。内容は全て本当の事です。自信を持ってください!」


「ちょっ、フェリ、何を言うんだい君は!?」


「宰相のプラーガさんも、軍の総司令官のムッサー大臣も、ジール様の言葉に異を唱えることはありません。セイビア陛下だって、ジール様の言う事なら首を縦に振るでしょう」


「親しい仲ではあるよ。でもそれと政治は別の話だよ?」


「決起集会の日。セイビアさんを王にするために、司祭様を始め、全員がジール様の指示で動いたのは事実です!」


「なんとっ、教会の司祭様まで手懐けておられるのですか!」


 センビが羨望の眼差しを向けると、フェリは誇らしげに言葉を続ける。


「そうです。先の戦闘の指揮もジール様の采配あってこそです! ジール様はもっと評価されるべきです!」


「ちょ、フェリ、フェリーハさん? 一回落ち着こうか?」


「講和を主導したのもジール様です。この国を救ったと言っても過言ではありません! それだけの活躍をしていることを、私は傍でずっと見てきましたから!」


 堰を切ったように一気に語りつくすと、フェリは大きな胸を張り、ムフーと満足気に鼻息を荒くした。


「ホントに、今日は持ち上げるねぇ……。素直に受け取りたくないなぁ、さっきとは違う意味で……」


「お姫様より、私の方がジール様を良く知っています!」


「そこ張り合っちゃうの!?」


「やはり、この国の影の支配者という話は本当なのですね! 国を裏で操るその才覚! 是非我が国にお貸しいただけませんでしょうか!」


(あぁー、余計にぐいぐいきちゃったよこの姫さん……。フェリ、パイ同盟の事は言うなよ。帝国や魔導王国と繋がってるなんて知られたら余計に面倒だ)


 センビが目を輝かせる横で、タガメも鼻息を荒くして話し始めた。


「帝国と魔導王国、この2つの大国を結びつける政略結婚の仲人も務めたと聞いております。どうか姫にも良い縁談の席を設けて頂きたい。魔導王国の貴族かどなたか、有力な方をご紹介していただけるだけでも」


「えっと、タガメ殿でしたっけ。政略結婚? 誰の話ですか?」


「ジール様。チアーナさんとボーンマス伯爵の話では」


「あぁ、あの2人か。確かに出会いのきっかけは猫耳、俺か。というかセンビ姫はまだ子供でしょ、国のために政略結婚なんて早いのでは」


「もう14になります。もしお力をお貸しいただけるのであれば、ハイジール殿へ嫁ぐ事も考えております!」


「それはよい! ハイジール殿と婚姻を結べば、ファッド国並び、帝国や魔導王国にも太いパイプが築ける。我が国の独立へ大きな一歩となりましょう!」


「ジール様。お姫様と結婚、ヨカッタデスネ……」


 フェリはヒヤリとした目をジーッと向けた。

 冷静な冷たい目の奥に、禍々しい黒いオーラのような靄がジールには見えた。


「フェリ、初めて見たよそんな目……。結婚しないよ、するわけないだろ!」


「グス、わたくしでは、ご期待に沿えませんか……。まだ子供ですが、それゆえ胸もまだ成長します! 母も祖母もとても大きいのです! もう少し待っていただければ今よりも!」


 センビは瞳に大粒の涙をためた。震える体を両腕で抱きしめると、胸元が大きく盛り上がった。


(ウソ泣き臭いな……。これみよがしに胸を強調して、いや見ちゃうけど……。俺チョロいな……)


「いやいやセンビ姫、そういう問題ではありません!」


「ジール様。私もこないだサイズが大きくなりました!」


 フェリはセンビに対抗するように、自身の胸を寄せて、その大きな胸をさらに強調させた。


「フェリーハさん!? 何張り合ってんの!?」


(面倒くささの種類が変わってきたぞ……)


「どうかハイジール殿、わたくしたちは本気です。敗戦国の独立のためにお力をお貸しください! このファッド国を導いたように、ぜひ我が国もお導き下さい! どうか、どうかお願い致します!」


 センビとタガメは両膝を床に付け、頭も床にこすりつけるように低く下げた。


(なんでだよ……。ようやく敗戦国から卒業したっていう日に、敗戦国がやってくるなんて……。はぁー……)


「敗戦国から、逃げられない……」


 ため息と一緒に心の声が漏れ出てしまい、ジールはとっさに口を紡いだ。


(はぁ、また面倒事だ……。あー逃げ出したい……)


ここまで第1章をお読みいただき、ありがとうございました!

第2章はこの冬、年明け頃を予定しています。

次章からは国外を舞台に、色んな国の話を書きたいと思っています。


楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想などもぜひよろしくお願いします!

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