33 アンドラ鉱山都市
アンドラ渓谷。ファッド国と帝国サボンバ領を隔てる広大な山岳地域。
雲上は雪化粧が施されるほど雄大にそびえ立ち、山麓は険しい岩肌むき出しの渓谷が連なる。
その険しさは双方を行き交う者を拒む過酷な難所であり、いつしか大陸の壁と称されるようになっていた。
「でっか! なんだよあの城壁、王都と変わらねーんじゃないか!」
「ルジャンバカか、こんな山奥の辺境にそんなでかい街があるわけ――ってでっか!!」
馬車は小さな丘を越えて下りに入ると、空を遮っていた地面が消え、ルジャンの眼前には街を囲う巨大な城壁が一気に全貌を現した。
その声に釣られ、セイビアとマイネも馬車の窓を開けて頭を外に出すと、その雄大さに圧倒され目を丸くしていた。
「大きな街ってー、港にしかないって思ってたー」
作物を拒む瘦せ果てた荒地が目立ち、唯一の産業は山脈を掘って得られるわずかな金属。それが数年前までのアンドラ鉱山都市を取り巻く状況だった。
「1人の商人が前王と宰相を説き伏せて、国策として鉱山トンネルを計画して数年。こんなに急速に都市が発展した例はアソッド大陸全土でも珍しいだろうな」
ジールは窓から入ってくる山嶺からの吹き下ろす風を浴び、雄大な景色を思い浮かべながら目をつぶった。
(フェリとターラにも見せたかったな。落ち着いたら連れてくるか)
「でかい街なだけあって、検問も人が多いな、今日中に中に入れるのか?」
衛兵が人の出入りを取り締まる検問所の門の前には、数百人の列が出来上がり、ルジャンはその多さに目を丸くしていた。
先日出会ったような移住者と思われる人々や、出稼ぎと思われる人、行商人の馬車、武器を持った冒険者、様々な人で行列は構成されていた。
「そっちじゃない、大きい方の門だ」
検問所には、日常的に人の行き来をするための馬車が通れる程度の大きさの門と、その傍らには巨大な正門が併設されていた。
正門は人が十人は並んでも通れるであろう幅と、大人の男3人分ほどの高さ。物資の大量搬入や軍隊の出陣といった有事の際に、その重厚な扉が開くことになっていた。
「えぇっ、あんな大きな門、平時に使うもんなのか!? 偉い人が使う専用の門なんじゃ」
「なんのためにセキュリティーの高い身分証を作ったんだよ」
「これか。騎士の身分証ってそんなに凄いのか!?」
ルジャンは首から下げた金属プレートを服の中から引っ張り出した。
ギルドの身分証と違いネックレスも金属製で、金属プレートの表には、名前と所属部隊が彫り込まれている。
その裏には魔導の術式が刻まれ、端には小さな魔石が埋め込まれていた。
「魔石に血を垂らすのー、チクって痛かったー」
「自分の血が馴染むことで、この魔石とアーシらがリンクされたんだろ?」
「あぁ、だから発動に使う術式を唱えてみな。本人なら光るから」
セイビアが、「インティーム」と術式を唱えると、手に持った身分証の魔石がまばゆく強い光を放った。
「セイビアの身分証をマイネが持って術式を唱えてみろ、光らないから」
「えー、ホントにー? インティーム。あー、全然光らないー。でも、アタシの身分証は光ってるー!」
セイビアの身分証を持ったマイネの右手にはなんの反応もないが、自分の身分証を握った左手からはほのかな光が漏れていた。
「本人しか反応しない魔石なんて、この国で作れるのは国に仕える数人の技術者だけ。身元確認としてこれ以上正確なものは今のところないな」
セイビアは自分の荷物から、冒険者時代の身分証を取り出して見比べていた。
「冒険者ギルドの登録、身元確認なんてなかったな。受付のねーさん、アーシらが言う事そのまま鵜呑みにして記載してたよ」
「名前や経歴を偽って身分証を作ってる犯罪者もいるんだろ、偽造品も出回ってたよな」
ルジャンも冒険者時代の身分証を取り出し、まじまじと見つめていた。
「だから冒険者って検問に時間かかるだろ、身分証が怪しいから」
「おっきい街に入るときはー、いつも並んでたのー」
「村の農作物を街に売りに行く時もすっげぇ並んだし、尋問も長かったな」
セイビアとマイネは、牛車の荷台に乗って街に野菜を売りに行っていた、幼少期を思い出していた。
「一般の人は身分を証明できる物が少ないからな。検問する衛兵も大変だぞ、犯罪者やお尋ね者を街にいれたら減俸かクビ切られるからな」
「そう言われると、しつこく出身地域とか滞在目的とか尋問されて、うざってぇなって思ってたけど、納得しちまうな」
「衛兵も騎士服を着てる時点でわかってるから、身分証光らせればすぐ入れてくれるよ」
正門につくと、門番の衛兵たちはかしこまった態度で直立し、ジールたちの出方を伺うように待機していた。
「えと、これでいいっすか、インティーム」
ルジャンが御者席に座ったまま身分証を光らせると、衛兵はかしこまって一礼した。
セイビアとマイネは馬車から降りて身分証を光らせ、衛兵はその都度かしこまって一礼した。
「なんか偉くなった感じー」
「階級に合わせた態度をとってるだけだ、勘違いするな。すまないね、礼儀がなっていなくて。ルジャン、検問の時は馬車から降りろ」
「え、あぁそうか、すんません。見下ろす形で感じ悪いっすよね」
ルジャンが御者席から飛び降りると、衛兵は縮こまって声を震わせた。
「恐縮です。我々衛兵と違い、身分も立場もはるか上の方々ですから……」
一般人向けの検問所では、衛兵は高圧的な態度をとり、人々は裁かれるような面持ちで尋問されていた。
ジールたちへの衛兵の対応の違い、光る身分証、華美な馬車に珍しい馬と、全てが大衆の熱を帯びた視線を集める燃料となっていた。
「なんか、割り込みしたみたいで落ち着かないな。やっぱ並んだ方が良かったんじゃ?」
「じゃぁ、街で魔物が現れたらどうする? 順番待ってから退治に行くか」
「すぐに助けに行かなきゃ!」
「だからすぐ入れるようになってんだろ」
「っそうか!」
「特別って、ずるく見えるかもしれないが、その分責任も負ってる」
「ケーチ副隊長が騎士らしく振舞えって、そういう事なのか……」
「あぁ、だから注目を浴びている今こそ、騎士らしく礼節をわきまえた行動をしてくれよ」
最後にジールが身分証を提示すると、衛兵たちはなおさら身を震わせた。
「ジルちーのはー、なんか雰囲気違うかもー」
「仕組みは騎士と一緒だが、いかにも貴族ですっていう見栄っ張りな装飾がな……」
楕円の金属プレートまでは作りは同じだが、淵は一周金で覆われていて、使われている魔石も一回り大きく、リフレクトや他の術式も刻まれ、護身用としての機能も付随されていた。
「まずは宿に向かって身なりを整えてから。領主のフロッテラ家に挨拶に行く――」
「ハイジール・ベイ様……。もしやっ、ベイ家のっ!」
「申し訳ありません、少々お待ちいただけますでしょうかっ」
ジールの名前を確認するなり衛兵は慌てた表情を見せ、1人は門の脇、衛兵の詰所から駆け足で領内へ向かった。
「スムーズに入れるって言ってなかったか?」
「おかしいな、何か問題でも起きてるのか」
「ジルちー、もしかしてお尋ね者ー?」
「噂に踊らされた、どっかの冒険者が襲ってくるかもな」
「だ、誰のことかなー……」
過去の行いを突っ込まれ、ルジャンたちはバツの悪い顔を浮かべた。
ゴォゴゴゴゴ。
突然、腹の底に響く地鳴りが起き、ルジャンたちは体をびくつかせた。
検問を待つ人々も、その轟音に警戒して体を強張らせていた。
重く分厚い金属の門扉が、自分の意思を持つかのように、自動でゆっくりと、重々しくその口を開いていった。
滅多に見ることができない正門の開閉。そしてそこに現れた仰々しく整列した面々に、ルジャンたちも、検問を待つ人々も、驚愕した眼差しでその光景を凝視した。
門の奥から現れた群衆から、悠然とした足取りで1人の男が割って進み出た。
グレーのスーツを着こなす、真ん中分けのブラウンヘアーの男は、ジールを視界に捉えると、うやうやしく腰を低くし深く頭を下げた。
「ハイジール殿、お待ちしておりました。領主のプラーガ・ヘレズ・フロッテラです。早馬でこちらに来られるとの報告が来てから、この日をどれだけ待ち望んだか」
プラーガが頭を下げると、後ろに控えている使用人や従者、衛兵数十人も、同じく深々と頭を下げた。
毎日18時更新を予定しています。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。




