30 強さの違い
幌の上には、四ツ目猿の死骸が1匹横たわっていた。
ジールはそれを剣を使って地面へずり降ろした。猿の死骸は案山子のゴミのように地面を数回跳ね、後方へ転がっていった。
最後方の馬車も幌の屋根に死骸が横たわっていた。ルジャンはその猿の死骸を馬車の中に引きこんだ。
馬車の床に、ドサリと、肉の塊が落ちる重い音が響いた。
「ルジャンっ、何してんだ!」
「魔物の魔石を抜き取るんだ! 騎士団で高値で買い取ってもらえるって、ケーチ副隊長が言ってた」
「馬車の中で魔物の解体をするなっ。みんな怖がってるだろ。血の匂いにつられて新手の魔物が来る、さっさと捨てろっ」
馬車の中の女性や子供は魔物の死骸に怯え、ルジャンが突き刺した剣で周囲に血が飛び散ると、さらに顔を青くした。
「え? あぁ、そうか、ごめんなさい」
猿の胸に刺した剣の先からは、魔石の硬い反応があり、ルジャンは魔石を素早く抜き取って、死骸を馬車の外へ放り投げた。
森を抜けると広い草原の街道にでた。鬱蒼と生い茂った木々の枝葉の暗い影から、明るい日差しの下へ出て、馬車の中の人々の表情にも少し明るさが戻った。
「ここで一度止まろう。乗員の怪我や馬車の損傷を確認をするぞ」
ジールはまず自分の馬車の確認をした。
オックスも応戦したようで、ツノの先に魔物の赤い血が付着していたが体に傷はなく、馬車も擦り傷程度の損傷だった。
襲われていた馬車は幌が穴だらけになったりと、外装の損傷は激しかったが、馬や車輪などの運行に必要な部分の損害は見られなかった。
「治療するなら今がいいだろう、怪我人はどれくらいいる? 感染症も怖い、擦り傷でも見せてくれ」
ジールの声を聞き、馬車から続々と人が下りてきた。
小さな子供が数人、若い男女の夫婦と思われるカップルが5組ほど、最後に年配の男が下りてきて、集団を代表して声をかけてきた。
「私はこの子たちのまとめ役のカネマと申します。騎士様、危ないところを助けて頂き、しかも治療まで、本当にありがとうございます!」
カネマが深々と頭を下げている横で、大人も子供もルジャンたちを囲みお礼の嵐が飛んでいた。
「ずいぶんと多いな。商人て感じじゃないし、魔物の多い森に護衛無しなんてどうしたんだ」
ジールの問いに、男性の若者はルジャンの剣やガントレットに目を輝かせながら、興奮気味に声を上げた。
「鉱山へ向かうんですよ! なんでもこれから栄えるって話でね、貴重な金属が取れるとか」
まだ数日はかかる距離だが、街道の先に目をやると、空の雲を被った渓谷が見えた。
「出稼ぎ、いや移住か」
「はい、村に継げる畑もない次男三男ばっかで、嫁や子供連れて移住もありかなって。みんなで金出して馬車を手配したんですが、このままあの世に旅立つ所でしたよ。流石騎士様です!」
若者は英雄でも見るかのような憧れた視線をルジャンへ送っていた。
「へへ、俺も人の役に立ててうれしいぜ!」
「魔石の回収なんてしなけりゃ褒められたんだがな」
「え、ダメだったか?」
「お前は人を守りたいんじゃないのか? 血の匂いで他の魔物が来たらまた危険にさらされるぞ」
「……っ! ジールさん戦い慣れてんだな」
「戦いに慣れなんてない。この戦闘もあれが最善だったか、もっといいやり方もあったかもしれない。さぁ、怪我人は傷の具合を見せてくれ」
ジールがクリエ草の塗り薬の使い方の説明を始めると、泣きべそをかいてる子供や、その親が集まり始めた。
「そうだ、怪我した人もいたんだ。忘れてた……」
剣に興味を示した若い男性が数人、ルジャンの周りに集まっていたが、ほとんどの乗員はジールを囲んでいた。
「ずっとみんなの事考えて声出してたもんねー、頼りになる人の周りに集まっちゃうよねー」
「指導者ってのはあーゆーのを言うんだろうね。指示出しや状況判断が速いよ」
怪我の具合を確かめ、それぞれに治療を施すジールの姿がそこにあった。
セイビアとマイネの眼差しには、深い感心と敬意が滲んでいた。
「同じくらい活躍したと思ってたけど、俺、みんなの事考えてたかな……。魔石の時怖がらせちゃったし、俺、みんなを守れてたのか……?」
他人のために動くジールと、真っ先に魔石という自分の利益を優先した自分を比べ、ルジャンは自分を恥じ、戦闘の高揚感はすでに消えていた。
「そうだみなさん、よかったらこの後の野営も一緒にどうですか。食料の買いすぎで馬車が重いんです。一緒に消費してくれると助かります」
「助けて頂いたうえさらに食事まで、なにをお返ししたらいいか」
ジールの提案にカネマは深々と頭を下げ、何人かはジールに向かって神を仰ぐように手を合わせていた。
「装備も食料もみなさんの税で買った物です。お返しするのはこっちですよ」
「ジールさん、太っ腹じゃねーか」
「セイビア、実際重いんだよ。オックスに負担かけたくない」
(もう少し軽ければ、猿に襲われる前に追いついてただろうな……。まぁ言わなくていいか)
ジールは地図を取り出すと、カネマと野営地を検討し、そこまで馬車を並走する事にした。
他の馬よりオックスの方が移動速度は速いため、この時だけはペースを落とした。
セイビアとマイネは同じ農村出身者として、馬車を並走させながら、女性や子供たちと世間話に花を咲かせていた。
和やかな雰囲気が流れる横で、ルジャンは御者席に座り、1人難しい顔をしていた。
「俺の戦い方、間違ってるのか……? ジールさんと何が違う……」
魔物を倒す事は出来た。
しかし人を守ると言う意味では、ジールに遠く及ばないとルジャンは感じていた。
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