29 四ツ目猿との攻防
「あれは、四ツ目猿か!?」
ジールが目を凝らすと、いくつかの特徴が四ツ目猿の姿と一致した。
(まだ後ろ姿しか見えないが、長い腕と、灰色の毛、毛の落ちた尻尾を振り回しているのも一致するな)
「どんな魔物ー?」
「尻尾の先端を硬化させて、槍のように突く攻撃をしてくる。人の子供くらいの体躯の割に、リーチが長いから目測を誤りやすい、気を付けろ」
「それならアーシも図鑑で見た事ある、顔と額に2つずつ、計4つの目があるんだ。視野が広くて知能が高い、集団で狩りをするヤツだっ」
「全員、ガントレットに装填しておけ」
ジールを始め、3人も慣れた手つきでカートリッジを装填した。全員に、体を包むように薄い透明の膜が一瞬現れた。
「マイネ、狙えるか」
ジールも馬車の屋根に飛び乗り、マイネの隣に立ち、まだ遠くに見える魔物の群れに目を向けた。
「まだ矢が届く距離じゃないよー」
「杖ならいけるだろ、やってみろ」
マイネは杖を取り出すも、不安気な瞳をジールに向けた。
「馬車に当たっちゃうかもー、この距離だとコントロール難しいよー」
「正確に当てる必要はない、馬車の上空に派手なのを一発ぶちかませ!」
「倒さなくてもいいのー?」
「魔物は脅威に反応し意識がこっちに向く。馬車の人間なら助けが来たとわかる。それで粘り方も変わるだろう。俺たちはその間に距離を縮める!」
「わかったー、いくよー」
マイネが杖のトリガーを引くと、人の頭ほどのサイズの炎の塊が頭上に現れた。
「精神を集中してー、体内のエネルギーを魔石に融合させるイメージでー」
発射されるのを待つように、火球は頭上でゆらゆらと揺れ始めた。
「弓を射るようにー、遠くの標的を狙ってー、矢の放物線をイメージして、火球を同じように動かすー。えいっ、届けぇーっ!」
頭上の火球は放物線を描き馬車へ向かって飛んでいくが、風に煽られて大きくそれてしまった。
「威力かなー、コントロールのせいー?」
「コントロールはいいぞ! ほらカートリッジ、これで火力を上げろ」
ジールからカートリッジを受け取ると、マイネは杖の柄の内部に装填して再度トリガーを引いた。
「か、火力強すぎーっ、ぎ、逆にコントロールがー」
マイネの頭上には、今度は馬車のサイズほどの大きな炎の塊が現れた。
「道が悪くて馬車が揺れるな。マイネ、杖に集中できるか?」
「頑張れマイネ、アーシが支えてやっから」
マイネが屋根に両膝をつくと、御者席から身を乗り出したセイビアがその膝をしっかりと抑えた。
「ふー、ふー、いくよぉー!」
マイネの額からは集中で汗があふれ、その汗が目を伝った。それでもマイネは前を走る馬車一点を見つめ、その杖を振りかざした。
巨大な火球は一直線に勢いよく飛ぶと、馬車の上で爆発するように火種を辺りにまき散らした。
火の雨が降ったように、無数の炎の塊が、馬車を囲う猿の群れに降り注いだ。
体の毛に引火した炎に慌てふためくと、猿の群れは馬車から距離を置き、森の中へ四散していった。
「た、助けが来たぞっ、俺たちも応戦しようっ!」
馬車にはまだ数匹の猿が張り付いているが、馬車の中の男たちが畑道具のクワや木の棒で応戦すると、残りの猿も森の中へ引いていった。
「これで終わりー? 馬車の人たち大丈夫かなー」
「まだだ、森の中を見ろ」
マイネがゴーグル越しに森を見ると、猿の群れの魔素は、ジールたちの馬車を警戒しながら、馬車と並走するように森の中を移動していた。
「ルジャン今の内だっ、先頭の馬車の横に付けろ!」
「あぁ! わかった!」
ルジャンは腰の剣がいつでも抜ける事を確認しながら、手綱をさばいた。
襲われている馬車は3台、布の幌で覆った荷台はあちこちに穴が開き、その穴から中の様子を伺うと、中には十人弱、女性や子供の姿も多く見られた。
武器を持った男たちは険しい顔ながらも、ジールたちが到着したことに安堵の表情を漏らしたが、幌の中の女性や子供たちは不安に満ちた表情で身を寄せ合っていた。
「大丈夫か、被害は? 命に係わる怪我をしている者はいるかっ」
「き、貴族様に騎士様! 怪我をした者は数名、他の馬車もそれくらいです」
ジールたちが合流する頃には、猿の群れも体制を整え、4台の馬車は囲まれた状態だった。
「うじゃうじゃいるな、100匹くらいか? 俺はバカだから全然数えられないぞ」
「これ全部アーシらで倒すのか、骨だぞ……」
「ルジャンっ、真ん中の馬車の横に付けろ。俺とルジャンで馬車に飛び移るぞ。俺は先頭の馬車、ルジャンは最後尾に飛び乗れ」
「アーシも飛び乗ってみんなを守るよ」
「わ、私も飛び乗れるよー」
「マイネは森の中のボスを探れ。四ツ目猿のボスは慎重、森の中から隠れて指示を出している。そいつを狙うんだ! セイビアは無防備になるマイネを守れ」
「馬車はどうすんだいっ」
「馬車のコントロールはオックスに任せていい。頭のいいヤツだ、このまま並走してくれる、行くぞっ」
ジールとルジャンはそれぞれ馬車の御者の隣に飛び乗り、セイビアとマイネは馬車の屋根の上で臨戦体制をとった。
「皆さん姿勢を低くしてくれ。猿の攻撃と、俺たちが振り回す剣の被害にあわないように」
その瞬間、ジールめがけて飛びついてくる猿が2匹いた。ジールはすかさず御者の頭を押さえつけ、素早く剣を振りぬき、2匹を地面に叩き落とした。
「悪いが御者のアンタも頭を低くしてくれ、剣で切られたくないだろ」
「ひぇっ、頼んますっ」
御者は体を縮こませて、手綱と前方だけに集中した。
ガンッ、ガンッ、馬車の側面から木の抉れる音が聞こえた。
猿の群れが馬車に取り付き、硬化した尻尾の先を槍のようにして、馬車の木枠や幌へ突き刺していた。
「武器を持った俺より、中の女子供に狙いを定めたか」
「ジールさんっ、馬車に取りついたヤツら、せっかく装備で強化してるのに、剣が届かなきゃ意味がないっ」
「届くところに移動すればいいだろっ。幌の中へ入れ、良い感じによく見えるぞっ」
穴だらけになった幌の隙間からは、猿の灰色の毛がチラチラと見えた。
その穴の先に目を向けると、ジールは四ツ目猿の目の1つと視線が合った。
「この視界の狭さじゃ、目が4つあっても長所が活かせないな」
ジールは穴に向かって剣を突き刺し、猿の目を潰していった。
「なるほどっ! みんな頭低くしてくれよっ、猿の尻尾も俺の剣も食らいたくないだろ!」
ルジャンも幌を突き破ってくる尻尾にめがけて、カウンターで剣を突いた。
猿は死角からの攻撃に怯み、手数が次第に減り、攻めあぐねている様子が伺えた。
「この人数を守りながら戦うには、持久戦になったらこっちが不利だな。マイネっ、ボスの反応はわかるか」
「一番大きい魔素の反応がそうなのー? 色も濃い黄色くらいー 他より強そうな色だけどー」
ゴーグルの向こう側に映る魔素の個体から、指示をするような大きな雄たけびが定期的に上がっていた。
「あぁそうだ! 魔素の大きさイコール強さ、青より黄色、群れの中で一番強いのがボスだ!」
「見つかったけどー、杖で森の木を避けるコントロールするのは難しいよー、キャッ」
猿の鋭い尻尾の突きがマイネを襲った。
セイビアがすんでのところで尻尾を掴み、その尻尾を掴んだまま猿を大きくぶん回すと、新手の猿へ向けて放り投げた。
「森なら弓だろっ、村でもずっと狩りしてたんだ。得意なヤツでぶっ放しな」
「セイちー、そだねー! 装備で身体能力も上がってる、目だって速さに追いつける、今までより強く弓も引ける。これくらいの距離ー、飛ばせると思うー!」
マイネは身体能力の上がった腕で弓を限界まで引いた。杖よりも慣れた仕草で矢を放つと、その矢は枝を薙ぎ払いながらボス猿の体をかすめた。
「しとめきれないー、速いのー」
「仕留められなくてもいい、何度も傷を負わせてやれっ」
「わ、わかったー」
マイネは何度も矢を放つも、ボス猿の動きは速く、毛並みをかすらせるので精いっぱいだった。
セイビアは馬車の中から新しい矢を補充したり、まとわりつく猿をいなしたりと、徹底してマイネのサポートに回っていた。
「さっきからー、何度もかすってるのにー、動きが止まらないー」
「マイネっ、そろそろ矢が尽きる! 集中しろっ、他の事は考えんなっ」
「うんー、ふぅー、猿は1匹、猿は1匹、他は気にしない、森のボスだけぇー」
マイネは矢羽根を掴んだ右手を思い切り引き、何度も深呼吸をして、ボス猿を狙いやすい一瞬の機会を探った。
「昔からー、狩りはやってたからー。動きのパターンだって、ずっと見てればわかるからー」
その瞬間、ボス猿は指示出しの咆哮を上げ、動きを一瞬止めた。
「今だぁーっ!」
放たれた矢は、ヒュっという音を置き去りにし、すさまじい勢いでボス猿へめがけて飛んで行った。
かすめた枝葉では軌道はずれず、勢いもそのままにボス猿の片腕を射抜くと、ボス猿は鈍器で殴られたように態勢を崩し、木から落下した。
「くぅーっ、致命傷にはならないー」
落下した直後、無事だった片腕と尻尾で器用に木の幹にしがみつくと、ボス猿はマイネへ血走った目を向け、うめき声にも似た雄叫びを上げた。
雄たけびを聞くなり、馬車に群がっていた猿の群れは一斉に森の中へ入っていった。
「あれー、猿が引いていく、仲間思いな感じー?」
「猿山のボスが交代するのはボスが弱った時。群れのナンバー2がボスに止めを刺しにいったんだ。残りの猿も自分たちの組織図が変わる瞬間だ、馬車を襲ってる場合じゃない」
「えっぐー、ボス争い始まったんだー。あ、だからボスを狙えって言ったんだー」
「この数倒すだけなら難しくはないが、馬車や乗客は無事じゃすまないからな」
ジールは先頭車両から後方を見渡し、猿の群れが残っていないか確認した。
「ルジャンっ、後ろの馬車はまだ動けるか」
「あぁ、御者は怪我したが無事、馬も元気だ」
「引き返してこないとは思うが、馬車は森を抜けるまでこのスピード維持しろ。セイビアとマイネはしばらく休んでいろ、見張りは俺がやる」
御者の肩に手を置き「森を抜けるまでもう少しだ」と声をかけ、ジールはもう一度周囲を警戒した。
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