34 人間をダメにする
プラーガは頭を上げると同時に、左手の中指で丸い眼鏡を整え、ジールへ握手を求めた。
「プラーガさんお久しぶりです。これはまた、仰々しいお出迎えですね……」
プラーガの出迎えに唖然としつつも、ジールは両手を出して握手に応じた。
背丈はジールより高いが、プラーガは握手を終えた後も腰が低いままで、ジールと同じくらいの背丈に見えた。
「領主様が頭下げるって、ジールさんそんなに偉いのか?」
「偉くないっ! プラーガさん、なんか凄い人が来たみたいに勘違いしてる人出てきてますって。分不相応すぎて困ります」
居合わせた人々は、まるで一国の王が降臨したかのような錯覚に陥り、その光景に釘付けになっていた。
「それは難しい相談です! この地域の発展はダンパ宰相の尽力あってこそ! 御子息であるジールさんを丁重にもてなさなければ、天国で顔向けできません!」
「前に父上と訪れた時よりも、盛大になってませんか?」
「それだけ街が発展したという事です。今日は旅の疲れを癒してください。是非、こちらの馬車へどうぞ」
ジールの馬車も貴族用として申し分のない高級車ではあったが、プラーガの用意した馬車は、その大きさと華美な装飾と、雲泥の差がつくほどだった。
「あちらの馬車はうちの者が責任を持ってお運び致します。荷物も部屋へお運びしておきますので」
ジールたちはプラーガに案内されるまま馬車に乗り込んだ。ルジャンたちはその馬車の外装や内装を見るなり、声のトーンが一段上がった。
「このソファー! お尻や背中が沈み込むー! でも弾力があってー、あぁ、一生この椅子に座ってたいー」
「人間ダメにするソファーだ……。アーシたち、こうやって贅沢を知っていくのか」
「お前らくつろぎすぎ。申し訳ありません、紹介も済ませていないのに」
ジールに姿勢を正すように指示され、ルジャンたちは背筋を伸ばしてプラーガと向き合った。
「奥から赤髪のルジャン、隣の黄色い髪がセイビア、その隣の青い髪がマイネです。まだ新米騎士で礼儀も知らず、ご迷惑をおかけしてしまうと思うので先に謝っておきます」
「私も庶民の出自、若いうちは人に迷惑をかけて成長するものですよ。王宮のマナーや所作、私も苦労しました。それに――」
プラーガは街へ視線を向け、その手でルジャンたちの視線を誘導した。
「新人というならこの街も、生まれ変わったばかりの新しい街です!」
プラーガは誇らしげな笑みをこぼし言葉を続けた。
「ダンパ様のおかげで鉱山の開発も、トンネルの工事も、人や設備、法まで生まれ変わりました! この街はダンパ様の子供と言っても過言ではありません!」
(子供ねぇ……)
ジールは難しい顔をして街の中へ目をやった。
街の建物の壁は、傷や汚れのない木材ばかり。整備の行き届いた石畳は美しく、馬車の走行も滑らかで振動1つなかった。
「平民出身の私が領主なんて地位にいるのは、全てダンパ様のおかげです。妻と結婚してからは、金で地位を買ったなんて政略結婚を揶揄されますが、むしろ惚れた相手に近づきたい一心で仕事に精を出したというのに」
「おいおい、いきなりのろけたぞ!」
「セイビア言葉遣いっ!」
「いえいえ私こそ、つい話が脱線しました」
「んねぇー、今どこ向かってるんですかー? その奥さんの所ー?」
「皆さんがこの街に滞在する間の宿泊先を手配しております。今日はそこで旅の疲れをとっていただいて、仕事の話は明日以降と考えていますが、いかがでしょう」
「滞在先までありがとうございます。後程フロッテラ家にもご挨拶を」
「ここだけの話、フロッテラ家はずっと財政難で、私が婿養子になって改修はしましたが、まだ見せられる状態ではないもので。後程、我々の方からご挨拶に向かわせていただきます。宿の方は任せてください! この国一番のホテルと自負しています!」
プラーガは大人の皮を被った子供のように、自慢げな笑みを隠しきれない様子だった。
そして、そのプラーガの期待を裏切らないリアクションをルジャンたちは披露した。
「ほぁーっ! 街もでっかいが、なんだよこの高い建物! 王宮より高さがあるんじゃないか!」
「アーシら田舎育ちの平民が、泊まっていい宿じゃないよ!」
「上見すぎてー、首痛いー」
緋色のレンガが幾重にも積み上げられたその高層建築は、空を突き刺すように聳え立っていた。
窓枠の金細工は彫刻のような文様が施され、日の光を眩く弾いた。
見上げるほどの高さにそびえる外壁を、ルジャンたちは下から上へと、何度も視線を往復させては驚愕していた。
「プラーガさん、ずいぶん立派なの建てましたね! ホントにここ使わせてもらっていいんですか?」
「ダンパ様に受けた恩と比べればささいなお返しです。どうぞごゆっくりしてください。明日は明朝にお迎えにあがります。後の事はこの給仕にお任せください」
馬車が到着するなり、ホテルの中から数人のスタッフが外へやってきて、馬車とホテルを繋ぐように整列をしていた。
プラーガの馬車がその場を後にすると、スタッフを代表して、1人の男性が深々と頭を下げた。
「ハイジール様の給仕を勤めさせていただきます。すでにお部屋の準備は出来ております。さぁ、こちらへどうぞ」
給仕の背中を追い、ジールたちが重厚なエントランスの扉をくぐると、外の喧騒が嘘のように消え去り、高い吹き抜けのロビーが広がっていた。
壁面は外観と同じく深みのある緋色のレンガで統一され、その壁には、巨大な仕掛け時計が静かに時を刻んでいた。
「こちらにどうぞ。お荷物はもう部屋に運んでおります」
給仕が扉を開けると、プラーガの馬車の中と同じくらいの空間が現れた。
「この部屋に、全員で泊るのか?」
「4人が並んで寝るには、ちょっと狭くないかい?」
「外の外観とー、なんか思ったのと違うかもー」
ルジャンを始めセイビアやマイネも、その室内の窮屈さに首を傾げていた。
次の瞬間だった。
扉が自動で閉まると、ゴォォォ、という音を立てて、その部屋が動き足した。
「これは魔導昇降機っていうんだ。この部屋に乗って上の階に行くんだよ。帝国にはあったが、ファッド国では初だろうな」
「う、動いてるのか、これ!?」
「ルジャン見ろっ、窓が出てきて、外が見えるぞっ」
「うそー!? 飛んでるみたいー!!」
ルジャンたちは口をあんぐり開けて、「ほぁー!?」とか「はぁー!」という感嘆詞を終始発していた。
魔導昇降機が最上階へ着き扉を出た後も、その感嘆詞はしばらく続いた。
上等なカーペットに壁の装飾や天井のライト、王宮でも見慣れてはいたが、窓の奥の雄大な見晴らしに、ルジャンたちは目を奪われ続けた。
ホテルの最上階は2部屋あり、ジールたちは手前の部屋に案内された。
部屋を開けると、品の良い落ち着いたベージュ色の木材の壁がジールたちを迎え、ジールたちの荷物は扉の脇に置かれていた。
「うわーっ! お姫様のベッドみたいー!」
マイネが部屋の中央に配置された、天蓋付きのキングサイズベッドへダイブすると、
「この毛皮、魔物だよな。豪勢なのはいいけど、落ち着かないねぇ……」
セイビアは魔物の毛皮と思われる大きなの絨毯をまじまじと見つめていた。
「ひっろいなぁー、闘技場より広いんじゃないか? 4人じゃ持て余すぞ」
ルジャンがその広さに呆けていると、給仕が部屋の説明に入った。
「奥の内扉で隣の部屋と繋がっております。どうぞお2人づつでお使いください」
「えぇっ、まだあるのか!?」
「ねぇセイちー、隣の方が見晴らしいいよー!」
「ホントだっ! ジールさん、アーシら女は隣の部屋でいいかい?」
「好きにしな。荷物は――給仕さんの仕事をとってはいけないか、頼んでもいいですか」
給仕は快く頷き、セイビアとマイネが自分の荷物を仕分けると、隣の部屋へ運び始めた。
手持無沙汰になった男性陣は、残りの荷物を自分たちで運んだ。
ジールは自分の荷物を仕分けた後にベッドに腰を掛け、ルジャンは窓から街の様子を眺めていた。
「街をこんな高くから眺めるなんて初めてだ。空を飛んでるみたいに、遠くまで見えるんだな。なぁジールさん、あのでっかい空洞がそのトンネルなのか」
街は鉱山トンネルから延びる道を中央通りに据え、ホテルはその通りのシンボルとして建設されていた。
通り沿いにはホテルを中心に、様々な商店や露店、出店が並んでいる。そこを行き交う人の多さも、王都と並ぶ賑やかな様相だった。
「ホントに人が掘ったモンなのか? あまりにでかくて、遠近感が狂うな」
馬車が4、5台は並んで走れそうな横幅に、周辺の建物と比較しても、2階建ての建物より高く見えた。
ルジャンが眺めている間、行き交う馬車が途切れることはなかった。
「魔導具だよ。それを使って人が掘ったんだ」
「魔導って装備だけじゃないのか、穴も掘れるのか!」
「魔導探知だったり、さっきの昇降機とか、生活に使う物全般は、魔導具って括りで呼ばれてるな」
「へぇ、あのプラーガさんて人が1人で掘ったんじゃぁないんだな。魔導具かぁ」
「プラーガさんは計画者だな。地形を調査して、賛同者を集めて、資金を確保して、魔導掘削機を手配して、作業員を集めてって感じのまとめ役だな。寝る間も惜しんで駆けずり回ってたそうだ」
「いっぱい色んな事やってんだな。トンネル掘るだけって単純な作業だと思ってたけど、難しい話がいっぱいあるんだな」
「隣の国と繋がれば流通が盛んになって豊かになるって、何年もかけて掘ったんだ。それまでは国の端の貧しい地域で、商人ギルドも見放した街だったからな」
「軽薄そうなおっさんかと思ったけど、めちゃくちゃ頑張って、みんなのためになる仕事をしたんだな。人は見た目じゃないな」
「頑張った人へのご褒美かもな。掘ってる途中でトラム鉱石なんてお宝が出てくるなんて、誰も想像してなかった」
「なぁなぁ、部屋の中に風呂があるぞ!」
「覗いちゃだめだよー」
はしゃいだ様子でセイビアとマイネが隣の部屋からやってきた。
「お風呂のご用意を致しましょうか?」
ホテルの給仕はそう言いながら、熱いお茶を人数分入れてテーブルの上に並べた。
そしてティーポットを置いたカートから、お茶菓子やケーキのセットを取り出した。
「下に大浴場の案内がありましたね。そっちを使わせてもらいます」
「お部屋でお風呂とかー、初めてなのにー」
「プラーガさんのご厚意で宿泊するんだ。手間を取らせるような振る舞いは控えよう」
「アーシら仕事で来てんだもんな。風呂の準備なんて大変そうだし大浴場に行くか!」
「夕食はいかがなされますか? 2階のレストランのほか、お酒を嗜まれるようでしたら、下の階のバーカウンターもご利用いただけますよ」
「酒か……。お前らまだ未成年だよな」
「ジールさん! この菓子うめーぞ!」
ルジャンは口いっぱいにお茶菓子を詰めこみ、口の端から、高価な絨毯の上に菓子のクズをポロポロ落としていた。
セイビアとマイネは、高級茶葉の渋い味が舌に合わなかったようで、互いに苦い顔を合わせていた。
「……外でいいとこあったら、風呂の後にでも教えてください。庶民的な方がこいつらもくつろげると思うので」
ジールは砂糖のポッドの蓋を開けて、セイビアとマイネのティーカップに入れてやった。
「なんだ、そこに砂糖がはいってたのかい!」
「んねぇー、甘くしたらすっごく美味しいぃー」
ジールが困った顔で給仕と目を合わせると、その無言の訴えを察した給仕は、心得たというように、小さく頷いた。
そして、いくつかいい店をリストアップしてくれると、静かに約束してくれた。
「さ、食事前に汗を流そう。外の食堂だって汗臭い客は嫌がるからな。あと大浴場ではしゃぐなよ――って、子守の気分だ……」
(フィッシャー園のチビたちを思い出すな。まだ離れて数日か、フェリとターラは大丈夫かな……)
ジールの憂いとは裏腹に、ルジャンたちは、「大浴場」という単語に大はしゃぎしていた。
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