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46 逃げてっ

「――ジャン、ルジャンっ、聞いてんのかいルジャンっ!」


 御者席に座って馬を引くルジャンの耳を引っ張り、セイビアは大声を上げた。


「あ、あぁ悪ぃ。ずっと剣の事考えてた」


「もう鉱山都市を出て2日も上の空じゃないか。シャンとしてくれよ!」


「だって、あの熊食いの魔物から採れた魔石で、俺の魔導剣を作るなんて。ホントにいいのか? 売ればもっと服だって買えるんだぞ?」


「魔石ならまた魔物を狩ればいいんだよっ、アーシとマイネの気持ち素直に受け取んなっ」


「だって、聖剣の騎士の話に出てくる魔導剣が俺の手に。現実味がまだなくて、夢みたいだ」


「絵本と違ってー、炎属性だけになっちゃったけどねー。予算的にー」


「それだって超高級品だ! 性能だって最新式って言ってたし! 1つに絞った分威力を上げれるって」


「プラーガさんが言うには一週間くらいでできるってよ、王都に送ってくれるって」


 ルジャンは憧れの一振りを手にする瞬間を想像し、まだ見ぬ未来の剣の柄の感触を先取りするように、何度も掌を開閉していた。


 路面が荒くガタガタと酷く揺れる馬車の中で、書類の文字が読めなくなり、ジールは書類の束を鞄へ押し込み、気分転換にルジャンへ声をかけた。


「ルジャンがそんなに経典を読んでるなんて意外だな」


「俺はバカだから、読んだのは絵本の方だ。すっげー人気だから教会で何度も並んで読んだぞ」


「絵本。評判がいいとは聞いていたが、そんなに人気なのか」


「俺、経典て難しい言葉が多いから今まで読めなかったけど、あの絵本はわかりやすくて好きだぞ!」


「ルジャンみたいに文字の読み書きが苦手なヤツが、絵本を読みに教会に行くようになったってんで、街の人も子供連れて礼拝に行く人が増えてんだよ」 


「聖剣の騎士の話なんて経典では有名な話、わざわざ絵本で読まなくてもみんな知ってる話だろ?」


「有名すぎてー、なんとなくは知ってるけどー、ちゃんと読んだ事なかったんだー。そういう人、アタシ以外にも多いんだよー」


「アーシも読んだけど、このキャラこういう一面もあるの? とか、この場面が最後のあそこに繋がるのかーとか、意外と知らない事も多くて面白かったぞ」


「なるほどね。教会は絵本で人集めをして、お布施を巻き上げてんのか」


「ジルちー、言い方ぁー」


 ジールの横に座るマイネは、ジールの解釈にどこか呆れた顔を向けていた。


 セイビアは御者席で、懐かしむような顔をして話を続けた。


「王都じゃ聖剣ごっこなんてのが子供に流行ってんぞ。子供の頃のルジャンみたいなのが、あちこちで棒切れ振って」


「仕事で王宮に籠りすぎたな。最近は街の様子を見に行ってなかったから、今そんな風になってんのか」


「ジルちーロッカス亭も行ってないのー?」


「最近はフェリかターラにお使い頼んでたな」


「今ー、聖剣の騎士クッキーとか売ってるよー」


「焼き菓子作るほど流行ってんの!? って元々有名な話だから、絵本をきっかけに再注目された感じか。ピオ司祭もロッカス亭もやり手だなぁ」


(ウチで作った絵本、そんなに利用されているとは。利用した分園に寄付してくれないかな。帰ったらピオ司祭に確認しとこ)


「しっかし、アーシらが王都を出て10日以上か。またあの訓練の日々に戻るって思うと気が重いな」


「まだ2日はかかるぞ。道中に魔物だっているんだ、気を抜くな」


「ジルちー真面目ー。でもちゃんと見ておきますー」


 マイネは馬車の窓を開閉し、ゴーグルをつけて辺りを見渡した。


「ホントだー、魔素の反応あるかもー。小さい反応だけど動きが速いからー、魔物ー? 魔導具の反応かもー?」


「ルジャン、セイビア、そこから魔物は見えるかっ」


 セイビアは御者席から立ちあがり、遠くの景色へ目をけた。


「んー? いるとしたらこの先の森か? 待て、森からなんか出てきたぞっ」


「応戦するか。ルジャン馬車を止めろ、戦闘態勢に入れっ」


 ルジャンが馬車を止めると、セイビアは屋根に飛び乗って立ち上がり、遠くの方へ目を凝らした。


  ジールが剣を手に取り、馬車から降りようとすると、セイビアから「待った」の声が入った。


「近づいてくるのは馬だ。あの公務服、ジールさんとこのフェリさんじゃないか?」


「フェリ!? なんでこんなところに」


 ジールは急いで馬車から降りると、屋根に飛び乗り、近づいてくる馬へ目を凝らした。


 砂煙を上げて、全速力で駆ける馬の手綱を握るのは、フェリだった。


「なんだ? いつもと様子が違う気がする」


「この距離でそこまでわかるのかい? 仲がいいんだね」


 フェリは馬車の目の前までやってくると、手綱を短く巻き直し、上身を深く後ろに反らせて全身で引き絞った。

 全速力で駆け抜けてきた馬が、後肢を深く沈めて急停止する。


 巻き上がる猛烈な土煙の中、フェリはその勢いのまま鞍を蹴って飛び降りた。


 そして、今にも泣き出しそうなほど顔を歪めながら、フェリは必死な形相で訴えた。


「逃げてくださいっ、ジール様っ!」



毎日18時更新を予定しています。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。

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