39 おあずけ
マイネは険しい顔をして、杖の柄の内部へと目を向けていた。
目の前に運ばれた昼食には目もくれず、カートリッジをはめるための穴の内側を舐めるように見渡す。
「この中の金属ー、何重にもなってるのは、そういう仕組みなんだー。術式の金属が層になってるんだねー」
「え、ちょっと俺も見たいんだけど」
「ルジャンっ、アンタはお昼抜きっ。衛兵さんと一緒にプラーガさんの警護だよ」
「売り物にいたずらした罰だよー」
工場の後も複数の施設を回り、ジールたちは遅い昼食を取っていた。
街を一望する高台のオープンカフェには、柔らかな日差しが降り注ぎ、テーブルに並んだ料理を鮮やかに彩っていた。
その平穏な光景に水を差すように、周囲には物々しい衛兵たちが立ち並び、鋭い視線で辺りを警戒している。ルジャンもその列の中に並んでいた。
色鮮やかな食事も、威圧的な鉄の甲冑も、今のマイネの目には映らず、視察で訪れた場所の光景で頭が埋め尽くされていた。
「プレゼントのご相談。ルジャン君には悪いですけど、内緒話をするにはうってつけですね」
「すっげぇいい剣を作ってやりたいんだ。プラーガさん、頼む力を貸してくれ」
「魔導の専門家が相談に乗ってくれるー、心強いのー」
「魔導王国の研究者ほどではありませんが、それなりに知識はありますよ!」
セイビアとマイネ、そしてプラーガは、ルジャンに聞こえないように顔を近づけ、ルジャンの誕生日プレゼントについて、声をひそめて話しを続けた。
時折、探るようにチラチラとルジャンの方を盗み見るものだから、ルジャンは余計に興味を刺激され、仲間に入れず置いてけぼりを食らった不憫な子供のような顔をしていた。
「このカートリッジを入れる穴の裏側に、魔導の術式を掘った金属プレートを付けるんだよな」
「そうです。魔石の取り付け部分と、カートリッジが交わるように取り付けることで、多様な能力へ変換させることができます。剣なら束の部分に、能力のオンオフができるトリガーを設置するといいでしょう」
「術式の種類って、いっぱいあるんでしょー。どんなのがいいのー」
「武器なら炎や雷。攻撃性の強い術式が好まれますね。防具は攻撃反射。リフレクトという術式が生存率を上げるので定番ですね」
「術式2つとかー、3つとかできるのー」
「加工に手間がかかるので、特注になりますが可能ですよ。炎と水とか能力を打ち消しあう組み合わせじゃなければ。炎なら風も相性がいいですね」
「せっかくだ、2つくらいは効果をつけたいな。王都で流行ってる聖剣の騎士物語に出てくるのも、複数能力持ちだったよな、ジールさん」
「聖剣の騎士の話って、経典じゃなくて絵本の方? なんか評判いいらしいね」
「経典は話が複雑で言葉が難しいのー。絵本はわかりやすくていいねー」
(フィッシャー園で作った絵本か。評判がいいと聞いてたが、そんなに人気なのか。ラルが最強の剣を出したいとかって言ってて、複数能力にすれば、とか言ったな)
「だったら炎と雷じゃない。派手な絵面になるんじゃって言った気がする」
「炎と雷か! プラーガさんできるかい」
「複数の術式プレートを加工するので、重量も上がるのが難点ですが。ルジャン君ぐらい鍛えている方なら問題ないかと。その分お値段も上がりますが、みなさんなら勉強させて頂きますよ」
「うっ……、値段か。魔石も買わなきゃいけないし……」
「ダンジョンのお仕事だけで買えるのー?」
お値段。そのワードがプラーガの口からこぼれた瞬間、セイビアとマイネの表情は、設計図を描いていた今までの熱量のある顔から、途端に死んだ魚の目のようになった。
「俺を見ても何もでないぞ。モグモグ」
セイビアとマイネは、泣きつくような顔をジールに向けたが、ジールは意に介さないといった感じで、昼食の鳥のソテーを口に頬張った。
「一番のネックは魔石でしょうね。金属加工なら職人たちに頼めますが、魔石を調達しない事には強力な装備にはなりません。普通なら冒険者ギルドに依頼をするか、専門の店で購入するかですが、どちらも相当に値が張ります」
「ちなみに、さっきの工場でアーシが欲しいって言った魔石、あれいくらなんだい?」
「あのサイズですと、王都の貴族地区で家が一軒買えるぐらいですかね」
「「えぇっ……」」
セイビアとマイネはその金額に絶句し、しばらく口を開けたまま、意識が飛んだように固まっていた。
「……ジールさんの屋敷が買えるくらい。アーシらの給料何十年分だよ……」
「あの辺は安いけど、騎士の給料でも数年じゃ難しいな」
「そのレベルの魔石で作る魔導剣なら、聖剣の騎士の持つ剣と言っても過言ではない業物ができますね」
「それでも高いよー。やっぱりー」
「あぁ。やっぱり明日に賭けるしかないな。ジールさん、ダンジョンに行けばあのくらいの魔石が採れる魔物がいるんだろ」
「報告を見る限りな。ただあのサイズの魔物ってなると、騎士一個師団でどうかってレベルの大型、欲かくと死ぬぞ」
「仲間へのプレゼントという気持ちは尊重しますが、魔石の採取は確実に狩れる魔物にしてください。命より高いものはありませんよ」
ダンジョンへの意気込みは本物だった。
しかし、「死」というワードを目の前に突き付けられ、セイビアとマイネは、自分たちの過去が脳裏をよぎり、重く息をのんだ。
「アーシ、今日の視察で高価な魔石や装備いっぱい見て、なんだか手が届きそうに感じたけど」
「うんー、ちょっと浮かれてたかもー」
「作るのだって、色んな人が沢山の仕事をして出来てるんだ。そりゃ高価にもなる」
「手が届かなくて当たり前だよねー」
セイビアとマイネはがっくりと肩を落とし、お互いで寄りかかるようにして肩を合わせた。
「今回の出張の臨時収入で、そこそこの剣が作れるくらいは報酬が出せる。それにあまり凄い剣を作ると、他の騎士やムッサー隊長なんかに嫉妬されて毎日いじられるだろう」
「……そうだな。ケーチ副隊長よりちょっといいくらいの剣でもいいよな」
「んねぇー、地道にコツコツやろー」
ジールの提案に前向きな言葉を返すが、2人の瞳の色は変わらなかった。
「なんか嫌いな食い物でも出たのか? 俺が代わりに食ってやるぞ!」
セイビアとマイネの気落ちした顔を見かねて、ルジャンがカフェテラスの中へ入ってきた。
誰のせいで、とでも言わんばかりに、セイビアとマイネが視線を返すも、屈託のないルジャンの顔に2人は毒気を抜かれていった。
「つーかマジで腹減ってしょうがないんだけど。ジールさん、プラーガさん、2人が残すならもったいないし俺食っていいですか? ってこんな美味そうな料理残すとかお前らバカだろ! っぐぅっ!」
セイビアの拳がルジャンの腹にヒットした。
それでも、ルジャンは2人の表情に明るさが戻っているのを見て、腹を押さえ苦しみながらもニコリと笑った。
「バカだけど、そういうバカなのが、ルジャンのいい所なんだよ」
「んねぇー、バカなのにねー」
「えぇ? ジールさん、俺褒められてる? けなされてる? バカだからわかんねーよ」
「さぁ、どうだろうな」
ジールは素っ気なく返し、食後のデザートを口に頬張ると、プラーガに目で合図を送った。
「彼に、私たちと同じものを」
プラーガはレストランの給仕に新しく注文を頼み、ルジャンへ席に座るように促した。
ルジャンは何が起きているのか全く分からず、混乱したまま席に座った。
料理が目の前に並べられても、食べていいのかわからず、また置いてけぼりを食らった不憫な子供のような顔になっていた。
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