54 帰還
「司祭様だっ。こんな近くでご尊顔を拝めるなんて!」
「あぁ、これで俺も天国に行ける!」
ピオの姿を眼前に捉えた兵たちの中には、手を合わせて祈る者や、拝む者まで現れた。
「うむ。信仰心は薄れていないようで安心なのじゃ」
ピオは満足げな顔で皮のローブを脱ぎ、いつもの司祭の服を露にした。
ピオからローブを受け取ったフェリとターラもローブを脱ぎ、信徒の衣装に身を包んだ姿を現した。
ピオは壇上に上がると、兵たちを一望した。そして両腕を大きく広げ、声を張り上げた。
「バッカーナ教の司祭である我が裁きを言い渡す。教会への襲撃、司祭の幽閉、そして勅命に背いた罪として、エスタ王は王位を剥奪。ボア内務大臣には厳重な罰を与える!」
兵たちの心にずっと引っかかっていた猜疑心は、ピオの言葉で跡形もなくきれいに晴れた。
曇っていた兵たちの瞳は鋭く変貌し、糾弾するようにエスタとボアへ向けられる。
「教会を襲うなんて罰当たりなっ」
「神への冒涜だっ、この国の民を地獄へ落とす気か!」
糾弾の声が一斉に上がり、その声と視線の圧力にエスタとボアは怯み、じりじりと後退していく。
「な、何故余とボアなのだ、フォルシャだって同罪であろう!」
「そうだフォルシャよっ、どういう事だっ、司祭も処分していなかったのか」
矛先を向けられたフォルシャは腕を組み、無関係を装うように、ただ立ち尽くすのみで、エスタとボアに目を向けようとはしなかった。
「フォルシャめ裏切ったのかっ……。ぐぬぬ。ピオ司祭よ、国の政に口を出すなんて、バッカーナ教の司祭が、内政干渉をしてもいいと思っているのかっ」
「教会および司祭への襲撃は、国際条約を反する行為なのじゃ。この場合、その国の法機関へ訴え、刑の執行を要請することができる。自己防衛のためであれば、権威を盾にすることも認められているのじゃ」
フォルシャは壇上のピオの前に跪き、恭しく頭を下げた。
「……教会から直々の要請、しかと承りました。エスタ王、ボア大臣の捕縛の任、私の軍を持って遂行させていただきます」
フォルシャの言葉に従い、直属の騎士隊がボアとエスタを取り囲んだ。
「フォルシャ大臣っ、余を裏切るのかっ!」
「ただの手駒に過ぎないこ奴らが、何故っ」
「……わ、私は悪くない、逆らう事はできないのだ……。何を犠牲にしようとも、私とイオネの未来を守るためには……」
(フォルシャめ、虚勢だけが取り柄のような男が、なぜこんなにも弱々しく従っている……。いや、まてよ……!?)
フォルシャの態度に、ボアは一縷の光を見出した。
「……フォルシャよ、いい事を言うな。何を犠牲にしようとも、いい言葉ではないか! その選択肢を選ばせたのはお主たちのほうだぞ、あの世で後悔するがいい!」
頬を引きつらせながらも、ボアは強い調子で言い放った。
「ボアよ、お主にもう打つ手はない。観念するのじゃ!」
ピオがぴしゃりと言い放つも、ボアは引くことなく、震えた唇でさらに言葉を続けた。
「フォルシャが手に入れた魔導兵器、それは今、わしの元にあるのだ! それ以上近づいてみろ、今すぐ魔導兵器を起動させるぞ、この周囲一帯を火の海に変えるほどの威力だぞ!」
「つまらねーハッタリだっ、さっさと捕まえちまおうぜ!」
セイビアが威勢よく飛びかかろうとしたが、それをフォルシャが止めた。
「本当だ。輸入したのは私。発動すればこの辺り一帯が吹き飛ぶ代物だと聞いている。ボアに渡しはしたが、まさかここに持ってきているとは……」
「魔王時代に使われた兵器か、アレには魔導探知に引っかからない術式も組み込まれておるのじゃ。どこに隠し持っているか、わかるかのうフォルシャよ」
「金額と書類に目を通しただけで、実物は見ておりませんので……。その兵器がどのような形状で、どう起動させるかまでは……」
フォルシャは地面に視線を落としたまま、青くした顔で頷き、見えない何かに怯えるように視線を泳がせた。
「……その怯えよう、ハッタリじゃないってのかい!? そんな代物ここで使ったら、自分だって巻き込まれるんじゃ――」
セイビアの問いに、ボアは勝ち誇った表情で言葉を返した。
「どうせ捕まれば死罪なのだ。ならば道ずれに数百、数千人、わしと共に地獄へ向かおうではないか! さぁどうする、今すぐにでも起動してみせようか!」
ボアの血走った眼球と見開かれた瞼は、強い意志を感じさせた。
自暴自棄にも見えるその狂気の表情は、ただのハッタリとは思わせない、確固たる意思を放っていた。
「まさかのう、形勢逆転の手が残っていたとは。ここにいる者全てが人質となってしまったのじゃ……」
眉をひそめたピオとは対照的に、ボアは目をぎらつかせ、三日月型に大きく裂けたような笑みを浮かべた。
「ものども道を開けい! 魔導兵器を起動させるぞっ!」
ボアは手に持つ杖の先端を空へ掲げ、自身を取り囲む騎士たちへ向かって強く足を踏み出した。
その強気の姿勢に気圧された騎士たちは、気づけば後退して、ボアの為の退路を広げてしまった。
「ボア、余は、余はどうすればいいのだ……」
エスタは足を震わせ、前に進む事が出来ず、ボアに助けを求めるように手を伸ばしていた。
「ええいうるさいっ、大人しく付いてこいっ。さもなくばそこで死ねっ!」
杖の先端を周囲に向け、いつでも起動が可能だというような素ぶりを見せ、ボアは少しずつ自分の馬車へ近づいて行く。
エスタはその後を従順な子犬のように付いていった。
「我が領地に戻れば使える駒はいくらでもある! 私に賛同している者もまだ残っている! これで勝ったと思うなよ。フハハハハ!」
馬車にたどり着き、自身の退路が確認できたボアは、声高らかに笑い声を上げた。
人の感情を逆なでするその下卑た笑い声に、剣を握る手に力を籠める兵は少なくなかったが、ムッサーは腕を横に伸ばし、その勢いを止めた。
「今は見逃がしてやれ。どうせ逃げたところでじり貧には違いないのだ」
ムッサーの苦渋の決断といった表情に対し、ボアは不敵な笑みを漏らした。
「賢い選択だ。誰だって命は惜しいものよ!」
馬車の扉を閉める直前、ボアは煽るようにもう一度下卑た笑い声をあげた。
「死にたい者は追ってくるがよい! わしと心中する気があるならばな! 国の英雄になれるかもしれないぞ! フワッハッハ!」
ボアの高笑いと同時に、馬車の馬は悲鳴を上げて走り出した。
馬車を見送る騎士隊の隊長たちは、苦虫を噛み潰したような顔で、ムッサーへ異論の目を向けたが、ムッサーはもう一度強く言葉を吐いた。
「誰も手を出すな。この場にいる全員が人質になっているようなものだ」
隊長たちはやりきれない目を、ムッサーとボアの馬車へ交互に送った。
その視線を受け止め、ムッサーは奥歯を噛み締めながら、ボアの馬車を見送った。
気づくと、ボアの馬車を追って、数台の貴族の馬車もその場を後にしていた。
「今はこの場を、この大勢の兵たちをまとめることを優先する。事情が呑み込めていない兵もいるだろう、混乱する前に指揮系統の確認をするぞ。フォルシャ、わかっているな」
「無論だ。我が国の法では、王不在の時に限り、軍が主体となって、暫定的な統治を行う事になっている。ピオ司祭、この場は軍が仕切らせてもらう。よろしいか」
「うむ、逃げたエスタはもう王ではない。軍の総司令官であるフォルシャが、この場を仕切るにふさわしいのじゃ。異論のある者はいないな」
ピオが視線を配ると、その場にいる隊長や貴族たちは首を縦に振った。
「では、まず最初に――私の全権限をムッサー第1騎士隊隊長に譲渡する。現場の陣頭指揮全てはムッサー、お前が仕切るのだ」
「わしが!? フォルシャらしくないな。あれだけ権力に固執していた男が、今なら国のトップだぞ」
「そこまでが、私に下された指示なのだ。後はお前の好きにしろ……」
フォルシャは大役を終えたとでもいうように力を失い、その場で膝を落とした。
「ここまでが想定通りだったとでも? そんな絵を描けるのは、フォルシャでは無理。そうか、お前かっ、ハイジール!」
「ひと段落ついた感じですか? いやー、ようやく表に出てこれましたよ」
どこからともなく現れたジールに、ルジャンたちやムッサーまでもが、目を丸くして言葉を飲んだ。
黒いローブから顔を覗かせ、申し訳なさそうな表情を作り、ジールはペコリと頭を下げた。
「もっと早くに登場してもよかったんじゃないか」
「ムッサー隊長、一応お尋ね者なので。下手に出てったら、余計な混乱を生んでしまいますから」
タッタッタッ!
駆け寄る足音と、急いた息遣いが突然現れた。
「お兄様っ、ずっと心配していたのですよっ!」
ターラは我慢できずに、ジールの胸へ飛びこんだ。
「街の人もお兄様を悪者のように言うし、悔しくて、寂しくて、たまに来る手紙がどれだけ心を救ったかっ……」
「接触するのは危険だったから、すまないな」
ジールはターラの涙を親指でぬぐい、頭を優しく撫でた。
「それにしても驚いたぞ。フェリにピオ司祭の護衛を頼んだけど、まさかターラまで。危ないことは控えてくれよ」
「少しでも早く、ジール様にお会いしたかったのです。私には我慢してくださいとは言えません」
そう言いながら、フェリも目じりに涙を浮かべていた。
「私も心配だったのです……。ターラ様の気持ちは、痛いほどわかるんです……」
「2人の元に帰りたいから頑張れた。ホントに、途中で何度もくじけそうになったし、いつも思い出していたよ」
ジールが腕を広げると、フェリはジールの胸におでこを預けた。
ぐずった子供をあやすように、ジールはフェリとターラの頭を優しく撫でた。
「2人はー、一か月以上会ってなかったもんねー」
「そっか。俺たちはたまに手紙渡されたり、何度か会ってたけど」
「アーシらはジールさんの身内だって認識されてなかったから、監視の目がついてなかったもんな」
ジールたちの再会を前にして、ルジャンたちは少し目頭を熱くさせていた。
「お兄様! ずっとどこにいたのですか! どこかに隠れていたなら、教えてくれれば会いに行ったのに!」
「話てやろうかの。我とジールの愛と感動の脱出劇を」
「ピオ司祭……。愛も感動も一ミリもありませんでしたよね!」
フェリはジトッとした目をジールに向けた。
「フェリ、ホントになんもないからな! ピオ司祭、悪い冗談はやめてください!」
「右往左往しながら、わしらを伝言役に使いおって。まさかここまでの絵を描いていたとはな」
ムッサーに背中をポンと叩かれ、ジールは苦笑いを浮かべた。
「あの2人もどうにかしたかったんですが、全てのピースが繋がるには至りませんでした。まだまだ未熟です」
「まさかフォルシャまでパズルのピースにするとはな!」
「えぇ。フォルシャ大臣には、今後ともお世話になりたいと思っていますよ」
フォルシャは依然うなだれたままだったが、ジールの視線に気づき、重い口を開いた
「これで教会襲撃と、ピオ司祭の軟禁を不問にしていただけるなら……。約束は守ってくれるのだろうな、イオネも無事でいるんだろうな」
「国の和を乱す、講和に反抗的な者たちが、ひとまとめになって逃げてくれたのじゃ。国の不穏分子を一層できる機会を作ったことは評価する。その功績に免じて、我に行った行為は無罪放免。不問にするのじゃ」
無罪。その言葉を聞いた途端、フォルシャは張り詰めていた緊張の糸が切れて、力なく肩を落とした。
「おやおや。せっかく不問にしていただいたのに、意気消沈ですな。名家のアルマ家も、後ろ盾がなくなると虚勢もはれませんか。まぁ、失った信頼は戻ってきませんし、これからが正念場です」
プラーガの煽りにもフォルシャは反論できず、ただただ沈黙を貫いた。
そのフォルシャの弱り切った様子に、ルジャンたちは目を丸くさせていた。
「あの偉そうにしてた大臣がこんな弱々しくなって、信じられないぜ! いったいジールさんは何をしたんだ?」
「アーシだって、いきなりコイツを信用しろと言われてもちょっと無理だぞ」
ピオはニィっと笑うと、得意げに語り始めた。
「聞かせてやるのじゃ。我とジールの大冒険の日々を!」
「もういいですよ、そのフリ」
「つれないのう。まあよい、納得のいっていない顔もおる。簡単に話してやるのじゃ」
ジールのなげやりな突っ込みに、ピオはしゅんとしながらも話を続けた。
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