69 やり残した仕事
「ジール様、パレードの事前準備お疲れさまでした。無事に出発できましたね」
「ごたついた中での即位で略式の戴冠だったから、戴冠のパレードくらいはしっかりやっておかないとな」
ジールはふぅとため息をつく。
「本来俺の仕事じゃないよね? インボス領の事後処理に、書類の山もあったのに……」
「セイビアさんが王になった経緯や、ジール様との親交の深さを考えると、どうしてもジール様が適任者になってしまいますね」
「相変わらず便利に使われてんな、俺……。でもこれで1つ区切りがついたか」
ジールは肩の荷が下りたような身軽さを感じ、エントランスの後ろで胸を撫で下ろした。
「出発前に、声をかけなくてよかったのですか」
「ダンジョンに行くんじゃないんだ、引率はもういいだろ。調印式の演説もなかなか立派に見えて、ホントに王様に見えてきたよ」
「もう立派な王様ですよ。それでも、声をかけてくれたらうれしいものです」
「そうか? そうか。だったら悪い事したな。来賓への挨拶回りも残ってるし、そっちに気を取られてな」
「そんなに私に会うのが億劫だったか、ハイジール」
「っ!? いえいえ、チアーナさん。ご足労を頂戴し深く感謝申し上げます。 調印の前より表情和らぎましたね」
「最後まで気は抜けなかった。ようやく肩の荷が下りたというところだ」
来賓の控室から、チアーナとプラネがエントランスに下りてきた。
プラネは隙のない笑みを維持しているが、チアーナの表情は式典中よりも軽くなっていた。
「プラネ殿下。ご多忙の折、遠国よりのご来臨、厚く御礼申し上げます」
ジールはプラネへ深々と頭を下げた後、軽く口角を上げてみせた。
「ずいぶんと久しぶりだね、ハイジール。急ごしらえの王と聞いて不安もあったが、よくあそこまで育てたな」
「もともと教養はありました。俺が育てたというわけでは」
「あの若さで良き王の片鱗を見せている。同じ血族でもその資質を受け継いでいない者は多い」
「セイビア王を始め、あの3人がいなければ被害は相当なものだったでしょう。この国を救った英雄、勇者の血筋らしい仕事はできたかと」
「あの魔導兵器の破壊、私も感謝している。あの兵器が我が領土で猛威を振るう予定だったと思うと、いまだに背筋に寒気が走る……」
「我ら魔導王国も多大な感謝をしております。あの兵器が持ち出された事が公にならずに済みました」
ボーンマスはエントランスに下り、チアーナの隣に立つと、軽い会釈をしてから言葉を続けた。
「兵器の封印と管理が我が国の責務。この不祥事が公になれば、今後の外交にも多大な損失を与えていたでしょう。ファッド国内で処理して頂いた事、本当に感謝しております」
プラネとボーンマスは改めてジールへ礼を述べるように頷く。
その頭の上から、ピオの声が降ってくる。
「プラネ殿下、ボーンマス伯爵、お主らはあの兵器を見てどう思うのじゃ」
ピオはエントランスの階段の上からジールたちを見下ろし、ゆっくりと降りながら返答を待った。
プラネとボーンマスは難しい表情を浮かべ、最初に口を開いたのはボーンマスだった。
「今回の戦闘。あの兵器の威力が諸外国に見られれば、我が国を畏怖の対象として、脅威と見る国は増えるでしょう……」
「強い力は時に希望に、時に恐怖にもなるのじゃ。魔王を打倒した後、兵器の封印ではなく、破棄するべきだったのじゃ」
「兵器を所持し、我が魔導王国の優位性を保ちたいという当時の判断が、今では我が国の首を絞める諸刃の剣になっています」
「その優位性を不満に思う国はすでにあるのじゃ。のうプラネよ」
「わが父、皇帝が行っている魔導研究の事ですね。トラム鉱石もそのための物だと認識していますが、我らに共有されている情報は少ないのです……」
ピオは軽いため息を漏らし、言葉を続けた。
「いずれ帝国と魔導王国がぶつかる日も来るのじゃ。そうならないよう、教会でも目を光らせてはおるが、此度のように、他国で代理戦争を始める可能性は十分にあるのじゃ」
「えぇっ……!? あんな兵器使ってまた戦争する気ですかっ! あ、すいません、つい大声を……」
ジールは恐縮したように肩をすぼませたが、その言葉を受けたプラネとボーンマスは、何も言い返せずに苦い顔を漏らした。
「ジールよ、お主はどうなのじゃ。実際に戦ったお主の意見も聞きたいのじゃ」
「……あんな強い力がぶつかれば、その土地は焼野原どころか、人が住めない焦土になります。まぁ人が生き残ってればの話ですが」
「そうなのじゃ。我らがあの日インボス領に忍び込んでいなければ、エスタは暴走したまま、インボス領を壊滅させていたのじゃ」
「今頃、死体と瓦礫の山の処理に追われていたでしょうね……」
(改めて思い返すと、被害はボアの屋敷と港だけ、領民が生きてるのは奇跡だな……)
ジールはプラネとボーンマスに目をやったが、2人の返答は視線を濁すだけだった。
「あんな兵器がまだ多く残り、帝国は対抗する兵器まで作っておる。大陸消滅だってあり得ない話ではないのじゃ」
「そんな誰もいない、何もない土地で王様になってどうするんですか? 魔王だってそこまでバカな事はしませんでしたよ」
ピオはジールの言葉に深く頷いた。
「その愚かな行為の一端が、すでにこの国で行われた。この事実は皆の胸に深く刻んでおくのじゃ」
ピオの強い視線が、プラネとボーンマスを貫く。
ドォン! と街から花火の音が聞こえてくる。
華やかな光が青空を染め上げ、エントランスに影を落とした。
パレードの音楽隊の陽気な音楽と、民衆のにぎにぎしい歓声もエントランスに流れ込んでくる。
しかし、その場にいるジールたちの前には、対極な冷え切った沈黙が生まれていた。
「皆さんお揃いで難しい顔をされていますね。お1つどうですか? 笑顔になれる味ですよ!」
沈黙を破ったのは、リヨンの陽気な声とロッカス亭のパイの香りだった。
「毒見はもう3つ食べているので任せてください!」
「リヨン、見ないと思ったらもう遊びに行っていたのか」
「チアーナさんこれ。ジールがおすすめしてたパイ! 人気っていうので、売り切れる前に買っておかないとって! ホントに美味しいんですよ!」
「約束をしていたな。講和がまとまったら食べようと。せっかくだ1つ頂こう。ボーンマス殿も一緒にいかがですか」
場の重い空気を和らげようと、チアーナが声のトーンを上げると、ボーンマスもその空気に乗り、温和な調子で口を開いた。
「いい匂いですな! チアーナが食べるのであれば私も頂くとしよう!」
「ボーンマス殿が食されるのなら、私も頂こう。これは素手で頂くのかな」
プラネも隙のない笑みを取り戻し、リヨンの持つ紙袋に手を伸ばした。
「え、皆さんここで立って食べるんですか? ちょっとお待ちください、今テーブルとお茶の用意をしますから」
ジールは慌てて、そばに居る侍女と衛兵にテーブルとイスの用意をお願いした。
「うむ、各国の首脳陣が揃って立食もたまには良いのじゃ。こういう時の方が、形式ばった会談より本音が飛び出るものなのじゃ」
ピオもリヨンの紙袋から1つ手に取り、食べ方の見本を見せると言わんばかりに、カプッとかぶりついて見せた。
「むぅっ、ほっほっ、まだ中の具が熱いのじゃ。皆の者、舌を火傷せぬように気を付けて食すのじゃ!」
「ほらジールも、一緒に食べようって言ったでしょ! フェリーハもお1つどうぞ」
「リヨンさんちょっと口に押し込まないで、あちちち」
リヨンはジールの口に無理やりパイをねじ込み、フェリにはパイの入った紙袋を差し出した。
「これは、なかなかの絶品だぞハイジール! このフルーツの甘みと酸味、加熱したことで絶妙な食感とバランスになっているな!」
チアーナの顔に花が咲いたような赤みが広がり、笑顔に目元を綻ばせると、少し前の緊張が溶けるように、プラネやボーンマスに連鎖していった。
「パイ生地のバターの風味とコクも、中の果実と調和しお互いの長所を引き出している。我ら帝国もこのパイのように、1つに調和できる日が来れば」
何気なく述べたプラネの言葉を聞き、ボーンマスはハッと目を見開いた。
「プラネ殿下、いい事を言いますな! いかがですか、我らだけでも関係を強化し、世界の平和のために動く。そんな同盟を結んでみては」
「っ! それは良い案ですねボーンマス殿! 国内外で目を光らせ情報を共有できれば、今回のような事を防ぐことも可能でしょう」
妙案だというように、プラネの目も大きく見開いた。
「私とチアーナの婚姻で、プラネ殿の家とも大きな縁が結ばれます。これは良い機会です」
「勇者の血筋ではないが、チアーナは私の親族だ。同盟を築くには最適だ」
「うむ。公にはできん国の垣根を超えた組織になるのう。平和のためなら我ら教会も後押しできるのじゃ」
「ちょっ、なんですかその秘密組織は! 大陸の2大大国の重鎮たちと教会が裏で手を組むなんて、大陸の未来を左右するような物騒な話ですよ……」
唐突な同盟提案に、ジールは思わずパイを吹き出しそうになった。
「なにを言っておるのじゃ、お主も参加するのじゃ」
「俺もですか!?」
「この面々を繋ぎとめている中心にいるのはお主なのじゃ」
当然だろうと言う顔でピオは言い放った。
その場にいる誰もが、ピオの言う通りだと言わんばかりに頷く。
「俺というか、中心はこのパイじゃないですか? ロッカス亭のパイ、キミ出世したねぇ」
ジールは話をそらそうと、掲げたパイをまじまじと眺めたが、誰もそのパイを目で追う事はなかった。
「話をそらすでない。お主くらい欲のない人間なら、権力に目がくらむことなく公平に物事を計れるのじゃ。組織の調整役、長にちょうど良いのじゃ」
「なぁっ!? なんですかそれっ! 参加どころか長? そんな秘密組織のまとめ役をやれと!?」
「ファッド国の王に意見ができる立場で、魔導王国の支配的地位にいるダッカル家、そして帝国の皇子である私、これだけの首脳陣に顔が利く人間はそういないぞ、ハイジール!」
「えぇっ!? プラネ殿下まで……」
「我が魔導王国へ外交特使、いや、全権大使として、各国との調整役の協力要請を打診したいですな。我が国は内気な者が多く外交の苦手なものが多い。いかがですか、ハイジール殿」
「ボーンマス殿も、俺が魔導王国へ出張ですか!? 妹がいるので国を離れるのは……」
「なら帝国の大使館に来るのもいいんじゃない? それなら家族の同伴も可能でしょ!」
「ちょっとリオンさん、なんか楽しんでません……?」
「ハイジール、妹は来年帝国に留学予定だったな。家族が離れて暮らすのは本意ではないだろう。留学中にずっと妹の心配をしていたのを覚えているぞ」
「っ!! チアーナさんまで……。気持ちが揺らぐ事言わないでくださいよ……」
「ジールよ、モテモテじゃのう! ハーレムなのじゃ!」
「全然うれしくないハーレムなんですが……」
(これは予感じゃない……。確実に面倒事に巻き込まれるぞ……)
ジールの額には、大量の冷や汗が浮かんでいた。
「ならば我もそのモテに加わってやるのじゃ。教会の総本山に戻ってこいと、前々から言われているのじゃ。そろそろ帝国に戻ってもよいかのう。うれしいか?」
「ピオ司祭。じゃぁ一緒に帝国へ行きましょうか。ってなりませんよ!?」
「帝国、懐かしいですね。私はどこにでもついていきますよ!」
「フェリ、それは嬉しいけど。帝国行き前提で話を進めないで……。あー、えっと、そうだ! ターラと一度話してみないと。留学先まで兄がついてくるなんて、あの年頃じゃ嫌がるかも。ちょっと家族会議がてら少し席を外して――」
「ターラ様なら、ファナート先生や園の子たちとパレードを見に行っていますよ。園に戻るのはまだしばらく後かと」
「フェリ、ナチュラルに逃げ道塞がないで……」
「ジール様がみなさんに認められ、慕われていることが、私はとてもうれしいです!」
フェリは胸を張り、ムフーと鼻息荒めに、満面の笑みで応えた。
「あはは……。フェリにはそう見えるんだ……。よかったねぇ……」
(フェリ、天然なとこあるよなー……)
パイの甘い香りが広がる中、全員から注目を浴びるジールだけが、困り果てた苦い顔を漏らしていた。
(また面倒事……。あー逃げ出したい……)
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