26 ロイグ村の焼失
「あれから2週間、休日まで訓練に明け暮れる彼らの姿が他の隊員への刺激になり、隊全体が訓練に身が入るようになりましたよ」
ケーチがルジャンたちへ向ける瞳には、どこか温かさを感じる親しみが込められていた。
「懸念があるとすれば、薬の在庫が心許なくなっているところでしょうか。生傷が絶えなくなりましたね」
「そうそう、クリエ草の実。またアデアからウチの領に入ってきたので今お渡ししておきます。まだ在庫もありますから必要なら言ってください」
ジールは薬の入った布の小袋と、塗り薬の入った瓶をケーチに渡した。
「実に、塗り薬も! ジールさん助かります!」
「うちの領の貴重な収入源なので、今後とも御贔屓に。お前たちも訓練お疲れ。一粒飲んでおきな」
ジールは袋からクリエ草の実を取り出し、セイビアとマイネに一粒ずつ渡した。
小指の先ほどのサイズの、乾燥させた赤いクリエ草の実を受け取り、セイビアとマイネは口に放り込んで、カリコリと音をさせて租借した。
水と一緒にゴクンと飲み干すと、2人は目をパァッと開けて大きく息を吐いた。
「効ぃっくぅー! のどの奥がカァッとなるぜ」
「塗り薬もあるー? あちこち擦り傷だらけなのー」
「在庫はあるといったがたっぷり塗るなよ。薄く塗っても効果は同じだから」
マイネが塗り薬の瓶を開けると、中には緑色の軟膏が入っていた。
マイネはそれを人差し指の先でちょろっとすくって、擦り傷へ薄く念入りに広げていった。
「これ、ジールさんの領で扱ってんのか。ホントに何から何まで、アーシらあんたの世話になりっぱなしだよ」
「これすっごい効くよねー。塗り薬も同じ植物なのー? なにが違うのー?」
2人は実を食べた途端、先ほどまでのうめき声の主とは思えぬ、はきはきとした声を上げるようになっていた。
「クリエ草の葉と油を一緒にすり潰したのがこの塗り薬、実は種を乾燥させたものだ。香辛料にもなるんだが、食用とするにはちょっと値段が高いな」
(そんなすぐに効果はでないんだが、個人差か? でもこいつら単純そうだから、思い込みの力って奴か?)
ジールは薬の説明をしながらも、2人の回復力の高さに軽く首を傾げていた。
「アデア地方は旧魔王領に近いのが影響しているんでしょうか、この辺じゃ採れない薬草が多いですよね」
「ここと違い亜熱帯地域で気候も全然違いますから。フェリに聞くまでは、この実の存在は帝国でも知られてなかったんですよ」
「帝国も扱ってないんですか、それは初耳です」
「遠い上に広い地域ですからね。うちはそっちの地方に明るい商船と取引をしてたので、たまたま輸入出来たってところです」
「フェリーハの強さの秘密と、何か関係も?」
「どうでしょう。アデア人の身体能力の高さは有名ですし、あの地域はまだ未開な所がありますから」
フェリの名前が上がった瞬間、セイビアは勢いよく立ち上がってジールへ詰め寄った。
「なぁジールさん。フェリーハって、あのバカ強い女の事か! アーシが強くなったら再戦できないか!」
「体を動かしにたまにこの訓練所に来るから、その時に頼んでみたら」
「そうか、分かった!」
セイビアが自身の拳を真剣な目で見つめていると、ケーチがその頭を木剣でコツンと小突いた。
「セイビア、敬語を使いなさい! 相手は時期宰相と名高い貴族ですよ。今後は騎士隊の隊員としての振る舞いも身に着けてもらいます」
「ケーチ副隊長の指示を聞くなら、俺への態度は賢まらなくても。俺はこいつらと関わることはないですし」
「それでも騎士隊の一員らしい振る舞いは、最低限学んでもらわないと――」
ケーチの言葉を遮るように、闘技場の上から大声が飛んできた。
「あーっ! あんときの貴族! 再戦しろ、じゃなくて、してください、か? 敬語になってるかセイビア」
「ルジャンは特に……。強さと気持ちは及第点なのですが、逆にそれ以外が本当にダメで……。流石にちょっと言い聞かせてきます」
ケーチが木剣を持って闘技場に向かうと、ルジャンは軽く引きつった表情を見せた。
「やばっ、ケーチ副隊長のあの笑顔は、がっつりヤルときの顔だよ。アーシもちょっと行ってくる」
声のトーンはハツラツとしているが、闘技場に向かうセイビアの足はまだふらついていた。
「ふぅー、アタシは休憩ぃー」
マイネはジールの横で、大の字になって寝ころんだ。
快活に話してはいたが、マイネの息は荒く、精一杯気を張った後のような、やり切った表情をしていた。
「ジルちー、お薬のおかわりほしいー」
「じるちー、って俺の事か!?」
「かしこまらなくていいって言ったよー」
「そういや言ったな。ってかやっぱり、まだふらふらじゃないか。セイビアもあんなに声上げて、休憩の時はしっかり休めよ」
闘技場の上では、ルジャンとケーチが木剣を構えて対峙していた。
その闘技場の横では、木剣を杖のようにしてもたれかかっているセイビアがいた。
「アタシたちー、どん底だったんだよー。それに比べればー、なんてことない! と思いたいー……」
マイネは仰向けに寝転がって空を仰ぐが、その瞳には空の色と、どこか遠くを見ているような虚ろが宿っていた。
「……経歴は読ませてもらった。……悪いな、気の利いた事は言えそうにない」
国に使える騎士として採用するにあたり、冒険者ギルドに登録している経歴に不備や詐称がないか、出身地域まで役人が裏取りに行き、身辺調査が行われていた。
推薦人であるジールの元に届いた報告書には、ロイグ村の焼失という、この国の人間なら誰もが知る凄惨な出来事が、セイビアとマイネの経歴に記されていた。
「優しいんだねー。迷惑かけたのに身体の心配してくれてー、お給料もくれてー、心まで気にしてくれるなんてー」
「……お給料は国、国民の税金からだ。ルジャン連れてロッカス亭に謝りにいけよ」
「もう謝りにいったよー。ルっちーもしっかり土下座してー、許してもらえたのー!」
「そうか、なら休日に買い物にでも行けよ。謝罪よりも気持ちがスッキリするだろう」
「そうかもー、笑顔で会える関係になったらいいなー。ジルちーって、すっごいみんなの事考えてるんだねー」
「自分の都合を話してるだけだ。ロッカス亭が繁盛すれば俺が嬉しい」
「言葉にしなくてもー、気持ちは伝わるよー、良い人なんだってー」
「……お前たちだって、お互い庇いあってたし、他人を思う気持ちなんて普通だろ」
「アタシたちの村を襲ったのー、同じ国の兵士だよー。自分の事しか考えない人が大勢いるってー、もう知ってるよー」
旧サボンバ国ロイグ村。
サンクラ川を挟んでファッド国と国境を接している小さな農村だった。
10年前に帝国の侵攻を受け、セイビアとマイネが住んでいた国境沿いの村は、大きな戦火こそまぬがれたものの、自国の敗残兵が暴徒化し村を襲ったことが原因で、村全体が炎に包まれ、敗残兵もろとも一夜にして全滅した。
隣接していたファッド国へ、サンクラ川を渡り避難した村民がわずかにいるが、村が一夜にして消滅するほどの大惨事となった、具体的な詳細はいまだ不明となっていた。
国境沿いの村だった事もあり、ファッド国にもその凄惨さは伝わり、未だに帝国への恐怖を表すときにも使われる村の名前としても有名であった。
2人はルジャンの故郷の村で保護され、農家の手伝いとして幼少期を過ごしていたと、近隣住民への聞き込み結果も、ギルドに登録されていた経歴と完全に一致していた。
「セイちーなんかずっと引きこもっててー、ルッちーも気の利いた事言える脳みそないしー。言葉で気持ちの整理をするなんて、年齢でもなかったけどー、でもね――」
マイネは上半身を起こして、闘技場へ目を向けた。
そこにはケーチと模擬戦をしているルジャンと、その脇で、ルジャンに檄を飛ばすセイビアの姿があった。
「言葉以上に、気持ちって伝わるよー。ルっちー、ずっと私たちの前では元気だったのー。こっちには明るい世界があるって言うみたいにー、あぁやって頑張ってる姿を見せてくれてたんだー」
「3人で、支えあって生きてきたんだな」
「支えあうとかー、ルっちーのパパママもいたしー。今は3人で頑張ってるけどー、言わないでよー、恥~ずかしー」
マイネは顔を赤らめ、子供みたいに足をじたばたさせた。
「あのー、恥ずかしいついでにー、お給料の前借りできませんー?」
「俺にそんな権限ないぞ」
「ぇえー、ルっちーの誕生日が近くてー。騎士になるなら、いい感じの剣とかー、プレゼントしたいねって、セイちーとー」
「前借はできんが、臨時報酬なら考えてやってもいいぞ」
突如、ジールの背後から重低音の効いた声が発せられた。
「うおぉっ、ムッサー隊長っ!? ビックリさせないでくださいよ!」
ジールが飛び跳ねるようにして振り向くと、そこには腕を組んで、ジールたちに影を落とすムッサーの姿があった。
「気配殺して後ろに立つの止めてくれます? 熊みたいな人が突然背後に現れるとか、心臓に悪いですよ」
ムッサーは獣のような鋭い眼光をジールに向けながらも、口元は軽く口角を上げた。
「タイチョー。こないだのリボンー、お孫さん気に入ったー?」
「おぉ! 羽が生えたように飛び跳ねておった! 今の子はあーいうのがいいのか! じぃじ大好きと言ってくれてな、天使の笑みがあふれんばかり!」
お孫さん。その言葉がマイネから発せられた瞬間、ムッサーの鋭い眼光は跡形もなく溶解し、目じりを下げ、陽だまりのような柔らかさが宿った。
「えぇ!? ムッサー隊長、そんなキャラでしたっけ!? 孫フィーバーでデレデレじゃないですか!」
「わ、忘れろジール……。軍での顔と、家の顔に多少差があったとて、グフングフン……」
取り繕うようにしてムッサーは腕を組み、上を向いて目をつぶった。
ジールは唖然とした顔で、ムッサーとマイネの顔を交互に見やった。
「マイネ、君すごいね。こんなムッサー隊長初めて見たよ」
「最初仲良くなったのはセイちーでー」
「へぇ、こんな熊みたいな図体して、威圧感が服着てるような人に軽口叩ける人、なかなかいないよ?」
チラリとセイビアの方を見ると、ジールと目が合ったセイビアは、ムッサーの元へカツカツと早足に近づいてきた。
そして息を整える間も惜しむように、切迫した声を絞り出した。
「いくらだ! 街で流行ってる聖剣みたいなの、一生使えるような魔導剣を作りたいんだ!」
セイビアの真剣な目を見据え、ムッサーは姿勢を正し、その目には獣のような鋭さが戻った。
「金を優先するならやらせん。この国のための仕事として受ける気があるならやらせてやる」
「もちろんだっ! やることやって報酬をもらう。騎士としての筋は通す!」
「いいだろう、及第点はくれてやる」
「で、アーシらは何をするんだ、力仕事なら大抵はできるぞ!」
「力仕事にもなるだろうが、基本は鉱山の探索だ。パーティー連携の訓練、腕試しも兼ねて行ってこい」
「鉱山ってー、どこにあるのー」
「さっきジールさんが話してた街道のだろ、アンドラ渓谷の鉱山、だよなジールさん」
「アンドラなら旅になるねー、久しぶりー」
騎士としての初仕事、旅、臨時報酬、並んだ単語を前に、セイビアとマイネは、目の前におもちゃ箱が並んでいるような、ワクワクした表情を見せた。
「ムッサー隊長、アンドラ鉱山の新ダンジョンですよね。新種の魔物の報告もあります。3人なら大丈夫だとは思いますが」
「そうだな、ちょうどいいジール、お前が引率してこい。こいつらを推薦した貴族として、面倒見てやれ」
「俺ですか!? そんな暇ありませんよ」
「時間なんてのは作るもんだ」
「書類もどんどん増える一方だし、会わなきゃいけない人も多いし、会いたくない人も多いけど……」
「うむ、お前に付けば大出世と猟官目的の官僚。逆にお前を潰せば大出世と首を狙う貴族。裏では真っ二つに割れているそうだな」
「自分で言うのもなんですけど、政局のキーマン扱いですよ。俺がキーマンとか、大丈夫なんですかこの国?」
「国内の派閥構造が変わる大きなチャンス、皆がそう捉えているのだろう」
「あれから裏表変わらないのは、ピオ司祭と隊長たちぐらいですよ」
「一度王都を出て、政局を俯瞰してみるのも1つの手だ。王宮という狭い視野から離れてみろ」
「今、俺がここ離れられないの知ってますよね」
「仕事なんて、お前に押し付けている連中が自分でやればいいのだ。ワシの指示で離れるとなれば、文句を言うヤツはおらん」
「……何か知ってるんですか? わざわざそんなに押すなんて、政治的に離れられない理由、武官といえわかりますよね」
「政治も多少の心得がある、だからここでは言わん。まぁ野生の感とでも思っておけ」
「王宮では言えない事って、余計に怖いんですけど……」
「お前の寝首を掻こうとしている連中の真っただ中で、神経をすり減らしすぎだ。ああいう裏表のないバカと過ごして気分転換してこい」
闘技場の上では、ルジャンとケーチが打ち合う木剣の鋭く重い打突音が響き渡っていた。
裏表のない、一点の曇りもないその音に当てられ、周囲の騎士たちの熱気も高まり、訓練場を行き交う怒号や掛け声は、一段と大きく膨れ上がっていた。
その真っすぐで純粋な響きは、ジールにとって、無心になれるほど小気味よく聞こえた。
「ムッサー隊長の言う事にも、一理あることは理解できますが――」
そう言いかけた時だった。
石畳を打ち鳴らす無数のブーツの音が、怒涛の波となって訓練場へ押し寄せた。
その無遠慮な響きは、訓練場に響いていた木剣の快音をかき消し、押し寄せるように訓練場に割って入ってきた。
「騒がしいな、神聖なる第1騎士隊はいつから猿山になったんだ」
フォルシャは低い声で、吐き捨てるようにつぶやくと、騎士たちの訓練へ向けて、冷ややかな侮蔑の眼差しを投げた。
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