42 熊食い
「やたら広い空間に出たな。どうするセイビア、分かれ道もあるぞ」
「ここは魔族の施設跡地じゃなかったよな。天然のダンジョンって事は、迷路みたいに入り組んでる可能性もあるか」
「罠はないと思うけどー、一旦ここでマッピング整理しておくー?」
「マイネ、魔素の反応は?」
「近くはないよー。かなり遠くにボヤっとある感じー」
「奥は嫌な感じするね。分かれ道も多いしここで一旦休憩するか。マップの整理しながら次のルート考えるよ」
セイビアの提案に2人も同意し、ルジャンは近くの岩にドカッと腰を下ろし、マイネは背中に背負っているリュックを地面に降ろした。
「役割分担大事だねー。さっきの戦闘もー、アタシサポートが向いてるのかもー」
前衛アタッカーの2人を身軽にするため、マイネは荷運びのポーター役も兼任していた。
マイネはリュックから携帯食料と水筒を取り出し、ルジャンとセイビアに渡した。
「アーシらがゴーグルつけても、近接戦闘で目の前の敵に集中すると周囲は見えないからな」
「俺もそうだ。マイネは遠距離型だから、後ろから全体見るのが向いてんだな。俺がゴーグルつけても、情報多すぎて頭バカになりそうだ」
「もうバカだけどねー」
「それはー、そうっ!」
ルジャンたちは軽い談笑をしながら携帯食料のビスケットをかじり、水で乾いた喉を潤すと、張り詰めていた緊張が解けていった。
時計に目をやれば、洞窟に足を踏み入れてから既に3時間が経過していた。
足場と視界の悪い洞窟内の移動に、度重なる戦闘行為、自分たちが自覚している以上に、体も集中力も消耗していることに、この静寂の中でようやく気づかされた。
「帰りの時間も考えると、ここで引き返すのもありか?」
「だねー。数日かけるっていってたしー」
「俺はまだ戦い足りないけど、そういう目的じゃねーもんな」
「セイちー、ルっちーが気を使ってるよー」
「戦闘バカが頭使うなんて! 成長したなルジャン!」
「バカだけど、いつも考えてはいるぞ! ただ考えてもバカな事しか浮かばねーだけで!」
ルジャンが声を上げた瞬間、セイビアの耳はピクリと動き、眉間にしわが寄った。
「ルジャンしっ、奥から音がするっ」
洞窟の反響音で、どの分かれ道からの音かは判別できなかったが、確実に何かが近づいてくるとわかるほど、音は徐々に大きくなっていった。
「耳長ウサギの足音じゃねーな。かなり大型? いや、小さい音も、マイネ魔素の反応は」
「奥に大きな赤い反応とー、もっと近くに青いのー、早いのは耳長ウサギかなー」
マイペースなマイネの言葉を遮るように、洞窟の奥から響く不規則な足音が静寂を切り裂いた。
反射的に武器へ手を伸ばす3人の前に、暗がりの奥から、息を切らし走りこんできた数人の影が現れた。
それは先日、街で執拗に絡んできた、あの悪態をつく冒険者たちだった。
「こないだの黒帯連中じゃねーか。またアーシらに絡んでくる気か」
「脅かさないでよー」
「お、お前らは!? なんでルジャンたちがこんなところにっ、いや、それどころじゃ! お前らも逃げろっ」
怯えた冒険者の背後から、凄まじい足音を響かせ、闇の中から猛然と姿を現したのは1匹の赤熊だった。
理性を失い錯乱した様子で、開けた場所に出てもその勢いは衰えず、狂ったように岩壁に激突しては、両手を高く掲げて猛り狂っていた。
「黒帯なのに赤熊にビビってんのかよ。騎士の訓練した俺ならあれくらい軽く――」
自分より二回りは大きな赤熊へ向かって、ルジャンが剣を構えた瞬間だった。
洞窟の奥。深い闇の中から洞窟の広間へ向かって、一直線に巨大な物体が飛来した。
ビュンッ! 凄まじい風切り音と共に、ルジャンの脇をかすめた巨大な物体は、背後の岩壁に鈍い音を立てて激突した。
土煙の中で横たわっていたのは、ルジャンが対峙している赤熊とは別の赤熊の上半身だった。
「もう1匹いやがったのか。って下半身がないっ、もう死んでるっ!? 」
同族の無残な死骸に気づき、赤熊はさらに錯乱し、ルジャンを無視して洞窟内を駆けずり回った。
「ルジャン気を付けろっ。この赤熊の上半身、食いかけのチキンを投げつけるみたいに飛んできたぞ! 赤熊を餌にしちまう魔物がいるんじゃないのか」
「マジか!? 熊を食うって、どんな化けモンだよっ!」
洞窟の奥底から響く巨大な咆哮が、岩壁を震わせた。
洞窟に共鳴し合い、耳をつんざくような轟音がルジャンたちを襲う。
その音の主の影が、闇の中からヌゥっと姿を現す。
その体躯は、四つん這いの姿勢で、すでにルジャンの2周り以上の巨大な背丈。
筋肉質で岩肌と同化しそうな暗い灰色の体、顔は熊のような生物に近いが、肌に毛はなく、むき出しの肌が生々しい威圧感を放っていた。
一番の大きな特徴は、額の両脇からねじれ伸びた巨大な2本のツノ。
魔物が威嚇するように咆哮を上げると、そのツノは狂ったように岩壁を抉り、砕けた岩塊は辺りに飛び散り、雨のようにルジャンたちへ降り注いだ。
「セイビアっ、マイネっ、大丈夫かっ!」
岩塊が体中に激突した赤熊は、瀕死の状態で岩に埋もれていた。
「アーシらは平気だ、これくらいならリフレクトで弾く。ってなんだよあの魔物! 本では見た事ないぞ」
「魔物化した獣ぉー? 新種ってことぉー?」
ルジャンたちの会話をかき消すように、その魔物は雄叫びを上げた。
腹の底を震わすような重低音に、甲高い金切り声が混ざったような、異質な咆哮だった。
騎士服がビリビリと振動し、その音の波動は、ルジャンたちの心のざわつきをさらに加速させた。
魔物の左手には、赤熊の下半身が握られていた。
それを串焼きでも食べるように、鋭い牙の生えた大きな口でバリバリとかみ砕いた。
「赤熊を片手で掴めるって、遠近感バグってくるな、どんなでかさだよ……」
「ルジャンっ、マイネっ引くよっ、初見で戦う相手じゃないっ」
魔物はまるでセイビアの言葉を理解したかのように、3人の進行方向へ向かって食いかけの赤熊の下半身を投げつけた。
「逃がす気ー、ない感じー?」
魔物は自身が砕いた岩塊を掴むと、さらにルジャンたちへ向かって投げつけた。
「ちょっ、死ぬっ、固まるなっ、バラけろっ!」
セイビアの掛け声とともに3人は分散し、すんでの所で岩塊の散弾をかわし態勢を整えるも、気づいた時には退路から随分と遠ざかっていた。
「逃げ道にー、居座られちゃったねー……」
「くぅっ、岩の投擲がやっかいだね……。背中見せたら終わりだよっ」
「俺が近接でいく。投擲は防げるはずだっ、後はセイビア考えてくれっ!」
ルジャンは地を蹴り、巨岩を掴もうとする魔物の懐へ一気に潜り込んだ。
瞬時に魔物の懐に潜り、鋭い一撃を入れるも、薄皮一枚が切れた程度だった。
「クソっ硬いな……。速さ重視じゃ刃が通らないっ」
「ルっちー隙作るよー、力貯めてー」
マイネはルジャンを援護するべく即座に杖を取り出した。そして大きな火球を2発宙に舞わせると、鋭い曲線を描き、魔物のこめかみに左右からヒットさせた。
「細かくコントロールできるのはー、2発が限界ー。でも確実に当てるからー!」
羽虫を振り払うように魔物は両手をブンブンと振り回すが、マイネのコントロールした火球はその手をかいくぐり、魔物の目や耳といった集中力を欠く部位へと正確に射抜いていった。
生まれた隙を逃さず、ルジャンは下半身に力の貯めを作り、上半身を鞭のようにしならせて、渾身の一撃を放った。
ズシュッ!!
肉を切り、血が噴き出す音が、魔物の左腕の付け根を襲った。
有効打となるその一撃に、魔物は絶叫するように咆哮を上げた。怒りをむき出しにした目をルジャンへ向け、牙をむき出しにし、2本のツノをルジャンへ向けた。
「首を狙ったのに、大剣のクセがまだ抜けてなかったか……」
「でもー、攻撃通用してるよー。まだ何発も打てるからー、もう一度――ってキャアッ!」
火球のコントロールに集中した隙だらけのマイネを、耳長ネズミの尻尾が襲った。
腕や足、胸元に尻尾を巻き付け、マイネの動きを封じようとしていた。
「やらしーネズミー! どこ触ってるのぉー!」
「アーシがマイネを守るっ! ルジャンは魔物から離れんなっ、今岩の投擲を食らったら終わりだよっ」
セイビアはネズミを蹴り飛ばしながらマイネの元へ走り、マイネに絡みつくネズミの尻尾を無理やり引きちぎっていった。
「くっ、魔物同士は連携するって本当なのかよっ」
騎士訓練でおざなりにしていた座学がルジャンの頭をよぎった。
「もっとちゃんと勉強しておけばよかった。こういう時、いい対応策があったはずなのに……」
「遠距離相手には間合いを詰めるっ。基本は染みついてるよっ。耳長ネズミはアーシが引き受ける、マイネは火球に集中できるなっ!」
「セイちーありがとー。まだカートリッジも残ってるしー、なん十発でもいくよー!」
マイネは岩壁を背にし、セイビアはマイネへ攻撃する耳長ネズミのみを対象にして叩き落としていった。
「な、なんなんだよ。あの化け物相手に、ルジャンたちが善戦してるなんて……」
赤熊の死体と岩の瓦礫の山に隠れていた冒険者たちは、ルジャンたちの闘いを息を飲んでただ眺めていた。
「あの耳長ネズミだって、俺たちゃ2,3匹でも苦戦したってのに。ルジャンはあの化け物相手に、あぁっ、また剣が入った、スゲェ……。左腕を切り落としやがったぞ……」
「動きも鈍ってるぞ。い、今なら俺たちでもヤれんじゃねーか!?」
「とどめを刺した奴が魔石の所有者だ、あのでかさなら売ればしばらく遊んで暮らせるぞ!」
冒険者たちは魔物の背後から、そろりそろりと、足音をたてないようにそぉっと近づいていった。
あと少し、もう少し近づけば剣が届く、そう思い口もとを緩ませた瞬間だった。
突然、魔物はグルンと向きを変え、冒険者たちを睨みつけた。
そして口が裂けるほどの大口を開けて、牙をむき出しにして懇親の咆哮を上げた。
その耳を破壊するような轟音と、血走った魔物の目に射貫かれ、冒険者たちは怯み上がり立ち尽くした。
「ひぃぃっ、やっぱり無理だぁっ」
「に、逃げろぉっ!」
魔物は残った右腕を鞭のようにしならせ、地面をえぐりながら冒険者たちを薙ぎ払った。
「「「ぐわぁっ!!!」」」
地面の岩や砂と一緒に宙を舞うと、冒険者たちは岩壁に叩きつけられた。かろうじて怯えや悲鳴を上げる程度の力は残っているようで、重苦しいうめき声が聞こえてくる。
その弱っていくうめき声を聞くなり、魔物は新たな餌を見つけたと言わんばかりに、舌なめずりをしながら冒険者たちへ近づいていった。
「そいつらは餌じゃねーぞっ!」
その隙を逃すルジャンではなかった。
岩壁を足場に駆け上がり、魔物の遥か高くへ舞い上がった。全身の体重を乗せて、剣の先一点に全ての力を集中させた。
空中で弧を描き、突き立てられた一撃は、魔物の剥き出しの首筋へと吸い込まれた。
ズブッ!
重い手応えとともに、鋭い刃は硬い皮膚を裂き、肉を断ち、骨の砕いて首の根元を貫通した。
その直後、堰を切ったように真っ赤な血しぶきが噴き上がり、周囲の岩肌を赤く染め上げた。
最期の抵抗か、脊髄反射なのか、魔物は痙攣するように体を震わせたが、その動きは何の意味も持つことはなく、瞳は光を失い、魔物はその命を終わらせた。
「た、倒せたのか!? 倒したよな!?」
ルジャンは剣の先で恐る恐る魔物の首をゆすってみたが、何の反応も返ってこなかった。
巨大な魔物が倒れたことで、連携先を失った耳長ネズミの群れも、蜘蛛の子が散るように四散していた。
「アーシらが勝ったんだな! ぅあーっ!」
「ホっとしたらー、急に手足が震えてきたのー」
セイビアとマイネは緊張の糸が切れ、体の力が一気に抜けて、その場にドサリと座り込んだ。
「2人はケガないかっ、俺は大丈夫だぞっ」
「アーシらも、まぁ大きいケガはないと思うよ」
「騎士でよかったねー。魔導装備なかったら死んでたかもー」
「騎士じゃなかったらこんなとこ来てねーけどな。連携訓練しててよかったな」
「タイチョー達にー、感謝だねー、それにー――」
マイネはセイビアだけに聞こえる声でそっと囁いた。
「これだけの大物ならー、魔石も大きそー。プレゼントの剣にいいかもー」
「あぁ、剣の素材にするか売っていい剣を買うか、プラーガさんに相談だ」
ルジャンは耳長ネズミの死骸をかき分けて2人の側へやってくると、軽く握った拳を2人の前に差し出した。
セイビアとマイネも拳を突き出し、ルジャンの拳と軽く突き合せた。
「訓練なら戦い終わった後も警戒は解くなって言われそうだけど、ちょい無理だ……」
ルジャンは大きく息を吐き、その場にドカッと腰を落とした。
一瞬の静寂が洞窟内にもたらされた――とルジャンたちの気が緩んだその時。
パチ、パチ、パチ。 乾いた拍手の音が洞窟に静かに響き渡る。
「ファッド国の騎士にしてはいい連携だな」
暗がりの向こう、一段高い岩場から姿を現したのは、汚れ一つない帝国の軍服を着た男たちだった。
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