44 バカ犬
「ここは我が帝国領土だ! 身分を証明する必要があるのはお前の方だっ!」
ジールの毅然とした振る舞いに帝国兵は一瞬の怯みを見せたが、すぐに姿勢を正し、脅すように言い放った。
「あぁ、山脈の半分は帝国領土だってやつか。で? その山脈の半分なんて曖昧な境界線、いったいどこに引いてあるんだ。証明してくれ」
「っ……!!」
「こんな穴の中で証明できるわけがないよな。違うというならさぁ見せてくれ、その境界線を」
「そ、そういうならお前が証明してみろっ!」
言葉を吐き捨てながら、帝国兵たちは互いで目を見合わせ、苦々しい目をジールに向けた。
(オウム返しばかりで話が進まない……。ならオウム返しできない話題でいくか)
「その皮手袋、ブルーチバス領の装備だな。この鉱山から馬車で一月以上も離れた遠くの領の帝国兵が、何故こんな僻地にいる? このまま返答がなければ野盗として拘束する!」
ジールは剣を抜き帝国兵へ切っ先を向けた。
「やっぱこいつら、アーシらを騙そうとしてたんだっ」
セイビアは拳に力を込め、今にでも殴りかかりそうな前傾姿勢を見せたが、ジールはそれを止めた。
「それは相手の返答次第だ。本当に帝国兵だったら国際問題になる。ホント、俺が来るまで手を出さないでくれてよかったよ」
「ルッチーナイスー!」
「俺、間違った判断してなかったのか、我慢したのが正しかったのか?」
「成長してるみたいだな。女性の部屋も開けるなよ」
ジールはルジャンの肩をポンと叩いた。
「で、帝国兵さんなのか? 野盗なのか? このままダンマリだとさらに刑は重くなるぞ」
「……まいった。いやいや参ったよ。装備の素材で出身地域まで当てられちゃぁな、お察しの通りブルーチバス領第7師団所属だ。あんた帝国の士官学校に留学していた口かい?」
帝国兵の1人が両手を上げて降参の意思を示すと、もう1人は形勢の不利を悟り、苦々しい表情を浮かべた。
「だとしたらまずいぞ、うちに留学してくるのは貴族階級だ。弱小国とはいえ、特権階級相手は都合が悪い」
「シャウゼン殿下は息災か。チベス離宮での誕生パーティー以来だが、お変わりはないだろうか」
(留学中、チアーナ先輩の風よけで付き合わされて一度会ってるし、嘘ではないぞ。会ったって言うか、目の端でチラっと見られた程度だけど……)
「っ!! うちと繋がってるファッド国の貴族か。どうする、下手な対応をするとまた左遷されるぞ」
(うちと繋がってる。ねぇ、帝国と繋がってるこっちの貴族の名前でも聞きたいところだが、こんな僻地に飛ばされている時点で末端の兵だろうし、上の事情は詳しくないか?)
「シャウゼン殿下と懇意にしているお方か、申し訳ない。この身分証でわかってもらえるだろうか」
帝国兵は首から下げた金属プレートを取り出した。
「アーシらと態度が違いすぎないかい」
「ねぇー、急にしおらしくなっちゃってー」
(逆に素直すぎて困るな。帝国とうちの貴族の繋がり、ここで捕まえればいい証拠になるんだが。正当な拘束理由が欲しいな。向こうから襲ってくれないかな?)
小さな金属プレートには、ブルーチバスのマークと名前が刻んであり、起動術式を唱えると魔石の部分が小さく光った。
「その光、野盗が身分証の偽装をそこまですることはまずない。今は帝国兵と判断しよう」
ジールは胸を張りさらに言葉を続けた。
「講和の調印が済めば、この渓谷はファッド国のものとして一括管理すると正式に決まる。一介の軍人が騒ぎを起こし、講和の邪魔をするつもりか。この件は帝国にも報告させてもらうぞ」
(もっと煽るべきか? 剣でも抜いてくれれば、拘束する大儀名分が立つんだが)
「そ、その冒険者たちが悪いんだ。こちらは国境警備だったんだが、凶悪な魔物がいるから助けてくれと、泣きつかれてしまって。ここは見逃してくれないか、そっちも講和の調印式前に帝国と揉めたくはないだろ」
「ちょっと約束がちがう、俺たちゃそんな事っ――」
「うるさい黙れっ! 帝国を敵に回すか? 冒険者から野盗に転職させるぞ」
帝国兵の剣幕に、冒険者は背筋を震わせて黙りこくった。
「んだよ、てめーらが帝国の犬じゃねーか」
「セイちーしー」
セイビアの声に、冒険者たちは苦々しく睨みつけるのがせいぜいだった。
「なるほど、帝国側からこちらにつながるルートの1つくらいあっても不思議じゃないか。迷い込んだというのを信じよう。向こうから来る間、これくらいの大物はいたか?」
「いない、小物ばかりだ。マッピングと一緒にメモしたものがある。これが迷い込んだ証明になると思うが」
「見せてみろ、下手な動きはするなよ」
帝国兵は懐から取り出した手帳を見せ、両手を上げたままゆっくりとジールへ近づき手渡した。
「証拠品としてしばらく預からせていただく。異論はないな」
「あぁ、問題はない。ただ、シャウゼン陛下の耳に入らないように返して頂ければ……」
「この情報が正しければ、奥の調査をする仕事も減る。仕方ない、ここで引くなら見逃すとしよう」
(ブラフが効きすぎた……。しまったな。少し脅すだけのつもりだったのに、完全にビビってる。これじゃ拘束できないな)
「すまない。立派な魔石が手に入りそうで、下心を出してしまった。本当に申し訳ない。ほら、お前ら帰るぞ」
鬱憤を晴らすように、冒険者の背中を蹴飛ばし、帝国兵は背中を見せて引き返していった
「ってことは、この魔物の魔石はアーシらのものって事でいいんだな!」
「あぁ。新種っぽいし、報告すれば別途で調査料も貰えるぞ」
「やったぁー! 魔導剣の資金ゲットぉー!」
「おぉー! げっとぉー、ん? 剣の資金て?」
「マイネバカっ!」
「あー、なんだっけなー、ふんふんふーん」
「え? どういうことだよ! あ、お前ら、これ売ってまた服買う気じゃ」
「はいはい。いいから魔石取り出すよ、ルジャン!」
セイビアはルジャンの耳を引っ張って、魔物の死体へ向かった。
2人の様子を眺めながら、ジールは改めて周囲の様子へ目をやった。
地面や壁の岩肌は所々抉れや倒壊が目立ち、周囲にも割れたばかりの新しい瓦礫や血しぶきが散乱していた。
数十匹を超える耳長ネズミの死骸、2体の赤熊の死骸、馬の胴体ほどの太さをした、魔物の切り落とされた腕と、その本体の魔物の死骸と――惨憺たる光景だった。
(もっと急いで来るべきだったな、引率者失格だ……)
「ジルちーって凄いんだねー。アタシたちの前では強気だった帝国兵がー、ジルちーがしゃべるたびに顔青くしていってー」
「向こうが賢くてよかったな」
「賢いのー? 人の獲物を横取りする人がー? あ! ずる賢いってことー」
「賢いから、相手に隙があれば前に出るし、隙が無ければ引く。感情より、損得の勘定を優先できるってこと」
「感情的になる人だとー、助からないのー?」
「バカは我慢ができないからな。目の前に美味しそうな餌が置いてあると――」
「あ、さっきの魔物もー、途中でルっちーから標的変えてたー――ってえぇっ!?」
ジールは突然マイネを抱きかかえた。
「ジルちー、アタシが美味しそうだからー、我慢できないってことぉー?」
マイネは目を丸くしながら頬を赤らめたが、ジールは厳しい目を背後に向けた。
キィィッン。 甲高い金属音をさせて、ジールの背中へ飛んできた矢は全て弾かれた。
「餌が目の前にぶら下がってると、バカはこーいうことをしてくるんだ」
「魔導装備かよ、卑怯者がっ!」
「背後から矢を放つ人がそれ言うー?」
冒険者は弓を引き、標的をルジャンへ変更した。
「目の前にお宝ぶら下げられて、手ぶらで帰れるかっ」
「これみよがしに騒ぎやがって」
一度は退いた冒険者たちだったが、魔石への未練を断ち切れず、洞窟の奥から引き返してきた。
その手には剣と弓が握られ、血走った目を魔物の死骸へ向けていた。
「ファッドの騎士っ、これはこいつらの独断だっ。わが帝国は一切関与していない、この冒険者どもと我々は何の関係もないっ! わかったな! シャウゼン殿下に言いつけるなよっ」
暗がりから顔を覗かせた帝国兵は、言うだけ言ってそそくさと闇の中へ消えていった。
「もうぶっ飛ばしていいだろ。これでもアーシらに我慢しろってのか」
「せっかく向こうから手を出してくれたんだ。正当防衛と行こうじゃないか」
(さすがに帝国兵はバカじゃなかったか。いや、冒険者を囮に使って、闇からこっちを狙う可能性も? 警戒はしておくか)
「ってことはどうなのー?」
「貴族を襲ったら極刑だって、前に言っただろ。裁判で裁くんだから殺すなよ」
ジールからお墨付きが出たことで、ルジャンとセイビアはニヤリと笑った。
「生きてりゃいいって事だな。じゃぁ拳で行くか! さっきの件も、食堂での鬱憤も溜まってんだ。吐き出させてもらうぜ!」
「待てよルジャン。アーシだって我慢してたんだ、やらせろよ!」
ルジャンとセイビアは、指の関節を一つひとつ鳴らし、首を左右に振って体をほぐし始めた。
「バカでも策はあるかもしれない。魔導具を隠し持ってるか気を付けろ」
「あ、そうだね。うん、大丈夫みたいー」
ジールに促されて、マイネはゴーグルで冒険者たちの装備を調べたが、魔素の反応はなく、冒険者たちは見た目通り、剣と弓以外の装備は見当たらなかった。
「魔物は無理でも、対人戦ならやりようはあるっ」
「後ろは文官と後衛、前の2人を倒せばこっちの勝ちだ!」
剣をぎらつかせ、冒険者たちは余裕の笑みをもらす。
「アタシは弱いけどー、ジルちーは強いよー」
「油断はするなよ。リフレクトだって完璧じゃないんだから」
「あぁ、任せてくれよっ」
「アーシだって、正々堂々なんて気はさらさらない。魔導装備はつけたままやらせてもらうよ」
冒険者たちはじりじりと、セイビアの方へ向かって距離を縮めていった。
「一人ずつ確実に殺すぞ、まずは女を囲めっ」
一斉に躍りかかった瞬間、冒険者たちの視界からルジャンの姿が消えた。
次の瞬間、先頭の冒険者の顔面には、ルジャンの拳が深々と埋まっていた。
メリメリッ。骨のきしむ音が上がり、冒険者の顔の形が歪む。
ルジャンが拳を振りぬくと、冒険者は後ろへ大きく吹き飛び、洞窟の壁を粉砕して激突した。
「はぁっ!? な、なんだ今の速度は、パワーも桁違いっぐぉぉっ!」
一瞬で味方が倒され、気を取られた冒険者の顔面には、セイビアの拳の乱打が飛んだ。
「ぐぉっ、うがぁっ、あぶしっ、あだぁっ……」
「耳長ネズミより、殴りごたえがないねっ!」
セイビアの止めの回し蹴りがみぞおちにヒットすると、体をくの字に曲げ、ルジャンに殴られた冒険者の横へ吹き飛んでいった。
残り1人になった冒険者は、その光景に顔を真っ青にし、ルジャンたちとの圧倒的な実力差を前に、膝を地面につけてへたり込んだ。
「な、なぁ冗談だよ……。ハハッ、なにムキになってんだ、ちょっと話そうぜ。そうすりゃ笑い話になるはずだ……。み、見逃してくウゲェッッツ!!」
ルジャンの右拳と、セイビアの左拳が、同時に冒険者の顔面にめり込んだ。
アッパー気味に入った2人の拳が、天を衝く勢いで垂直に突き抜けると、冒険者は高く弧を描き、地面へ叩きつけられた。
「ちと物足りねーが!」
「これぐらいで勘弁してやるっ!」
ルジャンとセイビアは口角を上げ、目が合うとニヤリと笑い、お互いの拳を打ち付けた。
「しばらく起きなさそうだな。こいつら外まで連行しなきゃいけないんだが、運ぶのが面倒くさいな……」
ジールは気を失っている冒険者をうつ伏せで寝かせ、両手を背中に回し、万能ロープで両腕を縛っていった。
「起きるまでー、待つー?」
ジールはマイネに差し出された水筒を受け取ると、グイっと一口飲んでから、残りの水を冒険者の顔にびしゃりと浴びせた。
「すぐに起きて頂こう。自分の事は自分でやってもらわないと。ほらっ、自分の足で歩けっ」
「ジルちー、容赦ないねー……」
冒険者たちがピクピクと体を揺らし、意識が戻りつつあるのを確認すると、ジールは首根っこを掴んで、起き上がるように催促を促した。
その淡々とした作業的な動作と、大きな感情を見せないジールの姿に、マイネはジールと出会った日の事を思い出していた。
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