37 鉱山ツアー 前半
「ホントに着いてくんの? 大人しくできる? お仕事の邪魔しちゃだめだよ?」
「アーシらはガキか! モグモグ」
「割とそう思ってるよ?」
「村でお仕事してたもーん、それくらい空気読めますー! モグモグ」
寝起きのナイトドレス姿に、寝癖もそのままのセイビアとマイネは、パンケーキにたっぷりとハチミツをかけた。ふくれっ面のまま口いっぱいに頬張り、もぐもぐと口を動かしながら精一杯に言い張った。
昨夜。ルジャンが女性陣の部屋へ三度の突入を繰り返した後、ようやく騒ぎが収まった。
ジールがベッドに潜り部屋の灯りを消すと、今度はルジャンが女性陣を引き連れて現れた。
ルジャンの顔はボコボコに腫れあがって表情はわからなかったが、セイビアとマイネは、先ほどまでの喧騒の主とは思えない真面目な顔つきをしていた。
2人とも白いナイトドレスを着込み、髪を下ろした姿は、昼間の騎士服と比べると、幼さが際立ったように見えた。
「悪いな。もうルジャンはそっちの部屋に行かせないから。ふぁ、もう寝よう」
「視察って、なにするのー?」
「ん? 色々街を見て回って、話を聞くんだよ。鉱石の製錬所、加工場、後は魔導具の製作工房なんかも――って、興味あるの?」
「アーシらもいく!」
「お前らはオフでいいぞ。馬車旅の疲れもあるだろう。明後日のダンジョンに備えて休息するのも仕事だぞ」
マイネはジールのベッドに潜り込んで、ちょんちょんとジールの脇腹をつつき、耳元に小声で話し始めた。
「魔導剣、作ってもらえる工房とか知らないのー。相場とかー、知っておきたいかもー」
「あぁ、そういう感じ?」
「きゅーほくなあ、ジーウさんも、におつおいをモゴモゴ」
「はぁ? なんて?」
「アーシが殴りすぎた……。ルジャンは荷物もちやるってよ、ジールさんの」
「うーん、明日の朝考えるよ。今は酒も入ってるし、眠さで判断力低下してるから……」
(面倒くさそうだな。でも連れてった方が今後の勉強になるのか? でも仕事中にお守してる余裕はないな……)
ルジャンの何も考えない特攻癖と、セイビアとマイネの寝巻姿の幼さに、ジールはフィッシャー園の子供たちを思い出した。
そのままフェリやターラの顔を思い浮かべると、ジールは布団をかぶって眠りについた。
「えー、寝ちゃったんですけどー」
「しゃーない、明日もっかい直談判だ」
「ほう、ああもうねうか」
「ルジャンはもう寝なっ、次入ってきたらホントに終わりだよ!」
「はひ……」
一晩明けて、ジールの酔いはすっかり冷めていた。
しかしセイビアたちの熱意が冷める気配はなく、朝食の席でもその勢いは変わらなかった。
ジールはセイビアたちの頼りになる一面と、礼節を欠いている言動とを天秤にかけ、不安を残しつつも同行を許すことにした。
「一番心配なのはルジャンだ もう女性の着替えを覗くなよ」
「ふんまへん……」
昨夜からの顔の腫れはまだ引かず、ルジャンは1人パン粥を食べていた。
「とりあえずその顔じゃ失礼だ。クリエ草の軟膏塗れば昼には腫れが引くだろう。セイビアとマイネは、騎士服だと物々しいかな。身だしなみを整えて30分後に1階のロビーに集合だ」
給仕にルームサービスの朝食を下げてもらうと、セイビアとマイネは自室に戻り、ルジャンは鏡を見ながら薬を塗り始めた。
先に起床し身支度を済ませていたジールは、給仕の後を追うように1階へ降りた。
ロビーのソファーに背中を預けると、ようやく持てた1人の時間に一息つき、大きく息を吐いた。
「やる気はあるんだよな。空回りしなけりゃいいんだが、やっぱり1人の方が良かったかな……」
給仕が入れたお茶を飲みながら、視察箇所の資料に目を通していると、ルジャンたちが昇降機から降りてきた。
ロビーの時計を見ると、待ち合わせ時間の5分前だった。
「一応、成長はしてるんだな」
「今アーシらを褒めたのか? それとも皮肉か?」
「褒めてるよ。うん、2人はスカートか。良いね」
お揃いの清潔な白いシャツに、セイビアは落ち着いた紺色のロングスカートと革靴、マイネはグリーンのプリーツスカートと革靴という装いで現れた。
「あんまりー、派手じゃないほうがいいのかなーって、落ち着いた感じー、いいでしょー」
「うん、フェリのお土産はスカートもいいな。あいつパンツの方が多いんだよな」
「そういう意味かよ!」
「アタシたちに興味持ってー」
「そういう担当はルジャンだろ。役割分担、な!」
「あいっ!」
顔の腫れがかなり消えたルジャンは、白いシャツに落ち着いた紺のパンツ、靴は騎士の茶色いブーツを履いていた。
「口を開かなければ、好青年に見えそうだな」
ジールはルジャンの肩をポンと叩き、3人にソファーに座るように促した。
ホテルの外で馬の蹄が石畳を叩く音が止まった。間もなくして、プラーガが表に現れたことを、ホテルのドアマンがジールの元へ報告しに来た。
ドアマンがホテルの重工な扉を開けジールたちが表へ出ると、馬車の前では軽快な笑みを浮かべたプラーガが立っていた。
「わざわざ降りてお出迎えいただけるなんて、恐縮です、プラーガさん」
ジールが軽く頭を下げると、ルジャンたちはジールの背後に並んで、深々と頭を下げた。
「「「今日は、よろしくお願いします!!!」」」
「どうしたのお前ら、そんなに頭を下げちゃって」
「礼儀ってやつだよっ。昨日ちゃんと話したんだ、ジールさんに恥かかせないように振舞うって」
顔を上げたセイビアの表情には、甘いパンケーキを頬張っていた朝食時の幼さは、微塵も感じられなかった。
マイネとルジャンも同じように気を張った表情を浮かべ、騎士らしく規律を感じられる直立姿勢で待機していた。
「プラーガさん。後学のため、この3人の同行をお願いしてもよろしいでしょうか」
「若者の成長は早いですね。昨日より、大人びた目をしています。今日は礼儀や作法は気にせず、この街を見た素直な感想が聞かせてください」
プラーガはルジャンたちに柔らかい笑みを向けて言葉を続けた。
「言葉遣い等に意識を向けすぎて、街を楽しめないのはもったいない。こういった若い人にこそ、この街の発展を肌で感じてほしいですから」
ジールはルジャンたちへ目をやると、肩ひじを張った姿勢にすでに無理が生じているように感じた。
「プラーガさんのお気遣いに甘えさせていただこう。そんなガチガチじゃぁ昼までもたいないな」
ルジャンたちは途端に顔の緊張がほぐれ、体中を縛っていた余計な力が抜けた。
前日と同じように馬車の後方の上座にジールとプラーガ、下座にルジャンたちが座り、馬車はゆっくりとした速度で進みだした。
「この街の発展を隅から隅まで、ゆっくりと見てもらいたいところですが、全部回るには数日はかかってしまいますね」
プラーガは活気に満ちた市場が見えれば右手を伸ばし、時計塔が近づけば左手でそれを示し、前のめりに声を上げ続けた。
流れる景色を指さすその横顔は、自分の治める街を誇るような眩しさが宿っていた。
「上からの眺めより、活気ある感じするな。人が多く感じるよ」
「ねぇー、1日じゃ回りきれないよー」
すでに視察の仕事だという事が頭から抜けたルジャンたちは、目を輝かせながら、観光気分でプラーガの案内を聞き入っていた。
「ほんの数年前までは、死の街なんて言われていたんですよ。金属の精錬時の毒素で弱る工夫が多く、いつも陰鬱な空気で淀んでいました」
「アーシには全然想像つかないぞ。みんな表情明るいし」
ルジャンたちの視界には、子供たちが走り回る姿や、家族と連れ立ってる姿もよく目に入っていた。
「あの頃は貧乏な領で、病院も薬屋もなく、冬を越せない人が大勢いました。鉱山トンネルができて流通が盛んになり、薬や食料も入ってくるようになって、命を繋ぐことができた人も増えたのですよ」
「そんなに酷かったのー、うちの村よりヤバいかもー」
「俺、ここが王都だって言われても信じるぞ」
「外から来た人にそう言ってもらえると、自分の仕事に誇りを持てますね」
「父上と来た時は、まだ発展途中という感じでしたが、もう王都と肩を並べたと言っても、過言ではないと思いますよ」
「ダンパ様にも、この街の発展を見て頂きたかった。宰相という立場でありながら、この街のために本当に尽力して頂いた。その恩を返せなかったことが心残りです」
「父上は人脈を紹介しただけと、寝ずに陣頭指揮をとり、領民をまとめ上げたプラーガさんの奮闘あってこそと言っていました」
「その人脈を作る事がどれだけ大変か。魔導王国の採掘機を借りるのだって、ただの商人じゃ交渉の席にすら立てません。王族や貴族でも一部の人しか取引を許されていない国ですから」
「その人脈を活かすも殺すも交渉をする人次第です。人を紹介するたびに街が発展すると、楽しそうに、誇らしげに語っていたのをよく覚えています」
「プラーガさんとジールさんの父上、その2人がこんな大きな街に。子供も安全に暮らせる街を作ったのか、ジールさんの父上さん、見れなくて残念だったな……」
「なんだかー、泣けてきたー」
「え!? セイビアとマイネ、なんで泣いてんの? ハンカチ使う?」
「湿っぽい話をしてしまいましたね。ジールさんと顔を合わせると、どうしてもダンパ様との仕事を思い出してしまって」
「ジールさん、父上さんの分まで、瞬きしないで目ん玉かっぽじってよく見てくれ!」
ルジャンは立ち上がるなり、人差し指と親指を使って、ジールの瞼をグイっとこじ開けた。
「ムリムリっ、目が潰れるわっ。ってお前なんで剣持ってきてんだよ」
ルジャンが立ち上がると同時に、カチャっという音がした。
ジールが音の方に目をやると、腰のベルトの背後にショートソードを差しているのが見えた。
「騎士だし、貴族様を守る仕事もあるかなって」
馬車の周囲には、警護のための衛兵が10人程、馬に乗って付いてきていた。
(プラーガさんは急速に出世した人。嫉妬の対象で貴族の敵は多い。講和の件も踏まえると、父上のような事が起きないとも限らないか……)
「そうだな。プラーガさんに何かあったら俺のクビも飛ぶ。全力で守ってくれよ」
「アタシもちゃんと杖持ってきてるよー」
「アーシだっていつでも戦えるぞ」
2人は肩から下げたポーチに、それぞれ杖と拳を守る薄手の革グローブを入れていた。
「頼もしいですね。このままゆっくりと観光をしたいところですが、私も仕事をしましょう。先に講和に関わる要所から行きましょうか」
「そうですね。工場や出荷までの流れを確認して、残った時間で観光させて頂ければ」
馬車は街から離れ、渓谷の麓にやってきた。
「右手の岩山が採掘場です。そこから奥の製錬所にトンネルでつながっているのですが、製錬時に有毒物質が出るので、視察は次の加工場からの方がいいでしょう」
「こんな時じゃないと見られませんし、今はマスクで毒素も防げると聞いていますが」
ジールが興味を示すと、プラーガは困った顔を見せた。
「防毒マスクもあるのですが、鉱夫たちの汗の匂いが染みついている物ばかりで、錬成時の匂いと混ざるとかなり強烈な匂いに、あまりお勧めは……」
「男の仕事の匂いってヤツだな! 俺は平気だぞ! むしろ嗅ぎたい!」
「状態がそんなに悪いなら、マスクの増産をするように予算の申請もできます。俺も一度確認はしておきたいです」
「仕方ありません、私も覚悟してお付き合いしましょう。女性陣は少々お待ちください」
「アーシらだって、大丈夫だ!」
「臭いのー、頑張るー……」
プラーガとマイネを除き、前向きな姿勢を見せた一行だが、精錬所から戻ってくる頃には、胸を張っていたはずの肩は内側に丸まり、足取りからは後悔の念が垣間見えた。
「――……皆さんお疲れ様です。鉱夫に失礼がないよう、表情を取り繕っていただいてありがとうございます。もうここなら大丈夫です、思う存分不平不満を吐いてください……」
「ぷはぁー、死ぬかと思った!」
「アーシもちょっと気を失いかけたよ」
「お父さんの匂い思い出したー!」
ゼーハーと外の空気を吸いながら、ジールもルジャンたちも肩で息をしていた。
「仕事だからと、なんにでも首を突っ込むのは良くないですね……」
ジールも取り繕って笑みを作ろうと努力をしたが、苦い顔はほとんど消えていなかった。
「皆さんを見ていると、若い頃を思い出します。なんにでも首を突っ込んでは失敗ばかりでしたが、失敗も積み重ねると、新しい道を作るもあります。今日のこの時も輝かしい未来に繋がるのでしょうね」
「アーシらが騎士になったのも」
「失敗したからだねー」
「でも、同じ失敗は繰り返さないぞ!」
自分の経験談を金言のように捉えるルジャンたちの姿に、プラーガの表情は充足感が漂っていた。
目じりを下げた柔らかい眼差しは、どこか誇らしげにも見えた。
「父上もそういう顔をすることがありました。打てば響く、というのですかね。言葉が伝わり、人に派生、伝達していく様が、父上の仕事の原動力だったようです」
「……私の事も?」
「そう記憶しています」
「そういう言葉は、面と向かって言わない方でしたね。そうですか、それはとてもうれしい事を聞きました。もうお礼を言えないことが、寂しく感じますね……」
プラーガはジールやルジャンたちを見つめながらも、その視線は亡きダンパの面影を追うように、少し遠くを彷徨っていた。
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