36 勝負の土俵
「お前ルジャンじゃねーか。聞き覚えのある名前が耳に入ったと思ったら、マジで居やがった! こんな所で何してやがるっ」
「ん?? 誰だっけ?」
「あぁっ! ふざけんなっ、こっちは忘れてねーぞっ!」
「あれだっ、アーシらが冒険者始めたころに絡んできたやつらじゃね?」
「思い出したー、等級が低いからって見下してきてー」
「そうだ! で、俺がキレてぶっ飛ばしちまったヤツら」
「油断させていきなり殴るとか、卑怯者のやることだっ! 詫び入れやがれ」
「えー、初心者狩りしてた人が言うセリフー? ルッちー舐めてたそっちが悪いよー」
「新米に負けた黒帯様よぉ、まだ噛みついてくるんならアーシら相手になるぞ」
「お、おう、表出ろっ、今すぐやってやる」
セイビアの発する圧に、冒険者たちは一瞬たじろぐが、脅しをかけるように剣の柄を握った。
「すまないがこちらは仕事できているんだ。今日は矛を収めてくれないか」
ジールが間に入ろうとするも、冒険者は意に介さず、苛立ちを露にしてジールを突き飛ばした。
「うっせぇぞ役人!」
「おい、あの公務服、家紋入りのバッジが付いてる。貴族だぞ」
冒険者はジールたちの服装を、品定めするような無遠慮な態度で見回した。そしてルジャンたちの騎士服を認識すると、途端に嘲笑するように声を吐き出した。
「よく見たらオマエらの服装、騎士になったのか、ぷっ、うはははは」
「何がおかしいのー! ジルちー大丈夫ー」
マイネは頬を膨らませ、珍しく語気を強めていた。
「戦争に負けた国の飼い犬になるとか、笑わせるにもほどがある! ぎゃははははは」
「ルジャンに素手でやられた腹いせだよ。相手にすんなマイネ」
「……ぶっ飛ばしてやりたいが、人が大勢いるところでは、迷惑かけたくないし暴れないぞ。もう怖がらせたりもしない……」
ルジャンは拳を握りしめながらも、その手をテーブルの下から出さないように自分に言い聞かせていた。
「牙抜かれたな。貴族に従順に躾けられやがって、首輪が見えるぞっ! わんわん、てか? ぎゃははは!」
「お前らみたいなクソ犬飼うなんて、ご主人もどうせクソみたいなヤツなんだろうな!」
「ジールさんを侮辱するのかっ!」
「アーシらの恩人だよっ!」
「ルっちーいい人だもんー!」
ルジャンが感情に任せて席を立つと、セイビアとマイネも続いた。
「いいのか? 冒険者ギルドは大陸中に支部がある国際機関だ。騎士が国際機関相手に手を出したら、国際問題だぞ! そこの貴族にケツが拭けるかな?」
「まじかよ、騎士って立場よえーのか」
「こんな弱小国の犬になるバカ、貴族もよく拾ったな。ぎゃははは」
「賢い冒険者の俺はこのトンネルを抜けて外国に行く! こんなクソ弱い国を捨ててなっ。この国の最後の夜だ、酌でもしろや」
冒険者の1人はマイネの腰に手を伸ばしたが、すんでのところでマイへは飛びのいた。
「うわキモーッ」
「アーシらが手を出せないのわかって煽りやがって……」
「お前もいいケツしてんじゃねーか、ベッドで相手してやろうかぁ」
セイビアの臀部に冒険者の手が伸びると、その間をルジャンが立ち塞いだ。
「ジールさん止めないでくれ、もう無理だっ」
ルジャンは今にも爆発しそうなぐらい、顔を真っ赤にし、ギリギリと歯ぎしりをしていた。
待て。というように、ジールはルジャンの顔の前に手の平をかざした。
「わざわざ相手の土俵に降りてやる必要はない」
「でもよっ!!」
客同士の揉め事。最初はその程度の認識で、気にする様子のない客が多かったが、ルジャンの怒声が険しくなるにつれ、店中の注目が集まっていった。
その注目のど真ん中。冒険者とルジャンの間にジールは足を踏み出した。
「貴族だってギルドに手を出したら国際問題になるぞ! やれるもんならやってみろヤァッ!」
ドンッ!
ジールは目の前のテーブルの上に、金貨の入った袋を置いた。
「店主、今日の全員の支払いは全て俺に」
「えぇっ!? お貴族様、いいんですかい? 全部って、全部ですよ?」
「鉱山はこの国の要になる。国を支えてくれる方々へ報いるのも貴族の務めだ。そこの冒険者たちも、もうその辺でいいだろ。ここは酒や食事を楽しむ場だ」
ジールの毅然とした態度に、冒険者たちが言い淀んでいると、店の客からは喝采が上がった。
「そうだそうだ! いいぞ貴族様っ!」
「もめ事なら他所でやれっ、飯が不味くなる!」
「よーし! 今日は飲むぞぉー!」
冒険者たちは旗色が悪くなり、悔し紛れにマイネの背中を突き飛ばした。
とっさの出来事でマイネは態勢を崩し倒れそうになるが、すんでのところでジールが受け止めた。
「ジルちーありがとー……」
「ふん、いい飼い主に拾われたな」
冒険者たちは捨て台詞を吐くと、苛立ちを吐き出すように、そばの椅子にドカッと座った。
「クソっ、じゃぁ一番いい酒と飯もって来い。奢りなんだろっ、どうなっても知らねーからなっ!」
冒険者たちの不遜な態度に、客たちは訝しい目を向けていたが、その空気に割って入るように、ジールは弱弱しい声を上げてみせた。
「あぁー、すまない店主。急に酷い耳鳴りが、頭が割れそうだ。これはハエの音かな、耳障りで仕方がない、悪いがもう帰る事にするよ」
ジールは金貨の袋を懐にしまいながら、冒険者をジッと見つめた。
そしてすぐ近くにいる客の肩を抱くと、親しげに話しかけた。
「しかし腹は空いたな。なぁ君、この辺で他に美味い飯屋はあるか? なんなら女性がいる店でもいいぞ、よければみんなもどうだ?」
「女の店でもいいのか!?」
「おいどうするっ、あれだけ金があれば、相当遊べる!」
女性。という単語の誘惑に釣られ、客の男たちが色めき立つと、すぐさま店主の声が割って入ってきた。
「ちょっとちょっと! 待ってくれ、出ていくのはそいつらだ! な、そうだろみんな」
客を引き留めようと、店主は必死になって冒険者たちを指差し、出ていくように手を払った。
「そうだそうだ! さっさと他所の国に行きやがれ、宿にも泊まるんじゃねー」
「ここいらで一番うまい飯やはここだぜ貴族様!」
店主の声に賛同すると、客たちは一斉に、
「「「かーえーれっ! かーえーれっ!!」」」
と復唱し、大合唱が生まれた。
「お、お前ら、俺らとやろうってのか」
冒険者が剣の柄に手を伸ばすと、その手をジールが指差した。
「いいのか? うちの国民に手を出すなら騎士の出番だが」
「民のために剣を振るってやつだな! ジールさん」
「国民を守るのは騎士の義務だ。嫌だと言っても戦ってもらうぞ」
「いいねー! 身内を守るためならケンカしていいって事だな」
「形勢逆転ー!」
素手のルジャンたちに対し、冒険者は剣を装備していたが、臨戦モードに入った3人のやる気と圧は、冒険者たちを怯ませるには十分だった。
(第1騎士隊で鍛えたんだ。黒帯相手に素手でも、まだこっちが有利だろうな)
ルジャンたちがポキポキと指の関節を鳴らしていると、冒険者たちの表情は引きつり始めた。
追い打ちのように客からは罵倒が溢れ、冒険者たちは目を右往左往させ、さらに顔つきを険しくさせた。
「て、帝国に負けた敗戦国なんかに、これ以上付き合えるかっ、弱いやつらで群れてろっ」
怒声を上げるも、冒険者たちの膝は震えていた。
踵を返し外に出ようにも椅子の足に気躓き、もつれた足はさらにテーブルの足に引っかかり、倒れたテーブルからは料理がこぼれ、冒険者の顔やら体にぶちまけられた。
香辛料の効いた辛いソースが目に入ると、
「目がぁっ、目がぁっ……! うひぃぃっ……」
奇声を発して暴れまわり、冒険者同士で頭をぶつけると、
「こ、この卑怯者がぁっ、覚えてろよっ」
安っぽい捨て台詞を吐きながら、最後は犬のように四つん這いになって店を出ていった。
「滑稽だなっ! 一発くらいぶん殴ってやりたかったぜ!」
セイビアが拳を振り回していると、ルジャンは隣で難しい顔をしていた。
「戦わないで、勝っちまったのか……」
「んねぇー、今の人たちー、お金払ったー?」
「皿や料理の弁償も必要だな。ついでだ、俺が払うよ。店主、騒がせてすまないな。迷惑料も込みでこれで足りるか」
ジールは店主のいるカウンターに、ドン、と金貨の袋を置いた。
「こ、こんなに!! 迷惑どころか大歓迎でさ! ほら、貴族様に良いお席を用意して差し上げろ」
店員が席の用意をしていると、常連の客が次々とジールに声をかけてきた。
「面白れぇ見せモンだったぜ。偉そうにしやがって、クソザコじゃねーか!」
「貴族にしちゃぁ話がわかる! こっちで飲もうぜ」
ジールは屈強な男に囲まれた席に座らせられると、酒のグラスを手渡され、その勢いで乾杯が始まった。
「プラーガさん。今の領主も話のわかる人だろ」
「昔からいるフロッテラの連中はダメだな、俺らの事ゴミみたいな目で見やがって」
「だが今の領主はいい、亡くなったダンパ宰相も良い人だったな。あの人が来るようになってから街が変わっていった」
「薬や物資が入ってくるようになって、仕事も増えた」
父親の名前が出て、ジールは一瞬眉をピクリとさせたが、笑みを保ち、場の空気に合わせて口を開いた。
「……手の火傷が多いな、あんたは鍛冶師か? 明日視察で行くかもしれない、よろしく頼むよ」
「トラム鉱石の視察ならうちの工房が一番だな。輸出用の合金も作ってるぞ」
客たちと次第に打ち解けていく様子を、ルジャンたちは少し離れたテーブルから眺めていた。
「コミュ力高ぁ~」
マイネは肉を挟んだサンドイッチを頬張りながら、客と談笑しているジールを見つめていた。
「乗せるのが上手いっつーか、あれで腕っぷしもアーシより上なのが悔しいな。なぁルジャン?」
「あ、あぁ、これ美味いな。この肉のソースの甘じょっぱい感じが後引くな」
「おい聞いてんのかいっ」
「悪い、ちょっと考えちゃって」
「ルっちーが考え事ー? あした雷振るよー」
「……ガラじゃないよな。セイビア、その肉巻き食えよ! なんか野菜が入ってて美味いぞ! マイネ、今度似たの作ってくれよ!」
セイビアとマイネは、ルジャンに違和感を抱きながらも目の前の食事を優先した。それがルジャンの望みだと思ったから。
ホテルに戻ると、ジールはベッドにドサっと身を投げた。
「ノリに付き合って飲み過ぎたな……。まぁ色々話が聞けたし収穫はあったか、ふわぁー」
ジールがあくびをしている横で、ルジャンは神妙な顔つきで、ソファーに腰を下ろしていた。
「……なんかムカッときて、どうしても殴って解決したくなる。それじゃダメなんだよな……」
「オレもフェリが侮辱されたら殴ってたよ。お前の気持ちは間違っちゃいない。待てよ、フェリの方が強いから、あいつら殺す前に俺が止めなきゃいけないかも」
「フェリさん何者なんだよ! 訓練場で一度模擬選したけど、こっちは魔導装備ありでも勝てなかったぞ。2人とも荒事に慣れすぎだろ、貴族なのに」
「貴族は俺だけ。小さい港街の領主なんてのやってると、腕っぷしのいい漁師のおっさんらの仲裁なんてしょっちゅうだ。まともにぶつかってたら体がもたねーよ」
「貴族なんだから、やめろって命令すれば」
「命令されて素直に従うか? ルジャンは」
「従うしかないだろ、ムカつくけど」
「ムカつくって火種が残ると、あっちこっちに火の粉が飛んで、気づけば大炎上だ。力づくってのは諸刃の剣なんだよ。帝国に占領されてる地域だって、いまだに反乱も多いしな」
「力づくじゃダメ、か……。強ければなんでも解決できると思ってた。最近まで……」
「武力でしか解決できない問題もある。力もカードの1つだ」
「俺は、間違ってないのか? バカだからわかんねーよ」
「人も国も、これ1つで全部解決! なんて都合のいい正解はないんだ。あーすれば、こーすれば、どれがマシかなって、考え続けないとな。面倒だけど」
「考える、俺が一番できないヤツだ」
「今も考え続けてるじゃないか、できてるよ」
「ッ……! 俺、ジールさんみたいな貴族にだったら、首輪つけられてたっていいよ」
「俺は嫌だよ。もう財布空っぽだ!」
「ダンジョン頑張るよ。いっぱい魔石とって返すから!」
「じゃぁ、利子付きでな」
「利子ぃ!? わかった。魔物刈りまくって大金稼いでやるよ!」
「真に受けんなよっ、冗談だ冗談」
「よぉーしっ! ダンジョン! セイビアっ、マイネっ! やってやるぞぉっ!」
ジールの声は届かず、ルジャンは1人で張り切って隣の部屋に駆け込んだ。
「まぁいいか。もう寝よう」
ジールが布団をかぶった瞬間。隣の部屋からは悲鳴にも似た奇声が上がった。
「ぎゃぁーっ! 何開けてんだい!」
「ルっちー変態ぃー」
「な、なんで2人は下着なんだよ!」
「オシャレな街だからー、下着選んでたのー! セイちーとお揃いがいいのー」
ルジャンの目の前には、ブラジャーを外しているセイビアとマイネの姿があった。
「騒がしいな、寝れん……」
ジールが苦い顔を漏らしていると、ルジャンが戻ってきた。顔には拳の形がわかるほど、赤い痕が張り付いていた。
「俺、明日早いんだよ。寝かせてくれ」
「ダンジョンは明後日だよな。明日は何するんだ」
「俺はプラーガさんと街や鉱山の視察。お前らはゆっくり休んでていいぞ」
「視察って、街を見て回るヤツだろっ。俺らも見て回りたい、なぁセイビアっ、視察行こうぜ!」
ルジャンはまた隣の部屋に突撃した。
その直後にまた悲鳴と怒声が上がり、更に顔を腫らしたルジャンが戻ってきた。
(学ばない奴だな……)
「ドア開けた瞬間に殴られた……。あれ、俺なに話そうとしに行ったんだっけ?」
「……視察の話、じゃない?」
「そうだそれだ!」
ルジャンは意気揚々と隣の部屋に突撃した。当然のごとくまた悲鳴と鈍い打撃音が響く。
(もう少し、考えて行動しような……)
毎日18時更新を予定しています。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。




