23 娘に甘いボア
「あの女の要求を蹴散らしたみたいね。あーぁ、悔しがる様を目の前で見たかったわ」
口をへの字にしたベインジャーは、吐き捨てるように口を開く。
「あの女……?」
「チアーナよ。あなた生徒会でこき使われていたものね、私もムカついてたのよ、あの女」
「……向こうの案より、こっちの提案を飲んでもらいましたけど」
フェリが何か言いたげな顔をしていたが、ジールは首を横にふった 。
「チアーナさんとは同級生でしたよね。成績上位者の張り紙、名前が並んでいたのを覚えています」
「思い出させないでよっ! チアーナが帝国で力をつけるほど、 同卒の私がかすんで見えるじゃないっ」
ベインジャーは目元を険しくし、強い口調で言葉を続けた。
「あの女の輝かしい功績が、光が、こんな国でくすぶってる私の劣等感をまざまざと照らし出すのよ!」
ベインジャーは苛立ちを紛らわすように、綺麗に巻いた金髪のカールに忙しなく指を絡めていた。
「講和なんてしないで帝国の傘下に入ればいいのよ! この国が帝国の領土なら、私が帝国の中央で地位を築く事もできたのにぃっ」
(この人勉強はできるんだけどな、自分の都合しか視界に入らないのがな……)
「ここだけの話、あなたもシャウゼン第1皇子派なんでしょ!」
「えっと、何の話でしたっけ……」
「だーかーらー! チアーナが、シャウゼン殿下と対立しているプラネ殿下の派閥だから突き返した! 当たりでしょ!」
「……シャウゼン殿下、凛々しい方ですよね」
(帝国のどっち派かなんて、王宮で言えるわけないだろ……。どこで誰が聞いてるかわからないのに、ホントこの人不用心だな)
話をはぐらかそうとシャウゼンの容姿に触れた途端、ベインジャーは突然目を輝かせて、熱のこもった声色に変貌した。
「シャウゼン殿下! こんな田舎の国にはない、洗練された都会の男って感じよね! 宮殿でダンスを踊ってから、シャウゼン殿下と帝都で暮らす日を今も夢見ているのよ!」
頬をほんのり赤く染め、ベインジャーは潤んだ瞳を上目遣いに揺らした。
その姿にジールは唖然として、彫刻のように表情を凍らせた。
「あなた仕事でブルーチバスに行くなら声かけなさいよ。私が同行してあげる」
「行く機会があっても身分が違いすぎて、俺がシャウゼン殿下に合う事はありませんよ」
「あなたはそうでも、私はこの国の内務大臣補佐よ! 王族へ挨拶しに行くくらいできるわ」
「はぁ、まぁ機会があれば、前向きに考えておきます」
気乗りしないジールの返事に、ベインジャーの潤んでいた瞳は一転した。
「ふーん……、まぁいいわ。あれ、何を話していたんだっけ――」
不満気な顔を横に倒した後、「そうだ!」と声を上げるなり床を強く蹴った。
「あの女の悔しがる顔が見れなかった不満は残るけど、 いーい! 私は大臣補佐なの、あなたは下っ端役人、わかる?」
「……役職の、階級の話ですか?」
「そう! あなたは私の下。そして、あなたに負けたチアーナはもっと下ってこと! つ、ま、り! 私が上なの! チアーナより私の方が優秀なのよっ!」
ベインジャーは体を前のめりにして、ジールに詰め寄った。
化粧と香水の薬品臭さにジールは眉をしかめるが、笑顔を持続させようと努めた。
(これ、会話成立してんのか? ボア大臣の事を聞き出したいんだが、まったくその気配に持っていけない……。とりあえず、なんか褒めて気を良くさせて――って何を褒めるんだ? 褒めるとこあったか?)
「あーあ、この国が帝国の属領だったらな。私が直接あの女の上に立ってやるのに。敗戦国から帝国の貴族になっても、立場が悪くて出世できないかもだし――」
ジールが口をはさむ暇を与えないほど、ベインジャーは言葉を繰り出していった。
「でも何かあると思うのよ。チアーナだって 叔母が帝国の皇帝に嫁いだからあの地位なんだし。私にもきっと何か――」
(一人語り始まっちゃった……。こうなったら後は――)
「そうなんですねー」
ジールはなるべく抑揚をつけて、聞いているような反応だけはするように心がけ、同じセリフを延々と繰り返した。
フェリも察したのか、完全にジールの陰に隠れ、空気と同化していた
何十回目かの「そうなんですねー」を繰り返した頃、ようやく目的地に着き 、ベインジャーは大臣室の扉をバァンと威勢よく開け放った。
「パパぁ、連れて来たわ!」
大臣室を開けると、ボアと数人の役人が書類と睨み合っていた。
「ん? ベインジャーちゃん、誰を連れてきたって―― ってお前はっ!? いや、ハイジール・ベイ殿ではないか!」
ボアはジールの顔を見るなり眉間にしわを寄せたが、すぐに取り繕うように笑みを浮かべた。
「話したいって言ってたでしょ、見かけたから連れてきたわ!」
ベインジャーは誇らしげに胸を張るが、役人の1人は怪訝な顔で口を開いた。
「お嬢様。ボア様の予定も確認せず、会談を組んではいけません」
「ええー、せっかく仕事したのにひどくない?」
「い、いやよい、ハイジール殿と話したいと前から言っておったのだ。 忙しい中、役割を果たしてくれて偉いぞ」
ボアの横では、側近たちが机の上の資料を慌ててかき集めていた。
まるで見られてはいけないものを隠すように、ジールの視線を気にしながら。
「お忙しそうですし、またの機会でも?」
「なに言ってるのよ、せっかく私が見つけて連れて来たのに」
「ベインジャーちゃんが仕事をしてくれたんだね、ありがとう。隣の秘書室にケーキがあるから、ゆっくりしておいで。お前たち、ハイジール殿と話がある、仕事の話はまた後程」
「アポイントメントもなく大臣室へくるなんて、失礼な男だなっ」
役人たちは立ち去り際、ジールに苦みの強い顔を向けて、耳元で小言を呟いた。
「非常識なお詫びに、仕事でも手伝いましょうか?」
ジールが書類に目を向けると、役人たちは逃げるようにして足早に大臣室を後にした。
(やましい書類ですって顔に書いてあるなー)
「本当によろしかったのですか? ちょっと事情がつかめず、手土産もなく申し訳ありません」
「年をとってできた子でな、少し甘やかしすぎたところが……。 ここで追い返してはあの子が拗ねてしまう」
(娘に弱いパパ……、こんな顔もあるんだな)
「話があるのは本当なのだ。こちらから出向いてもと思っていたが、あの子は他に何か話していたか?」
「第1皇子と懇意にしていると」
フェリの言葉に、ボアの眉がほんのわずかに動いた。
「突っ込んだな、フェリ」
「帝国とのつながりがどれだけあるか、牽制には最適かと」
ボアに聞こえないよう、ジールとフェリは空気を漏らすような声を交わした。
ジールとフェリに、「何を話しておる?」とボアの怪訝な瞳が突き刺さる。
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