50 聖剣の騎士!?
「あら、アンバーさん。難しい顔をしてどうされたのですか?」
「これはターラ様! フェリーハ様も! いらっしゃいませ! すいません不景気な顔をしてしまって」
「こんなに良い香りのする店内で、私ならずっと笑顔でいられるわ!」
ターラは焼き菓子の並んでいる棚へ、前のめりに笑みをこぼした。
「ターラ様のようなお客様ばかりなら、私も笑顔でいられるんですが……。この数週間で小麦の値段が上がってしまい、客足にも影響が出てしまって……」
アンバーが店内へ目をやると、一時は店の外に列を作るほどの繁盛を見せたロッカス亭が、今では数人の客がちらほらいる程度まで、客足が落ち込んでいた。
少し前なら客の賑わいで埋め尽くされ、会話もままならなかった店内だが、今では小声の噂話でさえ耳に入ってくる。
「ここ数週間で、いろんな税が重くなったわ」
「戦争に備えてって、本当なのかしら……」
「また戦争? 帝国との講和は嘘だったの?」
女性客が交わす重苦しい噂話に、フェリは思わず眉をひそめた。
「ジール様がいなくなった途端、こんなに街の様相が変わるなんて……」
「フェリ姉様……」
ターラの不安気な視線を受け、フェリは言葉に詰まり、買ったばかりのパイの袋を掴むと、ターラの手を引いて店を後にした。
「ハイジールって貴族が、帝国との関係を悪化させたって話だぞ」
「それで軍備を整えるための税のせいで、何から何まで値段が上がってんのか」
「そのハイジールってヤツ、責任取らずに逃げ回ってるんだろ、最悪だな!」
外に出るなり、数人の男たちの立ち話が耳に入り、フェリはギュっと唇を噛みしめた。
「都合の悪い事は全てジール様のせいにしてやりたい放題。ボア大臣たちがやりそうなことです。ターラ様、真に受けてはいけませんよ」
フェリの言葉を聞くも、ターラは首を横に振った。そして男たちの元へ足を踏み出した。
「その噂は全て嘘よ! 信用してはいけないわ」
ターラは実直に男たちへ向き合って言葉を述べたが、男たちはあっけにとられた顔をした後、腹を抱えて大笑いを始めた。
「ギャハハハ! なんだよこの嬢ちゃん!」
「信用してはいけないわ。だってよ! お前が信用できないっての! 誰だよこのガキ!」
男たちの無遠慮な視線から隠すように、フェリはターラと男たちの間に割って入った。
「下手に口論になると、余計にジール様の評判を落とします。今は我慢の時です」
「でもフェリ姉様、お兄様が侮辱されているのよ! 黙っているわけにはいかないわっ」
「彼らは騙されている被害者です。元を絶たなければ問題は解決しません」
フェリはターラの手を取り、馬車に乗り込もうとしたが、男たちはその退路を遮った。
「お兄様だってよ。ハイジールって貴族の妹なのか。兄貴のしでかした不始末、どうしてくれんだよっ」
「俺らが気のすむまで謝り倒してもらおうか」
「悪い事したら謝るって教わってないのかぁ? あぁん?」
「き、貴族への暴行は極刑になります、引いてください」
フェリはジールのように言葉で対応したが、その不慣れな言い方が余計に男たちを刺激した。
「貴族じゃなきゃいいんだろっ、この役人の女ならいたずらしてもいいって事か! ギャハハ」
男はフェリの腕を掴もうとしたが、フェリはターラを庇いながら、スルリと身をひるがえした。
男はムキになって強引にその肩を掴もうと腕を伸ばすが、フェリは上体をわずかに反らしてそれをいなし、空を切った男の身体は、自身の勢いで無様に泳いだ。
「ここであなたを倒したところで、私の不安が晴れる事はありません。あなたたちも、心の余裕を失い暴言を吐いたって、一時の現実逃避にしかなりません」
「お、俺たちに余裕がないだとっ! 当たり前だっ、こんなに税金が高くなってんだ!」
「役人がっ、見下してんじゃねーぞっ」
男たちがフェリを囲むと、ロッカス亭の店内からアンバーが外へやってきた。
両手で握りしめているのは、クッキー生地を伸ばすのし棒だった。
「おいっ、店の前で暴れるなっ、衛兵を呼ぶぞっ」
「くそっ、うるせーな。焼き菓子なんて、女に媚びた店やってんじゃねーよっ」
男に暴言を浴びせられ、アンバーはのし棒を掴んだまま体を硬直させてしまった。
男は自分の優位性を感じると、嫌らしく口角を上げ、アンバーの反応を楽しむように拳を振り上げた。
しかしその拳が振り下ろされることはなく、振り上がったまま空へ固定された。
「いででででっ、誰だ俺の拳を掴むのはっ」
「ロッカス亭の前で騒ぐんじゃねーよ。店の人に迷惑だろ」
「アーシらが言えた話じゃねーけどな」
「前科あるからねー」
ルジャンが男の拳をひねり上げていると、セイビアは他の男たちを追い払うように手首を返し、シッシと空間を扇いだ。
「こいつの持ってるその剣、噂の聖剣の冒険者だっ。お前らは貴族の味方なのかよ」
男は悪人を見るような目で、ルジャンたちを睨みつけた。
「俺はバカだが、見た感じお前らの方が悪そうに見えるぞ。大勢の男が寄ってたかってか弱い――あれ、弱くない? ってか俺より強い」
ルジャンはフェリの姿へ向けて、上から下まで何度も視線を往復させたが、その隙のない佇まいと、熟練の戦士のようなオーラを再認識するだけだった。
「ターラはか弱いだろ!」
「そうだ! か弱い子を大勢で囲んで、悪そうに見えるのはお前らだ! 文句があるなら相手してやる! いや、最初は話し合いからだ!」
「ガキの冒険者がイキがってっ」
「やめろっ、相手は聖剣の冒険者だぞっ」
「……ちっ、今回は見逃してやるよっ」
強い口調で捨て台詞を吐くも、ルジャンたちへ目を合わせることもせず、男たちは逃げるようにして立ち去って行った。
「バカばっかだぜ、噂に乗せられてよ」
「それルっちーが言えるー?」
「噂に乗せられて、ジールさんに剣を向けたヤツがよく言うよ」
「セイちーもでしょー! 自分を棚に上げすぎー」
「あんときは、アーシら迷惑かけて申し訳なかった。アンバーさん」
「会うたびに謝らなくたっていいよ! 今は立派な冒険者やってるって話は俺の耳にも届く、今だって助けてくれてありがとうな」
気恥ずかしそうにセイビアが頬を掻いていると、ターラはルジャンたち3人の前に立ち、深く頭を下げた。
「皆さん、危ないところを助けていただき、ありがとうございました。お兄様の事で、少しムキになってしまいました」
「ジールさんには世話になってるからな。アーシらいつでも駆けつけるよ!」
騒ぎを聞きつけ、街の住人や衛兵もロッカス亭の周囲に集まり始めていた。
「ジロジロ見られてー、居心地悪いねー」
「俺みたいなバカがまだまだいるんだな。ジールさんの事悪く言うならほっとけないぞ」
「噂ってのはなんでこうすぐ広まるかね。ジールさんの苦労が今ならわかるよ」
「おそらく、皆さんが注目しているのは、ルジャンさんだと思います。良い噂が広まるのも早いですよ」
「えぇ? 俺ぇ?」
ターラの言葉にルジャンが首を傾げていると、1人の青年が近寄ってきた。
「あんた、噂の聖剣の冒険者だろ。俺の故郷の魔物を討伐してくれたって聞いたよ!」
そう言って、青年はルジャンへ握手を求めた。
「軍は戦争準備で魔物は放置だし、冒険者も戦争の匂い感じて逃げちまって。そんな状況でも国に残って魔物を退治してくれるあんたらは、俺たちの希望だよ」
あっけにとられた顔で求めに応じると、ルジャンの前には、握手を求める列が出来始めていた。
「騒ぎが大きくなるといけません。移動しましょう」
フェリがそう言うと、ルジャンは去り際に数人と握手を交わし、すでに4人が乗り込んだ馬車へ、飛び込むように乗り込んだ。
下座にルジャン、セイビアが並び、小柄なフェリとターラ、マイネが上座に並んだ。
「騎士をやめて、冒険者に戻ったのですよね」
「俺たち、ジールさんを追いかけまわすような国に仕えたくないって言ったら、ムッサー隊長が冒険者に戻してくれたんだ」
「しっかしいいのかね。野生の感だ、とか言って、ガントレットは持っておけって」
「横領になるのかなー?」
「おそらく、ケーチ副隊長が手続きをしていると思います。安心して使って大丈夫ですよ」
「安心といえば、2人は逃げなくてよかったのか? ジールさんの作戦と違うけど」
「嘘でも、家族が死ぬだなんて、もう嫌だわ……」
フェリとターラは視線を合わせ、互いの目に宿る思いを受け止め合い、静かに頷いた。
「ムッサー隊長の助言でもあるんです。行方不明という事にして、生死が定かでない方が、ボア大臣たちは動きづらいだろうと」
「王都で信じて帰りを待つ。その姿勢の方が、信憑性が高く見えると言われたわ。行方不明の方が、私たちに手を出しづらいと」
「ムッサー隊長も、ジールさんみたいに頭使えるんだな。野生の感だけの人かと思ってたよ」
「そうだルジャンっ、そのジールさんの手紙っ!」
「あ、そうだっ。これ、ジールさんから預かってたんだ」
ルジャンはベルトについた小型のバックから、フェリとターラ宛の2通の手紙を取り出した。
「今回で3回目ー? ジルちー筆まめだねー」
「お兄様は、今どこにいるんですか?」
「俺はバカだから、詳しい話は今回も教えてもらってないんだ」
「アーシら、クエストであちこちの領や村を回ってんだが。なんでかアーシらが受けそうなクエストがわかるって言って、ひょこっと現れるんだよ」
「そうそう、そんで手紙渡すとすぐ消えちゃって。なんか貴族っぽい人と一緒にいたり、帝国のすっごい美人さんと一緒の時もあったぞ!」
美人。この言葉にフェリの耳がピクリと動いたが、相手の想像がつき、ルジャンたちの言葉に耳を傾けた。
「裏で色々動いてるみたいだけどー、教えてくれないのー」
「お兄様は、迂闊に口を滑らせるくせに、大事な事を言わない時があるわ」
ターラは少しふくれっ面をしながら言葉を続けた。
「それでも、お兄様と会った時のお話が少しでも聞きたいわ。みなさん、お時間があればうちでお茶でもいかがですか、冒険のお話も聞きたいわ!」
「アタシもー、ターラちーとお話ししたいー!」
マイネが手を上げると、ルジャンとセイビアも快く頷いた。




