41 初戦
紙のマップを荒い手つきでガサガサと広げ、ルジャンはダンジョンの奥へ目を向けた。
陽の光はすぐに届かなくなり、その奥からは暗い闇が出迎えた。
「もらったマップー、まだ入り口付近だけだねー」
「魔物がいるんじゃ迂闊に入れねーからな」
「先はもう真っ暗でほとんど見えない。なぁセイビア、さっき渡された魔導具を使った方がいいか」
ルジャンは腰のバックにマップをしまい、他のバックへ手を突っ込んだ。
探索用にルジャンたちへ渡された腰のバックはベルト式になっていて、複数のバックがついていた。
中身には、ファーストエイドとして簡単な止血のための布、傷薬、細く頑丈な万能ロープ、装備用のカートリッジが10本。
ルジャンはそこから、こぶし大の白い球体を取り出した。
「ミコボール。だっけー、口頭の起動術式でいいんだよねー。インティームぅー」
セイビアとマイネも同じミコボールを取り出し、術式の起動ワードを唱えた。
ミコボールは術式を唱えた者のおでこの上らへんでフワフワと浮遊し、ポォっとまばゆい光を放ち、洞窟内を明るく照らした。
「あっかるーい! でも目は眩しくないいねー」
「めっちゃ便利な魔道具だ! でもこれも高そうだな。ルジャン壊すなよ」
セイビアとマイネは視界の広がりを確認するように、ダンジョンの奥へ目を凝らした。
入口のサイズと違い、天井は飛び跳ねるには不自由しない程度の高さ、幅は人が2、3人は並べる程度。
岩壁はゴツゴツとした凹凸がところどころ通路側に出っ張っていて、安全に進行するには真ん中を1人ずつ歩いた方が良いと思われた。
「あぁっ!」
セイビアとマイネが状況を確認している横で、ルジャンは慌てて大声を出した。
「どうしたルジャンっ! もう壊したのかいっ!」
「もう魔物が出たー?」
「ジールさんに、ダンジョン入ったらすぐガントレット発動させろって」
「「あ……」」
2人の頭にもジールの言葉が浮かんだ。
――ガントレットはダンジョンに入る前にカートリッジを装填しておけ。魔物だけじゃない、急な落石もある、リフレクトは常に発動させておけよ――
「――ってジールさんが言ってたな」
ルジャンがそう言い終わる頃には、3人とも腰のバックからカートリッジを取り出し、ガントレットの裏側へカートリッジを装填させていた。
3人の体を光の膜が包みこみ、すぐに消えた。
「俺、ちょっと成長したかも。もう頭で考えなくてもカートリッジ装填させてるよ」
「毎日あれだけやればねー。体に染みつくよー」
「でも、訓練用はリフレクトついてなかったろ。今どんな感じなんだい? 見た感じアーシも2人も、変わったようには見えねーが」
セイビアは首をかしげながら自分の体を見比べていた。
「セイビア、ちょっとオレに石投げて見てくれよ」
ルジャンがトンと軽く飛んで一行から少し離れると、セイビアは拳くらいの石を拾い上げ、ルジャンに向かって思い切り投げつけた。
キィンッ! という金属音を上げて、石はルジャンにぶつかる直前で弾けるように方向を変えた。
「すげぇ! 当たった感触はあるけどそれだけだ」
3人の頭にはまたジールの言葉が浮かんだ。
――過信はするなよ。拳大くらいの落石なら弾くが、大きさによっては痛みもある――
「油断はしないほうがいいか? 落石、落盤、潰されたら反射どころじゃないか?」
「強い衝撃を受けると、一度リフレクトの膜が剥がれるらしいな」
「あー! 忘れてたぁー!」
「今度はマイネか、どうしたんだい」
「ゴーグルつけ忘れてたー。魔素探知のゴーグルー。これで魔物が近くにいないか、ちゃんと警戒しないとー」
マイネは首から下げていたゴーグルを装着させると、右手に持った杖をクルンと回してみせた。
「全身魔導装備って感じだな!」
「杖とー、ガントレットとー、 ゴーグルとー、ミコボールー!」
「俺たちはガントレットだけか、あとミコボール」
「アーシはこのリフレクトで全身金属になったようなモンだ。ガントレットでの徒手格闘は、体全部が武器だな」
「俺も身体強化で剣を振る力も素早さも上がってるが、魔導剣とか、いや今はいいや。今日は調査優先だもんな」
「……そうだな。今日は、な。 隊列気にしていくぞ」
「うんー、えっとー、アタシは後方でいいんだよねー」
セイビアとマイネは視線を合わせてお互いの思いを確認し、ダンジョンの奥へ足を進めた。
アタッカーと盾役を兼ねたルジャンが先頭を歩き、魔素探知を担当するマイネが後方に、セイビアは指示出し役として真ん中の配置で隊列を組んだ。
「マイネ、ゴーグルはどんな感じに見えてるんだい?」
「んーとー、視界は普通だけどー、奥の暗い方に、ボヤっと赤く光ってる感じー」
「それ、遠くの魔素溜まりが見えてるって事かい?」
「んー、魔素の反応だけだからー、動いたら魔物かなー。天然の魔石もあるっていうしー。ん? なんか青いのが光って、あ、動いたー。ってことは魔物? 近いよっ」
「こいつかっ!」
視界の端を灰色の影が横切り、セイビアは即座に拳を繰り出した。
その拳は洞窟の岩壁を砕くほどの威力だが、物体の動きは素早く、かすめる程度のダメージしか与えられなかった。
「セイビア、あれは新種か? 見た事ないけど」
「本で見た事ある。耳長ネズミ。尻尾が長い兎に似た獣だ。害獣の一種らしいが、本より体格がいいな。マイネ、コイツに魔素の反応があるのか」
「うんー、これが魔物化なのかなー。弱い反応だけどー、青く光ってるー」
人の頭よりも大きな体躯の耳の長いネズミは、ルジャン達の周囲を4つ足で俊敏に飛び跳ねていた。
毛のない尻尾が異様に長く、鞭のようにしならせると、壁や地面の岩肌を簡単に砕いていた。
「尻尾で岩を砕くとか、そのへんの衛兵の一撃より強力なんじゃないか」
「害獣ってレベルじゃねーな。これが魔物化か、こんなに強くなるとは」
「いったぁーいー!」
マイネの背後にも新たな耳長ネズミが現れ、その尻尾が太ももを直撃していた。
「あ、でもー、痛いくらいで大丈夫かもー。リフレクト優秀ぅー」
「つっても、こう囲まれると、厄介だぞ」
暗がりの奥からミコボールに反射した耳長ネズミの目だけが光る。その数は瞬時に広がり、いつの間にか3人は数十匹に囲まれていた。キィーキィーと鳴く甲高い声の合唱に3人は眉を顰めた。
「壁を背にするよっ。前はアーシとルジャンで対応、マイネは死角から襲ってこないか魔素の反応に注視してっ」
「んー、セイちー上っ、ルっちーそっち、暗がりから飛び込んでくるっ!」
ミコボールの明かりが届かない洞窟の奥、岩の隙間からも、耳長ネズミの尻尾は容赦なく矢のように飛んでくるが、マイネはゴーグルで魔物の位置を把握し、的確に指示を出した。
「数は多いがそれだけだな。準備運動にちょうどいいっ!」
ルジャンは飛び込んでくる耳長ネズミの尻尾を掴むと、グイっと引っ張り自分に引き寄せた。
引き寄せた勢いに任せて耳長ネズミを振り回し、床に、壁に、そして耳長ネズミの群れへと、思い切り打ち付けていった。
「猿みたいな連携もないっ、ガンガン撃ち落としていくよっ!」
セイビアは耳長ネズミを視界に捉えるたびに一瞬で間合いを詰め、内臓、頭部と、確実に急所を狙って拳や蹴りを繰り出した。
腕や足に尻尾が絡みついても、片手で尻尾を引きちぎり、ルジャンのように耳長ネズミを振り回して、群れへ投げつけた。
1匹、2匹と、耳長ネズミの死体が積み上がり、20匹を超えた頃、群れの本体は恐れをなして、岩の奥や小さな隙間に逃げ隠れていった。
「ふう、剣を使うまでもなかったな」
剣の束に手を当て余裕の笑みを見せるルジャンだが、セイビアは冷静に状況を見ていた。
「でもリフレクトがなかったらヤバかった。衛兵のアーマーならボッコボコに穴が開く威力だよ」
3人の周囲には、耳長ネズミの破壊した洞窟の残骸、岩の塊がゴロゴロと落ちていた。
「ガントレットとゴーグルあってよかったー」
「暗がりでも魔物の居場所がわかるってめちゃくちゃ楽だな! 俺もマイネのゴーグル欲しいぞ!」
マイネは得意げな顔をルジャンに向けると、ゴーグルのレンズの真ん中を中指でクイッと上げてみせた。
「ちっちゃい魔素の反応あるけどー、魔石取り出してくー?」
「調査優先だろ。帰りに時間あったらとってこう」
「だな! んなちっちぇえならたいして金にならねーだろ。もっとでかいの探そうぜ!」
3人は初戦闘の余韻に浸りながらも目的は失わず、さらに洞窟の深淵へと足を進めた。
時折耳長ネズミとの戦闘を繰り返しながら、延々と続く暗い道を進み続けていくと、突如として視界が開けた。
そこは見上げるほど高い天井を持つ広大な空間が広がっていた。
空間の奥にはいくつかの脇道が口を開け、迷宮化している可能性を見せた。
「空気が変わった……。ルジャン、マイネ、気を抜くんじゃないよ」
セイビアの声に若干の緊張が走った。 ルジャンとマイネも敏感に察し、互いに真剣な眼差しを交換する。
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