48 フォルシャの投影
強力な魔導装備と、それを扱える技術を持った、魔導専門の兵を揃えた新設の直属部隊。
この国の最高戦力であり、その組織の長である姿をまざまざと見せつけることで、フォルシャの列に加わる賛同者は増えていった。
大勢の部下を引き連れて王宮内を徘徊すれば、どの貴族も役人も、腹の内に思うところはありつつも、フォルシャとその部下へ一様に頭を下げる。
「力を持たない者は惨めだな。いくら謀略知略を図ろうとも、私の力の前では無に帰するのだ。フハハハ!」
部下に持たせた鏡をのぞき込み、フォルシャは黒髪のオールバックヘアーを整える。
両手の指先が反り返るくらいピンと伸ばして念入りに。
精一杯に胸を張り、軍服の勲章と家紋を誇らしげに撫で、床の石畳をカツカツと大きな音を立て、自分の存在を周囲へ報せるように歩く。
「そろそろムッサーの力も削いでおくか。我が直属部隊とそれを軸にした派閥を前にすれば、いい加減奴もひれ伏し、私を認めざるを得ないだろう」
その思惑も、途中まではうまくいっていた。
訓練場でジールが口を挟むまでは。
ルジャンたち新兵の勧誘に失敗し、部下の前でまともな反論もできずに、恥をかかされた形で逃げるようにして訓練場を後にしたフォルシャは、気づけば大臣室の前に立っていた。
「力を求めて何が悪い! 金など国にいくらでもあるではないかっ、私に嫉妬して自由に使わせないとはっ、嫌がらせのつもりかっ!」
フォルシャは頭を掻きむしり、乱れた髪を振り回した。
「ヤツの身辺を洗えっ、急激に発言力を高めた背景には勅命以外にも裏があるはず。力を得るために必ずやましい事をしているに決まっている!」
部下の1人はバツが悪い顔で口を開く。
「それが、ハイジールを追って裏町を捜索している最中に複数の検挙が重なり、その事後処理や捜査に人員を割かれていて、動ける人手が今は……」
「そんな仕事下の役人に投げてしまえっ、私の命令が最優先だっ!」
「そ、その裏町で、他国の間者と疑わしい目撃も複数見られまして……」
「先日の議会では、裏町の警備に多くの人員を投入するという決定が下されて、我らの部隊も今ここにいる者以外は全員出払っていて……」
「んぅっ、それもハイジールのせいかっ! 魔導装備も買わせず、さらに人員まで奪い私の力をそぐなんてっ! 卑怯で卑劣な下等生物がっ!」
口を開くたび、声には突き刺すような荒々しさが増し、フォルシャの険しい視線は、威圧感を乗せて部下に巻き散らされる。
「わ、我らフォルシャ大臣直属の騎士隊が、直接身辺を探ってきましょうか、それならば」
「それでは私の身辺は誰が警護するのだっ!! ハイジールのせいで私の手駒が減り、身動きが取れないだとっ!!」
ダァンッ!!
王宮の廊下中に鈍い音が響く。
フォルシャは髪を振り乱し、何度も両手を振り下ろして大理石の壁を叩いた。
崩れた髪を見かねた部下は鏡を取り出したが、フォルシャは一瞥し、その部下を蹴り飛ばした。
「狼狽した私の姿を見せつけるなっ!! 私を侮辱する気かっ!」
フォルシャは鼻息を荒くし、肩で息を始めた。
「はぁ、はぁ、これもそれも、お前たちが勅命を回収できなかったことが原因だ。このまま解雇してやろうか、この国を追放してやろうかぁっ!」
「も、申し訳ありません……。次はどんなことがあろうとっ」
「私は軍務大臣だぞ! この国で一番強い力を持っているのだ! お前たちの失策のせいで、軍務大臣という椅子が揺らいだらどうするつもりだっ、私の足を引っ張るなっ!」
部下たちはその場で全員がひれ伏し、青ざめた顔で謝罪の言葉を述べた。
しかしフォルシャは聞く耳も持たず、1人で目の前の大臣室へ入り、強い音を立てて扉を閉めた。
「んぬぅっ、なんだこの息苦しさは。魔導装備の輸入を禁止されたら、私の自信の源がっ、この不安を取り除くには――そうだ、もっと強い力を手に入れれば、魔導兵器だ! 剣や杖を遥かに超える力、兵器の輸入をさらに増やせばっ」
突然、フォルシャの脳裏をムッサーの言葉がよぎった。
――最後に物言うのは、積み重ねた努力の時間――
「私の力も、権力も、魔導装備があればこそ。それを失ったら、私には何も残らないのか……」
フォルシャは足元から、ぐにゃりと力が抜けるような錯覚に陥った。
よろけた反動で机の上の花瓶が床に落ちて割れた。
ガシャンッ。その鋭利な破砕音は、気が動転したフォルシャの焦りと苛立ちを加速させた。
「ふんぬぅっっっ!!!」
気が狂ったように叫び声を上げて、調度品の棚をなぎ倒し、地団駄を踏むように、床に散らばった調度品を何度も何度も踏みつけた。
ひとしきり暴れた後、大きく息を吐くと、フォルシャは鏡の前で乱れた髪を整えた。
両手の指先が反り返るくらいピンと伸ばして念入りに。
満足のいくセットができて、フォルシャはようやく鏡に映るもう1人の姿に気付いた。
鏡に映る女性は、S字ラインのくっきりとしたドレスに身を包み、しなやかなボディラインを壁にもたれかけていた。
「……イオネか。何を笑っている、そんなに滑稽に見えるか」
取り繕うように、フォルシャは声のトーンを落として静かに話す。
猫のような耳を生やしたイオナは、長く細いグレーのしっぽをゆらゆらとさせて、薄いほほえみを浮かべながらフォルシャに近づいてきた。
「初めて出会った時もそうだった。あなたの力を求めるそういう姿勢が好きで、私は魔導王国から嫁いできたのよ」
イオネは色気の帯びた、ねっとりした声をフォルシャに絡みつけていく。
「私の国には、研究熱心で真面目だけが取り柄の人ばかり。あなたのような野心家はいないもの」
イオナは胸元の空いた黄色いドレス姿で腕を組み、胸の谷間を強調してフォルシャの前に立つ。
「自分の派閥に引き込むためなら、誰にでも声をかける。内向的な私の国の民とは真逆なその性質。あの国に居づらかった私にはとても魅力的に見えたわ」
「イオネ。没落寸前のお前の家を救ったのが私だとわかっているだろうな」
「あなたがこの国のお金を私の家に流してくれた。その代わりにあなたは強大な魔導装備と、魔導王国という大きな後ろ盾を得た。お互い助け合える夫婦の関係はこの先も永遠よ」
イオナは猫なで声でささやきながら、フォルシャの胸へ顔をうずめた。
「フフ。輸出禁止の禁忌に触れる兵器まで持ち出して、私腹を肥やす悪い女だ」
「あなたこそ、この国の税金で武器を買い漁って。国を食い物にするのはどちらかしら」
「それでこの国が救われるのだ。感謝されこそ、非難されるいわれはない」
妖艶な赤い瞳で、何かを見透かすようにイオネはフォルシャの瞳をのぞき込んだ。
「でも、このままだとそれも破綻。私の家もあなたも全てを失うわ。今あなたがすべきことは何かしら」
「わかっている。それ以上言うなっ」
「不安なの?」
「不安だと? 違う、これは不安ではない。恐怖でもなければ、嫉妬でもないっ。私は認めないぞ、そうだ、これは私の気持ちではないのだ」
「そうよ、あなたは強い人。迷わない人よ!」
「そうだ、これはハイジールの気持ちだ! 謙虚さがなく傲慢だから、自身が成長せず、勅命などという大きな力にすがるのだ!」
イオナが両手を広げると、フォルシャはすがるようにその胸へ顔をうずめ、イオナもまたその頭を優しく抱きしめた。
「私が魔導装備にすがるように、あの男も勅命にすがる……。違うっ、私は魔導にすがってなどいない、これは私の弱さではない、ハイジールの弱さなのだっ」
「私の見込んだ通り聡明な方。何をすべきか答えは見えたのね」
イオナは子供をあやすように、フォルシャの頭を撫で続けた。
「あぁ、簡単なことだった。ヤツの心の拠り所を奪えばいい。そう、私が力を奪われ感じた気持ち、恐怖を、不安を、嫉妬を、味わわせてやるっ!」
言葉を放つや否や、フォルシャは大臣室の扉を開けて大声を上げた。
「部下を全員集めろっ。今手にしている仕事は全て放棄しろ、私の命令が最優先だっ!」
「フォルシャ大臣、ご下命を。何なりとお申し付けください」
部下は片方の膝を地面についた。頭を垂れ、視線は床に落とし、フォルシャの足元を見つめた。
「教会の人の出入りを調べろ、一番手薄な日に仕掛ける」
「教会を……!? ですか」
自分への畏怖の目を、驚きの表情に変えた部下にフォルシャが詰め寄る。
「お前が王宮の廊下のど真ん中を堂々と歩けているのは、誰のおかげだっ」
「フォルシャ大臣のお力があるからこそです!」
「私の力がなくなれば、その瞬間お前はドブの底をはいずりまわるのだぞっ。勅命を奪取できなければ今の地位がなくなるのだっ、お前の一族郎党を地の底に落としてやろうかっ!」
ダァッン! と扉を殴打し、フォルシャはさらに声を荒げた。
「誰から落ちるのだっ、お前か、お前から落としてやろうかっ!」
フォルシャは突き刺すような視線を向け、部下の一人ひとりに詰め寄っていく。
フォルシャの言葉がただの脅しではない事を、部下たちはよく理解していた。
権力を振るう事をためらわず、執行される場面を何度も見てきた部下たちは、一様に怯え跪く。
「力を得れば教会など問題にならん。安心しろ、私がお前たちを導いてやる。私の言う通りに動けばな」
誰1人、異を唱えることはできなかった。従う他はないと悟った部下たちは、この時だけは神への信仰心を封じた。
4日後の深夜。静まり返る教会で1人佇むピオに、襲撃の刃が迫った。
教会の周囲は100人以上の直属の騎士で囲まれていた。
そこに逃げ道など微塵も残されていなかった。
その圧倒的な光景を前にし、フォルシャは陶酔したような笑みを浮かべていた。
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