40 新ダンジョン
山の崩落が起きたのは、およそ一月前のことだった。
近隣の住民がその異変に気づいたのは、それから数日が過ぎた頃。
山菜取りのために森へ入った地元の住人が深い森を抜け、ようやく山の麓にたどり着いた時、目の前に広がっていたのは大規模な崩落の跡。
その中心にはぽっかりと不気味な大穴が口を開けていた。
「でっかい洞窟ダンジョンだな。馬車が数台は通れそうな入口だ」
そのダンジョンは、街を出て山脈沿いに数時間馬車を走らせ、街道から外れた森の中、地元の人間しか使わない獣道を抜けた所にあった。
「はぁ、はぁ、ここまで入ってこれれば、の話ですが……」
ルジャンはダンジョンの入り口の天辺を見上げ、意気揚々とした顔をしているが、プラーガは荒い息を吐き出しながら必死に呼吸を整えていた。
「結構歩いたねー、30分くらいー?」
「アーシらはいいが、軽い山道だ。荷物を持った衛兵や従者さんたちは大変だろ」
セイビアとマイネは息を切らす様子もなく、目の前のダンジョンより、後方に位置する同行者の様子を気にしていた。
「私たちではダンジョン探索の力にはなれませんので、物資の運搬はお任せください」
衛兵たちは食料や薪の束を地面に置くと、残りの荷物を取りにまた馬車へと戻っていった。
プラーガの従者たちは置かれた荷物を捌き、キャンプ地の設営を始めた。
「ダンジョンの規模がわからない以上、数日かかる可能性もある。サポートしてもらう分ダンジョン調査で返そうな」
ジールが渡された資料に改めて目を通していると、プラーガも隣にやってきて同じく資料を広げた。
「住民の話によると、大型の獣が巣穴にしている気配があり、複数の獣の出入りもその時に確認したそうです。調査に衛兵が向かうと、ダンジョン内から魔素が検知されたので、いったん引き上げて今に至る。という状況です」
「魔素溜まりがあるなら、獣は魔素を吸って魔物化してる可能性がありますね。どんな凶悪な魔物に変貌しているか分かりません。衛兵は引いて正解でしょう」
「冒険者ギルドにも依頼を出したんですが受け手がいなく、王都の騎士に依頼させていただいた次第です」
「新しいダンジョンなんて冒険者がわらわら集まってきそうなのに。昨日もそうだけど、この街めちゃくちゃ人が多いのに冒険者の数が少ないよな」
ルジャンが話に割って入ると、プラーガは眉を下げた。
「敗戦直後から、冒険者は他の国へ逃げてしまって。交通の便がいいからこそ人の流れも止めらません。なので本当に、今回の依頼を受けて頂いて感謝しているんですよ!」
「一昨日の黒帯連中みたいなやつが多いって事か。情けねーな」
「酷いねー、自分の事ばっかー」
「おかげで皆さんにもお会いできました。今は前向きに捉えています。国を捨てるような連中にこんな大事な仕事は任せられません」
(打ち解けたな、プラーガさんとルジャンたち。庶民出身て共通点か、単にウマが合うのか)
いつの間にか一行は仕事の話から脱線し、従者まで混ざって世間話が始まっていた。
コホン、と1つ咳をして、ジールはもう一度資料に目を通した。
「話を戻しますが、魔物の討伐は後回しでいいんですよね」
「えぇ、どれだけの魔物がいるかわかりません。ダンジョンの調査が最優先です。魔物の種類やダンジョンの規模、それらがわかってから応じた討伐部隊を編成したいと思っています」
「魔素で魔物化した獣が多いなら、定期的に魔石を確保できるチャンスですね。生産体制の構築を考えるなら探索優先ですね」
「でもジールさん、退治してもいいんだろ?」
ルジャンは一行から少し離れ、剣の素振りを始めていた。
「優先順位ってやつだよ、ルジャン」
「ルっちー、仕事の依頼は調査だよー」
「ダンジョン内は魔素の影響で、この領地とは全く別の植生をしている可能性もある。その調査とマッピングも並行すると、魔物と戦ってる暇はどれだけあるか」
意気込んだ出鼻をくじかれ、ルジャンはシュンとした顔で剣を鞘に納めた。
「魔物の討伐も身を守るためには必要ですが、植物の採取もお願いしたいと思っています。魔素の影響で植物の効能が変わることがあるので」
ジールはプラーガの依頼内容が書いてある依頼書を、もう一度ルジャンたちに見せた。
「植物採取や魔物を定期的に刈るなら、この辺に拠点が必要ですね」
「一応これくらいの予算は確保しているのですが、規模によってはどのくらいの拠点にすればいいか」
「この予算なら王都から定期的に騎士の派遣も可能です。魔石の採れる量によっては、拠点作りにもいくらか国の予算を回せると思いますよ」
「それならこっちの資料を見てもらえますか、駐屯にかかる費用が――」
ジールとプラーガは紙の資料をあれこれ持ち出し、話し合いはしばらく続いた。
護衛についてきた衛兵は新たな荷物を運びこみ、従者はテーブルを用意してお茶の用意も始めていた。
資料を渡されてもなかなか頭に入ってこず、会話に混ざれなくなってきたルジャンは、しびれを切らしてそわそわしていた。
「難しい話は役立たずだ……。先に探索に潜っておこうぜ」
「ジールさん、先行していいかい! ルジャンがもう我慢できない」
「そうだな、ちょっとまだ手が放せそうにない」
マイネはジールの側にやって来ると、従者が用意した茶菓子を1つつまんで口に放り込んだ。
「ジルちー忙しいからー、役割分担ー」
「気を使ってくれてるのか」
「アタシたちがー、役に立てるのはこっちー」
マイネはダンジョンの入り口を指差した。
「じゃぁ少し甘えさせてもらおうかな」
「行ってきますー!」
マイネはニコっと笑い、軽い足取りでルジャンたちと共にダンジョンの暗闇の中へ潜っていった。
「懐かれていますね」
「監督責任もあるので、少ししたら追いかけます。強さは期待できるんですが、マッピングや頭を使うのは難しそうなので」
ジールは資料に目を通しながら、急いた気持ちを漏らすように、ガサガサと紙のこすれる音を大きくさせていた。
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