55 フォルシャの罪
ピオの話は決起集会の数日前、ルジャンたちがフィッシャー園に訪れた日に遡る。
その日もフォルシャはいつものように配下を従え、王宮を徘徊し、自身の権力をこれ見よがしに誇示していた。
そして満足気な顔をして大臣室へ戻り、髪のセットをしている時だった。
鏡に映る自分の顔の横に、ジールの姿を発見し、フォルシャはギョッとして悲鳴を上げた。
「なぁっななななっ……!? なんでこんなところっ、ふ、不敬であるぞ! ここがどこかわかっているのか、大罪人ハイジール、今すぐ貴様を捕らえて――」
「やめてフォルシャ、大きな声を出してはダメよっ!」
フォルシャの叫びをイオネが遮った。
「イオネ、何を言って――その横の男たちは誰だっ!」
フォルシャの目には、自分の妻が拘束され、ジールをはじめとした男4人に、取り囲まれている姿が映った。
「お初にお目にかかります、フォルシャ軍務大臣殿。ヴィンツェルマイン魔導王国の、ボーンマス・ダッカルと申します」
ボーンマスが軽く会釈をすると、従者2人の強い声が飛んだ。
「こちら、ヴィンツェルマイン魔導王国の3大貴族の筆頭であらせられるぞ!」
「イオネ殿のような弱小貴族では口すら聞けない方、控えよ!」
その名に聞き覚えのあったフォルシャは、背筋に悪寒を走らせ、顔が急に青ざめた。
「ダッカル家……。まさか、魔導王国の3大貴族といえば、王族に名を連ねる名家……」
「奥様に少しお話があると申し上げたら、丁寧にこちらの部屋へ通して頂けました」
「フォルシャ、ボーンマス様の言う事に従って。この方の口利き一つで、私の家は簡単に吹き飛ぶわっ」
「な、なぜだ、なぜこんなことに……」
「魔王時代の兵器の復活という、禁忌の実験に手を出すなんて。しかも実験場として他国を利用するなど、同じ国の人間として恥ずかしい限り」
ボーンマスは鋭い視線をイオネに突き付けた。
「その矛を向けた先には私の婚約者、チアーナまでいる。イオネ殿の家だけでは済みません。この大罪、連坐により一族郎党極刑となるでしょう」
「お、脅すつもりかっ、なにが目的だ、ここまで入り込めるなら、わざわざ私を待たずとも、刑を執行できただろうっ」
「それは私ではなく、ハイジール殿から」
ボーンマスが目配せすると、ジールはフォルシャの前に立ち、軽い会釈をした。
「少し協力をして頂きたいだけです。ピオ司祭も、働きによっては、此度の教会襲撃と誘拐は不問に帰すと、言質をいただいております」
「し、司祭まで……!? いつだっ、逃げられたなんて報告はっ」
「脱出したのはさっきですから、まだ見張りは気づいていないのでしょう。フォルシャ殿には教会の裁きを、イオネ殿には魔導王国の裁きと、罪を受け入れるおつもりなら、話はこれで終わりにしますが」
ゆっくり返答を待つつもりはない。そう思わせるために、ボーンマスの従者はイオネを縛った縄を引き、部屋を後にする素ぶりを見せた。
「教会の裁きは、人格が変わるほど死ぬより辛い苦痛を何年も味わうと聞いていますが、魔導王国では、苦痛を浴びせた後に死刑でしたっけ?」
ジールが追い打ちをかけるように述べると、イオネはヒステリックに声を上げた。
「言う事を聞いてフォルシャっ、そうすれば私たちは解放されるの、これは私たちにとっていい取引よ、お願い助けてっ」
「ふ、ふざけるなっ、ここがどこだかわかっているのか! 私の庭だぞっ、直属の騎士隊も勢揃いしている。この場でお前たちを殺せば全て揉み消すことだって」
フォルシャは激しく取り乱し頭をかきむしるが、対照的にジールは冷静に言葉を続けた。
「ピオ司祭は今頃教会の総本山へ向かっています。俺たちが戻らなければ、教会でフォルシャ殿の所業を告発する手はずです」
「そ、それなら、もう一度ピオ司祭を襲撃してっ」
「俺を殺して、今度は教会の総本山も襲撃するんですか? 世界中の教会を敵に回しますよ。帝国を相手にするより厄介なんじゃないですか」
「っ!! ふ、不可能だ、ど、どうすればいいのだ……」
フォルシャは膝から崩れ落ち、頭を抱え床に視線を落とした。
「な、何故だ……。なぜいつも、思い通りに事が運ばないのだ……」
「何故、はこっちの台詞ですよ。なんでうまくいくと思ったんですか。自分の首しか絞めてないのに」
「あまり追い詰めてはいけませんよ。脅しはそれくらいに」
「そうですね。フォルシャ大臣、協力するのかしないのか、イエスかノー、どちらかお選びください。もちろんノーと答えれば、素晴らしい裁きが待っていますが」
「……くぅ……」
「イエスよイエス! フォルシャ、イエスと答えて、ノーと答えた瞬間、愛し合う私たち2人の未来はすべて消え去るのよっ」
「い、イエス……、イエスだ。分かった協力させていただく……」
観念したように、フォルシャは地面に頭をこすりつけていた。
ピオが話している間、フォルシャは肩をすぼめて首を短くし、亀のように縮こまったまま、地面とにらめっこをしていた。
「司祭を誘拐して許してもらえるのじゃ。感謝するのじゃ」
「……わかりました。これからは心を入れ替え、この国のために尽くす所存であります……」
「ビビッて言う事を聞いてるだけじゃねーかっ。またやるぞ、こういう奴は」
「まぁまぁセイビア。今後もお世話になるんだ、あまり責めないでくれ」
「今後……。ハイジール、まだ私に何かさせるのか」
まるで自分が被害者かのように、フォルシャはその目に不満の色を宿した。
「えぇ。ダンパ宰相暗殺の件について容疑が固まったので、そちらの事情聴取にもご協力をお願いします」
ジールは業務連絡をするような、淡々とした調子で話した。そして、その話を聞いた瞬間、フォルシャの心臓はドクンと跳ねた。
「なぁ……!? そっ、そんな話は聞いていないぞっ!」
フォルシャの顔から血の気が一気に引いた。全身に悪寒を走らせ、膝はガクガクと震え始めた。
「我にかかれば、消した証拠もあぶりだせるのじゃ! お主に捕まっている間、屋敷の中はくまなく詮索させてもらったのじゃ」
「証拠がまだ残って……。あ、いや、私は指示をしただけ。い、いや違う、なんの関与もっ……。無実だ、私は無実だっ」
逃げようと辺りを見渡すも、ジールやムッサー、各騎士隊の隊長格に囲まれた状況で、フォルシャの泳いだ目はぐるぐると回り、平衡感覚を失ってその場で尻もちをついた。
「言質も頂けたので。ムッサー隊長、フォルシャ容疑者を連行していただいても」
「最後にどえらいネタを出してきたな。フォルシャ、観念しろ」
地に這いつくばるフォルシャに、かつての威厳は微塵も残っていなかった。
「ま、待ってくれ、さっき許してくれると、不問にするとっ……」
「それは我に行った罪に対してなのじゃ。お主が犯した罪を全て許すなど、一言も言っていないのじゃ」
フォルシャは藁にでもすがるようにピオにひれ伏したが、ピオは一瞥すらせず言葉を吐き捨てた。
「た、頼むよぉ、ムッサー、ムッサー様ぁ。私は悪くないんだ、帝国の指示に従っただけで……」
眼前に聳え立つムッサーのズボンの裾を掴み、フォルシャは懇願するように震える声を漏らした。
「最大限利用してから切り捨てるとは、ハイジール、恐ろしい人の使い方をするもんだ。 続きは尋問室で聞いてやる。お前ら、城の牢へぶち込んでおけっ」
騎士2人に両脇を掴まれ、フォルシャは引きずられるようにして連行されていった。
誰の目もはばからずに泣き叫ぶ声が、少しずつ小さくなっていく。
その惨めな姿に意識を取られていたが、セイビアは1つの事実に気づき、ハッとした目をジールに向けた。
「ダンパ宰相って、ジールさんとターラの父親の名前じゃ……」
「えぇっ!? ジールさん、なんでそんな冷静なんだよ。あいつが親の仇なんだろ! 俺ならぶん殴ってやるのに」
「落ち着いてるのがー、逆に怖いよー」
ジールは落ち着けと言わんばかりに、ルジャンたちへ手の平を向けた。
「歯車の1つを捕まえたに過ぎない。実行犯は別だし、フォルシャをそそのかした帝国のスパイもいる。全貌を解明するにはまだまだ遠い。いちいち感情的になってたら体がもたないさ」
「お兄様の言うとおりね。怒りに身を任せても、お父様に会えるわけじゃないもの」
「それでも、一歩前進したことを私は喜ばしく思います」
ジールたち3人の顔に、憑き物が取れたような解放感を見て、セイビアは自分の心まで軽くなったように感じた。
プラーガにとっても、恩人のダンパの件が1つ進んだことに、快い気持ちを抱いていた。
「一区切り、といったところですな。後は逃げた王、いや、元王ですね。どのように隊を編成し、捕縛に向かいますか? 指揮はムッサー殿としても、旗役には、今日の貢献からいってジールさんが適役かと」
プラーガの提案に、ムッサーも首を縦に振った。
「そろそろ表舞台で、目立つ仕事をしてもいいんじゃないか、ハイジール」
「おおっしゃあっ! ジールさんの下なら喜んで働くぜ!」
力拳を上げてはしゃぐルジャンをよそに、ジールは逡巡すると、セイビアに目を向けた。
「少し早いが、旗役なら、ここはセイビアに任せたいかな」
「はぁっ? なんでアーシぃいっ? って声裏返っちまったじゃないか!」
自分の役割は終わったと言わんばかりに、気を緩め切り、マイネやターラと談笑をしていたセイビアは、思いがけない話を振られ、素っ頓狂な声を上げた。
パチパチと何度も瞬きをして、ジールの顔を凝視していると、ピオがセイビアの前に立ち、その顔をジッと見つめた。
「マーサに、面影がよく似ておるのじゃ」
「ばあちゃんの名前……。なんで司祭様が知ってるんだい?」
ピオの口から祖母の名前が告げられ、セイビアは驚きを通り越して、キョトンとした顔で首を傾げた。
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