31 魔導とセイビア
夕暮れ時、地図の通りに視界のひらけた平地が現れた。
芝の地面と細い川の周囲には、所々に砂利や岩が転がっていた。
ジールたちは風よけのために馬車で四方を囲み、その中央で暖をとることにした。
野営のための荷物をそれぞれが降ろし始め、近くの川や芝の上から岩を集めて簡易的なかまどをこしらえる者もいた。
セイビアは馬車に乗せている薪の量を見ると、かまどを作っている者たちへ少し待つように伝えた。
「ルジャン、さっきの魔物から魔石採ってたろ。ちょっと貸しな」
「うん? あぁ、今持っていく」
ルジャンは川の水で魔物の血を洗い流してから、セイビアの元へ魔石を持っていった。
セイビアは地面の砂利をどかして土の地肌を露にすると、転がっている細い木の棒の先で土の上に術式を描き始めた。
「へぇ、セイビア、魔導の術式も書けるのか」
ジールが感心していると、セイビアは少しバツの悪い顔を返した。
「これだけは教わっておいてよかったって思うよ。馬車旅で薪は貴重だ。すぐ補充できるものでもないし、森で補充しようにも魔物が出る」
「計算もできて助かったぞ」
「できるからやらされるんだ! できないほうがよかったよっ」
セイビアは羽虫を追い払うように、ジールへ向かって片手をひらひらとさせた。
「じゃぁー、この術式の上にー、かまど作っちゃうねー」
マイネと馬車の乗員がかまどを積み上げていると、初めて見る魔導の術式に、数人の子供が興味津々に近づいてきた。
「杖のおねーちゃん、これで、さっきの炎が出るの?」
少女はマイネにべったり張り付き、セイビアの手元をまじまじと見つめていた。
「うーん、ちょっと違うかなー。でも原理は同じー?」
「えー、どっちなのー?」
小さな円の中に複数の文字と記号を描き、セイビアはその中心に小さな赤い魔石を置いた。
「何もおきないよー」
「この術式はこれだけじゃ不完全なんだ。最後に声で残りの術式を唱えて完成するんだよ」
「事故防止だよねー。魔導装備もー、トリガーのスイッチで誤作動を防いでるんだよねー」
「使い方によっちゃ危険なモンだからな。魔石置いた瞬間に炎が上がったら火傷しちまう」
セイビアは術式に近づかないように子供たちを遠ざけてから、最後の術式を唱えた。
「インティーム」
セイビアが術式起動のワードを発した瞬間、魔石から拳大の炎が上がった。
「すごぉーい! 不思議ぃー!」
少女が無邪気に火に近づくと、セイビアは少女の両脇を掴んで持ち上げた。
「危ないからあんまり近づくな。それに地面に書いただけの術式だから、踏んづけて消えると炎も消えちまう」
「これ、術式でも高度な方だぞ。魔石のエネルギーの持続時間を長くするタイプ。算術といい、士官学校に入れるレベルだな」
ジールが改めて感心していると、セイビアはぶっきらぼうな顔を返した。
「今はちゃんと起動したけど、暴発することもあるんだ。勉強も魔導術式も、できるからって向いてるわけじゃないんだよ」
「やっぱりガサツなだけじゃないか? 魔石が暴発なんて話はあまり聞かないな」
「魔導ってー、使う人の性格でるのー?」
「マイネだって炎をコントロールするのに、精神や頭の中のイメージが作用するだろ。人の感情が作用する事があっても不思議じゃない」
「ってことはー、セイちーがガサツってー、魔石が判断したんだー」
「マジか! 性格なんて関係すんのか。小さい頃は大人しい子だったんだけどな……」
セイビアは納得がいかず、腕組みして不満げな顔をもらした。
「それではー、瓶詰の野菜を汁ごとドボっと大鍋に入れますー、塩気はこの千切りした干し肉を――」
かまどに大鍋を置き、川から汲んだ水を注いだ。その水が沸騰する前に、マイネは材料をポンポンと大鍋に投げ入れた。
沸騰報せる泡が立ち始めると、中の野菜や干し肉がゆらゆらと揺れ、風味のある香りを漂わせた。
「――最後にー、向こうで生えてた香草を入れてひと煮立ちー! 瓶詰め野菜の煮込みスープの出来上がりぃー!」
湯気から漂う野菜の甘みと、鼻を爽やかに抜ける香草の香りに、ジールや馬車の乗員たちは腹の音を鳴らした。
「ホントに美味いな! 干し肉の塩気が野菜の甘さを引き立てて、香草の香りが味を引き締めてる。適当に材料を入れてるように見えたが、味のバランスが絶妙だな」
(瓶詰野菜のしなった感じが苦手だったんだが、逆にスープと馴染んで食感も良く感じてくるな)
「ジルちーありがとー! えへへー、小さい頃はお父さんとー、山に籠って狩りしてたしー、アタシがごはん担当だったんだー」
ジールが感心しながら舌鼓を打つと、マイネは横でニコニコと笑みをもらした。
「杖のおねーちゃん、これ食べて」
かまど作りの時にマイネに張り付いていた少女は、小さな丸パンを持ってきて、マイネの前に差し出した。
「ウチの村の小麦で作ったパンです、騎士様。料理は甘えてしまったので、パンだけでもお口にあえば」
一緒にカネマもやってきて、ジールたちに頭を下げながらパンを配った。
保存用に水分を減らした硬めのパンだが、小麦の素朴な香ばしさと、天然酵母の酸味が合わさり、噛んでいくうちに甘みが出てくる味だった。
「今年は小麦が不作の年、申し訳ないね」
ジールはパンをひとちぎりして口に運んだ。その味に口角を緩めると、カネマは安心したように表情を柔らかくした。
「逆に踏ん切りがつきました。狭い村に人だけが増えてしまったので。農業だけが生き方じゃないと、この子たちにも、色んな未来があることを見せられたらと」
「私も魔導が使える人になりたい! どうやったらできるの?」
少女は期待に満ちた目をセイビアへ向けた。
「アーシに聞いてるのかい? 嫌ぁーな勉強したら術式は書けるようになるよ」
「勉強は嫌な物なの? 村では勉強する機会なんてなかったよ」
「村だと教えられる奴がな。後はー、マイネパス」
「えー、アタシー? うーん、騎士になれば杖とか支給されるよー。このお兄さんに頼めばー、なんとかなるかもー?」
マイネは甘えるような目をジールに向けた。
「俺に振るなよ。でもそうだな、術式が書いてある紙のスクロールと魔石のセットとか、鉱山都市に行くなら、安く取り扱ってる店もあるだろう」
「貴族様の安くは、私らには手が届かないかと……」
カネマはジールと自分の服の生地を見比べた。
色褪せて薄くなった自分の生地と、光沢のある硬い襟の立ったジールの生地の違い1つとっても、この顔ぶれが並ぶことは2度とないだろうという、身分の違いを感じた表情を浮かべた。
「魔導は、まだ一般普及するレベルにはなってませんね」
「ジルちー、魔物を倒せばー、魔石はタダで手に入るよー」
「それでも倒すには相当な訓練が必要だし、術式の勉強だって、専門知識を持った人間から学ぶ必要がある」
「んねぇー、魔石だけで魔導って発動できないのー?」
「アーシも、習っただけで仕組みは知らねーよ。どうなんだジールさん。なんで面倒な術式が必要なんだ、簡単に使えるようにならないのか?」
セイビアとマイネは、少女にどうにか魔導を使わせてあげたい、そんな一心だった。
「うーん。イヤーなお勉強の話になるよ?」
「お勉強してみたい!」
セイビアとマイネは「お勉強」という単語に拒否反応を示したが、少女は目を輝かせてジールへ注目した。
「魔石はエネルギーの塊なんだ。で、この魔石君は1人では何にもできないんだが、術式さんがこの魔石君に火を出せと命令すると、なんと火を出すことができるんだ」
「魔石君と術式さん! ジールさん、あんた意外と面白い言葉使うね! 2つはセットじゃないと力を発揮できないって事か」
「戦闘中のジルちーとアタシたちみたいな感じー? 指示してくれたらいつもより力出せたよー」
「人間も、魔石も、術式も、1人じゃ大したこと出来ないって意味では同じかな――って、やっぱり難しかったかな」
「なんで2人は一緒なのかなー、1人じゃダメなのかなー」
少女は新たな疑問が生まれ、首を傾げながら宙を見つめていた。
「えいっ、てやって炎とかだせたらいいのに」
少女は右手を前に伸ばし、広げた手の平を火の方へ向けた。
その仕草を見るなり、カネマは体を硬直させ、引きつった表情を見せた。
「貴族様すいません。まだこの子は勉強不足で……」
「え、どうしたの?」
カネマの怯えた表情を見るも、少女はキョトンとしていた。
「その仕草はな、魔族が魔法を使う構えなんだよ」
「魔法? 魔導となにが違うの?」
カネマの説明を聞いても少女はまだ目を丸くし、首を傾げていた。
「魔法は、まず魔族の事から話さないと。ええと、何から話せば……」
カネマは言い淀み、ためらいの目をジールへ向けた。
(うちのチビたちも、なんでなんでモードに入ると長いんだよな……。まだしばらく続きそうだな……)
ジールは面倒そうな顔をしまい、頬を掻きながら口を開く事にした。
「何も使わずに魔導を使えるのが魔族なんだ。魔族はそれを魔法と呼んでいる。昔の話だよ」
「昔の話ですが、祖父や親、代々ずっと語り継がれています。魔族は手をかざすだけで、数十人の命を一瞬にして奪うと、魔法は恐ろしい能力だと……」
カネマは青ざめた表情をしているが、少女にはその恐怖があまり伝わっていないようだった。
「トラウマになるくらい、子供の頃から言い聞かされてる人いますよね。実際その魔法で、当時の人間の半数が殺されたとも言われていますし」
「その反動で、今の子供たちにはあまり話さずにいたのですが……」
「魔族って昔の悪い人だよね。魔導も悪い事なの?」
「えぇと、どう説明したら。魔導と魔法の違い、私らも詳しいわけじゃなくて。人類が模倣して技術が生まれたとしか」
少女の屈託のない質問に、うまく答えられない歯がゆさを表に出し、カネマはジールに助けを求めた。
「そうだな。魔族が使う魔法は便利だから、人間も使えるようになりたいなーって思ったんだ。今の君みたいにね。分かるかな?」
「私みたいに、真似してみたいって思ったの?」
少女はジールの目をジィッと見つめた。
「そうそう! 沢山の人がどうやったら真似できるかなって、一生懸命考えて、実験して、いっぱい失敗して生まれた技術が、魔導っていうんだ」
「昔の人も私と一緒。それでみんながすごく頑張ったものだから、簡単には使えない……」
少女は難しい顔をして、両手で頭を押さえるように抱えた。
「これがお勉強なのね、頭がいっぱいで大変だわ……。今は騎士のおねーさんの気持ちが、一番わかる気がするわ……」
「頭が疲れた時は甘いもんがいいぞ。これでも食いな」
セイビアは瓶に入ったパシモアの実の砂糖漬けを取り出し、その1つを少女に与えた。
「今度王都に来な。美味いパイもあるし、火おこしの術式なら教えてやるよ!」
「ふわーい……!」
少女は満面の笑みで頷きつつも、ウトウトと目を緩ませた
「我々もそろそろ。火の番は私らで交代してやりますので、貴族様と騎士様はどうかお休みになってください」
「いいんすか! やったなセイビア、マイネ!」
はしゃぐルジャンをジールが制した。
「いえ、俺たちも一緒に交代します。元気そうだからルジャン、お前はしばらく起きてろ。後は順番に、セイビア、マイネ、俺の順で。魔物や野盗が来たらすぐに全員を起こせよ」
「えー、アタシー、最後がいいー」
「それでもいいよ。セイビアは2番目でいいか」
「あぁ、それでいいよ。ってジールさん」
セイビアはジールの耳元に口をもっていき、小さな声で耳打ちした。
「あの人たち信用してないのか? もしかして怪しいところあったのか?」
「え? あぁ、魔導装備一式、農民なら売れば一生暮らせる額だ。どんなにいい人でも、目の前に大金置かれたら豹変する事もある。彼らを犯罪者にしないためにも、俺たちも火の番に参加した方がいいだろうな」
「あんたがそういうなら、そうなんだろうな。分かった……」
親交を深めつつも、常に相手を警戒する姿勢を怠らない、ジールの政治的な人付き合いに不服そうな顔をしつつも、セイビアは頷いてみせた。
「それにな。緊急事態になったら素人じゃすぐに動けない。訓練されたヤツは1人起きてた方がいい」
ジールの付け足した言葉に、セイビアは目をハッと見開いた。
「本音はそっちかよ! 最初に疑ったアーシが悪モンみたいじゃないか!」
セイビアは一度ため息をつき、言葉を続けた。
「ジールさん、あんた本音と建て前がわかりにくい! 多分本音の方が好かれるぞ! あぁ、だからフェリさんと妹があんなに懐いてんのか。マイネもなんか言ってたな、思ったよりいい人だって」
「俺は安心して寝たいだけだ。ふぅ、先に休ませてもらうぞ」
ジールは馬車から毛布を取り出すと、火から少し離れた場所で毛布にくるまって横になった。
馬車の乗員の女性や子供は馬車の中で横になり、男たちは火の回りで横になって、順番に火の番を続ける算段をつけていた。
「それって、アーシらの事は信用してるって事だろ」
「ジルちー、思ったよりいい人でしょー」
「アーシが言うのもなんだけど。自分を襲ったヤツらをこんなすぐに信用して、疑り深いのか不用心なのかわかんねーよ」
「ちょっとセイちーに似てるかもねー」
「アーシが? 冗談よしてくれよ。大臣とバトルようなヤツと一緒にすんな」
「そうかもー。わかんないやー、ふわぁー、アタシも寝るねー」
マイネは毛布を持ち出すと、ジールの近くへ行って横になった。
「マイネが懐くなんてな。ルジャン! アーシ馬車ん中で寝るから、なんかあったらすぐに起こせ!」
「おぉっ! わかったぞ!」
ルジャンは快活に返事をしてみせたが、その目は遥か遠くに見える渓谷の影を見据え、先ほどの少女とはまた別の種類の難しい顔を浮かべていた。
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