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27 ムッサーとフォルシャの確執

 胸を張り、ポケットに片手を突っ込んだ姿勢には、隠そうともしない傲慢さが滲んでいた。


 フォルシャの後に続く数十人の部下たちも、フォルシャの姿を模した無遠慮な態度で、第1騎士隊の訓練へ向けて冷笑を浮かべていた。


「なんだこのおっさん、ルジャンの訓練の邪魔すんなよ」


「ジャラジャラ勲章つけてー、おっさんのオシャレなのー?」


 フォルシャの無遠慮な態度に負けじと、セイビアは苛立ちを露にして突っかかっていった。


 ケーチは慌てて闘技場から飛んでくると、その両者の間に割って入った。


「セイビアっ、マイネっ、不敬ですよっ! この方はフォルシャ軍務大臣です。全騎士隊、衛兵部隊を統括するこの国の軍の最高司令官です。私たちのクビなんて簡単に飛ばせる方です」


 ケーチは2人の後頭部を掴んで、無理やりに頭を下げさせた。


「フォルシャ、すまんな。まだ礼儀の仕込みができていない新兵なんだ。許してやってくれ」

    

 ムッサーの頭を下げる姿に、フォルシャはニヤリと口角を上げた。


「お偉いさんなんですか? えっと、なんか、初めまして?」


 ケーチの後を追ってやってきたルジャンは場の空気が掴めず、能天気な顔をしてペコリと頭を下げた。


 フォルシャの部下はその態度に一度舌打ちをして、ルジャンへ詰め寄った。


「新兵ごときがっ、不遜な態度をとりやがって! フォルシャ閣下を敬う気持ちが、微塵も感じられんぞっ!」


「不遜なのはお前らの方だウグモゴモゴ……」


 反論するセイビアの口をケーチが塞いだ。


「フンッ、導いてやるのも上の者の勤めか」


 フォルシャは顎を上げ、ルジャンたちを見下ろす形で話を続けた。


「新兵よ、最新の魔導兵器を触らせてやろう。魔導装備の中でも火力に特化した、兵器に分類される武器だ。剣技を磨いたところで未来はないぞ」


 自分の言葉は絶対的な影響力を持つ。そう信じて疑わないフォルシャの自身に満ちた態度に、ルジャンはあっけらかんとした顔で、乾いた声を発した。


「いやいいっす」

 

 あまりに素っ気ない返答に、フォルシャは眉をピクピク痙攣させた。


「あ、マイネは魔導装備の杖の訓練してるよな。触らせてもらえば?」


「えぇー、杖の戦いは新鮮だったけどー、みんなと離れるのやー」


 フォルシャはギリギリと歯ぎしりをし、額の血管が膨れ上がった。


「フンッ、新兵かと思ったら、言葉が理解できない猿だったか。ムッサー、お前の第1騎士隊も落ちぶれたなっ。今時剣など振って見世物小屋でも開くつもりか」


「日々努力した剣技は裏切らん、安易に魔導兵器にすがるのはやめろ。最後に物言うのは、積み重ねた努力の時間だ。久しぶりに一戦どうだ」


「フンッ、私には不要なのだよ。剣技なんて肉体労働は」


 フォルシャの後に続き、部下の騎士もルジャンたちへ侮蔑した目を向けた。


「プッ、汗水たらして訓練など、時代遅れなんだよ!」


「田舎者は、魔導装備を見たことすらないんだ。理解できなくて当然か、アッハッハ」


 ムっとした表情を見せたルジャンを制して、ムッサーはフォルシャと対峙した。


「ムッサー、なんだその目は。今は私の方が立場は上なのだぞ! お前の首を握っているのは私だ! 私に逆らえる者はこの王宮にいないのだぞ!」


「……軍のトップが述べる言葉かと聞いている」


「議論するまでもない。この最新の魔導装備で固めた騎士たちを見ろ! お前たち雑兵が束になっても、魔導装備で固めた兵1人にも敵わないのだぞっ!」


 第1騎士隊へ蔑む視線を送り、フォルシャは続けた。


「旧装備で訓練して何になる。時間の無駄なんだよ、フハハハハ」


 後ろに控える部下の騎士たちもフォルシャのように口の端を上げ、ルジャンたちへ侮蔑の視線を送る。


「はぁ? 俺たちの訓練を無駄ってっ!」


「落ち着けルジャン、大臣に噛みついたら極刑だ。わかったフォルシャ、お前はすごい。これでいいだろ……」


「ククク。まぁいい、その負け惜しみがせいぜいの時点で、私の正しさが証明された。今回はこれで勘弁してやろう! フハハハハ」


 勝ち誇った笑みを隠そうともせず、満足気にまざまざと見せつけると、最後に床に唾を吐いて、フォルシャは部下を引き連れて歩き出した。


「隊長、よく抑えましたね。ルジャンも、思うところはあると思うが、騎士としてやってくには頭を下げなきゃいけない人もいる、我慢してくれ」


「言いたい放題言われっぱなしでムカつくぞ」


 セイビアが拳を強く握りしめると、ケーチはその拳に手のひらを被せ、「みんな同じ気持ちだ」と言うように周囲に目を配った。


「悪いな、ワシとフォルシャの確執に巻き込んでしまって。今は我慢してくれ」


 ムッサーの言葉にその場にいる全員は、隠しきれない悔しさと険しい顔を地面に落とした。


 ただ一人、ジールを除いて。


「フォルシャ大臣。まだ魔導装備を輸入されているようですが、現在国費での装備輸入はできないのをご存じですよね」


「……私の領で何を取引しようが勝手だろう」


 フォルシャはピクリと反応し、目の端をジールへ向けた。


「フォルシャ大臣のご実家、アルマ家で個人的に購入されているのでしたら、アルマ家の保有戦力をその都度国に提示してください」


 ジールは手に持った資料をいくつかめくり、言葉を続けた。


「最近も魔導王国から大きな取引があったと報告もありますが、詳細が国へ提出されていませんね」


「そんなに武器を買い込んで、次の戦争の準備でも始めるつもりか、フォルシャ」


 ジールに続いてムッサーが加わると、フォルシャは途端にひきつった顔で声を荒げた。


「ふざけるなっ、たかが買い物1つで、責められるいわれはないっ」

      

「軍のトップが武器を購入する事を、たかが、で片付けることはできんぞ! しかも大量に、何か勘繰られても文句は言えん!」


 ムッサーの苛立った言葉の後、ジールは冷静に淡々と話しを続けた


「極秘で武器を買う行為は、講和相手の帝国を刺激します。さらに、反乱目的で軍備を揃えようとする貴族も過去にいました。軍務大臣自ら率先して、模範を示していただけると幸いです」


「――っ!! 私が反乱を企んでいると言いたいのかっ、言いがかりも甚だしいっ! 私を信用できないのであれば不敬罪で死刑にするぞ!」


「報告をして頂きたいだけです。よろしければこちらから出向きましょうか?」


「な、内政干渉だっ、報告なら後でするっ。今立て込んでいる、忙しいのだっ」

   

 フォルシャの先ほどまでの勝ち誇った笑みは、ホコリほども残っていなかった。


 逃げるように足早に立ち去っていくと、部下たちも慌てて小走りにフォルシャを追った。


「なんだあいつ、忙しいならわざわざ絡んでこなきゃいいのに」


「小物なんだろ! 人を見下さないと、自分の程度の低さが目立って頭おかしくなるんだ」


 セイビアは自分のこめかみの横で、円を描くように人差し指をクルクル回した。


「冒険者を始めた頃もー、あーやって見下してくる人いたねー」


「じゃぁあいつより強くなって、黙らせてやろうぜ!」


 ルジャンたちは目の前の苛立ちを晴らそうと、思い思いに言葉を吐き出していた。


「ワシの指導不足だ。昔から見栄っ張りで、ワシに剣で勝てないと諦めてからは魔導装備にのめり込み、肩書や権力を求めるようになってしまった」


 ムッサーは過去を恥じるように目を伏せ、言葉を続けた。


「強さへの渇望や欲望を満たすためだけに魔導という信仰にすがり、サビエスト前王からも散々叱責されておったというのに、まるで成長しておらん」


「ムッサー隊長が言ってたハリボテの力って、そういう意味だったのか。バカな俺でもわかるぞ」


「王国最強の騎士と謳われたムッサー隊長を慕っていた時期もあるのに、魔導装備に取り憑かれてから、裏切ったように対立してきましたよね」


「慕ってねーだろそれ、ただ強いやつにしっぽ振ってるだけじゃねーか」


 ムッサーとケーチの難しい顔の前に、セイビアは自分のお尻を振ってみせた。

 犬がお座りをした時の前足のように、両手首を柔らかく曲げ、胸の前でちょこんと揃えた仕草も加えて。


 その主人の合図を待つ忠実な飼い犬のような仕草に、ムッサーとケーチはつい噴き出してしまった。


「フッ、躾けられなかったわしの責任だ。今じゃフォルシャの部下も、フォルシャにしっぽを振る犬ばかり。似たものが集まるのだろう、強いものに従う事で安心するのか、慢心してしまうのか、ワシにはわからん感覚だ」


「あんな連中の感覚なんて知りたくもないね」


 言葉を吐き捨てるセイビアの横で、ケーチは感心した目をジールに向けた。


「感覚と言えばジールさん、よくあそこで切り込みましたね。その神経の図太さ、真似できない感覚です!」


「ただの書類確認ですよ。ケーチ副隊長や、みんながやってる仕事と同じです」


「ワシらの仕事と一緒か。で、本音はどうなんだ?」


「……一回殺されかけたしんで、その後フォルシャの騎士に屋敷が襲撃もされてるし、反撃できる姿勢を見せれば、多少のけん制になるかなーと」


 ジールは困ったように軽く眉をひそめながら、体の前で両手を広げて見せた。


「ハイジール、お前……」


 ムッサーが唖然として言い淀むと、ケーチやルジャンたち、それに訓練中の騎士たちまでもが、重く困惑した表情をジールに向けた。


「え? なんか変な事言いました? 王宮で起きた話、あまり知れ渡ってません?」


 ムッサーは憐れむような顔をして、その屈強な体からは似つかわしくない柔らかい声色で語った。


「すでに2度も殺されかけていたのか、そこまでとは知らなかった。大変だったのだな、よく生き延びた」


「軍の総司令官とバチバチにやり合ってたなんて、政争どころか、殺し合いじゃないですか! 時期宰相はヤルことが違いますね!」


「誤解してません? 殺されかけはしたけど、そんな殺し合いなんて大層な事は――」


 ムッサーとケーチに訂正しようと口を開いたが、そこへセイビアの声がかぶさった。


「いやいやジールさん! 殺されかけた事を平然と言ってる時点で、アンタの日常ぶっ壊れてんよ! どうしてそんな平然としてられんだ」


「俺、こんなヤベー人にケンカ売ったのか。そりゃ俺らがすごんだところで、眉1つ動かさねーわけだ……」


 セイビアに続き、ルジャンやその場にいる騎士たちも、化け物を見るような目をジールに向けた。


「大変な時こそ冷静に対処するって普通だよ? さっきだって落ち着いて見せてるだけで、内心はビクビクしてんだよ? 今だってなんか孤立感あって悲しいんだけど……」


「さっき凄かったねー、おっさんたじたじになっちゃってー! なんかちょっとスッキリしたっていうかー、モヤった気分なくなったかもー」


「そうそう! そういう反応でいいと思うんだよ! みなさんマイネを見習いましょうね」


 ジールに褒められたと感じ、マイネは踊るように腰をくねらせていた。


「じゃぁみんなスッキリしたところで、俺はそろそろ仕事に戻りま――」


 ジールが訓練場に背中を向けた瞬間、ムッサーのゴツゴツした大きな手が、ジールの肩をガッチリ掴んだ。


「王都にいるのはなおさら危ないだろう、3人の引率行ってこい」


「俺は大丈夫ですよ。その3人も、そこらの魔物や野盗は倒せますって、大丈夫です」


「騎士の仕事として領主への挨拶とか、礼儀作法が必要な場面もあるので、この3人だけで向かわせるのは……。できればそういったサポートを……」


 ケーチが申し訳ないという表情を前面に押し出している横で、ルジャンとマイネは能天気な顔で、挨拶をするように頭を下げて見せた。


「挨拶か! 頭下げりゃいいんだろ!」

「貴族様に挨拶ってー、こーんな感じー?」


 セイビアの犬の真似と区別がつかない、相手を侮辱しているような滑稽さまで伺える2人の姿に、ケーチはさらに頭を抱えた。


「街道警備に人を割いて人手不足なんだ。頼まれてくれるな!」 


 ムッサーの肩を掴む力がさらに強くなった。

 ジールの肩はミシミシと骨が折れそうな悲鳴を上げる。


「……警備依頼の書類を持ってきたのは俺ですけど……。えぇ……、それで俺の仕事が増えるんですか!?」


「アーシらどうしてもダンジョンに行きたいんだ! 頼むジールさん」


「ジルちーダメぇー?」


「え? ダンジョンに行くのか? よくわかんねーけどおなしゃす!」


 ルジャンたちが頭を下げると、ケーチとムッサーまで頭を下げた。


「これ断ったら、めっちゃ悪者な感じになるヤツじゃないですか……。ただでさえ敵が多いのに……」


 ジールは目をつぶり、うなだれたようにコクンと頭を下げた。


「よっしゃあっ!」


 ルジャンが拳を掲げると、セイビアやマイネ、第1騎士隊の騎士たちもつられて、ワァっと歓声を上げた。


「みんな、仲良さそうでいいね……。あーぁ、逃げ出したい……」


毎日18時更新を予定しています。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。


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