62 白い光線
「仲間割れって言うか、トカゲの尻尾切りみたいで、なんか可哀想になってきた」
「なんかアーシのせいみたいな感じで、気分悪いんだけど」
ルジャンとセイビアは屋根の上からエスタを見下ろし、憐みの目を向けていた。
「お前らお人好しだな。ボアの口車に乗せられて、講和を破棄して戦争起こそうとした奴だぞ」
「うむ。先の戦争も、あやつが交渉の席を下の物に丸投げして起きたようなものなのじゃ。亡くなった兵の事を考えると、同情は難しいのう」
「交渉って、ジールさんがしたんじゃないのかい?」
「その頃は、まだ交渉の席につける立場じゃなかったから。俺が何言ってもエスタは聞かなかったけど」
「ジール様がどれだけ進言しても無視して、なおかつ殺そうとした事、私は忘れていません」
フェリがプクっと頬を膨らませていると、その横でルジャンは目を丸くしていた。
「はぁっ!? そんなバカな奴なのか。バカな俺でもバカな事やってるってわかるぞ!」
「セイビアが王様になったときの臣下の気持ち、今ならわかるだろ」
「絶対セイちーの方がいいよー! みんな嬉しかったでしょー」
「あんなのと比べられてもな。まぁでもアーシのせいじゃない、自業自得だってのはわかったよ」
「とはいえ、エスタとボアを捕縛するなら今が千載一遇。この場の戦力ならこっちが圧倒的有利だ。2人の身柄を拘束すれば領兵も手出しができない。城門から本陣にゆうゆう帰還できるだろう」
「ムッサー隊長にも褒められるか!」
「それはそれ。勝手に動いた事は一緒に怒られような」
「くぅ……」
セイビアは口角を上げて見せたが、ジールの一言でへの字に変わった。
「行くなら今か。不意をついて一瞬で制圧するぞ。俺はエスタを、フェリはボア、ルジャンたちは衛兵を、合図で一斉に――」
「クソっ、クソっ、クソっ、グソっ、ぐぅぞぉおっ!」
ジールたちは今にでも飛び出せる体制を取っていたが、その動きをエスタのだみ声が遮った。
「お、王になんて、なりたくなかった……。偉大な父上と比べられるのが怖がった……。どんなに威張っても、全然父上のようになれながっだ……。クソ、ぐぞっ! 余はやれる、もっとやれるのだ、やる、やるっ、やるぅぅぅっ!!」
癇癪を起こした子供のように、エスタは手に持った剣を無造作に振り回した。
感情的に振り回された剣は、めちゃくちゃな軌道を描き、衛兵たちは読めない太刀筋に距離を開けた。
ガシンッ! という音を立てて、剣の先が偶然にも、魔導兵器の岩に当たった。
エスタはその反動で尻餅をつくが、手にした剣は、岩の中へ飲み込まれるようにズブズブと沈んでいった。
「な、なんだこれはっ、け、剣が岩に吸い込まれていくっ」
エスタは初めて見る現象に怯え、剣を手放そうとしたが、岩はドロドロと粘体化していき、意思を持ったかのように剣を上り、エスタの腕をからめとった。
そして起動キーの所持者である、エスタの上半身へも絡みついていき、数秒もしないうちに、エスタの全身は岩の粘体に完全に覆われていた。
「うごっぉ、い、息がぁっ、ごぽぉっ……」
エスタはもがき苦しむも、その抵抗は全くの無意味だった。
岩の粘体は、エスタを覆い隠した後もうねうねとした動きを続け、次第にエスタの体は宙に浮き始めた。
「ぼ、ボア様、浮いてますっ。ど、どうしたらよろしいでしょうか」
「見ればわかるっ! 早く始末せいっ」
衛兵たちは一斉に剣を振り下ろしたが、岩の粘体に剣が触れた瞬間、弾き返されるようにして後方に吹き飛び、闘技場を越えて中庭の壁に打ち付けられた。
その直後、エスタを包んだ岩の粘体は眩い光を発すると、白銀の金属製の鎧へと姿を変え、エスタの全身に装着されていた。
「パパまずいわ、魔素検知のレンズを使わなくてもわかるくらい魔素エネルギーの圧が、きゃぁっ」
「これが、勇者の血の力。その一端なのか……」
エスタを中心に衝撃波のような大きな突風が起き、その風圧にボアとベインジャーは目をしかめ、大きく態勢を崩した。
その突風の中、エスタの体は瞬時に移動すると、見下ろすようにしてボアの目の前に浮かんでいた。
そして、エスタが手にしている剣は、ボアの腹を貫通し、刀身の半分は真っ赤に染まり、ボアの背中から飛び出していた。
「ごっぼぁはぁっ……!!!!」
ボアは激しく吐血し、剣を抜いた腹からも大量の血が溢れ出た。
ダクダクと流れる血は数秒もかからず石畳を真っ赤に染め上げ、ドシャリと、ボアの体は自分の血の海に崩れ落ちた。
「ぱ、パパァっ、目を開けてっ、パパぁあっ!!!」
血の海に沈むボアを必死に揺するベインジャーの悲痛な叫びに、ジールたちは眉をしかめ、苦い顔を漏らした。
「こんな結末になるとはな。ピオ司祭、あの鎧が、そんな破壊力を持った兵器なんですか」
「……あれは起動の前段階みたいなものなのじゃ。魔王討伐用と言われる所以はこれからなのじゃ……」
エスタを通して過去に向けているようなピオの目と、その低い声に、ジールの緊張が増した。
「コォオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッッ!」
エスタの口から、人の声とは思えない奇声が上がると、エスタの鎧はまばゆく光り、その光はゆっくりと鎧から切り離された。
そして分離した光は大きな球体となって、夜の闇に空高く浮かび上がっていった。
「なんだいあれは、ミコボールのでっかい判か? やたらまぶしいね」
「魔素が濃くてー、周りの景色が揺らいでるよー」
マイネのゴーグルに映るエスタと光の球体は、魔素の濃さと量の影響で、周りの景色に靄をかけるように歪ませた。
多量の魔素を纏ったエスタは、屋敷の上空へ浮かび上がり、グルンと機械的に顔を横に傾けると、真っ白に光る目を港へ向けた。
「アイツ意識あんのか? 目とか光って見えるんだけど」
ルジャンの問いかけに、ピオは静かに首を横に振った。
「未熟な者が扱えば、力に飲まれるのは必然なのじゃ。あの目の光、術式の戦闘システムに支配されておる。もはやエスタには、自分で手足を動かす意識も残っておらんのじゃ」
「魔導兵器の操り人形って事か。あの光の玉、いったいどういう物なんですか」
その時ジールの脳裏には、教会でピオが放った言葉がよぎった。
――その破壊力の巻き添えになった村や町が一瞬で焼野原に――
「すぐにわかるのじゃ。皆の者、あの光玉から目をそらしてはならん。あそこから魔素エネルギーを圧縮した光線が発射されるのじゃ」
ピオの宣言通り、空高く上がった光玉から、一筋の光の柱が降り注いだ。
カァッ――!
雷のような空が割れる音と共に放たれた光線は、海に直撃すると凄まじい衝撃波を周囲にまき散らし、灯台を超える高い水しぶきを上げた。
光線はじわじわと横に動き、貨物船に接触すると、傍から船を木片に変えた。
辺りに木片を巻き散らし、数秒もしないうちに貨物船の中央は粉みじんに粉砕され、真っ二つになった貨物船は海に沈んでいった。
「なぁっ!? あんなでかい船が、ものの数秒で沈没だぞっ!」
驚きを隠せず、ルジャンは肩を震わせた。
第2波の光線が降り注ぐと、桟橋は子供が作った紙の工作を踏みつぶすように、一瞬で跡形もなく消え去った。
第3波の光線は、港のレンガ造りの倉庫を、バターをナイフで切るようにえぐっていった。
光線は消えることなく、落書きの線のように無造作に進み続け、光線の進んだ後には、跡形もなく消し炭になった残骸が残るだけだった。
次第に海から港を経由し、粉塵と瓦礫をまき散らしながら領内へ進み続け、新たな瓦礫の山を築こうとしていた。
「な、なんだいこれは、一瞬だぞ……。一瞬で、もう港が跡形もないじゃないか……」
「このままじゃー、街も消滅しちゃうよー……」
あまりの破壊力を目の前に、セイビアとマイネは体を膠着させ、途方に暮れた目をした。
「暴走しておるのう。エスタの目に映るもの全てが攻撃対象になっておるのじゃ」
「勇者の血。街を消し飛ばす破壊兵器……。ボア、決起集会の日に、これを王都でぶっ放すつもりだったのか。やっぱり逃がして正解だったのか」
「あそこで発動させておったら、この国の民の人数が半分になっておったのじゃ」
「一方的すぎです。人の争いに使っていい規模の破壊力ではありません……」
ジールとフェリも目の前の惨状に驚愕の色が隠せず、瞳孔が開き、瞬きさえ忘れ、視線が1点に固定された。
「これはまだその一端なのじゃ、精神を鍛えた勇者が使いこなせば、これの比ではないのじゃ」
「これで低レベルの威力……。魔王時代の魔族との戦闘ってどれだけ過酷だったんだ。そりゃ人類が一丸となるわけだ」
「ジールさん感心してる場合じゃないよっ、あの高さアーシらじゃ手が出せないっ」
「あぁ、今打つ手を考えてるが……」
「杖ならいけるかもー、いっくよー」
マイネは光玉へめがけて火球を飛ばすも、光玉から現れた小さな光の柱に飲み込まれ、その炎は蒸発するように消え去った。
「杖じゃ焼け石に水、本格的にまずいな。……フェリ、ムッサー隊長へ状況報告だ」
「戦いなら私に任せてくださいっ」
「1人でどうにかなるレベルじゃない。まずは領民の避難が先だ。ムッサー隊長の指揮で、避難を先導するように伝えてくれ」
「伝令は私じゃなくてもっ」
「夜目が効いて、一番足の速いのはフェリだ。この破壊力、おそらく一分一秒の遅れで死人の数が変わる」
「こんな時だからこそ、ジール様の元を離れたくありません!」
「離れてもすぐ会える。ちゃんと戻ってきたろ! さぁ、話してる間も被害が増え続けている、頼んだぞ」
ジールはフェリの気持ちをあえて無視した。
突き放すようにニコリと笑って見せると、背中を軽く押した。
「……わかりました……。ジール様もすぐに逃げてください、お願いしますっ……」
フェリは歩き出すも、数歩歩いては立ち止まり、肩越しに何度も振り返りジールを見つめた。
視線だけがそこに縛り付けられたように、気持ちに引っ張られて、足が前に進まなかった。
「行くんだフェリっ!」
ジールが語気を強めると、フェリは一度大きく息を吸い、切ない目を残して走っていった。
「フェリ、頼んだぞ……」
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