58 取り入る相手
中央の野営地から少し離れた場所、全体を見渡せる小高い丘の上に、セイビアの天幕は設営されていた。
複数の天幕を連結させたパビリオン型の天幕は、一般兵のテントと比べると、屋敷と呼べる代物だった。
屋根の頂点にはファッド国の国旗がなびき、青地に金のストライプ柄の生地が天井と側面を覆っている。
ルジャンは入り口中央の2枚の分厚い布を、無遠慮に左右に引き分けた。
「セイビア入るぞ!」
「あ、既視感――」
ジールの脳裏に蘇ったのは、鉱山都市の初日のホテル。顔面を真っ赤に腫らしたルジャンの顔だった。
ジールはフェリの手を取って、入口から一歩下がらせた。
「だからっ、いきなり開けんなって言ってんだろっ!」
セイビアの怒声とともに、ルジャンは天幕の外へ吹き飛んでいった。
「その学びの無さが、苛立たせてる原因なんじゃ?」
頬に拳型の赤い跡をつけて、ぐったり倒れているルジャンを見下ろしていると、天幕の中からセイビアの声が聞こえた。
「その声ジールさんか。もう大丈夫だ、入ってくれよ!」
天幕の内側は、断熱と装飾を兼ねたシルクやタペストリーが張られ、床には厚い絨毯が敷かれ、組み立て式の豪華な家具が並んでいた。
作戦司令部としての役割もあるため、大きなテーブルとそれを囲むソファーも設置されているが、セイビアは部屋の端で、絨毯に胡坐をかいて座っていた。
「んねぇー、どこ行っても人が集まってきちゃうー」
「アーシは観光地の偶像か! こんなん着てたら余計に目立つ」
セイビアの視線の先には、華美な装飾がされたドレスが、ソファーの上に無造作に脱ぎ捨てられていた。
「戦場でドレスはないな。誰だ? 用意したやつは」
「えー、キレイでしょー。王宮の人がどれでも選んでいいっていうからー」
「マイネか! 戦闘に参加しないとはいえ、もう少し動きやすい服もあっただろ。とはいえ、王様が騎士の服ってのもな」
「ダメかい? 動きやすいし、冒険者の服装よりはいいと思ったんだが」
セイビアは、マイネやルジャンと同じ騎士服に身を包んでいた。
着慣れた様子で、胡坐をかいた膝に肘を突き、手のひらで頬杖をついていた。
「俺らは戦闘に参加できないのか、こっちは準備万端だぜジールさん」
ルジャンはむくりと起き上がり、研いでもらったばかりの魔導剣をかざして見せた。
「そうだ! アーシらいつまでこうしてれば! こんな時こそ、王様が先陣切って先頭に立つべきなんじゃないかい!」
「頼もしい王様やってくれるのは、兵の士気が上がるしいいことなんだが。そのまま戦闘になったら自国民同士の争いになる。できれば本隊はずっとにらみ合いをしてほしい」
「向こうの領民や領兵は、ボア大臣に逆らえない方がほとんどです。そういう方々を切るのは抵抗があります」
「それはオレもだ、悪いヤツってわけじゃないし」
「ルッチー、言ってる事すぐ変わるー」
「バカなんだからしょうがないだろ。でも何もしないのは、なんかムズムズするじゃんか!」
「何もしてないわけじゃないぞ。今だって包囲して、プレッシャーをかけ続けることで、向こうの戦意を削いでいるし。投降を呼びかけ続けて、離脱者は増加傾向にある」
「ジールさんの言ってる事もわかるけど。王になってただ座ってるだけなんて、なんだかもどかしいよ」
セイビアが絨毯をドンとつくと、フェリはその隣へ寄り添うように正座をした。
「セイビアさんの気持ちもわかります。確かに、じっと待っているのはもどかしいですよね」
「そうだよー。ジルちー待ってる間ー、フェリちーずっと寂しそうだったよー」
「あの、別にジール様を責めたくて言ったわけじゃ……」
フェリは慌てて手を振ったが、セイビアはその手を静止して言葉を続けた。
「そうだよジールさん、アーシらに手紙渡すだけでさ、長い事待たせた埋め合わせはちゃんとしたのかい?」
「えぇ!? 俺に矛先飛んでくるの!?」
「ルっちー、逃がしちゃダメだよー」
「おぉ? よくわかんねーが任された!」
ルジャンは両手を広げて、大の字でジールの背後に立ち塞がった。
「ここで包囲戦始めないでくれよ。ってフェリ、君ちょっと楽しんでないかい?」
「いえ、天幕に入ったばかりの頃より、セイビアさんの表情が落ち着いた気がして。よかったなと」
「君たち、俺がいない間に仲良くなったね。うれしいけど、なんでだろ、ちょっと寂しい……」
ジールが苦笑いを浮かべていると、天幕の外で馬の足音が止まり、入り口の外からケーチの声が入ってきた。
「セイビア陛下、よろしいでしょうか。こちらにジール殿が来られていると聞いたのですが」
「ケーチさんっ! いますよ! すぐ入ってきてください!」
助けを呼ぶようにジールは即答した。
ケーチは天幕の布を開けると、一度礼をして、同行者を連れて中へやってきた。
「ジールさん、今よろしいですか?」
「えぇもちろん、どうぞどうぞ!」
セイビアたちに両手を上げ、降参のポーズをしてから、ジールは包囲戦から無理やりに離脱した。
すぐにケーチを出迎え、同行者と一緒にテーブルへ案内したが、その同行者は天幕の奥へ目を向けるなり、ジールの案内を無視して、女性陣の前に駆け寄った。
フェリはとっさにセイビアの前に立ち、両手に短剣を構えたが、同行者はすぐさまフェリの前にひれ伏した。
「新しい王様! 噂どおりめっちゃキレイな人だ! お初にお目にかかります! インボス領の衛兵をやっております、お会いできて光栄です! やった王様に会えたぞ! みんなに自慢できる!」
衛兵は大はしゃぎの様子だが、フェリは困惑して目を泳がせ、セイビアは冷ややかな視線を衛兵に落としていた。
「王様はこっち! なんか悔しいな、やっぱドレス着るか?」
衛兵は短剣を構えたフェリと、腕組みをして仁王立ちをしているセイビアを交互に見比べた後、おそるおそるケーチに目を向けた。
そこには、今にも自分に切りかかろうとしているルジャンと、それを静止しているケーチの姿があった。
「焦ったぁー。セイビアを襲うのかと思ったじゃないか。誰だよコイツ!」
「驚かせて申し訳ありません。ボアの所の投降兵なのですが、内部をよく知るというので連れてきてしまいました」
衛兵は冷や汗を浮かべ、一度身震いをするも、人違いなんてなかったように、今度はセイビアの前に跪いた。
「俺、街の西地区の端に住んでて、人が通れる抜け道があるんです。山に向かう時は門から外出ると遠回りだから、たまにそこ使ってて」
「信用していいものか、兵に確認に行かせています」
ケーチは衛兵の首根っこを掴み、強引にセイビアから引き離した。
「それが本当なら、そこから潜りこんでエスタとボアの捕縛も可能か。兵たちの戦闘を回避できるな」
ジールが前向きに頷いていると、衛兵はまたもやはしゃぎ声を上げた。
「この情報が役に立ったら、俺出世できますか? 聖剣の騎士みたいに!」
「情報の精度にもよるが。どうですか、王様」
「アーシ!?」
「王様の意見は大事ですよ」
「お飾りの王様に、そんな権限あるのかよ」
「一般の衛兵を王宮勤務に昇格。くらいはいいんじゃないですか?」
「マジか。へぇー、ってかジールさんに敬語使われると気持ち悪いな」
「兵の前ですから。身分相応の振る舞いをさせて頂きますよ」
「お仕事モードってやつかい」
セイビアはソファーにドカッと腰を下ろすと、足を組んで、野盗の親分のような貫禄を出しながら口を開いた。
「でさ、お前らそっちはどう思ってんの? 同じ国の国民同士で戦うの」
「俺らにとって身近な偉い人はボア様だし、エスタ王が戦えって言ったら、従わないといけないって感じで」
「ふーん、まだ向こうは王様名乗ってんのか」
不満げなセイビアの顔を見て、衛兵は慌てて言葉を続けた。
「でもっ! 新しい王様の方が、国中の貴族が従ってるって話で! 聖剣の騎士もいるなら、こっちの方が正義なんじゃないかってみんな言ってて」
「そっちは意見割れてんのか。やっぱ今は睨み合いが正解か。投降してくるヤツはもっと増えそうだな、受け入れる寝床や食料は足りるのかい?」
セイビアの疑問をよそに、ジールとケーチは別の心配へ目を向けていた。
「ジールさん、やはり内戦で死人が出たら、後々の火種として残ります。ここは投降を促す事を優先して」
「そうですね。お互いの兵が損傷すれば、国の戦力は低下し、他国に攻められる隙も生まれてしまいますから」
「政治判断てやつかい。人の生き死にを損得勘定で考えて、嫌だねー役人は。アーシもそういう考え方をしないといけないかい?」
セイビアの呆れた顔に、ジールとケーチはお互い苦い顔を浮かべた。そしてセイビアへ向かい、恭しく頭を下げた。
「いえ、セイビア王の国民に寄り添うその気持ち、どうかそのまま持ち続けてください」
「ケーチ副隊長のおっしゃる通り、セイビア王の御意思を我々も尊重いたします」
「建前って感じの言葉だねぇ。本音はどうなんだい、いつもの話し方で頼むよ」
「……損得勘定は大事だが、その冷たさは国民に必ず伝わる。情で考えるセイビアが正しいと俺は思うよ」
「アタシも思うー。同じ事しててもー、政治判断て聞くと冷たい感じー」
「軍に長くいると、冷たい決断を下さなければいけない時もありますが。そういうのは我々の仕事、国のトップの仕事ではありません」
「俺バカだから難しい話はわからねーが、セイビアが正しいって事でいいんだよな?」
ルジャンの問いにその場の全員が頷くと、セイビアは少し照れたように眉を下げた。
「みんな思ったより持ち上げてくれるねぇ。そんなに正しいって言われると、逆に自分を疑っちまうよ」
照れ隠しで頬をポリポリとかいていると、フェリが足を踏み出した。
「王様という立場になって、変わらずにいるのは大変でしょうが、セイビアさんらしくいてくれると、園の子も、ターラ様や私もうれしいです」
「口調や態度の割に、意外と優しいとこあるよな。園にも顔出してくれてるらしいじゃないか、皆懐いてるって聞いてるぞ」
「ジールさんもフェリさんもやめてくれっ、優しいとか面と向かって言われるとむず痒い! アーシの評価はいいんだよ、もうこの話はお終いだ! ケーチ副隊長、今後の作戦てやつ考えてくれよ!」
「この衛兵の話の確認に行かせていますので、しばしお待ちを。その後ムッサー隊長や各部隊長も交えて作戦会議を開きましょう。 そうですね2刻後でどうでしょうか、それまで我々は一度席を外しております」
「フェリ、俺たちも下がろうか」
「はい」
ジールはケーチと一緒に出口へ向かい、天幕を出るときに一度振り返った。
「ここはしばらく人が近づかないように言っておくから。3人もしばらくゆっくりしてろ――って、なにひそひそ話してるんだ?」
「いやいや、気を使わせて悪いねジールさん」
「な、何でもないさ、ジールさんも休んでくれよ!」
「ジルちー後でねー」
ジールは訝しんで首を傾げたが、開きかけた口を閉じ、マイネがヒラヒラ振る手に合わせて軽く手を上げ、天幕を後にした。
「結局、ジールさんを休ませる時間はありませんでしたね」
「クリエ草の実を飲んで2時間も寝れば全快しますよ。ではまた後で」
伸びをしながら歩いていくジールの後ろ姿を、ケーチはしばらく見つめていた。
「副隊長さん、あの人何者なんですか? 階級は俺と変わらない下っ端の役人ですよね。なのに王様とか、副隊長も一目置く存在みたいな感じ、ってか作戦会議にも呼ばれるって」
「出世したいなら、彼の役に立つ事を考えた方がいいですよ」
「えぇっ、そんなに凄い人なんですか!?」
「おそらく、本人が一番自覚していないでしょうね。彼の言葉1つで、王様の首がすげ代わるくらいには、凄い人ですよ」
「またまたぁ、副隊長さんも冗談言うんですね! そんなの王様やバッカーナ教の司祭より偉いって事に――って本当なんですかぁっ!? この国の影の支配者って事ですか!?」
ケーチは口角を上げてみせた。
「詳しく語るのは今は控えますが。前王の実力主義の制度がこの国には残っています。あなたも頑張り次第で騎士隊長だって夢ではありません。なので内部情報は正確にお願いしますよ」
「は、はいっ! 頑張ります! やっば、ひれ伏す相手間違えた」
衛兵は目を輝かせながら、羨望の眼差しでジールの背中を見つめていた。
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