61 小僧
「拍子抜けなのじゃ! 切った張ったの冒険が待っておると思ったのにのう」
「なかった事を喜びましょうよ。お転婆な司祭様ですね……」
ピオは眉を下げ、不服そうな顔を漏らしていた。
街を抜ける道中、街の灯がついているにも関わらず、外を歩く人影はほとんど見当たらなかった。
巡回の衛兵の姿も見えなくなり、一同はボアの屋敷まであっさりと到着した。
「屋敷に見張りもおらんではないか、我の潜入術を披露しようと思っておったのに!」
「見張り台の塔にも、中庭にも、人の影は見当たりません。潜入するなら今かと」
フェリは屋敷を囲う塀の上から中を見渡したが、ところどころに明かりが灯されているのが見えるだけだった。
「フェリが言うなら大丈夫だと思うが。それぞれ警戒は怠るなよっ、いくぞっ」
ジールたちは屋敷を囲う高い塀を越え、庭を突っ切ると、屋敷の屋根に飛び移り身を伏せた。
「でっかい屋敷だ。王宮と変わんねーんじゃないか!?」
「向こうの蔵、いったいいくつあるんだい。色々貯めこんでそうな屋敷だね」
「2人ともー、シー、だよー」
屋敷の見取り図を改めて確認すると、ジールの屋敷が数十個は入りそうな広大な敷地で、蔵は西側の一角を陣取っていた。
(うちの屋敷と比べたら、蔵の敷地だけでも家と犬小屋レベルの差……。儲けてんなー)
管理維持だけでも相当な人数が常駐していそうな広さだが、屋敷の四つの角に設置された、灯台と同じ高さの見張り台にも人の気配はなく、もぬけの殻と言っていいほど人の気配はなかった。
順調に事が進んで喜ばしいはずなのに、肩透かしを食らったようで、ジールは軽く首を傾げていた。
「逆に罠の可能性もって疑ったが、杞憂だったか。多少話しても大丈夫だろ」
「ジール様。正門に裏門、蔵のある区画にも別の門があります。最低でも数名の見張りが常駐してるはずですが、ここまで誰もいないのは何か問題が起きているのかもしれませんね」
「屋敷の見張り台の尖塔も明かりがついてるだけ。街の警備まで城壁に投入しているのか? 思ったより兵は残っていなかったのか」
「ジール様。もしかしてさっきの衛兵は、投降するためにあの抜け道に来ていたのでは?」
「巡回じゃなく逃げるために来てたのか! だとしたら可哀そうな事をしたな。思ったより、包囲戦のプレッシャーや、投降の呼びかけが効いてるのか」
「じゃぁほとんどの兵は、城壁に集まってるって事かい?」
セイビアが城壁に向かって厳しい目を向けている横で、マイネは反対方向を見つめていた。
「向こうもー、人が一杯いるよー」
屋敷より眼下に広がる港には、大型の貨物船が何隻も停泊していた。
船の上や桟橋には多くの明かりが灯され、木箱を運ぶ船員や衛兵の姿が多く見られた。
「籠城戦用の兵站でも降ろしてんのか?」
「逆だな。荷を積み込んでいるから、あの船で逃げるんだろう」
「えぇ!? 兵に城壁守らせて、自分は逃げんのか!」
ルジャンには、人に戦わせて自分だけが逃げるという発想がまるでなかった。ジールの言葉に呆れを通り越して絶句していた。
「おじーちゃんとー、緒に逃げた馬車もあるねー」
「あぁ、ボアについた貴族も、あの船に乗って逃げるんだろう」
「クっ、急がねーと、また逃げられるじゃないかい」
「セイビアよ、落ち着つくのじゃ。ボアめ、随分蓄えたようじゃのう。まだ当分積み終わらんのじゃ」
逸るセイビアの手を掴み、ピオは桟橋の周囲を指差した。
桟橋に積まれた大量の木箱の数と、積み込んでいる人手の数は全く釣り合っていなかった。
さらに積荷を満載にした馬車も列を作っており、一晩かかっても積み切れる量ではないのが一目でわかった。
「んねぇー、あっちの方ー。魔素が移動してるよー」
マイネが指差す方へ一同が目を向けると、馬の蹄の音と、馬車の車輪のきしむ音が聞こえてきた。
「これで何往復目だよっ、屋敷中の財産持ち出すなんて終わる気がしないっ」
「黙って仕事しろ。サボったら我らも領に置いてけぼりを食らうぞ」
2台の馬車は荷台に荷物を満載にして、屋敷の裏門から港へ向かっていった。
「城壁よりも港に人が割かれてそうだね。ったく、領民を守るって発想はないのかね」
「自分の荷物だけお引越しとかー、自己中すぎー」
セイビアとマイネは呆れた顔とため息を漏らした。
「フェリ、マイネ、濃い魔素はまだ屋敷の中か? あの馬車が運んでいる感じはないか」
「おっきい反応はー、馬車が出た辺りにいっぱいあるよー」
「蔵のある場所ですね。屋敷の見取り図からいくと、訓練場がある中庭を抜けた先です」
「うむ、どれだけの魔導兵器や装備をため込んでおるのか、見ておいた方がよいのじゃ。魔王時代の物が見つかれば回収もしたいのじゃが」
「最後に蔵を偵察して引きますか。魔王時代の魔導兵器、ピオ司祭は見ればわかりますか?」
「うむ、大抵の物ならわかるのじゃ」
(流石は年の功、200年以上前の物がわかるなんてな)
「ジールよ、顔に出ているのじゃ」
「すいません……」
ピオの言葉を受け、ジールたちは屋根伝いに屋敷の奥へ足を進める事にした。
(しっかし広いな。屋根伝いとはいえ足場が続いてるわけじゃない。無人てわけでもないみたいだし、警戒しながらの移動はやっぱり骨が折れるな)
「ジール様、数人の声が壁に反響しています」
中庭の訓練場を横切ろうとすると、フェリの耳がピクリと動いた。
ジールは移動速度を緩め、足音をたてないように聞き耳を立て、中庭へ近づいて行った。
「この声はボアと、ベインジャーさんか?」
ボアのしゃがれた声と、ベインジャーの甲高い声の2つが、中庭の壁に反響し、混ざってジールの耳に入ってくる。
一同に緊張が走り、ジールたちは2階の屋根の傾斜に隠れながら、耳を凝らしそっと近づいていった。
中庭の訓練場の中央、石畳で作られた闘技場の上に、ボアとベインジャー、そしてエスタの姿があった。
「ふーん、これが魔王時代に作られたっていう魔導兵器なのね。こんな岩がそんなに凄い力をもっているのパパ? 魔素の反応も感じないけど」
「伝承通りなら、勇者の血の力を解放し、数千の兵を薙ぎ払うのも容易な破壊力だと。起動させる前は、魔素の隠蔽術式が機能しておるようだが」
衛兵が2人がかりで抱きかかえてきた岩が、闘技場の上にゴツンと置かれた。
大の男がうずくまっているぐらいの大きさで、地層のようなミルフィーユ状の文様が刻まれ、ドロッとした溶岩が冷え固まったような、波打った形状をしていた。
「この剣が? その起動キー? 余にそんな力があるなんて、う、嘘を言うなっ」
エスタは衛兵から剣を渡されると、見た目に反したその重さに一度肩を落とした。
「ピオ司祭、あんな岩の塊が兵器なんですか? 剣も、特段代わり映えしないような」
エスタが抱える剣は、一見すると衛兵が持っていそうな、量産された簡素な鞘と束の意匠をしていた。
「魔王が世界を征服していた時代。魔族に対抗する強力な兵器を開発しているなど、バレたら殺されてしまうのじゃ」
「確かに、秘密にしないとまずいですね」
「だからなんの変哲もない岩と、平凡な剣に見えるように偽装し、2つのパーツに分けて別々に作る必要があったのじゃ」
「それで、魔素の反応が表に出ない術式も組み込まれているのか。魔族にバレないように――」
「特にあれは、対魔王用に作られた試作機の1つ。なんてものを持ち出してきおったのじゃ……」
ピオの険しい視線は、ずっと魔導兵器に注がれたままだった。ジールは続けようとした言葉を飲み込み、目の前のやり取りに集中した。
「王都を奪った憎き愚民共へ、王の力を見せつける絶好の機会ですぞ!」
「……余は王だぞ、そんな野蛮な事をするのは下々の務めだ」
「……? もしや、力を振るうことを怯えているのですか? ここまで意気地がないとは情けない」
「だ、誰の事を言っている!」
「バカならバカなりに、オモチャを与えられた子供のように、喜び自惚れて力を行使すればいいものを。魔導兵器の鍵にもならんとは本当に使えない、道具以下ではないか」
ボアは大きなため息を漏らし、エスタを強く睨みつけた。
「こんな役立たずなら、サビエスト王と一緒に殺しておけばよかった。傀儡の王として利用できると思ったが、大間違いであったな。とんだ誤算よ」
「い、今なんと言った!? ち、父上を殺しただとっ……」
「そうだ、わしが殺したのだ。わしがこの国を支配するのに邪魔だったのでな」
「え!? パパが……。王は病死じゃなかったの?」
「これもベインジャーちゃんのためなんだよ。幸せには犠牲がつきもの。サビエスト王は、わしらの幸せの糧になってくれた駒、感謝しよう」
「そ、そうよね、私は特別だもの。死んで当たり前よね! うん、そうよ、うん」
ベインジャーは動揺し、ボアを真っすぐ見られずに目を泳がせ、自分を誤魔化すように、何度も無駄に頷いていた。
「帝国の遅効性の毒は優秀よ。飲んで3日は異変が現れんから病死と診断される。侍女の身内を人質にとるだけで簡単に盛れたわい」
「ひ、人の親を、捨て駒扱い……。ずっと裏切っていたのか、騙したなぁぁあああ!」
エスタは上ずった声で叫ぶと、震える手で渡された剣の鞘を抜き、両刃の刀身をボアに向けた。
「虚勢だけの小僧が、激高したところで何ができる。剣の訓練すらしていない、人も切ったこともない臆病者は黙っておれ! 騒ぐだけ不愉快だっ」
ボアが睨みつけると、その眼光に気圧されて、エスタは剣を持つ手を震わせた。
ボアが石畳に杖を強く突くと、その硬質的な音と空気の振動に、エスタは顔を引きつらせて腰を引いた。
「ひぃっ……!」
「プっ、ホントに小心者なのね。こんなのが王様なんて。さっさと帝国に占領されて、パパが治めた方がよっぽど国民のためね!」
ボアは冷めた目をエスタに向けながら片手を上げ、衛兵を呼びつけた。
「船の用意はできているな、我らは先にシャウゼン殿下の元へ亡命する。残りの荷は積み込み次第出発させればよい」
「パパ、じゃぁもう戻れないの? お気に入りの宝石を全部持ち出せないわ」
「安心しなさい。後に我が領土を取り戻すという名目で、帝国が侵攻する大義名分が立つ。今度は教会も手を出せないよう根回しも確実にする」
「それなら帝国も本気で侵攻できるわね。この国が帝国領になれば私も帝国貴族の一員! チアーナも目じゃないわ!」
「か、勝手にこの国を帝国の一部にっ――」
エスタは話に割って入ろうとするが、ボアは聞く耳も持たずに話を続けた。
「ということよ。衛兵、私はもう行く。そこの小僧を始末してから港へ来い。使えない勇者の血など邪魔なだけよ」
「お、王に剣を向けてもいいのですか?」
「その小僧はもう王ではない。罪人だと司祭も言っておったろう。わしの言う事が聞けないのならこの場に残るか? 新しい王とその兵たちと戦って死ぬか?」
「……っ、わかりました……」
「私がお主たちの未来を握っている事を忘れるな。従えばお主たちの家族も後続の船に乗せてやる。従わぬなら家族もろともここで死ね。どちらか選べ、今すぐ選べっ! 従うのかっ、このまま死ぬかっ!」
ボアは杖を思い切り石畳に何度も打ち付けた。
ガン、ガン、と硬質的な音が衛兵たちの焦燥感を煽った。衛兵たちは顔を引きつらせながらも足を進め、エスタを囲み剣を向けた。
「ほ、本当に、殺すのか……。余は王だぞ、王を殺すのかっ」
エスタはひざを震わせ、泣きじゃくりながらも、剣を持つ手に力を込めた。
「もう、あなたは王ではない。罪人として扱わせていただきます」
「恨むなら、新しい王を恨んでください」
衛兵たちはためらいながらも、剣の先は真っすぐにエスタへ向けられていた。
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