60 気持ちのスイッチ
山から繋がる川の跡は、城壁にぶつかると小さなトンネルになっていた。
成人男性でも屈めばなんとか通れる低く細い空洞で、覗き込むと、出口の明かりがかすかに見える程度の距離だった。
「向こうに出た途端にズブリ。ってやられる可能性、どれくらいあると思う?」
「うむ、待ち伏せされている可能性はゼロではないのじゃ。用心に越したことはないのう」
「じゃぁ俺が先陣切るよ! ガントレットも装備してきたし、リフレクト発動させてれば死ぬことはないだろ」
ルジャンがガントレットにカートリッジを装填すると、フェリはふと思い出したように空を見上げた。
フェリはヒョイッ、と軽いジャンプをしたかと思うと、男の背丈2人分の高さは優に飛び跳ねた。壁の上部に両手をかけて、壁の向こう側へチラリと頭を出した。
「大丈夫です、周囲に人影はありません。向こう側は山の傾斜になっていますが、木々も生えているので、遠くから姿を捉えられることもないと思います」
「フェリ、壁の幅はどれくらいだ。人が立てるスペースはあるか」
「はい、歩ける程度は幅があります」
フェリはそう言うなり体を一回転させて壁の上に立ってみせた。背後には木々の姿もあり、身を隠すには十分な高さと枝葉が付いていた。
「ピオ司祭飛べますか? 俺がおぶって飛んでも」
「これくらい、我なら余裕のよっちゃんなのじゃ!」
ピオは跳躍すると、走るように壁を何度か蹴って、フェリの隣に並んでみせた。
早く来いと言わんばかりに、ジールたちに人差し指を向けて上げ下げしていた。
「お前らも――もうカートリッジは装填済みか。よし行くぞっ」
ジールの掛け声に合わせ、ルジャンたちも順にジャンプして、壁の上にうまく着地した。
木々は林と呼べる程度は密集していて、その向こうには街の明かりが広がっていた。
港の灯台の明かりが眩しく、街をびっしり埋め尽くす屋根を照らし、その奥にある真っ暗な海と夜空とのコントラストを強調させた。
切り貼りするように拡大させた街は、山側の斜面にもびっしりと住宅地が敷き詰められ、入り組んだ路地も多く見えた。
「ここから東側の城壁までかなりあるな。中から城門を開けて兵を突入させるにしても、街を抜けてあそこまでたどり着くには戦闘は避けられない。難易度は高いな」
「やはりエスタとボア狙いで、直接屋敷に乗り込んだ方が確実かもしれませんね」
「城壁へ大規模に仕掛けて街中の兵を集中させ、屋敷の守りが手薄になった所を、ここから忍び込んだ少数精鋭で突破する。その案がよさそうだな。ここで見た情報も合わせて、ムッサー隊長と編成を相談するか」
ジールとフェリが城壁へ意識を集中させている横で、マイネは街中へ視線を向けていた。
「んねぇー、街の真ん中あたりー、すっごい魔素が濃いのー」
マイネのゴーグルには、街の中央の一部に、魔素の反応を示す赤黒い靄がかかっていた。
フェリも魔素検知のレンズを取り出し、その魔素の濃い地域と地図とを照らし合わせた。
「ボアの屋敷の辺りです。こんな濃い濃度は初めて見ました。これが魔導兵器の魔素なのでしょうか」
ピオはフェリの魔素検知のレンズを除き、眉をひそめた。
「魔王時代に使われた、対魔王用の強力な魔導兵器には、魔素の隠蔽術式が組み込まれておる。おそらく他の魔導装備や魔石をしこたまため込んでおるのじゃ」
「魔王時代の魔導兵器って、どんな代物なんですか? いまいちピンとこないんですけど」
「色々あるとしか言えんのじゃ。効果も形状も異なるものが、さまざま開発されていた時代だったからのう。どれも強力すぎて、魔王討伐の後は封印されていたのじゃが」
「ジールさん。あれ放っておいて偵察って言えるのかい? 相手の戦力も分からず兵を突っ込ませられないよ」
「王様らしい事言うようになったな。そんな王様を突っ込ませたくないんだが」
「王様が死んだら国が混乱するのはわかってる。だから危なくなったらちゃんと引く。ここで引いて人任せじゃ、この後胸張って王様できるか自信が持てないよ」
「……臣下としては、王に危険な事はさせられないんだが。ここは王を見習って情で動きますか」
「セイビアのような血気盛んな勇者を王にあがめた民の血が、ジール、お主にも流れているのじゃからのう。血筋というのに逆らうのは難しいのじゃ」
「セイビアを止められなかったのは血のせいって、ムッサー隊長にも一緒に言い訳してくださいねっ」
ジールが壁から飛び降りると、フェリに続き皆が順にジールの後を追った。
「ジルちー、右の太い木ぃー、魔素が動いたー」
「巡回の兵かっ? 逃げるなよっ」
壁から着地するや否や、マイネのゴーグルに魔素の反応が現れた。
ジールがマイネの指示する方向へ駆け出すと、木の影に隠れていた衛兵は、慌てて背中を見せて走り出した。
「林の中に逃げられると、この暗闇では追うのが難しいなっ」
ジールの顔に焦りが走るも、その横をフェリは一瞬で抜き去り、ジールが追い付く頃には衛兵は無力化されていた。
「フェリ、助かったよ」
「新兵のようです。少し首をひねったら、すぐに倒れてしまいました」
衛兵は気を失っているだけで息はしていた。ジールがそれを確認していると、ルジャンたちが遅れてやってきた。
「ジールさん、こっちも捉えたぜ!」
ルジャンは気絶した衛兵2人を肩に乗せて抱えていた。
「他にもー、隠れてたのー」
「アーシらも役に立つだろ!」
「うむ、皆ジールより役に立つのじゃ」
「えぇ、俺がいらない子ですか……」
「ジールさん、こいつらどうする? 王様としちゃぁ、ボアの領民も同じ国の国民だ。殺したくはないんだが」
「あぁ、悪いが、俺たちが帰るまで大人しくしてもらおう。縛ってる間見張りを頼む」
夜目の効くフェリとマイネに遠方を、近場をルジャンとセイビアに警戒させている間、ジールは気絶した衛兵に猿轡をして、手際よく木に括り付けていった。
「帰りには外してやるからな」
ジールがロープの結び目を引っ張っていると、視線の先にピオが現れた。
「ピオ司祭、なんだか楽しそうに見えるのは、辺りが暗いせいでしょうか」
「こうして勇者の血を持つセイビアと冒険の真似事、昔を思い出し血が騒ぐのじゃ」
「そんな騒ぐような事態になったら困ります。3人も、頼りになるのはわかったが、極力戦闘は避けていくぞ。もし街中で騒ぎになったら、それが撤退の合図だと思え」
皆が無言で頷いた。
(軽口を叩かなくなったな、衛兵が現れたことで、危機意識が上がったか)
「よし、こんな所まで衛兵が来てるってことは、思っていたより広範囲に巡回しているようだ。マイネは引き続き魔素の探知を、林を抜けるまで先頭は夜目の効くフェリに、街に入ったら屋根伝いに移動する。灯台の灯りには気を付けろ」
ルジャン、セイビア、マイネ、と順にジールは目を合わせていった。
出会った頃の、盲目的な行き場のない目はそこにはなかった。
元からあっただろう真面目さが、かつての浅慮な心をそぎ落とし、広がった視野で、自分の立場を明確に捉えているようだった。
ジールは自分が無意識に口角を上げている事に気づいた。
いつの間にか、3人に頼もしさのような感覚を抱いている。その気持ちを自覚した。
フェリに目をやると、フェリも同じ感覚を抱いたのだろう、気持ちを交換したように頷いた。
「さぁ、これから敵地のど真ん中へ向かおうか」
ジールの言葉を受けると、月明かりに照らされた一同の目には、静かに力が籠った。
毎日18時更新を予定しています。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。




