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51 孤児たち

 馬車がフィッシャー園についたのは、昼の3時を過ぎた頃。


 いい具合にお腹を空かせているのもあるだろう、聞き慣れたオックスの足音に反応して、子供たちは一斉に門までやってきた。


「おやつが来たぞー!」


「ラル、ターラ様はおやつじゃないよ!」


 賑やかな出迎えに、ルジャンたちは少々気圧され気味で、園の中へ迎え入れられた。


「うちってー、お屋敷じゃなくてー、孤児院の事だったんだー」


「そういや、孤児院の運営してるって言ってたな」


 セイビアとマイネは、自分たちの「かつての姿」をそこに重ねていた。


 そして、自分たちもそうだったように、孤独とは無縁な、温かい時間がここにあると感じ、気づけば子供たちの頭を優しく撫でていた。


「すっげぇー! マジで聖剣の騎士だ!」


「うーわ絵本と同じ! シェラの絵って凄いな!」


 ルジャンが腰のベルトに装備している剣に、ラルをはじめ男の子たちは興味深々だった。


 紅色の鞘には炎の文様が彫り込まれ、トラム鉱石で作られた白く輝く束のガードの中央には、大きな赤い魔石が埋め込まれている。


 ラルたちは剣の装飾やひと際目立つ魔石を、無遠慮にベタベタと触りまくっていたが、ルジャンは気にも留めずに、男の子たちの頭をポンポンと撫でた。


「俺の事聖剣の騎士って、そりゃ絵本の聖剣みたいに作ってもらったけど」


「ルジャン、絵本の影響でリアル聖剣の騎士って言われてんだよ。国を救う英雄が本当に現れたって」


「気づいてなかったのー?」


「えぇっ!? だって俺別人だぞ、偽物なのに、なんか嘘ついてる気分だ」


「そんなことはありませんよ」


 園長のファナートがティーポットとカップのセットをトレイに乗せて、ルジャンの前へやってきた。


「最近は暗い話題が多いですから。勇気をくれる英雄譚や、希望を感じさせてくれるあなたたちのような存在が、この子たちや、街の皆さんの心に響くのですよ」


 ファナートはルジャンたちの紅茶を入れ、席に座るように促した。


「活躍は私の耳にも入ってきています。冒険者が国外に逃げて少ない状況で、どんな小さな依頼でも引き受けるあなたたちは街の英雄だと。ルジャンさん、これはあなたへの嘘偽りのない、本物の評価ですよ」


「い、いやぁ、そんな褒められても。セイビアとマイネがいなきゃ俺駄目だし、ジールさんに世話になって今があるし」


「人気者とー、人気の絵本が合体だねー」


「相乗効果ってやつだな」


 ルジャンは照れ隠しで目の前の紅茶を飲み干したが、入れたての紅茶の熱さに舌を火傷して、盛大なしかめっ面を披露した。


 園の子供たちはその姿をクスクスと笑いながらも、ルジャンへの興味は失せず、それぞれが思いのままに声を上げていく。


「俺も大きくなったら聖剣の騎士になるっ!」


「えー、孤児には無理だよー」


「でもジール様は、勉強すれば色々なれるって言ってたぞ!」


「でも騎士は無理だよっ」


 ラルと男の子が口論になりかけると、ルジャンは静止させるように2人の頭に手を乗せた。


「孤児だからとかそんなのはない! どん底を知って、辛い思いをしたからこそ、強い人になれるんだと俺は思う。そういう強さを持ってる人を俺は尊敬してるし、頼りになる人だと思ってるぞ!」


 ルジャンに背中を押されたラルは、誇らしげな顔つきになった。


 否定していた子も、孤児という肩書が、思っているほど枷ではないのかもしれないと、深く考え込み、真剣な目つきに変わった。


「ルっちーバカなのにー、そんな事考えてたんだー」


「昔っからお前ら見て育ってんだぞ! バカでもそんだけ時間あれば言葉にできる!」


 ルジャンの真っすぐな本音に、マイネはどこか懐かしむような笑みを浮かべた。


 セイビアは考え込んでいる男の子の肩を抱くと、威勢よく声を発した。


「アーシも孤児だったが、冒険者になれたし、騎士にだってなったんだぞ! そのうち王様にだってなってやる!」


「孤児でも、騎士になれるのっ?」


「なったのが目の前にいるぞ!」


「わたしお姫様になりたい!」


「もう立派なお姫様だよ!」


「わぁーい!」


 セイビアはアンを自分の膝の上に乗せて抱きしめた。


 いつの間にか女の子たちはセイビアの周りに集まり始め、そのうちの1人、シェラは自分の書いた絵の束をセイビアへ見せた。


「私は、絵を描く人になりたいの」


「うまいもんだね! 聖剣の騎士の絵本と似た感じの絵柄だ」


「それ、新しく作っている絵本の絵なんですよ。よかったら感想を聞かせてください」


「ターラちーたちで作ってるー? え、じゃぁ聖剣の絵本もー!?」


「はい、この子たちと一緒に作ったんですよ。絵は全部シェラが描いてるんです」


「えぇっ!? ジルちーそんな事一度も言わなかったよー! 絵本の話もしたのにー」


「お兄様、本当に大事な事を言わないわ。迂闊な事は口を滑らせるのにっ!」


 ふくれっ面をするターラとマイネの横で、セイビアは酷く感心した目で絵を見つめていた。


「すっごいな! もう絵本作家じゃないか! よーし! アーシが王様になったら肖像画も書いてくれよ!」


 シェラはめいっぱいの笑みを浮かべた。そしてセイビアとマイネへ絵を見せながら、本の内容を話し始めた。




「――アタシこのお話好きー! 恋バナいいよねー」


「へぇ、王族の駆け落ち話か。恋愛話? 女は好きだよな」


 途中からルジャンも聞き耳を立て、いつの間にか園の子供たちも、シェラの話に夢中になっていた。


「隣の国では有名なおとぎ話みたいで、実話が元になっているなんて噂もあるんですよ。それで、外国でも人気が出る絵本作ってみればって、お兄様の案なんです」


「人気目指すなら、王様になる話もいいんじゃないか。 成り上がる話って好きな奴多いだろ。アーシが王様になったら、ルジャン婿にしてマイネは侍女な!」


「えぇっ!? お2人はそういう関係なのですか!」


「あぁまあな。言ってなかったか? 言う必要もねーけど」


「こんな乱暴な女、俺ぐらいしか貰い手いないででででっ!」


「ぅるっさいね。あんたの真似したからガサツになっちまったんだよ!」


 セイビアはルジャンの頬っぺたをむしり取るようにひねった。


「トゥーリンさんが言ってたわ。女性は男性に染められてしまうって、こういう事なのね!」


 ターラは思わずといった様子で、両手を胸の前で合わせ、ルジャンとセイビアのやりとりに、目を輝かせていた。


「ターラちーはー、恋バナ好きそうだねー」


「お兄様の前では内緒にしてくださいね。こういう話をすると、すぐに相手は誰だって、不機嫌になってしまうから」


「アタシにもいい相手いないかなー。ねぇターラちー、アタシの妹にならないー?」


「お姉さまが2人に増えるのは、嬉しいですが――」


 ターラは笑みを浮かべながら、フェリの方へチラリと視線を向けた。


 フェリは笑顔を保っているが、その背後からは得も言われぬ禍々しいオーラを発していた。


「フェリちー……。お、落ち着いてねー」


「……ジール様が決める事ですから」


「貴族は奥様が何人いても大丈夫よ。お父さまはお母様1人だったけど、おじい様は4人も奥様がいたわ。それに勇者なんて、色んな国のお姫様と結婚したのよ! だからどの国の王族も勇者の末裔なのよね」


 フェリと対照的に、楽し気に話すターラに、ファナートは眉を下げて落ち着いた声を放った。


「ターラ様。子供たちの前で簡単に結婚の話を持ち出すものではありませんよ。年の近い友人が増えて、ターラ様がうれしいのはわかりますが」


「フェリ姉様がベイ家に来た頃を思い出すわ。お兄様は留学期間が残っていて、しばらく2人で過ごしたわね、今みたいに」


「ジール様の姿が見えないことも、あの時慣れたつもりだったのですが……」


 フェリの視線の先には、ルジャンたちが孤児たちと無邪気に追いかけっこをしたり、笑い声を上げたりと、活気のある賑やかな光景が広がっていた。


 目の前の賑わいが鮮やかであるほど、この温かな光景を分かち合いたいジールの不在が、たまらなく寂しく思え、静かな痛みとなってフェリの心に沈んでいった。


「それでも、あの時より、ジール様を近くに感じるのは何故でしょう」


「ルジャンさんたちやこの子たち、絵本にだって、お兄様との繋がりを感じられるわ。家族なんだもの、そう感じてもおかしくないわ」


 フィッシャー園の門の前で、馬車の止まる音がすると、フェリとターラの心臓は大きく跳ね上がった。

 2人はお互い目を合わせるなり、急いで門の方へ走っていった。


「ジール様っ」


「お兄様っ」


 そこには、ロッカス亭の大きな袋を持った、ムッサーとケーチの姿があった。


 希望を叩き落とされたように、フェリとターラの顔からはサッと血の気が引き、絶望の色が隠しきれずに漏れ出し、がっくりと肩を落とした。


「ロッカス亭のパイがお好きと聞いていたのですが、違いましたか?」


 ケーチが声をかけると、2人は精一杯の笑顔を作って顔を上げた。


「なんだ、そのうれしい顔とうれしくない顔の入り混じった複雑な顔は」


「ムッサー隊長、申し訳ありません。少し、気が動転してしまって……」


「あの……、よろしかったら、お2人もお茶を飲んでいって下さい」


「もって、あぁ、ルジャンたちも来ているのか。丁度いい、少し話をさせてもらっていいかな」


 園内に入ると、ムッサーの目には、子供たちと見分けのつかないくらい駆け回っている、ルジャンの姿が飛び込んできた。


「あれ、ムッサー隊長お久しぶりです!」


「はっ、もしかして、やっぱりガントレット返せって?」


「いえいえ大丈夫ですよ。それより大事な話がありまして」


 ケーチが視線を向けると、ムッサーは腰のポケットから、封蝋印が押された封筒を取り出した。


「俺に? こんな仰々しい封筒、なんですこれ?」


「中身は、王宮からの直々の招待状だ。数日後、帝国に侵攻するための軍の大規模な決起集会が行われる。その参加要請だ」


「はぁっ!? 徴兵ってことかっ、アーシら戦争には参加しないぞっ」


 セイビアの怒声に、園の子供たちはざわつき始めた。


「ここで話す内容ー? せっかく楽しくしてたのにー」 


「それは、もう一つの手紙を読んでからにしろ」


 ふくれっ面をしたマイネの前に、ムッサーが新たに手紙を取り出すと、フェリとターラはハッと目を見開いた。


「お兄様の字だわっ」


「ムッサー隊長、この手紙はどこで?」


「あぁ、つい先日な。魔物討伐の遠征帰りにバっタリと会って。いや、こっちの動きを事前に知っていて、待ち伏せされていた感じだな」


「先日っ、この近くにジール様がいるのですか?」


「あー、いや、どうだろうな。すぐに消えちまったから」


 ムッサーの歯切れの悪い返答に、フェリは何かに感づいて辺りを見渡した。


「ジール様の気配、気のせいではなかったのでしょうか」


 フェリは空を見上げると、ぽっかりと開いた胸の空虚さに、何かが入り込んでくるような温かい気持を感じた。



毎日18時更新を予定しています。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。


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