52 ピオ救出
「空を見上げて何を思っておるのじゃ?」
「いえ、今近づくのは危ないと思って」
同じ空を見上げることでしか繋がれない。もどかしさと歯がゆさ。
ジールは逸る気持ちを抑えて、身を潜めなければならない葛藤に視線を下げる。
「手紙を届けるのもリスクがあるのに、隠密行動を徹底できない未熟な人間です」
「人間らしくて良いのじゃ。最適な行動だけを繰り返す。それは人間ではない、機械仕掛けの歯車なのじゃ」
ピオはそう言いながら、城壁の抜け穴を潜り抜けるときについたローブの土埃を払った。
「トゥーリンに教えてもらった抜け道。こう何度も使う事になるとは……」
その抜け道は、裏町の外れから奥まった道の行き止まり、ゴミが散乱し、人通りも絶えた暗がりにあった。
「王都建設時は、今より貧しい国じゃったからのう。小高い丘や深い森など、天然の地形を外壁として一部採用した、その名残なのじゃ」
建設時の名残で、守りの弱い地域を下級市民の居住区にしていたため、改めて外壁を作りはしたが、経費は削られ、簡素な形だけの外壁となり、破損時の修復は後回しにされがちだった。
放置されすぎた破損は、何十年もかけて亀裂を大きくさせ、いつしか人の手も入り、今では立派な通路として機能するようになっていた。
「それが穴だらけな外壁の真相ですか。穴の前を木樽や木材のゴミで蓋をして匂いもよくない、そりゃ衛兵は近づかないし、気づかれないわけだ」
ジールは同行者が全員通り抜けた事を確認すると、もう一度木材で抜け道を塞いだ。
「正門から入れる身分になるのは、いつになることやら……」
「我が幽閉されているところへ、ジールが助けに来てもう2週間か。逃亡生活もそろそろ終いなのじゃ」
「ええ、いい加減終わらせたいです」
「うまく終われば、いつかこの出来事を経典に記す日が来るかもしれないのじゃ」
ピオは誇らしげに語ったが、ジールは軽く首を傾げた。
「そんな大層な出来事、ありましたっけ?」
「壮大な救出劇があったじゃろう!」
「最終的には1人で脱出しましたよね……。俺必要なかったですよね」
ジールは苦笑いを浮かべると、ピオを救出に向かった日の夜が脳裏をよぎった
王都の外れにあるレンガ造りの倉庫街、人の出入りの少ない倉庫の一室がピオの幽閉場所だった。
ジールは真っ黒なローブに全身を包み、夜の闇に紛れながら倉庫の屋根伝いに移動し、見張りの衛兵が目を離した隙を狙って倉庫内に侵入すると、ピオのいる室内に潜り込んだ。
「よくここがわかったのじゃ」
「何もないはずのこの場所に、人と物が流れる資料を見つけて。まぁ内緒で何かやってるんだろうなと。1つ目がビンゴでよかったです」
「約束を破ってすまんのじゃ。勅命を守り通すと、バッカーナ神に誓ったというのに」
「命があってよかったです。ピオ司祭を救出できれば、司祭誘拐の件でフォルシャの立場を落とせます。さぁ、これを着て下さい。見張りの巡回の隙を狙って外に出ましょう」
ジールが黒いローブを手渡そうとすると、ピオはイタズラっぽい顔をして、自身の左のツノを、ポンッ、と抜いてみせた。
「なーんての!」
「えぇっ!? そのツノ、抜けるんですか!」
「ツノではない、ツノホルダーなのじゃ!」
よく見ると、ピオの額の2本のツノは健在だった。
ピオが手に持つのは、硬い紙でできた、ツノの形をした被せ物だった。
そのツノホルダーの中から、1枚の紙きれがヒラリと落ちてきた。
「これ、勅命じゃないですかっ!」
その紙きれには、見慣れた汚い字が記され、王印の血判が押されていた。
「フェリのような胸はないからの、ちと考えたのじゃ。肌身離さず守れるいい案じゃろ! フォルシャには偽物を渡してやったのじゃ」
「敵を騙すには味方からですか、色んな意味でびっくりしましたよ……!」
「いくつになっても、誰かに助けられるなんてヒロインムーブはいいものなのじゃ! 勅命がなくても真っ先に我を助けようという気持ち、素直に感動したのじゃ。後回しにされていたら、機嫌を損ねて拗ねてしまうのじゃ」
「……勅命優先でしたよ。あるって知っていれば!」
「照れんでよい。捕まっていたからこそ、内情に聞き耳も立てられる。色々ネタも仕入れたのじゃ!」
「っ!! お聞かせいただけますか。一体あの大臣たち、何考えてるんですか」
「うむ、お主が王都を離れた頃じゃ。大型の魔導兵器がフォルシャの港につき、ボアのインボス領へ運ばれたのじゃ」
「フォルシャ大臣、まだ取引をしていたのか」
「魔導王国は、勇者の末裔だけが使える魔導兵器の実験をしたいらしいのじゃ。そして、その実験相手に、プラネ第2皇子の軍を指定してきた」
「帝国と、いや、第1皇子のシャウゼンと、魔導王国が繋がっていると?」
「帝国の帝位争いの余波と、魔導王国の兵器実験。両方の利害が一致し、この国でそれが行われようとしているのじゃ」
「つまりシャウゼン殿下は、無傷で敵対派閥の力を削り、魔導王国は、自分の国に被害の出ない場所で魔導兵器の実験ができると」
「ファッド国の兵が大勢死に、第2皇子の陣営も被害は大きい。第1皇子にとっては、最高に都合の良い事なのじゃ」
「人の国をずいぶんと便利に使ってくれますね」
「その分、ボアとフォルシャへの見返りは大きいのじゃろう。戦争を利用し、私腹を肥やし、多くの民を犠牲に利益をむさぼる蛮行、神の裁きが下る程度じゃ生ぬるいのじゃ!」
「プラネ殿下の軍にはチアーナさんがいる。魔導王国のボーンマス伯爵はこの事を知っているのか? チアーナさんという婚約者に、危険が迫ってる事を」
「魔導王国も1枚岩ではない。一部の者で行っている可能性もあるのじゃ」
「色々と、裏取りは必要ですね」
「猶予は短い。我が逃げ出した事を知れば、すぐに手を打たれるじゃろう。だから我はまだここに残り情報を探る。お主は1人で行くのじゃ」
「……せっかく来たのに、その方がよさそうですね」
「臆病者のフォルシャに司祭殺しまではできん。勅命だけもって行くのじゃ。若い頃は冒険もしていた、ちょっと抜け出して屋敷の探索でもするのじゃ」
「もしかして、1人で逃げられたんですか?」
「機を伺っていたのじゃ。そしてまだその時ではない。ジールよ、お主は行くのじゃ」
「ピオ司祭を救出できれば、一息つけるかと思ってたんですが。まだまだ駆け回らないといけないですね……」
ため息の出そうになる息をぐっと飲みこみ、ジールは黒いローブを頭からかぶり、元来た道を走り出した。
「その後もあちこち駆けずり回って、どうにかここまでたどり着けました……」
「おかげでチアーナの危機の前に、私が動くことが出来ました。ハイジール殿、よく知らせてくださいました。感謝いたします」
「こちらこそ、伯爵自らお越しいただけるとは。ボーンマス伯爵、そして従者のお2人も、わざわざこんな小国までご足労頂き感謝いたします」
狭い抜け道を潜った事で、ボーンマスの黒いローブのフードは壁に引っかかり、脱げかかっていた。
獅子のたてがみのように茶色く跳ねた髪と、獣人種の四ツ耳属特有の頭部の耳が露になる。
改めてフードを被り、ボーンマスはグレーの瞳で周囲を一度警戒した。
「我が魔導王国でも、イオネ殿の家は羽振りが良すぎると、前々から噂になっていたんです」
「フォルシャ大臣の奥さんの実家ですね」
「禁忌に触れる魔王時代の兵器を持ち出すだけじゃ飽き足らず、その実験を他国で行うなど我が国の恥。我々が直接手を下すべき案件です」
ボーンマスが苦い顔を漏らすと、続いて従者が言葉を続けた。
「我が国が魔導という強力な力を持ちつつも、他国から危険視されずに今までこれたのは、厳密な武器の管理と、我が国の穏やかな国民性あってのもの」
「今回の出来事は、長い時間をかけて積み上げた他国からの信用を失わせる行為だ。我が国存亡の危機と言っても過言ではありません」
従者の2人は冷静に話してはいたが、その瞳には、怒りを押し殺したような、静かな鋭い光を宿していた。
そしてその瞳は、イオネがいる王宮へと向けられていた。
「とはいえイオネ殿は、今はファッド国の貴族でもある。兵器もこの国に持ち込まれた時点で、我が国が大手を振って内政干渉する事は難しい。公に介入できる事は少なく、ジール殿の手を大きく借りる事になります」
自分では直接手を下せないもどかしさに、ボーンマスの拳は固く握られた。
(帝国も絡んでいる話だ。魔導王国が本腰を入れて出てきたら、大陸の覇権をかけた大戦争がこの国で起きてしまう……。あくまでこの国の問題として、国内の人間で片付けないといけないな。ボーンマス伯爵には悪いけど、裏方で我慢して頂こう)
「こうして裏取りもできて、この国の病巣にメスを入れられるんですから、手を貸して頂いているのはこちら側です。本当に感謝しております」
「感謝というなら、ジール殿には、チアーナとの縁を取り持っていただいた個人的な礼もありますな! ハッハッハ」
「伯爵、のろけるのはその辺で」
従者の言葉に、ボーンマスは照れ隠しで「ゴホン」と軽い咳をした。
「心強い味方も増え、もうひと踏ん張りなのじゃ。最後の仕上げをして、5日後の決起集会、そこで全てに蹴りをつけるのじゃ!」
「……そこで蹴りがつけばいんですが。もう一悶着、二悶着はありそうで、嫌な予感は当たるんですよ。良い予感は当たった事がないのに」
「しまらんのう、相変わらず悲観的なのじゃ。じゃがその悲観さが、お主の頭を働かせる燃料にもなる。全てのけりがつくまで、頼りにしておるのじゃ」
「……ご期待の沿えるよう頑張ります。そろそろ頼んでいた馬車が到着する頃です。偽装工作でボロく狭い馬車ですが、皆さん我慢してください」
事前にムッサーに手配してもらった馬車は、裏町にふさわしい小汚さと狭さを両立していた。
ボーンマスと従者の2人は、尻尾を腰に巻き付け、身を小さくして馬車に乗り込んだ。
「教会の墓地に、王宮の中に繋がる隠し通路があるんですよね」
「王族と司祭だけが知る道なのじゃ。王に何かあったら、教会が勇者の血を保護するために作られた道なのじゃが、まさかその逆に使われる日がくるとはのう」
「他国の我々が聞いてはいけない話ですね」
ボーンマスが頭部の耳を隠すようにフードを深くかぶり直すと、ピオは唇の前で人差し指を立てた。
「シー、なのじゃ!」
ピオは茶目っ気たっぷりに片目をつぶって、口角を上げて見せた。
(これが年の功ゆえの余裕なのかね。そりゃ修羅場の1つ2つはくぐってるだろうけど、いったいいくつなんだろうこの人)
「心の声が漏れているのじゃ。レディーに年の詮索など、神罰が下る行為なのじゃ!」
ボーンマスたちも同じ事を考えていたのだろう、ジールと同じように背筋を伸ばし、今日一番の緊張感のある表情を浮かべた。
「うむ、この国の行く末を賭ける日にふさわしい顔になったのじゃ!」
ピオはご満悦といったように、もう一度口の端を上げた。しかしその瞳は、冷静に獲物を狙う獣のような鋭さを宿し、ジッと王宮を見据えていた。
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