56 次の王
「マーサが、旧サボンバ国の第4王女だった頃。その幼い時に何度か目にしているのじゃ」
「ハハ……。まさか、司祭様でも冗談を言うんだな!」
「その後、勇者の血を引く子として貴族の養子に出されたのじゃが、その家は没落し、市井に下った。そこから先は行方を掴めていなかったのじゃ」
ピオの語る言葉を、セイビアはおとぎ話を聞いているような感覚で、どう受け止めていいのか困惑していた。
プラーガはピオの隣に立ち、小さなペンダントを丁寧に差し出した。
「ジールさんに頼まれ、ロイグ村の跡地へ調査団を派遣したのですが」
「ロイグ村に!? あんなところ、ガレキばっかでなんも残ってないだろ」
「そのガレキの下に、ノデリ家の家紋が入ったペンダント、こちらを発見いたしました」
「それはっ、確かばあちゃんが大切にしまってた、何度か見た覚えがある。この紋様の花ってバネルの花か、いつもうちに植えられていた花だ」
セイビアは眉間にしわを寄せて、ないまぜな感情でペンダントを見つめた。
雑草に混ざってしまうような地味な花だが、その小さな白い花が花壇いっぱいに咲き誇っている姿は、特別な存在感があった。
家に帰るときに出迎えてくれた、花の香りが脳裏をよぎると、父と母、そして祖母と暮らしていた子どもの頃の記憶も蘇ってくる。
「バネルの花。慈愛や不変を意味する花なのじゃ」
「そんな意味をもつ花だったな。思い出したよ」
「セイビアよ、手を出すのじゃ」
言われるままセイビアが右手を差し出すと、ピオはその手の平の上に、親指の先くらいのサイズの赤い魔石を乗せた。
「魔石に意識を集中させるのじゃ」
「集中って言われても、どうやったら? ってぇやばっ、アーシが魔石にさわるとたまにこーなるんだ、司祭様危ないよっ」
赤い魔石は強烈な光を放ち、セイビアの手の平の上で強い熱を持った。
「うわっ、アチチチチっ!」
セイビアは魔石を手の平の上から外へ、無造作に放り出した。
地面に落ちた魔石は途端に光を失い、熱暴走も収まった。
「魔石の力を何倍にもし、極限以上に引き出すことができる勇者の血。王族の証なのじゃ」
「えぇっ!? この暴発って理由があったのか! ってかホントにアーシが? 唐突すぎだろっ、頭が全然追い付かないぞっ」
混乱して頭を抱えているセイビアへ、ジールが説明を始めた。
「魔石が暴発するって話、ずっと気になっててな。王族の駆け落ちっておとぎ話も、セイビアの生まれた地域から伝来した話が元になってるし。祖母がお嬢様って話とも繋がるかなと。で、調べてみたら、王族のペンダントが出てきたってわけだ」
(ロイグ村が一晩で焼失したことも、勇者の血が魔石を暴発させたなら説明ができる。が、その場合暴発させたのはセイビアの親か祖母になる……。これは今言わなくていい話か)
ジールが逡巡している間、ピオが話を進めていた。
「そして今。魔石が反応したことで、セイビア、お主が勇者の血を受け継いでいるという事実が証明されたのじゃ」
「ばぁちゃん、王族だったのか……!? って、アーシが勇者の血を引いてる? だったらそう話せばいいのにっ、って言われてもアーシは絶対信じなかっただろうけど、今だって半信半疑だぞ!」
「王不在の今、勇者の血を引くお主が、次の王候補という事なのじゃ。どうかのう、引き受けてはくれんかのう」
「アーシが、王様に……? 話は分かったが、正直心が追いつかなくて、なんだか他人事のような気分で、実感がもてねーよ」
頭の理解と、心の整理が一致せず、セイビアは夢のような浮遊感に、自分の頬をつねっていた。
「園のみんなびっくりするわ! セイビアさん、本当に王様になるのね!」
ターラは両手を胸の前で合わせ、キラキラと目を輝かせていた。
「言ったけど、孤児でも王様になれるって。でもあれは夢は持てよって意味だし。ジールさんが面倒見てんだから、悪いようにはならないと思ってたし」
セイビアはその視線を拒むように、両手を胸の前で左右に振った。
「園の子たち、喜ぶだろうなっ! セイビアが王様になったら、自分の将来にも夢や希望があるって思えるだろ。俺ならそう思うぜ!」
「アーシなんかが、あの子たちの希望に!? ジールさんには世話になりっぱなしで、フェリさんにも敵わないのにっ」
ルジャンに拳を向けられたが、無理だと言うように、セイビアは片手で叩いて返した。
「勇者の血を引く王女セイビアと、聖剣の騎士ルジャン、旗役として十分だろ」
「セイビアさん、ルジャンさん、お似合いですよ」
「ジールさん、フェリさん、そんなに持ち上げないでくれよっ」
セイビアが降参するように両手を上げていると、トン、とマイネは自分の肩を軽くセイビアに当てた。
「セイちーのおばーちゃんー、喜ぶねー」
「ばあちゃん……。この日のために勉強させたんだ! とか、あの世で得意げな顔で言ってそうだよ」
「セイちーのおばーちゃんなら言いそうだねー!」
「それよりっ、ホントにアーシでいいのかい!?」
ターラの言葉から始まり、ルジャン、ジール、フェリ、そしてマイネの言葉を受け、セイビアは少しずつ現実を受け止め始めた。
ずっと揺らいでいた目は視線が定まり、瞬きも減っていた。
「アーシが王様になんてなったら、困るのはあんたらや、国民なんじゃないのかい? ちゃんと考えて物を言うんだよっ!」
反撃とでも言うように、セイビアはジールやムッサーに向かって力強く指を差すも、その直後だった――
ムッサーは膝をつき、セイビアに深々と敬礼をした。
そしてそれに習い、ケーチや他の各騎士隊の隊長、副隊長たちもセイビアへ向けて膝をついた。
その動きは、さざ波の波紋が広がっていくように、後ろに控えている、衛兵や徴兵された兵たちにも伝火し、一様にセイビアへ向かって膝をつき、頭を下げた。
城壁の外へ出ていた民衆は、目の前の軍勢が一斉に、1人の少女の前に膝をつく姿に、目を丸くして、お互いに目を見合わせていた。
「新しい王様が誕生したとか聞こえてきたけど、どういう事なんだ?」
「女の横にいる男は聖剣だろ、聖剣が勇者ってことなのか? それで、だからどうなんだ?」
中央の喧騒を聞き取ろうとして、末端の兵から漏れ聞こえてくる声に耳を傾けるも、その情報だけでは状況がつかめず、民衆の中に動揺が起きていた。
その混乱した空気へ一石を投じるように、アンバーの声が響いた。
「あの子が壇上で戦争を止めたのを見ただろ! 聖剣の冒険者パーティーのセイビアだ! そんな頼りになる人が王様になるなら、俺は大歓迎だっ!」
民衆の前に一歩出て、アンバーは兵の真似事をするように、セイビアへ向かって膝をついた。
「そ、そうだな。戦争止めてくれたんだ、凄い人って事だよな」
「エスタ王が立った時は、兵は頭を下げなかったぞ。なのに今は全員が頭を下げてる」
「貴族まで頭下げてんだ、俺らも下げないとヤバいかも?」
アンバーの敬意が周囲の人々の心を動かし、その場にいる民衆も皆、セイビアへ向かって膝をつき、頭を下げていった。
「み、みんながアーシに!? って、ルジャンやマイネまで跪くなよっ」
「セイビア、王様っぽいぜ!」
「こういうのはー、ノリでしょー!」
浴びせられる敬意の重さに圧倒されつつも、セイビアは意を決し、拳を力強く握りしめた。
「わ、分かった、王様やるよ! もうどうなっても知らないからな! って、王様って何すんだよ。アーシはどうすりゃいい??」
ジールは、跪いたまま顔だけを上げ、落ち着いた声で言葉を発した。
「王よ、ご命令ください。我らは王の指示に従います」
「命令をして下されば、現場の指揮でもなんでも致しますぞ!」
次に述べたムッサーの言葉が助け舟のように感じ、セイビアは飛びつくようにして言葉を返した。
「わかった。ムッサー隊長、命令だ! この場をなんとかしてくれっ!」
「セイビア王、謹んで拝命いたします!」
ムッサーは深く頭を下げると、力強く立ち上がり、軍勢に向かって大声を上げた。
「セイビア王の命により、我らは今より罪人エスタと、悪逆大臣ボアの捕縛へ向かう! 各隊長たちは兵をまとめ、ボアの領兵を捕らえろっ! ケーチは城門前に行き民衆の誘導だっ」
ムッサーの指示に従い、軍勢は慌ただしく動き始める。セイビアを囲んでいた兵の数は、次第に減っていった。
「なんかどっと疲れたぞ……。王様って、こんなに疲れんのか……」
大方の兵が動き出し、自身への注目が引くと、セイビアは木壇の階段に腰を下ろし、肩をぐったりと落とした。
「なんか、とんでもない決断をしちまった気がするよ……」
「あの王より頼もしく感じたぞ」
ジールは口角を上げて見せたが、セイビアはブンブンと手を振って、口をへの字にして返した。
「前がダメすぎたって話だろっ! はぁ、王様なんて、流れでなっていいもんなのか? 大丈夫かこの国……」
「大丈夫にするんだよ。みんなでな」
ジールがそう言うと、セイビアの両脇に、ルジャンとマイネが腰を下ろした。
「そうだぞ! 俺らが付いてる! って俺バカだから何ができるかわかんねーけど!」
「1人じゃないよー! アタシたちみんないるよー!」
「王様って言われて、急に1人になった気分になったけど。そうだよな、アーシは1人じゃないよな!」
セイビアの綻んだ視線には、ルジャンたちをはじめ、ジールやフェリ、ターラ、プラーガやピオと、頼りにできる人の顔が飛び込んできた。
その視線の中に歩みを進めたプラーガは、セイビアへ深く頭を下げ、口を開いた。
「セイビア陛下、新王へご挨拶をしたいという貴族たちがお見えになっています。前王の使い古しで申し訳ありませんが、あちらの天幕を使わせていただきましょう。そちらで皆様とご挨拶を」
セイビアの視線の先には、貴族の乗った馬車がずらりと並んでいた。
「ホントに、1人になれないんだな、王様ってのは……」
当分は解放されないだろう人数に、セイビアは絶句した。
「うぅ、まだ終わりじゃないのかい……。ダンジョンを思い出すよ。外に出たと思ったら書類仕事が待ってて……。くそっ、こうなりゃ片っ端から挨拶してやろうじゃないかっ!」
「この国で一番偉いんだから、待たせたっていいんだぞ」
「そうはいくかっ。アーシが頭にふさわしいかって品定めに来るんだろ! 怠惰な態度は見せられないよっ」
セイビアは勢いよく立ち上がったが、一度動きを止めて、伏し目がちに足元を見た。
そして逡巡した後、その目をジールに向けた。
「ジールさん、ホントにアーシが王様でいいって思ってんのかい? あんたがその気になりゃ、自分が王様になることだってできるんじゃないかい?」
セイビアは眉をハの字にして、委縮した、調子の弱い声を吐露した。
ジールは少し考えた後、ゆっくりと、丁寧に言葉にしていった。
「人のために行動できる思いやり。文句を言いながらも真面目に仕事をこなす勤勉さ。失敗しても非を受け入れる器の大きさ。そして、改めるための努力を怠らない姿勢。みんなが王として担ぎたいと思える素養は、あるんじゃないかな」
「自画自賛かよ! まぁ、ジールさんはそんくらい優秀な人だと思うけど」
「うん? 俺はセイビアの話をしてるんだが?」
「アーシがぁっ!? そんな立派に見えるのかい?」
「俺は付き合いは短いが、付き合いの長いルジャンやマイネの目も、そう言ってるぞ」
ジールが促すと、ルジャンもマイネもウンウンと何度も頷いていた。
「嘘だろっ、ノリとか言って茶化したクセに!」
「ジルちーみたいにー、うまく言葉にできないよー」
「俺はバカだぞ、言葉にするには何年もかかる!」
「……アーシ、これから、王という肩書を演じようと思ったのに。今までの自分で大丈夫って事なのかい?」
「みんなが頭を下げたのは、目の前のセイビアなんだから。変わっちゃダメだろ!」
ジールの言葉に、その場にいる全員が深く頷いた。
その光景を見たセイビアの目に、ついさっきまでの、委縮した弱々しさは微塵もなかった。
そして、火が灯ったような熱い声を放った。
「……わかった。ようやく地に足つけて歩けそうだ。こっから先も、アーシらしく行かせてもらうよっ!」
何度か地面を強く踏みつけると、セイビアはニィっと笑ってみせて、強い足取りで天幕へ向かっていった。
ジールは、その姿を見送ろうとするルジャンとマイネの背中を、ポンと軽く押した。
「お前らも、一緒にいてやるんだろ」
「えぇっ、貴族の挨拶に俺が? バカなのにいいのか?」
「絵本の聖剣の騎士なら、隣で王様を守ってるぞ!」
「一緒にいてもいいのー?」
「王様に1人で仕事させるのは可哀そうだろ!」
今度は力強く、ジールがもう一度背中を押すと、2人は駆け足でセイビアの両脇に並んだ。
並んで歩く3人の後ろ姿に、ジールはかつての自分の姿を重ねた。
「エスタを1人にしたのは、俺にも責任があるのかな。他にも選択肢はあったはず。策だって、もっと最善と言える手があったかも」
「あの方は、人と手を取り合える方ではありませんでした。こうなってしまったのは自業自得です。ジール様が招いたことではありません」
「思い悩みすぎるのがお兄様の悪いクセよ。過去の反省から学ぶのは大切だと思うけれど」
「……囚われすぎか、2人とも、ありがとう」
フェリとターラの言葉に、ジールは視界が開けたように感じた。
(腐れ縁とはいえ、ずい分長い事視界の端にいたエスタ。もういい加減、見切りをつける時期なんだろうな)
エスタとボアが逃げた方角へ、ジールが向けた視線は、濁りのない、成すべきことだけを見据えた、射抜くような鋭さを宿していた。
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よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。




