45 魔物より厄介
陽が落ちようとするダンジョンの入り口で、プラーガの目に飛び込んできたのは、見る影もなくボコボコに顔を腫らした冒険者の一行だった。
その背後、薄暗い洞窟の奥からは、少し息を切らしたジールの姿が現れた。
そして少し遅れ、疲労の痕跡を全身に刻みつつ、どこか誇らしげな面持ちのルジャンたちの姿も現れた。
「おや、行きより人数が増えて賑やかそうですね」
「獲物を横取りしようとした冒険者です。貴族への殺人未遂と、騎士への暴行と侮辱罪も加えて裁いてやって下さい」
「おえあい、おうおうあ」
「なんて? 続きは取り調べで話しな。衛兵、連行を頼む」
腫れた顔で必死に話そうとする冒険者を、ジールは流れ作業で衛兵に渡した。
(シャウゼン側の帝国兵の件はどうするかな。敵対してるプラネ側のチアーナさんに、連絡入れた方がいいよな)
「ジールさん、難しい顔をしていますね。あまり芳しくありませんでしたか?」
「すいませんプラーガさん、別件で考え事を。ダンジョンの進捗状況はいいと思いますよ」
「魔物を倒したしー、探索も頑張ったしー、もう体も頭も限界だよー……」
マイネが最後の元気を振り絞るように声を上げると、ルジャンとセイビアは気が抜けたようにその場に座り込み、疲労の色を濃くした瞳で空を見上げた。
「みんなお疲れ様。じゃ、報告書の作成をするぞ!」
「「「……えぇ???」」」
ジールが紙の束を取り出し、ルジャンたちへペンを差し出すと、3人は絶句して体を凍らせた。
「じ、ジールさん、アーシら今ダンジョンから出てきたばっかだぞ……」
「今日起きた事、明日まで覚えてるか?」
「俺はバカだ、そんなの無理だ!」
「じゃぁ今日の事は、今日まとめないとな」
「…………っ!」
3人は目を見開いたまま、言葉を失った。
「今後同じ魔物が出たら、お前らの記述を参考に他の冒険者や騎士が戦う事になる。新種の魔物はお前らしか知らないんだから、見た目や性格、攻撃パターン、覚えている限り全部書けよ」
「……ねぇジルちー、美味しそうな匂いがするよー」
マイネはジールの脇腹をちょんちょんとつつき、甘えるような笑顔を作った。
プラーガの従者が手際よく準備したキャンプ地からは、空腹のルジャンたちを抗いがたく引き寄せる香りが漂っていた。
組み上げられた薪の上では、携帯用の大鍋がコトコトと音を立て、鉄串に刺した肉もいい具合に火が通り、肉汁が滴るジューシーな音がする。
「食ったら寝ちゃうだろ、食事は報告書の後だ。俺は帝国兵から預かったマップの確認とか、もろもろ全部やっておくから」
冷水を浴びせられたように、マイネの顔から血の気が引き、表情が氷のように固まった。
「近くに温泉もあります。みなさんもうひと踏ん張りですよ」
「温泉! そういやアーシら泥だらけじゃねーか」
「ジルちー、温泉だけでもー」
プラーガの言葉に、セイビアとマイネはパァっと表情を明るくさせたが、そこにもジールは冷や水をかけるように言葉を放った。
「入ったら眠くなるだろ。先に仕事終わらせような」
「俺、ジールさんが魔物より恐ろしく見えてきたよ……」
「んーっ!! ルジャン、マイネ、覚えてること何でも言えっ! アーシが片っ端から全部書き記してくっ、清書は明日でもいいよなっ!」
「箇条書きでも大丈夫ですよ、書類としてまとめるのは私たちでもできますから。大事なのは現場の生の声です。これだけは私たちにはできませんから」
「「「プラーガさんっ!!!」」」
プラーガの申し出に、ルジャンたち3人は涙を浮かべて感謝の言葉を述べた。
「アーシ、報告書にもプラーガさんが優しかったって書いておくよ」
「それじゃ日記だろ」
「ハイジールって、魔物より厄介な怖ぇヤツがいたことも書いてやるっ」
「恨み節を書くなっ!」
空腹と焦り、そしてジールへの怒りがセイビアのペンを加速させた。
ルジャンとマイネ、そして自分の経験してきたことを事細かに書き記していった。
「文句を言いながらも真面目に仕事するよな。ふぅ、俺も自分の仕事を片付けるか」
(第1皇子シャウゼンの兵は講和絡みか? 国境沿は第2皇子プラネの管轄、帝位争いでうちが巻き込まれる可能性も考えると、厄介な仕事はまだまだ残ってるな……)
考えれば考えるほどジールのペンは鈍り、ルジャンたちの食べ残した、冷えた食事をとることになった。
毎日18時更新を予定しています。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。




