47 ジール追放
フェリの切実な表情に異常を感じつつも、ジールは平静を保つべく、落ち着いた声で返した。
「いきなりどうした。何があった?」
「ピオ司祭様が幽閉されました……。フォルシャ軍務大臣の手引きです!」
「まさかっ!? 教会の司祭に手ぇ出すとか、世界中の教会を敵に回す行為だぞ! そんな馬鹿な真似、ホントにあのフォルシャ大臣が? エスタじゃなくて?」
「表向きは国外へ外遊と発表されて。普段あまり公に姿を現す方ではないので、教会関係者もあまり気づいていないようです」
「フェリはどこでその情報を?」
「教会が襲撃された日の深夜、偶然1人残っていた信徒の方が一部始終を見ていて、ベイ家に助けを求めに来られたのです。今は屋敷で保護をしています」
「父上とピオ司祭の関係を知っていたら、下手な貴族よりうちに駆け込むか。教会も1枚じゃない、そんな簡単に襲撃を許すなんて、内部にフォルシャと組んでる信徒がいる可能性もあるな」
「それでー、なんでジルちーが逃げなきゃいけないのー」
「勅命だろうな。講和の権限を奪いに来たか。屋敷へ襲撃に来た前科もある、相変わらずの強行だな」
「えぇ、司祭様は勅命を守り切れなかったようです。それで、フォルシャ大臣はボア大臣と組んで、ジール様を捉えろと」
「俺はバカだからよくわからん。それでなんでジールさんを捕まえるんだよ」
「講和交渉の全権限は俺にあるって勅命があるんだが。その勅命が無くなれば、俺はなんの権限も持っていない無力な下っ端役人に返り咲く」
「ジール様が、講和に向けて色々準備をしてきたのに……」
「その準備で講和の反対派には敵視されてたからな。不正摘発しちゃったり、フォルシャ軍務大臣にもチクリと刺してるし、俺を嫌ってる連中は多い」
「訓練場で大臣をギャフンと言わしたときか!」
「あれで恨み買ったのー? ジルちーは正しい事言っただけでしょー」
セイビアは「待て」というように、ルジャンとマイネに手の平を向けた。
「つまりその勅命ってのが、王宮の縄張り争いのカギなんだね」
ジールが頷くと、セイビアはさらに言葉を続けた。
「で、講和の手柄を奪って、ジールさんの縄張りも奪って、ついでに存在を消せば――自分たちの好き勝手できる庭を手に入れられる。そういう事か」
「さすが村のガキ大将! 縄張り争いとか、そういうのなら俺もわかるぞ」
「セイちー、王様気質だったよねー」
騒ぐルジャンとマイネを横に、ジールはセイビアへ向かって短く顎を引いた
「そうだ。セイビアは頭が回るな、いい役人になるよ」
「勘弁してくれ! 書類はもう見たくないよ」
「人を褒めている場合ではありません! ジール様を邪魔に思う大臣たちと、エスタ王も一緒になって、ジール様を排除しようとしているんですっ」
「ったく、こういう可能性があるから王宮を離れたくなかった――いや。だから離れるようにムッサー団長が言ったのか。野生の直感もたまには当たるな」
「関心してる場合ではありません!」
「そうだっ、王都に戻ったら捕まるんだろ、そんな落ち着いてていいのか?」
「一言文句を言ってやりた所だが……」
「言って、状況を覆せますか?」
「ジルちー、訓練所で言い負かした時みたいにー、今度もいける感じー?」
「今回ばかりは、口を開く前に捕まるのがオチだな」
(講和の会談前より状況が悪いな、俺が捕まればフェリとターラはどうなる? 口封じで一緒に? しかしここで逃げたとしても、2人は必ず人質として捉えられる。2人を逃がしたとしても、領の叔父たちや親戚に手が伸びるだけか……。いや、ならいっそ)
1つの妙案が浮かぶと、ジールは目元の険しさと、固く結ばれていた唇の力が抜け、わずかに口角を上げた。
「よし、もう死ぬか!」
ジールからその言葉が発せられた瞬間、その場の空気が凍りついた。
次の瞬間、雪崩のようにジールへ言葉が降り注ぐ。
「ジール様、何を言うんですかっ!」
「ジールさん死んじゃだめだ!」
「アーシらにだってなんかできる、諦めんな!」
「死んじゃダメー!」
縋り付かんばかりの勢いで騒ぎ出す一同の姿に、ジールは苦い顔をした自分の頬を掻いた。
「いやいや、ほんとに死ぬわけじゃないよ。死んだことにするってだけ」
「それに、何の意味があるのー?」
「俺が逃げればフェリとターラが人質に取られる。王都に向かえば俺が捕まる。逃げても向かっても袋の鼠だ」
「そうだよ、めちゃくちゃヤバいだろ! 一巻の終わりだ、逃げ道なんてないじゃないか!」
ルジャンは軽く混乱し、落ち着きなく馬車の前を右往左往していたが、ジールは構わず言葉を続けた。
「だが死んだ事にすれば、捕まえる必要がなくなる。そうすれば人質を取る意味がないし、俺も逃げる時間が稼げる」
「なるほど、死んだ人間に人質取っても意味ねーな。死んでるんだから出てこられるわけがない。理屈の上ではそうなるな」
セイビアは得心がいったように、右手の拳を左の手のひらにポンと当てた。
「丁度ダンジョン探索に向かったばかりだ。新種の魔物と対峙し、そこで命を失った事にしよう。食われたことにすれば死体の確認もいらないし、筋書きとしてはよくある話だ」
「食われるってー、簡単に言わないでー……」
「新種の魔物に、熊食いなんて名前を付けて報告書を書いたお前らのおかげだよ。人間1人くらい食われてそうなネーミングだ」
「今アーシらを褒めてる場合じゃないだろ!」
「私は反対ですっ、嘘でもっ……、ジール様が死んだなんて、私は口にしたくないです……」
ジールはフェリに向かって首を横に振った。
「フェリはベイ領で葬儀をするという名目で、ターラと一緒に王都から脱出するんだ。フェリとターラを守るには、今の所これ以外の策が浮かばない」
「他に方法はないのでしょうか、全ての貴族が敵というわけではありません」
「どの家も自分の家族や臣下、領民を守るなら、勝ち馬に乗るのが正解だ。負け確の俺の味方をして、自分の首を絞めるようなバカはしないだろう」
「エスタ王を敵に回す気概はないと」
「難しいな。勅命がないと、俺がエスタを殺そうとした事も突っ込まれるだろうし。罪状なんていくらでもでっち上げられるからな」
「ちょ、ちょっと待てジールさん、あんた王を殺そうとしたのか!? アーシらよりやらかしすぎだろっ!」
「ジルちー、それはやりすぎだよー」
「大臣に殺されそうになったり、王様殺そうとしたり、王宮ってのはダンジョンよりヤベェ所なのか」
「生存競争というか、弱肉強食? まぁ近い所はあるか。それでも、講和の交渉内容を引き継いでくれれば、国にとって最悪の状況は回避できるし。仕事しないでいいならそれもありか?」
ジールは無理をして口角を上げてみせたが、フェリはその表情に応えられないと、視線を地面へ落とした。
「それが……。講和交渉の内容は、一度白紙に戻すと……」
「……っ!? テーブルひっくり返してくれたなっ」
(国より自分の都合かっ、どこまで身勝手なんだっ!)
ジールは珍しく声を荒げ、苛立ちを吐き出すように馬車に拳を打ち付けた。
(いっそこんな国滅んでも……。ダメだ。ターラの帰る家がなくなる。可愛がってるチビたちもいる。ターラの大事なものが無くなってしまう……)
「ジルちーのこんな顔ー、初めて見たー……」
「白紙に戻るとどうなるんだ? 俺はバカだから教えてくれ」
ルジャンはセイビアへ視線を送るが、セイビアは難しい顔をして首を横に振るだけだった。
「講和がなくなると、最悪戦争になるな。くそっ、せっかくまとまった話を潰すなんて」
「はぁ? なんで戦争するんだよ。意味がわからねー、俺がバカだからか?」
「国を平和にするのが王や貴族の仕事だっ、講和が結ばれればあっちもこっちもみんなハッピーになるってのに、いったい何考えてんだか!」
声を荒げるルジャンとセイビアを見て、ジールは一旦大きく息を吸い、声のトーンを落ち着かせた。
「自分だけハッピーになりたい奴がいるんだ。国や民なんて知ったこっちゃない、自分が得すりゃいいってバカがいるんだよ」
「目先の感情に流されるってやつか。俺みたいな奴らだな。 え? ってことは、王様とか大臣てバカなのか?」
「そのまさか、本当にバカなんだ。頭はいいのに、バカな事しかできない連中だ」
「そんなバカばっかの奴ら、ジールさんを排除する奴らのために、俺たち騎士はこれから働くのか?」
「お前たち騎士は国の命令を聞かなきゃいけない。冒険者に戻るなら今のうちだぞ」
「ジールさん、アーシらも一緒に行くよ! 世話になった恩、返させてくれよ!」
「お前らは王都に迎え。その後の身の振り方はムッサー隊長に話を通しておけ、あの人は話がわかる。俺の最後の願いだとか言えば、悪いようにはしないさ」
「最後に、なんて言わないでくださいっ」
「そうだよー、ホントに死んじゃうみたいだよー」
「言葉選びを間違えたな。逃亡中に美味い酒でも買っておくって伝えてくれ」
フェリとマイネの不安な表情を目の端に捉えながら、ジールはフェリが乗ってきた馬に近寄り、体を撫でて息が整っているのを確認した。
「フェリ、ターラを頼む。園の運営も、俺の個人資産が没収されるかもしれないが、プラーガさんから寄付の約束をしておいたから、何かあったら頼るんだ」
「ジール様っ、どこに逃げるのですかっ」
「まぁあちこちに。どうにか落ち着いたら、何かしらで連絡も入れるつもりだ」
「ジールさんにしては、ふわっと中身のないプランじゃないか。いつもならもっと具体的な方針を示すんじゃないかい」
「……セイビアは頭が回るな。それだけ追い詰められた状況ってことなんだろうな……」
「他人事みたいに言うんじゃないよ!」
セイビアの活の入った声を受けて、ジールは苦笑いを浮かべた。
「ターラ様はどうするんですか!」
フェリはジールの公務服の裾を掴んで離さなかった。
「大丈夫だ、このまま置いてどっか行くなんて事はない。フェリ、お前の事もだ。必ず帰ってくる、信じられないか?」
「ずるいです……。ジール様を疑う事なんて、私にはできません……。信じるしかないじゃないですかっ……」
ジールはフェリの肩をやさしく抱いた。
「俺が逃げたくても逃げられない性格なの、わかってるだろ」
フェリは瞳を震わせながら、コクンと頷いた。
ジールはフェリが乗ってきた馬に飛び乗ると、馬車の向きと反対の方へ馬の頭を向けた。
「ルジャン、セイビア、マイネ。しばらくフェリを頼む」
3人は大きな使命を与えられたかのように、覚悟を背負った目をして頷いた。
「一緒に逃げる事は出来ないのですかっ、ターラ様と私、3人なら」
「一緒にいれば人目について捕まる。死亡工作だってバレる可能性は高い。ウチの屋敷に見張りが付くと考えて動くんだぞ」
フェリの返事を待たず、ジールは馬の脇腹をかかとで軽く叩き馬を走らせた。
ジールが去り、馬の駆ける音が消えると、その場にはしばらくの静寂が生まれた。
「去り際まで人の事考えて。自分の事も考えないと悲しむ人がいるってこと、分かってんのかね」
「えと、フェリさん。大丈夫だ、あの人スゲェ人だし。今回だって、俺らが想像できないような事してくれるって」
「当たり前です。こんな事に負ける方ではありません」
「涙でちゃうよねー、アタシもだよー」
フェリは冷静に言葉を紡ぐが、目の端が潤んでいるのは誰の目にも明らかだった。
「俺、ジールさんみたいな事はできないけど、何か役には立てると思うから!」
「アーシだって、ジールさんには世話になった! アンタみたいな強さはないが、力になれることはあるはずだ」
「1人の時はー、心が弱くなるよねー。寂しい時は呼んでねー」
「ジール様は、いつも1人で抱えて無理をするんです。だからこそ、私がしっかりして支えないと……」
フェリは顔を上げると、涙をこらえ、瞳と声に力を込めた。
「みなさん、ありがとうございます。もう大丈夫です。王都に戻りましょう」
嫌な予感を振り払うように、フェリは力強く言い切ったが、その手はまだ震えていた。
セイビアとマイネは、フェリのその手をそっと握りしめた。
少女たちのひたむきな結束を目の当たりにし、ルジャンは意を決し、瞳にいつになく真剣な光を宿らせた。
自分にできることを成し遂げようとする、退路を断った者の、峻烈な決意のする眼差しがそこにはあった。
まるで、ジールが去り際に見せた、あの峻烈な面影をなぞるようだった。
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