28 オックス
移動手段と言えば徒歩。
たまに懐に余裕があれば芋を洗うようなギュウギュウに混雑した乗合馬車。
それが今日までのルジャンたちにはせいぜいだった。
「セイビアっ! こんな高級車に乗れるなんて! すげぇな」
「アーシらは一度、ってかルジャンも気ぃ失ってるときに乗ってんだよっ」
「えぇっ、そうなのか」
まじまじと馬車を見ていると、馬はルジャンを視界に捉えた途端、足元に激しく唾を吐き捨てた。
「何でっ!?」
「飼い主に剣を向けたからだろ、ウチの馬は賢いんだ。不機嫌なままじゃ旅にならない、ご機嫌とっておけよ」
ジールはエサとブラシの入ったバケツをルジャンに渡す。
「ジルちー、この子馬なのー? 魔物じゃないよねー?」
マイネは、「いい毛並みですねー」と声をかけながら、馬の毛並みにブラシをかけた。
「普通の馬だよ。移動も戦闘もこなせる、海の向こうの遊牧民が使うオックス種のオックスちゃんだ」
「ちゃん! メスなのか! ってジールさん名づけ適当すぎだろ!」
「足も速いし売れると思って輸入したんだが、需要に刺さらなくてな。うーん、頭が良すぎて人を選ぶのがいけないのか、ルジャンは好みじゃなかったか」
「ガァーン、好みじゃないって……。さ、さぁオックス様、どうかご機嫌を直してください」
ルジャンは恐る恐るオックスに近づき、野菜の葉を差し出した。不機嫌な顔をしながらも、オックスはむしゃむしゃと食べ始めた。
「んねぇー熊とかー、動物も人を襲うでしょー、魔物と何が違うのー?」
「体内に魔石があったら魔物だ。って子供でも知ってるぞ! そりゃ冒険者ランクの筆記に落ちるわ」
「んねぇー、アハハー」
「どこに笑うとこあった? 動物でも、魔素の強い地域にいると魔物化することもある。今回のダンジョン探索は、そういう捜索も兼ねてるんだから頼むぞ」
そう言いながら、ジールは4人乗りの馬車の中に荷物を押し込んだ。
中は人数分の荷物が散乱し、ジールはどうにか押し込めて座るスペースを確保した。
「これ1台しか出せないから、中は2人が限界だな……。ったくなんだこの荷物の量は」
「女の旅は荷物がかさばるんだよ。流石貴族仕様、狭くても乗合馬車より乗り心地いいな!」
セイビアは馬車に乗り込むと、空いた席にドカっと座り、足を組んで満足げな笑みをもらした。
「王様気分だな。狭いのはお前らの荷物多いからだ。なんだよこの袋の山は」
「だって専用の馬車あるって言うからー。お給料も入ったしー、下着とかー、オシャレなのいっぱい買ったのー」
「ジールさん聞いてくれよ。似たような服ばっか買って、何時間も付き合わされたんだ」
「はぁ? わかってないねルジャンは、そのちょっとの差が大きいんだよ!」
「全然違うのー、気分で変えたいのー」
「服なんてみんな一緒だろ、見分けつかねーよ」
「俺もターラのドレス、見分けつかない時あるな。だがルジャン観念しろ、女性がこうなったら男は勝てん、多少狭くても我慢するか……」
「ジールさん貴族で金持ちなんだろ、もっとでかい馬車出せないのかい?」
「俺が好きに仕える金は役人の給料分だけ。それも園の運営費やダーラの留学費用に充てる分もあるし。こんな無駄遣いうらやましいよ」
目の前の布袋の山にため息をもらしながら荷物を押し込み、ジールも自分の座る場所を確保した。
「御者は任せていいんだよな、俺は仕事あるから無理だぞ」
「家の畑で牛車使ってたから勝手は一緒だろ。3人で交代しながらやるよ」
(大丈夫かね……?)
ジールは難しい顔を浮かべ、屋敷の方へ視線を向けた。
門の前では、フェリとターラが不安気な面持ちでジールを見つめていた。
「お兄様、いつ帰ってくるのですか」
「オックスの足なら片道4日、向こうで数日、合計で2週間もかからないさ」
ジールはターラの頭を優しく撫でながら言葉を続けた。
「寂しそうな顔するな、お土産は何がいい? 鉱山だと魔石絡みかな。護身用に魔導装備でも買ってこようか」
「お兄様、可愛くないわ」
(だよね。ムッサー隊長の気持ちがわかるな、俺もマイネに聞くか?)
「お土産は、無事なお兄様がいいです」
「留学とか、離れることは何度もあっただろ」
「向かう先はダンジョンよ、今までと違うわ。魔族の残したダンジョンは、罠がたくさんあって危ないと聞くわ」
「今回のは自然発生した天然の洞窟ダンジョンだ。魔素が濃いからその調査をするだけ。危険は少ないよ」
「でもさっき、魔物化した動物もいるって……」
ターラはジールの上着の裾をギュッと掴んだ。
「討伐が目的じゃない。発見しても逃げて報告するだけでいいんだ」
ジールがターラの頭をポンポンと撫でると、ターラはしぶしぶと言った顔で手を離した。
ターラの隣では、フェリも同じように渋い顔をしていた。
「フェリがいた方が助かるんだが。ターラの事を考えると、フェリがいてくれると安心だ。俺たちの家を頼んだぞ!」
「俺たち……」
「フェリと、ターラと、俺で、俺たちだ」
「わかりました。私たちの家、ジール様が帰ってくるまで、守り通します」
フェリは「俺たち」を「私たち」に言い換えると、気持ちを引き締めたように、真剣な眼差しになった。
「留守中、ムッサー隊長やケーチ副隊長に、定期的に家や園に顔出してくれるよう約束してある。何もないと思うが、一応気をつけてな」
「気を付けて、は私のセリフですよ!」
「大丈夫だよ。あいつらも結構戦えるし、お守って意味では面倒だけど」
「ジールさん、アーシらだって子供じゃない。旅だってそれなりに慣れてるよ!」
セイビアは馬車から降りると、フェリとターラの前に立ち、軽く頭を下げた。
「フェリさん、妹さん、アーシらの都合で、ジールさん借りてくことになって、すまないね」
「ホントだよ、しばらくロッカス亭のパイも食えなくなる」
「お兄様、面と向かって悪態をついては失礼ですよ。セイビアさん、お兄様をよろしくお願いします。皆さんもお気をつけて、帰ってきたら一緒にお茶をしましょう」
寂しそうな目を残しつつも、ターラは精一杯に微笑んでみせた。
「妹さん、めっちゃいい子じゃないか。美人なフェリさんもいたら、ジールさんが王都を離れたくない気持ちもわかるな」
「わかってくれるかセイビア。まぁさっさと行って帰ってこよう。ルジャン、乗ったらすぐ出してくれ」
ジールとセイビアが乗り込むなり、扉を閉める間もなく馬車は発射した。
「了解だ!」
「出発シンコウ―!」
ルジャンとマイネは御者席に並んで座り、調子を上げた声を発しながら手綱を引いた。
「悪いことしちまったな。ジールさんに、あんなに懐いてる妹がいるとは」
馬車の中のセイビアは、少し渋い顔をしていた。
「セイビア、意外と気を遣うんだな。前の2人は能天気にはしゃいでんのに」
「あいつらだって気にしてんよ。ただ、どういう態度をとったらいいかわかんねーから、あーやって誤魔化してんだ」
「それでお前が代表して挨拶したのか。礼儀正しいとこあるんだな、意外とお辞儀の所作も丁寧だし」
「意外とって、そんなガサツに見えるのかよ」
馬車がガタンと揺れ、積み上げた荷物が崩れてセイビアの頭に落ちてきた。
「ルジャン! 荒っぽい運転するんじゃないよっ!」
「ガサツじゃないのか?」
「そりゃ、3人でいると、そう見えるかもしれねーが」
そう言いながら、セイビアは散らばった荷物を整理し始めた。
散らばった荷物の中にあるジールの書類を拾うと、なんとなしにその中身に目を通し、セイビアは軽く首を傾げた。
「ん? これ、計算間違ってんじゃねーか。貴族だってガサツなとこあるじゃないか!」
セイビアが得意げに書類を突き付けると、ジールはその書類を手にし、セイビアと書類をまじまじと交互に見た。
「な、なんだよ、そんなじろじろ見んなよ」
「3バカじゃなくて、2バカだったのか。ホントに間違ってるよ、この計算」
御者側の小窓が空き、マイネが顔を覗かせた。
「2バカってひどーい、村ではお勉強なんてしないもんー。牛やお野菜育てるほうが大事だよー!」
「牛を育てるだけで、計算は身につかないだろ」
「アーシら畑やってたんだよ! 農作物だって街に売りに行く、計算くらい誰でもできる」
「できたのはセイちーだけだよー。セイチーはお嬢様だから、お勉強いっぱいしてたんだよー」
「口の悪いお嬢様もいるんだな」
「アーシじゃなくて、ばあちゃんがな。つっても自称だし、ホントかどうか怪しいモンだ」
「没落貴族って言うんだろ? 偉い人が平民になるやつ」
ルジャンが言葉を投げかけると、セイビアは肩をすぼませた。
「どーだかな。いつか上流階級に戻るため、とか見栄張った事言ってたけど。どうせ話盛ってんだよ、アーシに勉強させるために」
「それでも、その祖母に感謝だな」
「感謝ぁ? 歴史とか経済とか勉強して、腹が膨れるかよ。畑耕してた方が何倍もマシだ」
「じゃぁこの書類、計算違いだけ弾いてくれ。それだけでもかなり助かる」
ジールは書類を分別して、セイビアの前に紙の束を差し出した。
「えぇ、アーシが仕事手伝うのかい? って、感謝ってそういう意味かよ! ジールさんがばあちゃんに感謝してるって事か」
「俺も父親とは反りが合わなかったが、こうやって仕事してみると、感謝する部分もあったのかな、とたまに思うよ」
「そういや、ジールさんも両親を……。ってこんな計算式見ながら感傷的な気分にはなれなーよ。マイネ、ちょっと変われ」
「まだ前がいー、王都出たら変わるー」
セイビアは文句を言いながらも、マイネと交代する頃には、渡した書類の仕事はきっちりとこなしていた。
「中はふかふかの椅子だー。ジルちーありがとー!」
「もっといい馬車はあるが、乗り心地はいい方かな」
「それだけじゃなくてー、引率とかー、やり直しのチャンスくれたりー」
マイネはニコニコとジールへ笑顔を向けた。その屈託のない瞳に流されて、ジールは少し肩の力を抜いた。
「いずれ鉱山の視察はしなきゃいけなかったんだ。セイビアも引率の件は気にするな。どっちにしろ行く予定ではあったんだ」
(フェリとターラを連れてく予定だったんだけど、もうそれはいいか)
「どこ行ってもお仕事なんだねー」
「それなりに忙しいから食事の用意とかは頼むぞ。栄養がある食事と、美味しい食事の違いは分かるか?」
「えぇー? 食事は美味しいものでしょー? 栄養とかわかんないよー」
「ジールさん、マイネの料理は美味いよ!」
「あぁ! 村でも評判だったぞ!」
御者側の小窓からルジャンとセイビアの声が入ってきた。その声のトーンからして、味についての問題はなさそうだった。
「いや、食える味ならいいんだ。うん……」
「誰の料理が頭に浮かんでるのー?」
「フェ……、いや、なんでもない」
「フェリちーにも苦手なものあるんだー」
「……効率と栄養だけは一級品なんだが、味の事を一切考えてないだけで……」
ジールが言葉を濁していると、オックスから低い唸り声が響いた。
「ジールさんっ、マイネっ! 森の奥、なんか騒がしい感じだぞっ」
ジールが窓から顔を出すと、辺りは森に囲まれていた。
前方を見ると、遠くの方に数台の馬車が確認できた。そしてその周りには、黒い影がうじゃうじゃとまとわりついていた。
「ルジャン飛ばせっ!」
「あ、あぁわかった!」
ジールの強い声に、一瞬体をびくつかせるも、ルジャンはすぐに前を見据えた。
手綱を緩めるとオックスは前傾姿勢になり速度を上げ、ルジャンががなり声ではやし立てるとさらに加速した。
「マイネ、高い位置からゴーグルで魔素の反応を探れるか」
「うん、やってみるー」
マイネは馬車の扉を開け、身のこなし軽く屋根に飛び乗ると、首から下げた魔素探知のゴーグルを装着し、遠くの反応を伺った。
「魔素の反応ー、いっぱいあるよー。森の中を飛び回ってる感じー、鳥ー? 反応はもっと大きいかなー」
「魔素の反応があるって事は、魔物かい!?」
「動物に魔素の反応は出ない、魔物確定だ!」
ルジャンの心臓はドクッと跳ね、無意識のうちに手綱を握る力が強くなった。
「助けなきゃっ、魔物が馬車を襲ってるのかっ!」
ルジャンは使命感のような、真剣な眼差しで前を見据えた。ルジャンのその焦りを敏感に感じ、オックスはさらに速度を上げた。
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